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不破一族の多世界征服記  作者: 伊達胆振守(旧:呉王夫差)
第3章 対ミュルクヴィズラント戦争(第一次永禄の役)
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27 パトロヌス教司教アストリッド、出陣する

 茂別館陥落後、王国軍は茂別館を新たな拠点とし、次の進攻作戦を練っていた。

 そんな中、かつて評定の間として使われていた大部屋に臨時でおかれた師団長室では、男の怒号が飛び交っていた。


「なにをやっとるか! ヤーネフェルト大佐! ルンベック大佐! 我が王国が誇る精鋭部隊を2つも壊滅させるとは、貴様らにはやる気はあるのか!」


 怒号を飛ばすのは、ミュルクヴィズラント王国軍第1師団の副師団長を勤めるクラース・ベルセリウス准将。クラースは茂別館の戦果に強い不満を示していた。


「も、申し訳ございませんっ! 我らも奮戦したのですが、敵方の抵抗が激しすぎて……」


「言い訳はよい! 貴様ら、次の階級査定、楽しみにしておくことだな」


「そ、そんな……」


 クラースの宣告に、前線でそれぞれ連隊を率いていたパトリック・ヤーネフェルト大佐とドグラス・ルンベック大佐は大きなショックを受けていた。


「クラース、もうそのへんで良いではないか」


 そんな彼らに救いの手を差し伸べた女性は、第1師団長を勤めるイングリッド・ティルダ・ミュルクヴィズラントであった。


「殿下! それでは他の士官や兵士たちに示しがつきませぬぞ! 大陸最強と謳われる王国軍のなかでも精鋭ぞろいとして名高い第1師団が、寡兵ごときにこうも損害を受けては、他の師団の士気にも関わるのですぞ!」


 クラースから「殿下」と呼ばれるイングリッドとという女性は、ミュルクヴィズラント国王ヨアキム1世の長女にあたる人物であり、男子のいない父王から王太子に任命されている女性でもあった。

 さらに軍事国家であるミュルクヴィズラント王国では王女も軍人として活動しており、イングリッドは中将の肩書きを持つ立派な将軍でもあった。


「ならば、妾が直々にこの場で処分を申し渡そう。ヤーネフェルト大佐とルンベック大佐、2人に減給処分を言い渡す。半年間給料を半分に減らすゆえ、しっかりと反省するのじゃぞ。じゃが降格はせん。そこは安心せい」


「殿下!」


「は、ははっ! ありがたき幸せ!」


「誠心誠意反省し、次の戦に備えます!」


「うむ、よい心がけじゃ。下がってよいぞ」


「ははっ!」


 2人の大佐は頭を深々と下げ、席に戻った。


「よろしいのですか殿下。減給処分のみを課して、降格させぬとは……」


「そなたは少々厳しすぎる。そもそもここは異界の地、そなたも妾も想像だにせぬ強敵が現れてもおかしくはない。それがたまたま今回の戦で遭遇しただけのこと。そうではないか? クラースよ」


「……そうでしたな。我らは異世界人の島にいるのでしたな。殿下の仰ることもごもっともです」


「わかればよいのじゃ」


 するとここで、ヤーネフェルト大佐は手を挙げた。


「殿下! その件で、我が連隊を散々に荒らし回った強敵と実際に矛を交えた士官をこちらに連れて参りました」


「ほう、それはありがたい。これで詳細な情報が聞けるというものじゃ。入れよ」


「はっ! ではラーゲルクヴィスト少佐、中へ」


 ヤーネフェルト大佐の命令を受け、ブレンダが師団長室に入る。普段師団長室で行われる作戦会議は中佐以上の人物しか参加しないが、今回は少佐であるブレンダに特別に入室が許可された。


「第1師団第2連隊所属、獣人大隊長のブレンダ・ラーゲルクヴィストです」


「ブレンダか。そなたの名はよく覚えておるぞ。なにしろ当師団で一番年若い士官なのじゃからな」


「私の名を覚えていただき、光栄に存じます」


 この時、ブレンダはまだ15歳。イングリッドも18歳で師団長を勤めるなど、10代の士官が珍しくない王国軍ではあるが、その中でもブレンダはかなりの若手であった。

 さらに平民出身であるにもかかわらず実力で15歳で少佐に昇進したことから、師団内では彼女に期待を投げかける者も多かった。


 だがそのブレンダも茂別館の戦いで重傷を負い、腕には包帯が巻かれ、左目も斬られて全く見えなくなり、他にも体中に無数の傷がつけられるなど悲惨な有様であった。


 しかしそれでも彼女は痛みを訴えることなく、淡々と強敵について語っていく。

 

「それで私が遭遇したその敵ですが、その者は相当な怪力で、身長2mを超える大柄の獣人兵を槍一本で一度に何十人も吹き飛ばすほどでした。また弓矢の扱いにも長け、一度に5本の矢を連続で放ち、ほぼ全てを王国軍の兵士に当てるほどの腕前を持っていました。さらには超音速の熱風を受けて大樹に激突しても無傷ですぐに立ち上がり、何十、何百の我が軍の兵を次々と倒すほどでした」


 ブレンダの報告に、師団長室の中はどよめきに包まれた。


「そのような人物が敵にいたとは……さぞ大柄で頑丈な男なのでしょうな」


「いえ、その者は私よりも一回り体が小さく、目測ですが140cmあるかどうかの小柄な少年でした。歳も私と同じか少し下のようにも見えました」


 戦場での活躍と全くリンクしない強敵の容姿に、他の士官からは疑いの声が続出する。


「な……ラーゲルクヴィスト少佐よりも幼い少年が、左様に前線で暴れ回っていただと……?」


「信じられん……この世界には、そのような人物が他にもいるのか?」


「有り得ん! 実に疑わしい! 何かの間違いであろう」


「そうだそうだ! そのような小柄な少年が単身で何千もの兵を倒せるはずがない!」


 手負いのブレンダに浴びせられる無数の心ない士官たちの声。それらに待ったをかけたのは、師団長のイングリッドであった。


「静まれ、皆の者よ。ブレンダもその少年と戦ってこれほどの大怪我をしておるのじゃ。疑うのはやめぬか」


 さすがに最高司令官の言葉には逆らえず、士官たちは静まり返った。


「それでその少年、名はなんと申しておった?」


「フワゴロウタケチカ……彼はそう名乗っておりました」


「フワゴロウタ……聞き慣れぬ名じゃな。さすがは異世界人と言ったところじゃのう。それで、その者は今どこでどうしておるのじゃ?」


「配下の者の報告によれば、満身創痍でそこの川の上流へと駆け抜け、山の中に消えたそうです。少年の頑丈さを考えると、今も近くの山に潜んでいることでしょう」


「そうか。報告ご苦労。怪我の具合もあるじゃろう、しっかりと治療を受けて養生してくれい。下がってよいぞ」


「はっ」


 ブレンダは一瞥して師団長室を後にした。

 

「……少佐の報告が本当だとすれば、とんでもない逸材ですな。下手をすると、ヴィクトリア殿下やスヴェンセン将軍にも匹敵するほどの剛の者かもしれません」


「妾もそう思っていたところじゃ。フワゴロウタケチカ……どうにかして、味方に引き込みたいものじゃのう」


 イングリッドはタケチカなる勇猛な少年の手強さに頭を悩ませつつも、彼の獲得に意欲を示していた。


「どうやらここは私めの出番のようですね」


 そんなとき、1人の白い修道服の女性が師団長室の襖を開けて中に入る。


「アストリッド……祈りの時間は終わったのか?」


「はい。聖女神様(せいじょしんさま)のご加護を賜りたく、時間をかけてお祈り申し上げておりました」


 修道服の女性の名はアストリッド・フォーゲルクロウ。階級は中佐であり、普段は第4連隊長マデリーネ・ホルムバリ大佐の副官を勤める女性である。また彼女自身も独自に1個大隊を保有しており、最前線で指揮して戦うこともしばしばあった。

 しかし彼女は王国軍士官とは別のところで高い名声を誇っていた。


「おお、『宣教の戦乙女』と名高き司教、アストリッド様がついに姿をお現しになったか……!」


「猊下!」


「ああ、猊下! 今日も一段と清らかで麗しい……。心が洗われていくようだ……」


 アストリッドの登場とともに、王国軍の士官は次々と手を組んで彼女に向かって祈りを捧げた。


 アストリッドは、ミズガルズで広く信仰されているパトロヌス教の司教であり、ミズガルズ各地で宣教活動に携わる人物として知られていた。


 彼女がまだ助祭や司祭であった頃、彼女自身が征服した土地で宣教活動を大々的に展開して300万人以上の信徒を獲得。また戦場では光属性魔法の優秀な使い手として敵の将軍を次々と討ち取っていくなど、鬼神の如き活躍を見せていた。

 それらの功績から、アストリッドはパトロヌス教会から20歳にしてクヌーテボリ司教に叙任されるという、異例の抜擢を受けることになったのである。


 そのような活躍を果たしていく中で、民衆は彼女をこう呼んだ。『宣教の戦乙女』であると。


「その少年、私めが率いる聖職者部隊『ローヤリテット・ヴァルキュリア』が聖女神の名のもとに叩きのめして差し上げましょう。そして聖女神様に代わって正しく清らかなる教えに導いて差し上げます」


「おお! さすがは敬愛なる乙女、シスター・アストリッド!」


「猊下! 件の少年に鉄槌と福音を!」


 アストリッドの所信表明に、師団長室内の士官は大いに沸き上がった。


「ではアストリッド。フワゴロウタケチカとの戦い、そなたに一任する。上官であるマデリーネと協力して、必ず捕らえて味方に引き込むのじゃ」


「承知致しました。ですがその前に、さきほどの猫人族びょうじんぞくの少女をもう一度こちらにお呼びください」


「……もしや、奇跡を披露するつもりか?」


 イングリッドはアストリッドに問いかけた。


「もちろんです。聖女神様のご加護を皆様にも見せて差し上げないと」


「わかった。パトリック、ブレンダを連れ戻して参れ」


「はっ!」


 アストリッドの提案を受け、再びブレンダは師団長室に戻されることが決まった。 



 ■■■■■



「猫人族の少女、ブレンダ・ラーゲルクヴィストよ。聖女神メルティーナ・カエキリアに清き祈りを捧げ給え」


「……天におわします聖女神メルティーナ・カエキリア様。私、ブレンダ・ラーゲルクヴィストの体の傷をどうかお癒しください。私はこれからも聖女神様に深く帰依することを誓います……」


 師団長室に戻されてすぐ、アストリッドに向かってひざまずいてメルティーナ・カエキリアに祈りを捧げるブレンダ。

 するとブレンダの体が白く光り、全身至るところに刻まれていた彼女の傷は瞬く間に跡形もなく消え去っていった。


「おお! 少佐の怪我がみるみるうちに治っていくぞ!」


「しかも、負傷して見えなくなっていた左目がちゃんと動いている!」


「さすがはアストリッド猊下! 神託(オラクル)を授かる本物の聖女が奇跡を起こしたぞ!」


 アストリッドが眼前で起こした奇跡に、王国軍の士官たちは歓声を揚げた。


 もちろん、王国軍兵士も回復魔法を使える人物は多く存在する。だがそのほとんどは、応急処置レベルの回復魔法しか使えない者たちであり、アストリッドのように腹部にできた大きな裂傷や失明した目を一瞬で治せる人物はごく限られていた。


 そのような強力な回復魔法を行使できる者は、男性ならば聖人、女性ならば聖女として崇敬を集める存在となっていた。


「信じられません……まさか、少年に傷つけられた左目がまた見えるようになるとは。猊下の奇跡の力は素晴らしい……」


「私めの力ではありません。これは貴女の汚れなき祈りが聖女神様に届いたまでのこと。全ては聖女神様と天の神々の思し召しです」


 しかし信仰心に篤いアストリッドは、あくまでメルティーナ・カエキリアたち神々の力であると言い張り、謙虚さを示した。


 パトロヌス教は多神教であり多くの神々が信仰されているが、その中でもメルティーナ・カエキリアという女神を最高神として崇めており、他の神々や精霊、聖人などはメルティーナ・カエキリアの眷属であるというのが信仰の基本であった。 


「皆さん! このように我らには聖女神様と彼女の眷属たる神々の手厚いご加護があります! たかが少年1人が我らを相手に暴れ回っていようと、我が国の勝利は決して揺らぐことはないのです!」


「おおおおおおおおお! 猊下!」


「聖女神様! 万歳! 万歳! 万歳! 万歳……!」


 アストリッドに大量に浴びせられる賞賛の声の数々。

 彼女が奇跡を見せつけたことにより、茂別館での苦戦によって下がった士気は一気に高められることになったのであった。


「見事でしたな、フォーゲルクロウ猊下は。件の少年も彼女の前には平伏すことになるでしょうな」


「そうでなければ困る。なにしろ、ミズガルズがアールヴヘイムに続いて第2の異世界と融合したという神託オラクルを受け取ったのは、他ならぬあやつじゃからのう」


 そしてアストリッドが若年の身で司教の地位に上り詰めたもう一つの理由があった。それは、彼女に神託オラクルという神々からの啓示を直接受けとる能力が備わっていたからである。


 パトロヌス教の高位聖職者には強大な魔力を有する者も少なくないが、アストリッドのように神々の声を聞ける人物は数えるほどしか存在しない。

 特にパトロヌス教の教会組織においては、最高位である教皇に上り詰める条件の一つとして「神託オラクルを直接受け取れる能力を持つ人物」というものがあった。

 

 よって、その前歴とも合わせて、彼女は至上最年少で教皇に就任できる人物なのではないかという評判がミズガルズの各地から寄せられていたのであった。


「さて、件の少年じゃが、報告によれば彼は一族とともに西のリコナイという場所に向かっているそうじゃ。そこで、ホルムバリ大佐とフォーゲルクロウ中佐に命ず。これより第4連隊を率いてリコナイを攻略せよ。そして件の少年を必ず捕らえるのじゃ!」


「はっ!」


「承知致しました」


 こうして、王国軍第1師団第4連隊は茂別館の西、リコナイ(現・北海道上磯郡木古内町)へと進撃を開始したのであった。

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