23 茂別館の戦い その1 異界の大軍
「ただならぬ異国とは思うておったが、これほどまでとはな……」
茂別館に迫る500隻を超える敵の船団。そして、あまりの大軍に浮き足立つ蠣崎軍の将兵。館内に避難している茂別の住民からは、大声で「山に逃げろ!」などという呼びかけも聞こえる。
だが、圧倒されてばかりもいられない。まずは情報を把握しておこう。
ここで俺は、『瞬時兵力検索』を使ってお互いの兵力を確認する。
今の茂別館の兵数はおよそ200人足らず。それに対し、茂別館周辺に陣取るミュルクヴィズラント王国軍16000人。兵力差およそ80倍。まさに絶望的な力の差を見せつけられた瞬間であった。
マジで大軍じゃねえか。王国軍よ、この弱小勢力相手に本気になるなよ。リアル『のぼ〇の城』じゃん。ヤバいじゃん、落ちるじゃん。
そもそも『のぼ〇の城』の元になった忍城の戦いだって、500の兵に周辺住民3000人が共闘したから2万の豊臣軍を相手に最後まで持ちこたえたんだ。今この茂別館周辺に、そんなに沢山人は住んで無いっての!
俺もまた、館内の他の人間と同じく混乱状態に陥った。
だが、この圧倒的不利を不利と見ない男が1人だけいた。それは俺の父、不破兵部少輔武治である。
「いや、皆の者、これはむしろ好機ぞ」
「へ?」
「なぜ……でありましょうか?」
「ワシらは今、かの名高き楠木正成に御座る」
楠木正成。この時代から、およそ200年以上昔の南北朝時代、後醍醐天皇の忠臣として数々の戦を戦ってきた男。そんな彼の戦は、「寡兵を以て大軍を退ける」特徴がある。
特に1333年(元弘3年)の千早城の戦いでは、100万の鎌倉幕府の軍勢を僅か1000人で退けたほどであったという。もっとも歴史学者は、幕府軍の数を100万ではなく10万と見ているが、それでも凄いことだ。
「斯様な大軍、もし某らの手で撃退することが出来れば、その名声は日ノ本じゅうに轟くことになるだろう。大軍で攻め寄せたことで、敵の心にも隙ができておるはず。勝てる見込みはある」
「わかりました父上」
「五郎!?」
つまり、父は楠木正成に倣って王国軍の大軍を打ち負かすつもりらしい。
大軍なら寡兵などすぐにぶち破って当然。だから苦戦なんてしたら、たとえ勝てたとしても士気は下がる。もちろん俺たちとて敗北する気はない。
だがリスクも高い。そもそも大軍を相手に寡兵で戦うこと自体、無謀極まりない。
確かにいくら兵士が多いからと言っても、前線に出てこられる人数は限られる。だがこの状況、前線部隊を相手するだけで兵士1人1人の労力が馬鹿にならない。
そして戦略。
そもそも千早城は典型的な山城であり、山を登ったり崖を回避しなければならない分、敵の侵攻速度はそれだけ削がれる。一方で茂別館は規模は大きいが、山城ではないため敵も中に侵入しやすい。つまり籠城しても、持ちこたえられる時間は相当限られる。
だが、もう俺たちに残された選択肢は戦うか降伏するか。
だったら、例え降伏することになったとしても、最後まで戦い抜いて俺たちの魂を王国軍に見せつけてやる!
そうと決まれば、まずは敵の気勢を挫くとこから始めよう。
「父上、ここはこの五郎にお任せください。手始めに俺が敵の第一陣を崩してみせます」
「なんと……お前が先鋒として迎撃するつもりに御座るか……?」
俺の進言に、館内からは心配の声がちらほらと聞こえた。
「あの小さな体の五郎様が敵の大軍に突っ込むというのか……?」
「しかし、齢7つで熊と盗賊を討ち、初陣で敵将の首を挙げた五郎様なら……」
「だが、敵の数は前回とは比べものにならないほど多い。いくら勇猛な五郎様と言えど、此度ばかりは……」
皆の心配はごもっともだ。だが俺は俺で修行を怠っているわけじゃない。証拠なら、俺のステータスにはっきりと現れているからだ。
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名前 不破武親
HP 20420/20420
MP 3977/3977
攻撃 1629
防御 1657
魔攻 1004
魔防 1063
敏捷性 571
名声 3915
状態異常 なし
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さすがに、のんびりしてたら天下統一すらままならない。この前のコタンシヤムの戦いで一番悔しい思いをしたのは、他の誰でもないこの俺。
雪辱を果たすために誰よりも鍛錬に励んでいた自信はある。
だから、絶対に負けない。負けられない。負けてはいけないんだ。
でも今回は、一発で敵の軍勢を壊滅させに行くわけじゃない。一旦、敵の足を止めるだけさ。皆の労力を少しでも減らし、戦意を向上させるためにも、な。
そうこうしているうちに、王国軍の船は港や浜などに接岸し、兵士が次々と上陸。そして茂別の町を占拠すると、西と南から一斉に茂別館に攻め掛かった。
「致し方あるまい。五郎よ、今頼れるのはお前しかいない。敵の先鋒を挫き、蠣崎の意地を見せるのじゃ!」
「御意!」
俺は王国軍を食い止めるべく、本丸を後にした。
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「さて、どのタイミングで行こうかな……?」
二の丸の南の土塁から王国軍を見つめる俺。敵の戦力を計りにいくついでに敵の戦力を削ぎに行くのはいいが、闇雲に特攻を仕掛けても意味はない。タイミングを見計らって、その隙に攻撃を仕掛ける必要がある。
「珍妙丸様」
そんな中、俺のことを幼名《黒歴史》で呼ぶ若い女性の声が聞こえた
「だ、誰なんだ? 俺の黒歴史を掘り返す人は……って、キミは……たえ……さん?」
「……お、覚えてくれていたのですか?」
そんな中、俺に声をかけたのは、茂別の住人であるたえ。そう、7年前に俺が盗賊や熊から守ったあの少女である。
当時のたえは数え年で14歳。そして今は21歳の美しい女性に育っていた。
しかし不思議なものだな。珍妙丸という黒歴史幼名も、彼女が口にするとかえって安心感が込み上げてくる。それは彼女の「珍妙丸様」という言葉に、感謝の念や信頼感といったものが含まれているからだろうか?
「久しぶりだな。もう7年ぶりくらいか? あれから全然茂別や松前で姿を見かけなかったけど、一体どうしてたんだ?」
「は、はい。あれから姉とともに上ノ国のほうに移り住んでいました。あのあと、姉に夫が出来まして、その夫とともに上ノ国で暮らすことになったのです。それで私も上ノ国に」
「そうだったのか。じゃあ、なんで今は茂別に?」
「実は先年のアイヌとの戦で上ノ国が焼け野原となりまして、その際に、姉の夫である与七さんもアイヌに殺されてしまいました。今は茂別で八助さんという別の方を見つけ、その方の妻となったのです。そして私も姉とともに茂別に戻ったのですが、まさかこのようなことになるとは……」
たしかたえの姉のときは、彼女より3歳年上だったな。つまり今は24歳。盗賊の件といい、コタンシヤムの戦いといい、ときも若くして相当苦労しているようだ。
「待って。つまりこの茂別館の中に、ときさんやその旦那もいるってことか?」
「ええ。あちらに」
たえが指差した方向には、これまた見覚えのあるたえに似た女性が1人。彼女がときのようだ。
「珍妙丸様、いえ……今は五郎様、でしたね。お久しぶりです、ときです。その節は妹ともどもお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。俺もときさんが無事で安心したよ」
「ええ。兵部様、兄の六兵衛、前の夫の与七さん、今の夫の八助さん、そして五郎様。皆さんがお守りしてくれたおかげで、妹ともども今日まで生き延びることができました」
「……与七さんのことはたえさんから聞いている。悪かった。俺らがもう少し早くアイヌの襲撃に気づいていれば、彼もあんたたちも助けられたかもしれないのに……」
「いえ、これも乱世を生きる民の定め。だから私だって……私だって……」
ときは必死に涙を堪えたが、感極まって後ろを向いて涙を拭いた。
「すみません、五郎様……私……私……」
そのままときは、人混みの中へと姿を消した。
「ときさん……」
「珍妙丸様……姉のことはそっとしておいてください」
「あ、ああ……。どうやら俺は、彼女の辛い記憶を呼び起こしてしまったみたいだな。たえさん、あとで俺が謝っていたと伝えてくれないか?」
「……はい」
家族や夫が殺されるのも乱世の宿命、といってしまうのは簡単だが、いざ身近な人が殺されて完全に割りきれる人間などごくわずかだろう。ましてやときやたえは、俺や慶広のような武士とは違う一般市民。
民百姓も男はしばしば兵士として借り出されるのが戦国時代の常識だが、大切な人を失う悲しみは、死ぬ覚悟ができている武家の人間の何倍も強いものだろう。
俺は改めて兵と民の命を預かる大切さを思い知った。
「珍妙丸様、これを」
すると、たえは俺に一つのお守りを託した。
「これは?」
「夷王山の山頂にある医王山頭陀寺(現在の夷王山神社)のお守りです。珍妙丸様にも信広様のご加護がありますように」
医王山頭陀寺か。確かにあそこには蠣崎家初代、武田信広公が祭られていたな。俺も信広公にあやかって、凄まじい武勇で王国軍を追い払ってほしいってことだな。
「ありがとう、たえさん。俺行ってくるよ」
「はい、お気をつけて」
ときとたえから貰ったお守りを手に、俺は南の土塁を越えて敵の前線に突っ込んでいった。
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敵の最前線に立ち向かう俺。
啖呵を切ったのは良かったが、やはり大軍を前にすると、心のどこかで怖じ気づいてしまう自分が……ダメだダメだ! そんなんじゃ前と同じ結果しか出ない!
俺が蝦夷地の窮地を救う! 絶対に救うんだ! それが父や母、兄、とき、たえ、そして慶広の夢と命を守ることに繋がるんだ!
「不破五郎武親! 参る!」
俺は考えるのを止めて敵陣に突入した。
最初に最前線で俺を待ち構えていたのは、背が小さいながらも巨大なハンマーを振りかざす筋骨隆々な男たちであった。
「なっ、この軍勢に単身でかかってくる奴がいたとはな……」
「かかれ! ガキだろうと、俺達に刃向かうなら容赦するな! ハンマーで叩き潰せぇ!」
一瞬たじろぐ王国軍兵士であったが、筋骨隆々なその一団だけはすかさず俺の両側からハンマーを振り下ろした。しかも攻撃速度は非常に速く、まるで空気を抉るかのようであった。
「うわ、危ねえ……」
俺は間一髪でそのハンマーの攻撃を避けた。
あんな一撃、いくら俺でも大ダメージは免れない。それにずんぐりむっくりな体型、まさかコイツらドワーフか?
女神たちからの事前情報でミズガルズには多くの種族が暮らしていることは掴んでいたが、それは軍においても同じのようだ。
「ちっ、数に物を言わせてやがる……」
しかし無駄口を叩いている暇もない。今度はドワーフの後ろから、大量の矢が豪雨のように降り注ぐ。
「今だ! ありったけの矢を浴びせるのだ!」
「くっ……」
ドワーフの後ろに整然と並ぶ弓兵。彼らの頭をよく見ると、例の大佐のような長い耳と白くて端麗な顔立ちをしていた。
今度はエルフの弓矢か。けど矢の嵐なら、すでにアイヌとの戦いで慣れた。
俺は槍をバトンのように回し、次々と矢を弾き飛ばしていく。すると、前線の王国軍兵士が弾き返された矢を受けて次々と倒れ、前線はにわかに混乱し出す。
そして王国軍の波状攻撃は、そこで一応停止した。
「次は俺の番だな」
どうやら、たった1人の少年に予想外に手こずって、対処法を決めかねていると見える。なら、攻撃が一旦止んだ今、反撃開始だ!
「覚悟オオオオオオオオォォ!」
俺は前線のドワーフの群れに突撃した。ドワーフたちは再び俺の両側からハンマーを浴びせようとするが、
「そんな物で、俺を仕留められるかアァ!」
俺は左右2つの巨大なハンマーをそれぞれ片手で強引に押し返し、強行突破に成功した。
「なんだと!?」
「見たか!」
「馬鹿な……俺たちのハンマーをああもあっさり押し返す奴がいたなんて……」
さらに俺はハンマーを押し返す際に敢えて地面に落とした槍をすかさず拾い、ドワーフの兵士を次々となぎ払っていく。
「おおりやああ!」
「むおっ……!」
1人、また1人とドワーフが血を流して倒れていく。俺はそのまま槍を振るい続けた。
ところがその途中で、俺の攻撃は物質的ではない何かによって遮られた。
「な!?」
いきなり光る幾何学模様が現れた? もしかしてこれは、魔法陣か?
俺はすぐに周囲を見回した。
ドワーフ部隊の後ろに構えるは2つのエルフの弓兵部隊。さらにその弓兵部隊の間に挟まれている場所。俺から見て真正面のその箇所に、推定2000人以上の魔女と思しき女性たちが横に3列態勢で並んでいた。
「今です。あの殿方をやっつけちゃって下さーい」
「了解!」
おそらく魔法陣を展開したであろう彼女たちは、攻撃目標を俺に定め、整然と魔法用の杖を構える。
直後、炎と雷を纏った太い光線が、一斉に彼女たちの杖から俺目掛けて高速で飛び出した。
「……ちっ!」
俺は持ち前の運動神経によって、スレスレでその攻撃魔法を避けようと試みる。だが、全てを回避する事はできず30発被弾してしまった。
俺は一度退却し、土塁を飛び越えて、その後ろに隠れながら呼吸を整える。と同時にステータスも確認する。
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名前 不破武親
HP 17007/20420
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「こりゃあ、普通の人間にとっては死路だな……。俺だって、女神たちの能力が無かったらもう死んでる頃だぞ……」
さっきの魔女部隊の攻撃、もし館内の兵士を館外に展開してたとしたら一瞬で全滅していたことだろう。早いところ何か手を打たないと、数時間とかからずに決着がついてしまいかねないな……。
戦ったのはわずか数分であったが、味方の圧倒的不利を再確認した俺であった。




