25 茂別館の戦い その3 王国軍獣人部隊
二刻(4時間)後の戌の刻(およそ夜8時頃)。俺と兵士達は、夜の森の中を静かに進軍している。
目標は王国軍の端、茂別館の北東に布陣する敵部隊である。彼らは二の丸を占拠する前線部隊からは離れており、数で劣る俺たちの襲撃を受けるなどとは思っていないだろう。
ならば、王国軍防備の整っていない内にサッサと片を付けてしまおう。態勢を立て直す前に壊滅出来れば理想だ。
おそらくそこまではいかないだろうが、俺は200人の兵士たちとともに、思う存分暴れ回るぜ!
「不安だ……」
「オラもだ」
けど俺の指揮下にある兵士たちは俺が期待しているほど士気は高くない。「蠣崎家一の武辺者」「熊殺しの五郎」なと称されるこの俺がいるにも関わらず。
まあ、この数の差じゃ士気が下がるのも無理はないが……。
「いや、五郎様ならオラたちには考えられねぇ働きをなさるべ! オラたちも頑張らんと!」
「……あ、ああ。そだな」
「前回の戦も大活躍でいらっしゃった」
「勝つぞぉ! オラたちは訳の分からんバケモンどもには負けん!」
「オオオ!」
あらら、俺の代わりに兵士が鼓舞しちゃったよ。俺の立場、微妙に無くなっちゃったような気もしてきたけど。
でも味方の士気が上がったんなら、それでいいか。
しかし、父も思い切ったものだ。自分で再建して長らく居住地としていた家をこうもあっさり捨てるとは。あまつさえ、末っ子である俺に全軍まで預けるとはな。
そういえば、昔父は自分のいた館を2度も追われたと聞いたことがある。
1度目は美濃にいた頃、美濃守護の土岐氏を追放しようとした斎藤道三に襲撃されて館を焼かれたという。その時、父の前妻であるたけは焼き殺されたらしい。その後、父は兄とともに近江や越前に逃れたという。
2度目は越前の朝倉氏に匿われていた頃、朝倉家の当主であった朝倉孝景の手によって越前から追放され、やむなく館を放棄したという。本当は殺される予定だったらしいが、名将朝倉宗滴の取り計らいもあって密かに越前を脱出することが出来たらしい。
そんな過去を持つ父だから、自分の家を捨てることに躊躇がないのかもしれないが……。
「わかんねえ、わかんねえよ……」
それぐらいしないと時代を乗り切れないのか……。戦国時代ってのは、当事者には不幸なもんだ。
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目標地点に到着すると、奇襲部隊の兵士たちは作戦の開始を待ちわびながら、息を殺して草や木の影に隠れていた。
今のところ王国軍の警戒レベルは低い。さすがに遊び呆けているところまではいってないが、兵装を脱ぎ眠っている者が多い。どうやら俺たちの気配には全く気づいていないようだ。それに眼前の王国軍部隊は見たところ普通の人間ばかり。エルフやドワーフの姿は見かけない。
絶好のチャンス。今こそ畳み掛ける時!
「――皆の者! かかれぃ!」
「オオオオオ!」
俺たちは、相手の度肝を根こそぎ抜かし尽くさんばかりに、地平線の果てまで轟く大声を挙げて突撃した。
「て、敵襲だあああ!」
「な、なんだと……うわああああ!」
よもや王国軍も、遥か前方に居るはずの蠣崎軍に奇襲されるなど夢にも思っていなかったのだろう。王国軍兵士は脱ぎ捨てたままの鎧や剣、槍など構わず一目散に逃げ出した。だが、まだ逃げる態勢さえ整っていない他の兵士たちと衝突するなどしたため、彼らの逃げ足は鈍らざるを得なかった。
こうして計略地点から見える範囲の敵は、一瞬にして烏合の衆と化した。
悪いけど一気に決めさせてもらうよ。俺は自分の持てる全精力を出して槍を振るった。
「俺は蠣崎軍武将、不破五郎武親! 我こそはと思う者は、我が首を捕って手柄とせよ!」
俺は猛々しく名乗りをあげた。
だが阿鼻叫喚の地獄にあっては、相手にとってまさに鬼の名乗り。命の惜しい者がどんどん俺の元から離れていく。此方としてもやらねばやられるので、すかさず追撃態勢に入る。
「逃がさん!」
「うおおおおああああああああああ……!」
王国軍兵士は、断末魔をあげながら槍の餌食となった。他の者も蠣崎軍の攻撃を受けて次々と倒れていく。
こちらの戦意はみるみる上昇。向こうの戦意はみるみる低下。さて、この状況で俺たちに挑戦してくる奴なんて、現れるものかねえ?
快進撃を続ける俺たち。だが、最後までその勢いが続いていったわけでは無かった。
「――これ以上は、やらせない」
猛進する俺たちに立ちはだかったのは、黒いズボンに白い半袖の制服を着用した1人の少女。
散り散りになる王国軍兵士を尻目に、彼女は毅然と立ち塞がった。
「な、なんだあの女は……」
そして彼女の姿を目にして、勢いよく進んでいた蠣崎軍の足が止まった。
「この女、に、人間じゃねぇ……」
「ば、ば、化け猫だああ!」
そう、彼女の頭には猫耳が、そして腰からは尻尾が生えていたからだ。しかも本物のようにピクピクと動いていた。
その上で大きな瞳、そして八重歯ともなれば、そりゃ化け猫と勘違いするのも無理はない。
「化け猫とは失礼な奴らだ。わたしはブレンダ・ラーゲルクヴィスト。ミュルクヴィズラント王国軍第1師団、獣人大隊隊長だ」
物静かながら強烈な気迫が感じられる。ブレンダと名乗る猫の獣人には、まさに静かなる闘志が宿っていた。そんな彼女の姿と気迫を前に、奇襲部隊の足は完全に止まってしまった。
エルフ、ドワーフ、魔女ときて、ここで獣人のお出ましか。いよいよ、何でもありの組織になったな王国軍は。
しかし、大隊の指揮官ということは階級は少佐か。例のエルフの大佐よりは階級は下だが、前線指揮官としては事実上のトップ。その能力も侮れないことだろう。そして彼女の制服、動きやすい格好の割に安っぽさもない。まさに士官が着るに相応しい一品であった。
どれ、ここでいっちょステータス確認でもしてみるか。
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名前 ブレンダ・ラーゲルクヴィスト
HP 6880/6880
MP 1849/1849
攻撃 970
防御 910
魔攻 867
魔防 825
敏捷性 772
名声 9239
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さすがは大隊長。かなりの高数値をたたき出してる。特に敏捷性の値は俺より高い。並の兵士では彼女には太刀打ちできないだろう。
だが自分より速い相手に対する戦闘は、コタンシヤムの時にもう経験済みだ。あれから後の先の取り方を慶広に教え、毎日その練習を欠かさなかった。まだ付け焼き刃の感はあるが、試すなら今が好機。
慶広見てろ。俺はもう、二度と遅れはとらない!
「この俺が相手だ! いざ勝負!」
「……1人でいいのか?」
「なに?」
1人でいいのか、だと? まさかこの娘、1部隊まとめて相手にする気かよ?
「それはこっちのセリフだ。手加減はしな……うおっ!?」
俺が戦闘態勢に入ろうとすると、突如ブレンダの後ろから数百人もの獣人兵が俺に襲い掛かってきた。
「げ!」
獣人部隊と銘打つだけあって、ブレンダのような猫の獣人以外にも、犬の獣人や狸の獣人、狐、虎、熊、ライオンなど様々な身体的特徴を持った獣人が俺に襲い掛かってきた。
間一髪襲撃を避け、何人かを撃退する俺。しかし奇襲部隊はまさに動物の化け物の集団が突撃するとあって、叫び声を上げて茂別館に逃げていく。
「ひ、ひいっ! 食い殺されるぅ!」
「あ、あんな化け物、勝てるわけがねえ! 逃げろおおおおおっ!」
兵士を容赦なく差し向けてくるか。まさか彼女、一対一で戦うつもりはないのか?
「戦争は1人じゃできない。それがわからない者に、私は負けない」
一騎打ちはしないってことか。向こうがその気なら、こちらも兵を集めさせてもらおう。
「全軍、俺のもとに集合!! 目標はあの化け猫だ!」
俺自身はあの黒い服装の少女を、化け猫などとは思っていない。が、兵に対する号令はこっちのほうが分かりやすい。
「……化け猫じゃないといってるだろうに。皆、容赦するな。完膚なきまでに叩け」
しかし、それが彼女の堪忍袋の緒を切れさせてしまったようで、静かながら怒りの矛先を俺に向けてくる。そして、えげつない殺気も発してくる。
「く、こ、怖え……」
「ひ、怯むんでねえ! こっちには五郎様がついておられる!」
茂別館に逃げていた兵士たちの一部が再び俺の元に戻り、俺の能力を信じて必死に踏ん張ろうとしている。
そんな中で、肝心の俺が折れちゃダメだよな。よし、俺が先頭を切って獣人部隊に突撃だ。
「全軍、目標はあの黒服の少女だ! 戦力を一点集中させて、首を討ち取るのだあ!」
「ぎょ、御意!」
大量に敵兵を倒したとは言え、圧倒的な数的劣勢は覆せていない。
せめて1000人、いや500人でもいたら策の施しようもあったけど、今はそれを求めることは出来ない。
だからといって、降伏したら『世界征服』は叶わない。ならば彼女の首を捕りにいこうではないか。不破五郎武親、一世一代の大勝負よ!
「おおおお!」
先に前進した兵士たちに続いて、俺も愚直にブレンダの首を狙う。まわりの味方兵が王国軍を押しのけているタイミングを狙って、俺は一気に彼女に近づいた。
「……!」
俺は槍を振りかざした。ブレンダは瞬間気づいて防御をとるが、俺の槍はそれを突き破る。
「しゃああああ!」
ブレンダは負傷こそしなかったが、体勢を崩している。
今が好機! 畳みかけるぞ。そう思い、とどめの一手をかざそうとした時、
「灼熱嵐」
「ぶお!?」
俺は突然、ブレンダの詠唱とともに発動された高温の熱風によって後方に突き飛ばされた。
その熱風に巻き添えになった兵士たちも後ろの森の木に激突。俺以外、頭から大量の血を流して即死した。
「ぐっ、な、何だ……?」
そして俺も死にこそしなかったものの、脳と背中に衝撃とダメージが残った。
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名前 不破武親
HP 15571/20420
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ちっ、なんて威力だ……。これで奇襲部隊は完全に壊滅してしまった。俺の周りに味方の兵は1人もいない。どうすればいい?
しかしブレンダは、俺に考える間も与えず攻撃魔法を連続で繰り出してくる。
「鋼の爪」
「どあああああ!!」
ブレンダが強力な攻撃魔法を行使して、次々と蠣崎軍兵士を一方的に撃破していく。その様は、21世紀の軍隊が中世の軍隊を現代兵器を使って蹂躙しているのと同じレベルの光景であった。
「圧倒的すぎる……。早く兵をかき集めて撤退しないと!」
しかし、それは手遅れな対応だった。残り僅かな味方の手勢は、王国軍獣人部隊の攻撃の餌食となっていた。
人間の何倍ものスピードで追撃をかける獣人の兵士。コタンシヤムの戦いで活躍した精兵たちも彼らの敵ではなく、気づいた時には1人残らず全滅していた。
「……仕方ない。敵兵を1人でも削って、撤退はそれからだ」
すまない、皆……。でも、もう殺されてしまった以上、俺にはどうしようもない。かくなる上は将として責任を取って、文字通り死ぬ覚悟で仇をとってやるしかない。
「まだだ……まだ俺はやれる!」
「これは驚いた。私の灼熱嵐や鋼の爪を受けて立っていられる人間がいたとは」
あいにく俺は無駄に頑丈な体をしているからな。あんたの攻撃魔法で死んだりはしない。さあ、ここからは俺のターンだ。
「仇、取ってやるぜ!」
俺はボロボロになった槍を捨てて刀を両手でしっかり構え、ブレンダに向かって三度突撃する。
「が、中身はただの猪武者。全軍、手負いの少年にトドメを」
「了解!」
猪武者だろうとなんだろうと好きに言えばいい。兵もいない俺には、単身の特攻以外に反撃の手段はないからな。せめて一矢報いることができたら、大人しく退いてやるよ。
俺の眼中には、もうブレンダの姿しか映っていなかった。




