33 満身創痍の敗残兵
1561年(永禄4年)9月11日申の刻(午後4時頃)。俺たちは中野館から見て北西、木古内山道経由で勝山館の方向に向かっていた。
あの壊滅的な土石流から、運よく一命をとりとめた俺たち。だが、あの場にいた兵士の9割以上にあたる二百数十名が死亡。残り僅かであった不破家の家来に至っては、全員が死亡した。
中野館も恐らく原形をとどめてはいないだろう。土石流にのまれて地面の下に埋まっているだろうし、そもそもあの激しい揺れで建物の全壊は免れない。現代日本でいえば震度7レベルの大地震だったからな。
俺はふと気になって後ろに振り向いた。
幸いにも、王国軍は追撃してきてはいない。そもそも地震動や土石流のせいで山道に至るまでの道のりは土砂や倒木で塞がっている。3000もの兵力でここを進軍することはさぞ難しいことだろう。
だが一方で、「これで少しは安心して進められる」とは、問屋が卸さなかった。
生き残った僅かな味方は、全員体中傷だらけで、満身創痍で道無き道を歩いていたからだ。
「お、おのれい……! この某に、かような傷を負わせるとは……」
広益のオッサンは歯軋りしながら憤慨し、杖代わりに木の枝をついていた。
「父上、大丈夫ですか?」
「お、おう太郎、次郎……。ワシは……なんとか……大丈夫じゃ」
そして父の武治も腕や脚を負傷し、広治と季治、2人の息子の肩を貸してもらいながら歩くのがやっとであった。その父をおぶっている二人にも、顔や脚にいくつかの傷が見える。
「母上……。ここは拙者に背負わせてはもらえませぬか?」
「頼みますよ……三郎、四郎」
母のお凛は、光益と家政が交代でおんぶしていた。
着物は裂け、はだけている。これは、もうすこし裂け目が広がったら素肌が……と言いたいところだが、全身傷だらけでとてもそんな気分になれない痛々しい姿であった。
一方の俺はというと、レスノテクに肩を貸しつつリシヌンテを負ぶっている状態だ。
「……酷い一撃だったな」
「……うん」
「……まさに、カムイの業よね……。それも悪しきカムイ、ウェンカムイのような業……」
しかしながら、『ミズガルズ』の魔法文化は戦慄ものだな。あんな広域殲滅型の攻撃魔法が既にあるだなんて……。
『ミズガルズ』の国を征服できたらその技術を獲得できそうだが、今の俺たちには無理だ。兵力や攻撃力、機動力など全て負けている。
というか、ミネルヴァとフレイアが託した世界征服という使命、そもそも無理があったんじゃないのか?
どう考えても転生先の人選が間違っている。もし転生させるなら、王国の人間に転生させるべきだったんだ。こんな日本の果ての小大名、それもその家臣の五男、そんな立場の人間に転生させてなんの意味があるって言うんだ!
俺は声にならない不満を、脳内でぶちまけていた。
「レスノテク……」
「な、なによ……?」
「リコナイ……だったっけ。あんたが首長やってるところって」
「そうよ……」
「すまなかった……取り返せなくて。俺が茂別館でもっと踏ん張っていればこんなことには……」
「……なによ今さら」
結局、中野館もリコナイも奪還できなかった。
それについては俺も悔しい。だが一番悔しいのはやっぱレスノテク本人だろう。今回の戦いに参加した理由だって、故郷を守るため。それが達成できなかったってのは辛いことだろう。
「リシヌンテ……」
「……」
「……!」
リシヌンテは俺の背中で寝息を立てていた。が、目からは涙がこぼれ落ちていた。
だよな、せっかく切り札を出して奮戦したのに勝てなかったわけだし。それに、彼女だって自分のいた集落の仲間を率いていたわけだしな。彼女なりに責任は感じているだろう。
俺は何も言うことができなかった。
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それから俺達は、何時間も、何時間もかけてひたすら山の中を歩いた。
だがいくら歩けど視界に移るのは山や川、森ばかり。峠は越えたものの、一向に景色は変わらない。何もない山道を俺たちは孤独に進む。
「ハァ……ハァ……」
「藤六様、ここらで休憩致しましょうか……?」
「ええい! 某をなめるでない! 某はまだ歩けるわあ! ……ハァッ……ハァッ……」
俺たちは長時間の山歩きの影響で、広益のオッサンを筆頭に息切れがひどい。
重い鎧兜身に着けてるんだ、ただの登山よりきついのは当然だ。休憩場所も一向に見つからないし、息つく暇もない。
すると父を担いでいた広治と季治、2人の兄がどっと地面にへたれ込んだ。
「兄上?」
「ふ、ふははは……。情けない。もう体力が無くなってしまったようだ」
「拙者も……だ」
そろそろ体力の限界か。そういえば、さっきから皆の足取りがどんどん重くなっていたな。
一応俺はまだ大丈夫なんだが、皆がついてこれないようだったら無理に進んでも意味がない。
景色は相変わらず、見渡すばかりの木、木、木。なんか休憩にはあまり適さないところだけど、仕方ない。俺もレスノテクとリシヌンテを下ろして休むとしよう。
そして2人のアイヌの少女を下ろすと、俺たちは森の奥から煙が上がっているのを発見した。
「煙? 火事、でしょうか?」
「これは……よもや火計ではあるまいな?」
「なんと! 敵が迫っているのか!?」
「まさか、そんなはずは……」
いや、それは有り得ない。俺の瞬間兵力検索に敵兵の情報は一切入ってきていない。それにこんな山奥で火計やったところで、実行した側も焼け死ぬだけ。数で圧倒すれば勝てるのに、そんな無駄なことを王国軍側はしないはずだ。
蠣崎軍だって、勝山館が仮に落ちたところでこっちに向かって進んでくるはずもない。東側の館がみんな陥落したって情報は、山道経由でさすがに伝わっているだろうし。
それにこの煙、よく嗅いでみると硫黄のにおいがする。これはもしや……。
「五郎? どこへ行くのだ?」
「すみません。俺があの煙の正体確かめに行ってきます」
「な……五郎、行くな! 敵がいるやもしれぬのだぞ!」
「そうだ五郎! 待て! 待つのだ!」
俺を必死に引き止める兄たち。しかし彼らと違って、王国軍がいないことを俺は知っている。
俺は一旦、ほかの皆をその場に置いて、1人この道の先の様子を確かめに行った。
「……ラッキー」
俺の予想は間違っていなかった。
さっきの煙の正体は温泉の湯気。俺はその温泉に手を入れて感覚で温度を測ってみる。
「……ちょっとぬるめかな」
この感じ、たぶんだけど40度行くか行かないかくらいだろう。
ただ、体を芯まで温めるにはちょうど良い。皆をここに連れてこよう。俺は来た道を再び引き返し、他の皆のところまで戻っていった。




