36 勝山館入城
翌日の9月12日朝。俺たちは起きてすぐに、山道を歩く準備を始めた。
とは言え、ここから上ノ国までは下りの行程。坂の傾斜も登りより緩やかになるから、昨日ほど息を切らしながら進むことは無さそうだ。
そして湯ノ岱温泉から西に向かうこと二刻半(約5時間)。そこに広がったのは妙に見覚えのある城館。
そう、コタンシヤムの戦いで激戦を繰り広げた勝山館である。
「ようやく、たどり着いたか……。長かったな」
だが戦況は芳しくないようだった。何故なら、勝山館の麓にある上ノ国の町には、既に数多くの王国の旗が立っていたからである。もうこんなところまで進出してきたのかと俺は驚嘆した。
「父上、ここもそんなに安全とは言えませんね」
「じゃが、もう某らの行くアテは御座らん。かくなる上は、味方とともに館で討ち死にも辞さぬ所存」
いやいや、そんなに死に急がないでください父上。最後まで諦めない心が重要だって言ったのあなたでしょう。でもこの戦況では、それも覚悟しなきゃいけないのかな……。
長距離を歩いてきたのと、味方の不利を見て重い足取りで歩く俺たち。するとリシヌンテが、ハッとした様子で横のほうに目を向けた。
「あれ~? あの人、もしかして~……」
「リシヌンテ?」
そして彼女は勝山館に続く道から外れて、ふと発見した人影の方向に足を進めた。俺もリシヌンテを連れ戻そうと、一旦みんなの元から離れて追いかける。
「リシヌンテ。寄り道しちゃダメだって……」
そうリシヌンテに注意しようとすると、目の前に大勢の人が並んでいるのを発見した。
先頭に立ってアットゥシを羽織り街を眺める1人の老人と、その背後にいる多くの槍や弓を持ったアイヌたち。レスノテクやリシヌンテ同様に、彼らも蠣崎軍の援軍なのだろうか?
するとリシヌンテは、意外な人物の名前を発した。
「――ハシタインさん!」
ハシタイン。確か、「夷狄の商舶往還の法度」で西蝦夷地の代表者とされた人だったな。その関係で今は上ノ国に移住し、コタンシヤムの戦いでも下国親子とともに勝山館の防衛に参加して捕虜となっていたことから考えると、俺たちの援軍に来たと見て間違いないだろう。
しかしリシヌンテ、そんな人物相手に随分と軽い感じで挨拶したな。
「確かに私はハシタインだが、お前は……?」
「覚えてない? リシヌンテだよ~!」
「リシヌンテ? まさかチコモタインのところの……」
「うん! 娘だよ~」
「そうかそうか。忘れてすまぬな。それにしても、大きくなったもんだ。10年以上前は、まだこんなに小さかったもんじゃが」
そういえば「夷狄の商舶往還の法度」は季広とハシタイン、チコモタインの3人が集まって結ばれた条約。つまりハシタインとチコモタインは知り合いであり、チコモタインの娘であるリシヌンテがハシタインと知り合いであってもおかしくはない。
しかし、こうして実際にハシタインに会ってみると、穏やかで親切なお年寄りといった感じだ。そんな彼がいたからこそ、和人とアイヌは100年の争いを乗り越えて和睦できたのだろう。もっとも、コタンシヤムやヌクリといった過激派はいたが……。
「そちらは和人の武士か?」
「あ、はい。そうですが」
するとハシタインは俺の前に移動して、いきなり頭を下げた。
「すまぬのう。先の戦いでは、コタンシヤムとヌクリを止められなくて」
「へ?」
いや、あれはあの兄弟が勝手に暴走しただけの話じゃ……。なんであんたが謝罪するんだ?
「いやなに、私とあの兄弟はもともと交易などで関係があってのう。同じアイヌどうしで互いに支え合う関係じゃった。じゃから、その誼で彼らを諌めたのじゃが、結局は阻止できなかったことを謝ろうと思っての」
「こちらこそ……その……すみません」
俺は返す言葉が見つからず、とりあえずこちらも頭を下げた。
「それで、なぜハシタインさんはこちらに?」
「そのお詫びのしるしに、カムイトクイの娘婿殿に頼んで、ワシらも勝山館で共闘させてもらうことになったのじゃ。イランカラプテ」
「あ、こちらこそよろしく……」
義理堅い首長さんだな。だがおかげで、こちらとしては大変助かる。戦力不足で常時苦戦中だったから、兵が増えるのはありがたい。
「ところでハシタインさん。今って、どんな感じなの~?」
「見ての通りじゃ。町は既に占拠されておる。それにこの状況に対し、和人が如何なる策で上ノ国を守るのかもわからぬ。だから勝山館に向かっている最中だったのじゃ」
「奇遇ですね。俺たちもちょうど同じ目的でこちらに」
「そうかそうか。では、共に行こうか」
「わかりました」
こうして俺たちは、アイヌの首長・ハシタインとその配下を連れて皆のところに戻っていった。
ただ今の戦況を考えると、正直形勢がひっくり返る可能性は極めて低い。ハシタインの兵も多く見積もって500人。勝山館の蠣崎軍に至っては、存在そのものすら疑わしいレベルだ。そんな状況で打開策なんて本当にあるのか?
拭いきれない不安を抱えたまま、俺たちは勝山館へと入っていった。
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勝山館に入った俺たちであったが、過酷な現場にあって将兵たちに息つく暇はない。到着して間もなく次なる戦支度に明け暮れる。
幸いにして勝山館は未だ攻勢を受けていない。恐らく麓の王国軍は、今日ここに到着したばかりなのだろう。でも圧倒的な大軍を前に、蠣崎軍はやはり館に籠ってしまったようだ。
戦支度が終わるとようやく、俺は城代である守継のところへ挨拶に向かった。
「なんだか、この前松前でお会いしたばかりなのにお久しぶりな感じがしますね。越中守さん」
「奇妙なことを申すな、五郎は。戦が始まってから、まだ数日しか経っていないであろう?戦はまだまだこれからでござる。ところで五郎達は何故勝山館に?」
「実は、俺達のいた茂別館が陥落してしまいまして……」
「何? かような話初耳であるが」
あれ? この守継の驚きよう、伝令がこっちのほうまでまだ来ていなかったのか?
「それだけではなく、東の志苔館や宇須岸館、さらには中野館まで陥落してしまいました」
「何だと!?」
突然、相当大きい声で仰天する守継。おそらく彼は、戦闘開始から日が経たないうちに多くの館が次々と落ちたという事実が信じられなかったのだろう。
とはいえ、守継の気持ちもよくわかる。史実でも十二館が次々とアイヌに攻められて陥落する展開はしょっちゅうあったが、いざ目の前にその現実を突きつけられると狼狽するのは仕方ない。俺も正直、それらの館を奪還する自分たちのイメージが全く湧かない。
そう考えると、同じように危機的な状況からこの勝山館で和人武士団をまとめあげてアイヌを撃退した信広公は改めて凄い人物なのだと実感する。
だが、守継の不安はそれらとは別のところにあった。
「脇本館は……無事なのか?」
「え?」
「脇本館は無事かと聞いている!」
そう言って守継は、俺の胸ぐらを掴んで怒鳴り声を上げる。
どうしたんだ守継? いくらなんでも冷静さを失い過ぎじゃないか。何かあったのか?
「え、越中守さん?」
「ハッ……! と、取り乱してしまったようだ。すまぬ」
「一体、どうしたんですか? 越中守さんらしくもない」
俺が質問すると、守継は簡単に口を割った。
「実はな、脇本館に嫡男の宗継を置いてきたのでござる。一応、知内の蝦夷の首長とともに脇本館の守備にあたるように言っていたのだが……。けど五郎の知らせについ、心配になってしまって……」
守継の息子、宗継か。去年脇本館を訪れた時には姿を見かけなかったな。宗継と名乗っていることから元服しているのは確実だろうが、守継と鷹姫が同じ33歳だと考えると、歳は俺とそう変わらないだろう。守継が心配のあまり、俺に強く迫ってきたのもよくわかる。
だが俺たちは脇本館には行っていない。だから答えられることは何もない。
それに知内の首長と言えば、リシヌンテの父親・チコモタインか。彼も一体どうなったのか情報は入ってきていないが、木古内に来たアイヌの援軍は、もとをただせば知内のアイヌ。彼らが全滅してしまった以上、チコモタインも王国軍に捕まったか、討たれたかのどちらかだろう。
そういえば話は変わるが、本州から安東家の援軍が来るっていってたけど、そっちはどうなったんだ?
「越中守さん! お館様は確か、檜山のお屋形様(安東愛季のこと)に援軍を要請したんですよね?」
「あ、ああ。それなのだが……」
俺の質問に答えた守継は、なぜかさっきとは打って変わって声のトーンを落とした。
「……実は先日、伝令兵の乗った舟が1隻だけ、この勝山館の岸にたどり着いたんだ」
船が1隻だけ? それにこの話し方、まさか……。
「その伝令が言うには『援軍は全て海の上にて討ち取られ申した』とのことだ……」
「な……」
今回、援軍を派遣した安東家の兵は、海の上では強いはずであった。安東家は平安時代に出羽や陸奥に土着して以来、日本海や津軽海峡、オホーツク海などを通じて、国内外問わず様々な大名や民族と貿易していたからである。
だが、海の貿易には様々な危険が伴い、特にこの時代は積荷狙いの『海賊』も跋扈している。よって彼らを撃退して交易をスムーズに行わせるためにも、海上での戦いにも慣れておかなくてはならない。だから安東の兵は、そこいらの戦国大名よりも海戦には強く、「安東水軍」の呼び名もつけられるほどであった。
その安東水軍が全滅するとなると、蠣崎にとっても大きな痛手だが、安東にとってはもっと大きな損失なのではないだろうか? 少なくとも、万が一俺たちが勝ったとしても、海上交易が以前の何倍も困難なものになるのは間違いない。
ともかく、今回はアイヌに援軍を頼んでないから、味方の援軍がこれ以上蝦夷地に来ることはなくなってしまった。
「では、越中守さんはどうやって戦うつもりなんですか?」
「確かに、このまま正面から対峙していては、落城は必定だ。だが、1つだけ策がある」
「それは?」
「"兵糧庫"の襲撃にござる」
守継から提案されたのは兵糧庫、すなわち相手の食糧保管庫の襲撃。
いくら王国軍といえど、食べるものが無くてはまともには戦えない。それに数が多い分、より多くの食糧が必要となる。つまり兵糧庫を襲えば、向こうの食糧を奪い取るだけでなく、食べるものが無くなったことに起因する王国軍の士気低下を誘発することができる。
こちらとしても食糧を奪い取ったことで、より長く籠城することができるという算段だ。
しかし問題もある。
「そうは言いますが、肝心の場所については把握しているんですか?」
当り前のことだが、場所がわからなければ襲いようもない。それに向こうは強力な魔法を大量に行使してくる兵の集まり。奇襲するにも相当注意を払わなければならない。
「いや、全く把握できておらぬ。それに敵は大軍ゆえ、兵糧庫も相当な規模になる。つまり効果的に襲撃するには、こちらも何百もの兵を投下せねばならんのだが、そうなると勝山館から兵がいなくなってしまう。おまけに下手に突っ込めば味方が全滅してしまう恐れもある。そこで五郎に頼みたいことがある」
「それは?」
「兵糧庫の発見を兼ねて、敵陣の偵察に行ってほしい。どうだ?」
茂別館の戦いに続いてまたも偵察か。しかし斥候を前線に送る余裕がない現状、俺が行くのが一番理にかなってはいる。
それに俺1人で偵察に行けば、集団で行動するよりも相手に気づかれる可能性は低い。最悪、兵糧庫を発見しだい俺1人でそこを燃やしちゃえばいい。
確かに食糧を”奪う”ことはできなくなるけど、相手の士気を下げるというもう1つの目標は達成される。
「……わかりました。俺が行きます」
「かたじけない。よろしく頼む」
「あ、あともう1つ。俺のほうからも秘策を」
「何? それはなんだ?」
「それはですね……」
実は俺も、中野館から勝山館に向かう途中である策を思いついたのだ。というか、実際は史実の二番煎じとなる策を思い出したというほうが正確なのだが。俺はそれを守継に教えた。
「ふむ……なるほど。しかし、それは上手くいくのか?」
「わかりません。しかし、戦況を好転するにはこうするしかありません」
守継は疑問の表情であったが、それを言い出したら俺も守継の策には困惑の色を隠せなかった。
天地がひっくり返ろうが、何しようが蠣崎軍の劣勢はどうしようもない。
策の連環。やるしかないんだ、俺たちは。
「わかった。後で館内の兵に呼びかけて準備するよう申し付ける」
「ありがとうございます」
「五郎、お互い健闘しよう」
「はい」
健闘しよう、か。『勝利しよう』と言わないあたり、守継、まさかとは思うが勝ちを諦めてるんじゃないだろうな? まあ、内心折れまくりの俺が言えた義理じゃないが。
こうして俺達は、互いの策の準備のために各々の持ち場へと戻っていった




