32 中野館の戦い その5 再び全滅
「な……」
さすがにリシヌンテが放った一撃は、蠣崎軍と王国軍双方にとって衝撃であった。
――ただ1人の例外、レスノテクを除いて。
「レスノテク……?」
「もっとも、怪しげで強力な術を持ってるのは、こっちもだけどね」
レスノテクは驚かないどころか、飄々とした態度で胸を張って勝ち誇っている。
まさか彼女、すでにリシヌンテが魔法らしきものを使えることを知っていたのか?
「つくづく小賢しい連中ですね。これほど思い通りにならない戦いは、私めの初陣以来ですね」
一方、アストリッドは歯軋りしながらイラついた表情で、レスノテクとリシヌンテ、2人を睨み返す。
初陣以来、苦戦したことが無い? 嘘臭いセリフだな。だがあれほど強力な魔法を使えるのなら、もしかしたら本当のことかもしれない。
俺が見る限り、アストリッドは俺の母であるお凛よりもだいぶ若く見える。つまり指揮官としての経験年数が少ない分、まだ負けを経験したことがないのかもしれない。
「それはどうも。こっちは必死なんだからね」
「負けないよ~!」
何にせよ、魔力の塊のようなアストリッドを前に頼もしい限りだな、あの2人は。
こうしてはいられない。俺も2人に加勢して、アストリッドを倒してやる。
「……母上、もう十分です」
「大丈夫なのですか?」
「大丈夫です。俺の闘志にも火がつきましたから」
母のマッサージの甲斐もあって、体の痛みはだいぶ治ってきた。右肩に微妙な違和感はあるが、今戦う分には問題にならないだろう。 それより、俺もアイツにはやり返したいことが存分にあるからな。
俺は鎧を直し、刀を抜いて立ち上がった。そして咆哮を挙げた。
「アストリッド! 覚悟ォ!」
咆哮と同時に、俺の足がアストリッド目掛けて一直線に駆け抜ける。
いい感じだ、体が軽い。これなら十分にやれるぞ。
「シスター・アストリッドには、指一本触れさせません! 立ち止まりなさ……キャアアアア!」
アストリッドを守るため、聖職者兵が俺の進路を遮る。
だがそれは無意味。一度勢いがついた俺は止められない。俺は刀で修道女達をたちまち斬り伏せていく。
「来ますか、少年」
邪魔者がいなくなり一気に距離を縮める俺。単純にいけば、このままスピードで彼女を押せるはず。
しかし、そう単純にはいかなかった。
「――幻影」
俺は明らかに無防備なアストリッドに、一太刀浴びせる。
悲鳴を上げる彼女。同時に、アストリッドの体からは大量の血が出る……はずであった。
ところが、彼女の体は幽霊のように俺の目の前からスッと消えていった。
「……なに?」
俺はアストリッドがいた位置を茫然と見つめる。手応えはあったはずなんだが、これは一体……。まさか――
「残虐なる鎖」
「ぬふっ!」
一瞬の思索にふけっている隙に、突然後ろから何本もの鎖が俺の首を絞めつけた。苦しさのあまり、俺ももがき始めずにはいられなかった。
「これもブレンダの報告通り、所詮は猪武者でしたね」
さっきのは分身だったのか。しかし、わずかなタイミングで分身を創り上げるとは、コイツもチートが過ぎる。聖職者を辞めて、忍者になったほうがいいんじゃないか?
だが、腕力なら俺にも自信がある。この鎖、魔法で作られたもののようだが、この程度の鎖なら--
「ふん!」
「あら」
俺は剛力を誇る腕力で鎖を掴み、強引に引きちぎる。
どうやら、うまく引っかけたことに油断して、魔力の供給が十分じゃなかったようだ。
もっとも、本人はあんまり驚いてないみたいだけど。
「それを言うなら、この鎖も所詮はヤワな代物だったな」
「……猪武者の分際で何をほざきますか。たかだが鎖を数本引きちぎったくらいで、良い気になるのはまだ早い……」
「百裂裂き」
「キャアアア!」
だが一度油断すると、すぐには取り返せない。俺に白兵戦を挑もうとして、背後から大量の白刃を浴びるアストリッド。この魔法は……リシヌンテのだな。
「いいぞ、リシヌンテ!」
「ふっふ~ん、えへん!」
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名前 アストリッド・フォーゲルクロウ
HP 2205/5737
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急所にあたったらしくHPが一気に減っている。不意をつくこの戦い方、リシヌンテも相当ベテランだな。見た目に似合わず。
「蝦夷もなかなかやるもんだな!」
「達者なものだ……」
「ぅ……ウオオオオオオオ!!」
敵の部隊長に大ダメージを与えたリシヌンテ。攻撃が派手だったこともあり、生き残った蠣崎側の兵士達から歓喜の声があがる。
くそう、カッコいいじゃねえか。俺も後で、2人からアイヌ流の戦い方教えてもらおうかな……。
俺は斜め前に立っているレスノテクとリシヌンテを見つめながら、そう思った。
「ふふっ、ふふふふふふふ……」
しかしホッとのしたのも束の間。アストリッドのいた方角からは、不気味な笑い声が聞こえてきた。
「なんだ? あんな血みどろの状態で、笑っている……?」
「――まったく、つくづく小賢しい割に、愚かな連中ですこと……ふふっ……」
「なに?」
「さっさと降伏すれば、身の安全は保障してあげましたのに……ふふ、ふふふふふふ」
笑い声の主はアストリッド本人。彼女の周りには、いつの間にか聖職者部隊の兵士が全員集まっている。雰囲気が随分怪しくなってきた。
それに、愚か、だと? 。自分の土地を守るために全力で戦うのは普通のことだろ? それを愚かと評する意味がわからない。
しかし程なくして、俺たちはアストリッドの言葉の真意を思い知ることになる。
「――もう、あなたがたの命運は決しました。今すぐこの場で全員埋葬してあげます」
「なんだと?」
埋葬? どういう意味だ? そっちだって、かなり疲弊しているじゃないか。俺たちを殺して全員を丁寧に埋葬する余裕なんて、あるとも思えないけど。
だが次の瞬間、俺たちは彼女たちの膨大な量の魔力に圧倒せざるを得なくなる。
「ふふふ、これを見て恐れおののくがいいですよ」
そう言ってアストリッドは、草むらの下の地面に杖を刺し呪文を唱えた。
『天にまします聖女神様よ、かの不届き者を希望ごと押し潰し給え。崩壊する大地……!』
集結した聖職者部隊。アストリッドが周囲の修道士たちとともに、突然大掛かりな詠唱を始める。すると谷の斜面にまばゆい魔法陣が形成されはじめた。
そして、そこから溢れ出る魔力の強さに、俺たちは思わず息を殺して圧倒される。
しかし、その魔法の対象は俺たちそのものではなく、付近の山のほうに向けられていた。
「なんだ……王国軍の魔法陣が、周りの山を覆い尽くしている……?」
次第に禍々しい暗黒色を強める、巨大な魔法陣。なんだろう、途轍もない現象が起きそうな予感がするが……。
だが、悠長に見守っているほど俺たちもお人よしじゃない。アストリッドたちの意識は俺たちとは真逆の方向にある。こちらに対する警戒が薄いこの時が好機!
俺は痛む体を押して、刀を持って聖職者部隊に近づく。気づいていない。よし、いけるぞ!
だがその時にはもう手遅れだった。
「――終わりですよ、少年」
「何っ?」
「これから始まる崩壊の交響曲、自然豊かな観客席でせいぜい黙って鑑賞していなさい」
アストリッド、何を言ってやがる? それに崩壊の交響曲って、まさか……。
俺は山に張られた魔法陣に目を移した。すると、魔法陣が急に地面に向かって一直線に大量の光を発射。と同時に、一帯の地面が激しく揺れ動き始めた。
「う、うわあああ!」
「た、立っていられん!」
「みんな! 伏せて!」
揺れの強さに、本能が身の危険を即座に感じとる。何か丈夫な物陰に隠れないと……。
俺たちの近くに幹のしっかりした木はほとんどない。広益とレスノテクによる火計と、アストリッド、リシヌンテによる魔法の応酬のせいで、木や草はことごとく焼き払われているか、地面に埋まったまま。
周囲には今もなお燃えている木もあり、とても身を隠せるような状態ではなかった。
「こ、こわいよ~……」
身を隠せないのなら、一か八かリシヌンテの魔法に賭けるしかない。
「リシヌンテ。あの長袖の服の女みたいに、俺たちを倒木や火事から防御してくれる魔法はないか?」
「一応、あるにはあるけど~……」
「時間がない。それに賭けよう」
「わかった。やるよ~……」
俺は、リシヌンテに残りの蠣崎軍・アイヌ兵の命を託した。
彼女の魔力は王国軍との戦闘を経てもなお健在。障壁を張れるなら、貴重な戦力を失わないためにも、そうさせてもらうしかない。
激しく揺れる地面の上、リシヌンテはありったけの力で踏ん張りながら、ありったけの想いを込めて詠唱と舞いを始める。
「みんなを守りたい」。その確かな意志は、ヒシヒシと俺にも伝わってきた。
きっと間に合う。ギリギリでも間に合う。いや、間に合ってくれ……!
だが、俺の予想は甘かった。甘過ぎた。次の瞬間、周辺の木々や山の斜面が、巨大津波のごとき勢いで一斉に大崩落を引き起こし、猛スピードでこちらに迫っていた。
聖職者部隊が発動した魔法陣は、人智を超えたレベルの自然災害を人工的に誘発させた。
「ぐおおお!」
「助けて、助けてええええ……!!」
俺たちのいる地面も、猛スピードで中野館のある麓めがけて急速に崩れていく。
同時に、俺たち一族や広益を始めとする蠣崎軍、そしてレスノテクやリシヌンテなどのアイヌたちも、その崖崩れに飲み込まれて落下する。
「きゃあああああ!」
「死にたくないよ……」
至るところからあがる味方の悲鳴。しかし斜面崩壊は下流に向かうごとに勢いを増すばかりであった。
「あらあら、観客席まで消えてなくなりましたか。それは、残念」
リシヌンテが作りかけていた障壁は、魔力の供給が強制ストップして、あっさりと空中から消滅。
一方で聖職者部隊が立っている部分の地面は、彼女たち自身が展開したと思われる防護用の魔法陣によって崩落を免れていた。
土石流に飲み込まれる中、聖職者部隊のほうを見ると、血まみれになりながらも浮かべているアストリッドの狡猾な笑みがイラつくほど目に焼き付いた。
――そして俺は、全身が土に埋もれていく中、上から降ってくる木々の幹に次々叩きつけられながら意識を失ったのであった。




