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不破一族の多世界征服記  作者: 伊達胆振守(旧:呉王夫差)
第3章 対ミュルクヴィズラント戦争(第一次永禄の役)
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30 中野館の戦い その3 アストリッドの改宗勧告

「私めの名前はアストリッド・フォーゲルクロウ。ミュルクヴィズラント王国軍第1師団第4連隊の副官にして、聖職者部隊ローヤリテット・ヴァルキュリアを率いる者です」


 やっぱり部隊長だったか。しかも第1師団ということは、ブレンダと同じ師団の所属か。


「俺は不破五郎武親だ」


 さすがにこちらも名乗らないには礼を失するので、俺は皆より前に出て儀礼的に名前を明かした。


「フワゴロウ……。なるほど、ブレンダが『1人だけ武勇に長けている少年がいた』と報告していましたが、それがあなたでしたか」


「なんだ、知ってたのか」


「ええもちろん。今の我が軍で最も警戒する人物が、ほかならぬあなたなのですから」


 どうやら、茂別館の戦いにおける俺の戦ぶりは王国軍にとっても注目の的であったようだ。確かに一回の戦で4000人もの兵士を討ち取る人間が現れれば、そうなるのも不思議ではないか。


「なんじゃと! お主らの目は腐っておるのか! 当家一の武辺者はこの小童などではない! この某じゃあ!」


 オッサンうるさい。


「でも、こんな幼気(いたいけ)な少年とは思いませんでしたよ。その小さな体で、似合わぬ重責を負わされているですこと」


 小さな体は余計だ、全く。

 確かに今の俺の身長は5尺(約151.5㎝)に満たないけどよ。前世はもっとあったんだよ。この時代の栄養状態がそこまで良くないから伸びてないだけの話だ。


 だが似合わぬ重責か。それは言えてるかもな。

 前世では自分の人生に絶望して自殺したしょうもない自分を、あの例の女神達によって戦国武将に転生させられたが挙げ句、『世界征服』の使命まで与えられて。


 もっともアストリッドは俺の事情なんて知らないだろうが、『似合わぬ重責』という評価はまさに的を射ている。


「……ところで、さっきから詠唱の度に聖女神様、聖女神様言ってたけど、誰のことだ? もしかして、ミネルヴァやフレイアのことじゃないだろうな?」


 俺はアストリッドに質問した。するとアストリッドは、ややハッとした表情でこちらを見返してきた。


「これは……驚きですね。まさか異世界の地でその名を聞くとは」


 ……異世界? なんだ、王国軍の人間もこの蝦夷地がミズガルズから見て異世界の地であることを認識しているのか?


「み、みみ、みね……?」


「五郎? それは一体なんじゃ?」


「――戦の後で説明します」


 一方で、聞き慣れぬローマ神話や北欧神話の女神の名前に、父やアイヌの人たちは首を傾げていた。


 ミネルヴァやフレイアの名前を口にできるのは、俺が単純に西洋の神話にも精通した状態でこの世界に転生したから。慶広以外の蝦夷地の人間で知っている人間がいたら、むしろその方が驚きだ。


「あなたも、随分この世界にとって異質な存在のようですね。周りの方は、あなたの言っていることが理解出来ないようですよ?」


「それは光栄だな」


 しゃあない、後で蠣崎軍側の皆にはしっかり説明しておこう。今はそれよりも、アストリッドの答えが聞きだい。


「それにあなたの推理も間違いですよ。その2名は、私めどもが信仰する数多の神々の一部に過ぎません」


 ええと、確かミュルクヴィズラント王国の宗教は……フルホルメン大佐の要求文書に書いてあった、“パトロヌス教”か。

 どうやら聖職者の格好はキリスト教風だが、中身は一神教ではなく多神教のようだな。


「聖女神様の名をお出しするのは、私めども下界の者には憚られることですが、何も知らない異教徒のために敢えて教えておきましょう」


「前置きはいい。早く教えろ」


「――“メルティーナ・カエキリア”。それが畏れ多き聖女神様です。」


 メルティーナ・カエキリア……聞いたことのない神様だな。どうやらミネルヴァやフレイアは共通の存在でも、『ミズガルズ』特有の神々もいるようだな。


「その表情、まるで聖女神様のことを存じない顔ですね。ミネルヴァ様やフレイア様は知ってる癖に」


「あっそうかい。何分、変なところで無知なもんでね」


「――ならばあなた方に、ここで1つ条件を出しましょう」


 条件? いきなりここで何を言い出すんだ、アストリッドは?


「ここで、パトロヌス教に改宗してください。敵であっても、無知なあなた方をこの私めが聖女神様に代わって正しき方向に導いて差し上げます」


 ちっ、特定の宗教に凝り固まって、驕り高ぶっている。聖職者には多い『自分の宗教こそ絶対』の人間だな……。


「聖女神様やパトロヌス教は、これまで様々な異教の神々や精霊を受け入れてきました。もちろん、人間も同じです。この地にもこの地の神や生活というものがあることでしょう。聖女神様はそれらを決して拒むようなことはしません。現に我が軍が捕らえたあなた方の将や兵士は多くがパトロヌス教に改宗しております」


「……」


「もしここであなた方もパトロヌス教に改宗するのであれば、降伏しようとも受け入れますし、たとえ降伏を拒否して逃走したとしても追撃することはありません。どうですか?」


 まさか、この場で改宗を迫ってくるとはな。


 確かにアストリッドの口ぶりを聞くに、パトロヌス教は日本の神道と通ずるところはあるけれど。

 でも状況を考えてみろ。お互い刃を交わして、死闘を繰り広げている状態だ。これで蠣崎軍側が「はい、改宗します」なんて言うわけないだろ? 時を考えろ、時を。


「何を異なことを申されるか。かような場面にて、異国のわけもわからん神を信じよなどと申されても、某には到底出来んわあ!」


「アタシはあんたの言った教えには共感するよ。でも、アタシたちの集落を占拠しておいて、そんな傲慢な要求、受け入れるわけないじゃない!」


 アストリッドさん。あんたの交渉、失敗に終わったようだぜ。

 もっともアストリッドの表情から察するに、もとから成功するとは思ってなかったみたいだが。一応、提案だけはしてみたって感じだ。


 だが彼女の言うことが本当だとすれば、捕縛された季連や良道はもうパトロヌス教に改宗したということになる。

 でもここは戦場、互いに相手の士気を下げるために様々な流言や偽報が飛び交うのが当たり前の現場だ。だからの彼女の言うことは差し引いて考えないとな。


「あら、それは残念。でも今は意地で抵抗しているあなた方も、いずれすぐに改宗することになりますよ」


 王国軍め、連勝続き天狗になってやがる。だが、こちらはもう手駒が足りなさすぎる。このままでは、アストリッドの予言がその通りになってしまうぞ……。


 敵の大軍勢によって、幾度となく窮地に追い込まれる蠣崎軍。しかしここで、まるで俺たちのピンチを嗅ぎつけたかのように、王国の聖職者部隊が背後から何者かに襲撃され始めた。


「だ、誰だ?」


 襲撃のあった地点では、王国軍の修道士達が次々と謎の砲撃を受けて空中に飛散。地面に次々と血まみれの修道士たちが倒れていく。


 完全に現場には俺たち数人しかいないと、高をくくっていたであろうアストリッドたち。

 そんな彼女たちも、音もなく忍び寄ってきた相手に意表をつかれて一挙に大混乱に陥った。


「あなた方、お静まりなさい! 手負いの獅子を前に、みっともない声をあげてはなりません!」


 混乱のあまり、アストリッドの統制も利かなくなる始末。

 しかし、リコナイにいる蠣崎軍やアイヌ兵は全員が彼女たちの手前にいる。そうなると、一体誰が彼女たちを襲っているのか?


 その時、俺の索敵網に1人の味方の反応が現れた。

 援軍に来た人物に心当たりのない俺たち。しかしレスノテクだけは、聖職者部隊の後ろに現れた人影を見て、パァと笑顔を咲かせていた。 


「――リシヌンテ!」


「イランカラプテ、レスノテク~! 待たせてゴメ~ン!」


 レスノテクの先には、アイヌ風の巫女服を纏った、緑のロングヘアーの元気な少女が1人。

 太陽のような屈託のない笑顔を浮かべて、こちらに参上してきた。


「その名、お前も蝦夷の者に御座るか?」


「む~。“蝦夷”なんて言い方は止めて~。ちゃんとアイヌって呼んでくれないと~」


「む、それは失礼」


 これまた、この戦場に相応しくない陽気な子だな。無邪気な笑顔が眩しく写っている。

 さらに彼女の後方からは、槍や弓を持ったアイヌの兵士たちが大勢やってくる。まさか、彼女が率いてきたと言うのか?


「あ、ボクの名前はリシヌンテ! チリオチの首長・チコモタインの娘で~す」


 なるほど合点がいった。この子がレスノテクが言ってた『親友』か。だが正直、態度や話し方を見る限りでは、指揮能力に問題がありそうな気がしないでもない。


 血みどろの舞台に似合わない、ひまわりのような性格。が、レスノテクが援軍にきてくれて笑顔になるくらいだ。実際は、見た目以上に結構戦える奴なんだろう。


「今の敵は、あの白い服と紺の服の人たちなんだよねっ?」


「そうよ。一緒にやってくれる?」


「もっちろ~ん! 行こっ、レスノテク!」


「イヤイライケレ! よっしゃあ! 派手に散らすわよ!」


 おお、アイヌコンビがいい感じに意気投合している。俺も負けてはいられないな。


「くっ……」


 だが茂別館で負った大きな怪我が、俺に容赦なく待ったをかける。


 だから、なんでこういう時に限って体が痛むんだよ。俺にも共闘させてくれよ……。

 だがリシヌンテ率いる援軍が来たことで、再び優勢は蠣崎軍側に傾いてきた。やり返せ! 2人とも。


 そして怪我と体の痛みに苦しむ俺は、情けなく応援に回ったのであった。

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