28 中野館の戦い その1 意外な善戦
日が開けて翌日の9月11日。
俺たち不破家の一族は山中で一夜を明かした後、再び中野館目指して進んでいた。
しかし野宿したせいか、体の疲れはあまり取れず、それどころか寝違えた時の痛みが付加されてしまう始末であった。
「五郎、大丈夫か?」
「兄上、俺は大丈夫です。先を急ぎましょう」
でも立ち止まってはいけない。こうしている間にも戦況は徐々に悪化しているんだ。まずは中野館の味方と合流しないとな。体の痛みは気力で耐えてみせる!
俺は王国軍のみならず、自分の肉体の痛みとも格闘していた。
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小一時間ほど歩き、僅かに平野が、と言うよりは谷の間に平地を微妙に足したような地形の場所が見えてきた。
ここまでくれば中野館はもうすぐだ。だが一面、木が鬱蒼と生い茂っていて、一目見ただけではどれが中野館かはわからない状態だ。
「中野館はどちらにあるのかしら?」
「この谷をさらに下った先に開けた場所が御座る。その中に小高い丘と土塁が見えるはずじゃ。そこが中野館で御座る」
「それより母上、なんか随分とあたり騒がしくはありませんか?」
「え? ……あら、本当ですね」
今俺達は、中野館近くを流れる中野川の上流に潜伏している。
そして少し下流側からは、何やら法螺貝や叫び声などが聞こえてくる。どうやら下流で蠣崎軍と王国軍が戦闘を行っているようだ。
「もう敵がここまで迫っておるのか……」
「父上、いかが致しますか?」
「決まっておろう。我が方の戦ぶりを見に行って参る。皆もついてくるのじゃ」
俺たちは父の指示に従って中野川の河岸を下りはじめた。
すると、一際大きな、そして聞き覚えのある野太い中年男性の声が下流から飛ばされているのが聞こえた。
「全軍! あるだけの矢を射抜くのじゃ!」
何故だろうか。この声を聞くと、妙な嫌悪感が俺の中に走ってくる。まさかこの声は……
「かの声は、もしや……」
「父上?」
一方、その声を聞いた父は足を早めてさらに川を下流へ下流へと下っていく。俺たちも必死に父の後を追った。
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「全軍! 攻撃を一時中止せよ! 敵を限界まで引きつけてから、攻撃再開じゃあ!」
「御意!」
「敵が奥深くまで来たら、和人と協力してありったけの矢を浴びせなさい! いいわね?」
「はっ!」
谷沿いの斜面に生い茂る木や草の中で身を潜めつつ、共同で王国軍と対峙する蠣崎軍兵士とアイヌの集団。
その中で豪快に采配を振るう2人の人影。それは、見慣れた甲冑姿のオッサンと、見慣れない1人のアイヌの少女であった。
「長門殿?」
「むっ……? な、やや! まさかお主……兵部少輔殿か!? かような地でいかがなされたか? そもそもお主らは茂別館を守っていたのではないのか?」
甲冑姿の男性は長門広益であった。
げ、ここで広益のオッサンの登場かよ。そもそもオッサンは徳山館で戦支度をしていたはずだ。なのになんでオッサンが中野館の近くにいるんだ? ここから松前まで徒歩で2日以上はかかる距離なのに……。
しかしながら、和人である蠣崎家の武士とアイヌが共闘するとは珍しい光景だ。
去年、上ノ国で盛大に殺しあっていたばかりなのに、さすがに共通の敵を目の前にして手を組まざるを得なかったということか。
「情けなき話に御座るが……某らは、茂別館から逃げてきてしもうたのじゃ。兵も民も皆失って、今やこの有様よ」
「ふむ、先ほど某の所に届いた伝令は真のことであったのか……」
どうやら東の4つの館が落ちたという報告は、もう中野館にも伝わっていたようだ。
「長門殿は何故こちらに?」
「お館様が東側の館の援軍に向かうよう某に命じられたのじゃ。最初は兵部少輔殿や三左衛門殿(志苔館主、小林良道のこと)の元に参ろうとしたのじゃが、茂別より東が全て敵の手に渡ったという伝令を受けて、急遽彦助殿(中野館主、佐藤季連のこと)の援軍に回ることにしたのじゃ」
「そういうことで御座ったか……」
「茂別館を失ったのは痛いが、この長門藤六広益がいれば、妖魔どもなど一ひねりよ!」
仮にも猛将であるオッサンを、本拠地の徳山館に置かなかった? 確かに松前には、慶広というチート能力の持ち主にして14歳で既に戦いのベテランという人物はいるものの、今回の敵軍は2万は超える大軍。
正直慶広一人では荷が勝ちすぎるこの戦、季広はなぜ松前に留めておかなかったのだろうか?
でもおかげで、ここでは東部における悲惨な戦況をものともしない応戦ぶり。王国軍側が苦戦しているのが、敵の悲鳴だけでもよくわかる。
それに、気になることがもう1つある。
「このアイヌモシリを見知らぬ兵に荒らされてはいけない! なんとしても、このリコナイは守り抜くわよ!」
広益のオッサンの横にいる茶髪のアイヌの少女、一体どこから引っ張り出したんだ? と言うか、誰?
「あ、あの……君……」
「なに? 今は戦中よ。世間話なら後にして」
うわ、堅物って感じの女の子だな。目の前に集中しているのは理解できるけど、実に素っ気ないな……。
でもアイヌらしく弓の腕は達者だ。一度に5本いっぺんに発射し、どれも正確に命中させている。彼女も相当訓練を積んできたのだろう。
「長門殿。かの少女は何者じゃ?」
「中野館近くにある蝦夷の集落、木古内を治める女首長だそうだ。名前はレスノテクとか申してな。ここにいる蝦夷の兵を率いているのもあやつじゃ」
レスノテクと呼ばれる少女。周囲のことには関せず、配下のアイヌとともにただ冷徹に矢を王国軍に向けて放ち続ける。
「ぐっ……」
「撤退、撤退だぁ! これ以上の犠牲は危険だ!」
谷の下から王国軍司令官の命令が聞こえる。そしてレスノテクと広益の奮戦により、3000以上はいる王国軍は退却を始めた。
「とりあえず、凌いだか……」
ここにいるアイヌの兵は約500人。広益が率いている和人の兵は150人。
そんな寡兵にもかかわらず、魔法や異種族の存在にも屈せず強力な王国軍を退けるか。実に心強い人たちだ。
「さっきは悪かったね。アタシはレスノテク。リコナイの首長よ」
「あ、ああ。俺は不破五郎武親。よろしく」
「え? じゃあ、まさかアンタがあの『熊殺しの珍妙丸』とか言われていた和人?」
「え? まあ……そうなるかな」
「これは光栄ね。リコナイだけじゃなく、アイヌモシリの各地で有名になっている少年と会えるなんて。これからよろしくね」
「ど、どうも……」
ちょっと前の仕事モードから一転、わりと気さくに話しかけてきたレスノテク。心のスイッチのオン・オフが上手い子のようだ。
「この500の兵は、レスノテクが連れてきたのか?」
「それは少し違うわね。ここにいる兵の大半は、チリオチの首長・チコモタインが方々の集落からかき集めてアタシに預けてくれたものよ」
アイヌとの交易の関係上、蠣崎家の人間から蝦夷地東部のアイヌの代表として扱われているチコモタイン。彼も蝦夷地侵略の危機に立ち上がってくれたようだ。
「今はリコナイも敵に占領されてるの。だから、アタシはそれを取り戻したい」
そうだ、ここは和人以上にアイヌにとって大切な土地。そりゃ、故郷のために必死に戦うよな。
「あと言い忘れてたけど、後でアタシの親友も参戦するんだ。そっちもよろしくね」
「へぇ、親友か……」
父上。この様子だと、勝山館まで逃げる必要は無さそうですね。立派な戦力がいる。まだ蠣崎軍は死んでない!
「ところで、彦助殿はどこにおられるのじゃ?」
中野館は代々、佐藤氏が治める拠点。
そして現在の佐藤家当主は佐藤彦助季連。彼も季広の命に従って中野館の防衛に当たっていた。
「……実はな、彦助殿は子息ともども、捕虜になってしまわれたのじゃ」
「ほ、捕虜ですか……」
広益の口ぶりから察するに、中野館は既に陥落してしまったようだ。
「そういえば志苔館や宇須岸館でも、武将が皆捕虜になっていると聞くが……」
「某の見立てでは、どうも向こうは生け捕りを命じているらしいのじゃ。討ち取ることよりも遥かに困難なはずの生け捕りを、何故か敵は敢えて実行しておるのじゃ」
生け捕りを命じている? 確かにこちらとしては、味方の犠牲が減ってくれればそれに越したことはない。
けど、王国軍がわざわざ生け捕りにする狙いって何だ? 王国側に寝返らせようと、工作しているのか?
いや、そんな必要は無いはずだ。そもそも兵力差は再三伝えているように圧倒的。戦に勝つためだけなら、そんな手間は省くべきなんだ。
「もはや向こうは戦の全面的な勝利を確信して、占領後の工作を行っているのか……」
「縁起でも無いことをいうな、父よ」と言いたいところだが、その可能性は大いに考えられる。
王国の最終目標も俺たちと同じく『世界征服』。征服後の統治を円滑に進めるためにも、現地の事情に詳しい俺たちを味方につけたい気持ちはわかるし、理にかなっている。
が、俺たちとて彼らの好きになんてさせたくない。この雄大な蝦夷地、王国には絶対に渡さないぜ!
「ともあれ、今はこの谷に敵兵を引き付けて三方から矢を浴びせておるところじゃ。そして数が減ったところを追撃をかけて陸から追いだし、中野館を奪還する。それが某の作戦じゃ」
「ふむ、なるほどな」
「兵部少輔殿も他の皆もお疲れじゃろう。今日は某と蝦夷の兵の戦ぶりを肴に、ここでゆっくり休むとよい」
優しい言葉をかけつつ、オッサンが俺を睨みながらそう言った。
この前徳山館で言っていた『どちらがより活躍するのか』という勝負のこと、まだ覚えていたんだな。悔しいがオッサン、今日のところはあんたの戦い方を見せてもらうよ。
俺たち不破一族は中野館の北の谷において、長門広益とレスノテク、この2人の戦ぶりを見学することとなった。




