39 勝山館の戦い その3 反撃
ちょっとしたひと騒ぎはあったものの、なんとか元の士気を回復させ、計略用の配置につく蠣崎軍。
そして館の割と近くにいる王国軍は、見える範囲の限りでは勝利を確信してかどこかくつろいでいる様子であった。
「越中守さん。敵は油断して警戒を怠っております」
「ふむ、まさに好機と見た」
「うい~……ふふふ。慌てふためくといい、異国の兵どもよ」
季貞もまだ酔いから完全には抜けきってはいないが、だいぶ正気を取り戻した様子。ふう、一時はどうなるものかと思ったが、なんとか戦える状態になって安心したよ。
「では南条越中守。命令を」
「承知した」
そして守継は、麓の王国軍野営地に向かって、大声で号令を下した。
「今ぞ!! 出陣だあああああ!!!」
「おおおおおおおおおお!!!!」
法螺貝が鳴り響く音。勇壮に轟く太鼓の音。そして戦意溢れる兵士の掛け声。それらを聞いた王国軍は、突然のことに狼狽えるものが続出した。
「て、敵だあ!!」
「迎撃か!?」
「馬鹿な!? 相手は寡兵のはず……」
「まさか伏兵か!?」
おうおう、慌ててる慌ててる。実際は一兵も館から出てないってのに。
指揮系統の混乱が続き、王国軍はまともに身動きが取れない様子。ここが仕掛け時、さらに畳み掛けるぞ!
「じゃあ皆いくわよ! 弓兵放って!!」
「ワシらも続くのじゃ!!」
今度はレスノテクとハシタインを筆頭に、勝山館から一斉にアイヌの矢が放たれる。松明の灯りで普段の夜より見えやすいとはいえ、驚異の命中率を記録した。
「ぎやああああ!!!」
「矢だ! 矢が飛んできたぞ……!!」
アイヌは残り少ない矢を上手いこと効率よく使って戦っている。これは想定よりも良い形に持ち込めそうだ。
対して、王国軍の混乱はピークに到達。若干ながら敵前逃亡を始める者もあらわれる。
とそこに、聞き覚えのあるあの男の声が聞こえてきた。
「静まれい! 何を動転している!」
前線の混乱ぶりを知ったフルホルメン大佐が王国軍の後方から鎮静化を働きかける。
あれ? でもあいつがなんでここに? 兵糧庫の守備についていたはずなんじゃ……。
俺は瞬間兵力検索で、兵糧庫のあった場所の索敵を行った。すると兵糧庫に敵兵は1人もいなかった。
なぜ守備兵が1人もいないんだ? 混乱に乗じて兵糧庫を襲って兵糧を奪ったり焼いたりする奴が現れるかもしれないのに……。
そういえば、俺が兵糧庫に来たとき、タイミングを合わせたようにフルホルメン大佐の部隊が俺を取り囲んでた。まさか、あの兵糧庫は俺たちをおびき寄せるためのダミーだったのか?
いや、今はそれはどうでもいい。フルホルメン大佐の動向を注視するとしよう。
「向こうが弓矢を使うのならば、こちらも弓矢で応戦しろ!! これ以上の兵の損失は抑えねばならん!!」
よし、それこそこちらの思う壺だ。大佐、上手く罠にかかってくれたな! では、仕上げにかかるとしよう。
「皆の者! 降ろすのじゃ!!」
「うい~……じゃんじゃん降ろせ~ぃ!」
今度は季貞と父・武治を筆頭に、あらかじめ作ってあった例の藁人形を地面の上に立たせるように勝山館の前に吊るした。
そしてフルホルメン大佐は、その藁人形に向かって矢を放つように指示を出した。
「むう、想像より兵は多いか……。放てい! とにかく敵の前衛を少しでも多く削るのだ!」
明かりが灯されているとはいえ、勝山館の土塁の大半はほぼ闇の中。おかげで、王国軍は藁人形を人間であると誤判定し、矢は次々と藁人形に命中。俺の策は見事に成功し、王国軍の矢は次々と蠣崎軍のものとなっていった。
そして藁人形は時間を追うごとに、ハリネズミのごとく全身に大量の矢が突き刺さっていく。
そして半刻(約1時間)ほど経った頃、王国軍側の弓兵の動きがストップした。
大方、目の前の敵兵が作り物だとわかって、こちらの策略に気づき止めたのだろう。なにしろ、藁人形だからその場から自分で動けるわけないし、矢が何本刺さろうが“死ぬ”わけでもないのだから。
まあ想定の範囲内だ。『借箭』は見事に大収穫。籠城戦のために必要な武器はこれで揃った。
「やったな、五郎」
「ええ、大成功です」
矢を奪うのと同時に、矢で敵兵を射つづけ損害を与えた蠣崎軍。
とはいえ、王国軍も予想外の被害に、戦術の立て直しを図ってくるはず。後は弓兵で応戦しつつ、タイミングを見て奇襲だ。とにかく、兵力を削って削って削りまくるぞ!
「まだまだ持ちこたえられそうね」
「うい~……祝い酒にござるー」
この勝利に喜びを見せつつ安堵の表情を浮かべる蠣崎軍。ただし、2人を除いて。
「ぐぬぬ、小童の策が功を奏してしまうとは……」
「同感です広益様。ったく、どこまでも小賢しい豆坊主め……」
まさしくいつものキャラ通りの反応、ありがとうございました。
でも本音を言えば、もうちょっと素直に喜んで欲しいところ。やはりここは次なる策を以て王国軍を退け、認めさせるしかないか。いや、それでも頑として認めなさそうだけど。
「ふふふふふふ……。斯くなる上は、この藁人形であの豆坊主を葬り去りましょうか」
「!?」
すると鷹姫が俺を殺そうと、蠣崎軍が用意したものとは全く関係ない小さな藁人形を取り出した。
イカン! もし俺の仮説どおりだったら、俺死んじゃうぞ! 俺は焦った。
なぜ焦っているのか? それは俺が行き当たったある仮説の内容に原因がある。
俺がその仮説を考えるきっかけになったのは、先日の中野館の戦いのこと。 本来、ミュルクヴィズラント王国をはじめ異世界人にしか使えなかったはずの魔法。
――「白刀弾!」
――「百裂裂き」
しかし、なぜかリシヌンテはそれを行使していた。暫くの間その理由がわからなかったが、今朝になってようやく思いついた。
それは魔力は個人個人の体内で生成されるのではなく、『空気などを介して外部から供給されるもの』であるということ。そして、その魔力の発生源は異世界にあるということ。
つまり異世界人やリシヌンテが魔法を行使できるのは、単に取り込んだ魔力を一時的に貯めたり、魔法に変換できる体質を持っているからであり、もしその体質を持つ人物であれば日本人でも魔法を使えるという仮説である。
この仮説によれば、もし日本列島をはじめ東アジアの国々が異世界と融合しなかったら、リシヌンテも魔法を使えなかったはずなのである。
もちろん、体質を持っているからといってやり方が間違っていれば、魔法は発動することはない。だが仮に、たまたま鷹姫に魔力を魔法に変換できる体質があった場合、俺を呪術の対象に藁人形に向かって釘を刺せば、攻撃魔法という形で発動して本当に死んでしまうかもしれないのだ。
「死ね! お邪魔虫!」
って、なに悠長に説明してんだ俺! 冗談抜きで、自分の命がピンチだってのに!
鷹姫、すでに人形に釘を刺し込む準備できてしまってるぞ! 早く止めないと!
地面を思いっきり蹴りだすように、俺は鷹姫に向かってダッシュ。彼女を止めに行った。しかし、時すでに遅し。釘は既に、藁人形の胸の部分に今にも刺さろうとしていた。
果たして、俺の仮説は当たっていたのか? それとも否か?
前世で自殺した時と同様、走馬灯のように回想が脳内を駆け巡る。
「死ね! お邪魔虫!」
鷹姫が叫びながら、藁人形に釘を打ち込む。俺は緊急停止をかけるも完全に間に合わず、呪術は実行された。果たして、結果は如何に……。
「……あれ? 何とも……無い」
意外な結果に、俺は途端に拍子抜けした。鷹姫の呪いは、結果として何の異変ももたらさなかった。
改めて体中を触ってみるも、どこもおかしなところは無い。痛い箇所も無いし、特に変調をきたしてもいない。
俺はホッと胸を撫で下ろす反面、自分で立てた仮説に対する信頼性が揺らいだ。
まさか仮説は正しくなかった? それとも、単純に発動条件が合致していなかっただけなのか……。
「五郎。如何した?」
「い、いえ。なんでもありません」
「鷹姫様。お言葉ですが少し慎まれてはどうですか?」
「凛……」
「私も自分の目の前で息子を殺されては気分が悪いですから」
「息子……そういえば、豆坊主はお凛の子でしたね。ちっ……ブツブツ」
ともかく、これで魔法の理論に関しては振り出しに戻ってしまった。
俺も魔法の検証をしたいが、付け焼き刃の魔法では味方を傷つける恐れがある。今は止めておくとしよう。
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翌朝、9月14日辰の刻(午前8時頃)。勝山館に籠城する蠣崎軍は、朝の腹ごしらえを済ませ、今日も王国軍と対峙していた。
全員手には弓、背中には昨日大量に奪取した王国の矢を装備。一丸となって、フルホルメン大佐の部隊を迎え撃つ。
「さあ、今日も我慢の時ぞ。だが、勝利を信じて耐え忍ぶのだ!!」
「御意!!」
今日も味方の士気に問題は無し、と。おかげで、それなりに策をすんなり実行に移せて助かる。
「進めい! 魔法も自在に扱えぬ劣等民ごとき、叩き潰せい!」
「おおおおおおお!!!」
そう感心していると、早速王国軍が剣や槍を持って勝山館に接近。しかも今日は、昨夜とは雰囲気が違う。そのまま数の多さに任せ、今にも館ごと蠣崎軍を押し潰しかねない鬼気迫る勢い。
昨日の『借箭』が相当悔しかったのか、一気に片をつける気だ。
しかし、劣等民とは聞き捨てならない。フルホルメン大佐、魔法使えるからといって調子に乗るなよ。
「うう……岩を転がせえ……」
一方、高所の利を得ているのは蠣崎軍。夷王山の麓から勝山館に至る坂を駆け上る王国軍に向かって、厚谷隊が大きな岩を転がす。
昨日の再現か。それによく見てみると、季貞二日酔いしてないか?
「う、うわああああ!」
「馬鹿の一つ覚えが……。同じ策が、このモルテン・フルホルメンに通用すると思うてか!」
「む!?」
「破壊!!」
さすがに昨日と同じ手は通用せず、フルホルメン大佐が魔法で岩を一気に打ち砕く。しかしそれは計算のうち。
「発射!!」
岩はただの目隠し。死角を幅広く作って、その隙にアイヌの弓兵を配置。そして岩が打ち砕かれ視界が明けた瞬間、矢が一斉に放たれる。
「ぐわあああああ!!」
昨日に引き続き見事な命中率。王国軍兵士が矢の嵐の中で次々と倒れていく。
それにしてもよく飛ぶなあ。やはり弓の造りが蠣崎軍のそれと違うんだろうな。
それに矢がよく飛んでいく分、むしろ狙いを定めづらくて外しそうな気もする。さすがは狩猟民族アイヌ、彼らの矢の腕前は本物だ。
「くっ、前に進めん!」
「おのれ……第一陣撤退! 撤退!!!」
「よし、門を開けよ! 背中を見せる異国人を、追い込むぞ!!」
そして王国軍が撤収し始めた瞬間を狙って、俺を筆頭に追撃を開始。逃げ惑う敵兵を次々と討ち取っていく。
「う、うわあああ! 後ろから敵があああ!!」
「そぉりゃ、そりゃそりゃそりゃああ!!」
俺たちはひたすら槍を振るった。失速した王国軍に変わって、今の勢いは俺達にある。おかげでフルホルメン大佐の連隊は、反撃することも出来ずあっという間に散り散りになる。
フルホルメン大佐は逃げ足だけは速く、討つことは叶わなかったが、連隊の兵のうち500人を討ち取ることに成功した。
俺は高らかに勝ち誇った。逃げる敵兵を指差しながら。
「はーっ、はっはっはっはっは!! これが俺の実力だああ!」
さて、もっと城の外で戦いところだが、これ以上深追いしては他の王国軍の部隊に回り込まれて包囲殲滅を喰らう可能性がある。俺は兵士たちに撤退の指示を下した。
「――まったく、不甲斐ないですこと。劣勢の寡兵ごときにやられたい放題とは」
そんな俺たちの近くから、突然ある1人の女性の声が聞こえた。
「ん……?」
俺は声のした方角を振り向いた。そこには、プラチナブロンドでお嬢様結びの見目麗しい1人の姫騎士。大きめの剣を片手に、白い馬に乗っていた。
今度は誰だ……?
「鋭利な雷光」
「ぐおっ……!!!」
するとその姫騎士は、強力な雷撃によって瞬時に味方の兵をすべて攻撃。俺もその雷撃を受けて強い痺れに襲われる。
そして雷撃が止むと、俺はなんとかその場に立っていたものの、他の兵士は1人残らず地面の上に変わり果てた状態で倒れていた。
「な……そんな……」
あまりに刹那的。人一倍、動体視力に優れている俺の目が全く追いつけない。そして“気がつけば”、全員その場に倒れていた。
なんだよ……あまりに呆気なさすぎる。本当に誰なんだ、あんた。
「――あら? 何故貴方だけ立ち上がっているのですの?」
だが、これだけははっきりしている。この姫騎士、今まで戦ってきた相手の中でも『格』が違う。
単純に戦闘能力だけではない。どこか気品漂う容姿と所作。その一つ一つの質があまりにハイレベルだ。
俺は恐怖を通り越して、彼女に見とれていた。
「その様子……このわたくしに、相当見惚れてしまったようですわね。そこの貴方」
普通ならムカつくその言動にも、まったく反論する気すら起きない。間違いない、この姫騎士は“本物”だ。
「……あんた、名前はなんていうんだ?」
俺は目の前の金髪美女に質問した。
「わたくしは王国軍第2師団長、ヴィクトリア・カルロッテ・ミュルクヴィズラント、ですわ」




