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不破一族の多世界征服記  作者: 伊達胆振守(旧:呉王夫差)
第3章 対ミュルクヴィズラント戦争(第一次永禄の役)
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22 籠城の準備

 無理難題な要求を押しつけられてから1ヶ月以上が経った、1561年(永禄4年)9月7日。


 季広は当然ミュルクヴィズラント王国からの要求を拒否したが、去り際にフルホルメン大佐は「戦場で会いましょう」と事実上の宣戦布告をし、徳山館を後にした。

 ただ王国軍と思われる3000の兵がすぐに松前を攻撃することはなく、彼らは船で蝦夷地から一旦去っていった。


 フルホルメン大佐の言う「全軍」が、どれだけの規模の軍勢を指すかはわからない。しかし大佐が率いる3000人より遥かに多いことは確実だろう。

 こうして、俺たちはミュルクヴィズラント王国の侵略を止めるべく、本格的な戦争準備に入った。


 今回も季広さんは、北出羽(現・秋田県)の安東愛季に使者を派遣して援軍を求めた。ただでさえ蠣崎は先年のアイヌとの戦で大きく消耗し、兵士の数が絶対的に不足している。そのうえ相手の戦力が読めない以上、準備は入念にやる必要があった。

 かくして、蝦夷地は至る所で騒然となった。


 ただ一方で、経験のない大戦を前に心踊らせる者もいた。その最たる例が長門広益であった。


「新三郎様! 今回も腕が鳴りますのう!」


「広益。余もお前の働きに期待しているぞ」


「はっ! この長門藤六広益、大量の首を引っ提げてこの徳山館に凱旋致しまするぞ!」


「その意気やよし。ただ、犬死だけはするなよ」


「心配ご無用! 蝦夷だろうと異国だろうと、某の敵ではありませぬ!」


 さすが広益のオッサン、気合入ってるな。

 それにコタンシヤムの戦いでは、戦略拠点の夷王山山頂を占拠できなかったから、そのリベンジを果たそうと燃えているのだろう。


「小童。前回は遅れをとったが、次は負けん! 戦功第一はこの某じゃあ!」


「……俺も、負けませんよ」


 この戦、戦功を争う前に勝てるかどうかも怪しい戦となるのは間違いない。 

 だが俺も1人の男、そのような戦だからこそ功名心を揺さぶられる気持ちはよくわかる。いいだろう、その勝負受けてやろう。


「生意気を。某こそが蠣崎家最強の武辺者と刻み込んでくれるわ」


 広益は捨て台詞を残して戦支度へと戻っていった。

 しかしこの勝負、勝ったら勝ったでその後もこのオッサンに付きまとわれそうな気もする。例えば、戦功第一として讃えられたことを死ぬ日まで延々と自慢しに来るとか……。


 その後暫くしてやってきたのは、コタンシヤムの戦いで陽動部隊の一員として共に戦った南条守継であった。


「さすがに此度の妖魔の要求は悍ましきものでござったな、五郎」


「越中守さん」


「ただ、異国の者と言えども善い者と悪しき者がいる。今回はその悪しき者に当たっただけのこと。そこは忘れぬよう」


「勿論です」


 そういえば、守継はコタンシヤムの戦いが終結した際、他の家臣がアイヌを見下す中、アイヌ兵の放免や蠣崎とアイヌの和睦内容に一切異を唱えなかったと記憶している。俺と慶広以外では家臣団の中で一番、異民族に寛容な人物なのかもしれない。


「新三郎様。拙者、己の持てる限りの力を尽くし、お館様や御先祖様が築いてきたこの地の平和を守ってみせまする」


「殊勝な心掛けだ。それでこそ館を与るものに相応しい」


「ははっ!」


 守継は一礼して、俺と慶広の元から去っていった。


「じゃ、慶広。俺も茂別館に戻るよ。戦支度をしなくちゃいけないからな」


「うむ。互いに武運を祈ろう」


「ああ。俺も慶広の健闘を祈るよ」


 こうして慶広は蠣崎家の本拠地・徳山館、そして俺は茂別館で来るべき王国軍の襲撃に備えた。



 ■■■■■



 9月10日。俺は一族郎党とともに甲冑を纏って茂別館から津軽海峡を見つめていた。


 今回、不破家は一族の拠点・茂別館で東方からの王国軍の侵入を止める作戦を授けられていた。蠣崎家の支配する渡島半島南岸部は海岸沿いのすぐ後ろに山や崖が迫っており、縦深性を欠く地勢となってる。

 この状況で他の館を放棄して徳山館を包囲されては、逃げ場が完全になくなり非常に不味い事態となってしまうというのが理由である。


 だが茂別館の将兵は、必ずしも戦に慣れている人材ばかりでは無かった。実際、俺の次兄にあたる不破季治(ふわ・すえはる)は敗北の憂いを隠せずにいた。


「大丈夫、であろうか……」


「何をそんなに怯えておる、次郎」


「此度は敵も全軍を上げてこちらに向かうのでありましょう? とすれば、この茂別館の防備では些か心許ないかと」


 茂別館は蝦夷地の城館としては大規模で、北に山、西に川と崖、東と南はすぐ海と堅牢強固で攻撃側も大軍を展開しづらい構造となっている。

 だが、肝心の守備兵の数は200に満たず、一方で敵兵の数は1万を超えることも考えられる。敵が広域に分散すると考えても、2000~3000の兵がこの茂別館を襲うことになるだろう。

 かつて茂別館主だった師季も、それぐらいの数のアイヌに襲われてやむなく館を放棄したんだ。ましてや、今回の敵は魔法という未知の技術を使ってくる連中。兄がそこまで考えているとは思わないが、それでも不安になるのはよくわかる。


「ま、『全軍を上げて』の行くだりは、只の脅し文句に御座ろう。そんなに心配せんでもよい」


「しかし……」


「今から100年も昔のこと。蝦夷がこの地を制圧したことが御座ったそうだ。最後に残ったのは僅か2つの館」


「なんと……」


「しかもその残った館というのは、勝山館の前身たる花沢館と、この茂別館で御座った」


 ああ、1457年に起こったコシャマインの戦いのことか。確か、蠣崎家が蝦夷地の支配者としてのし上がるキッカケになったアイヌの武装蜂起だったな。


 当時、アイヌは渡島半島東部の首長コシャマインとともに、9000の兵で各地の和人武士団の館を襲った。和人側の兵力はわからないが、おそらくアイヌの十分の一もいなかったのだろう。あっという間に館は次々と陥落し、残すは花沢館と茂別館のみとなった。


 窮地に陥った和人側は、当時はまだ蝦夷地の一豪族に過ぎなかった武田信広(たけだ・のぶひろ)の元に集結し、団結してアイヌへの反撃を開始した。


「じゃが、それでも結局は蠣崎が勝利を果たした。時の当主、信広公が蝦夷の長を討ち果たしたからじゃ。大事なのは館の固さ云々では御座らん。最後まで諦めぬ心じゃ」


「諦めぬ心……」


 さすが父上、良いことを言う。俺も今回の戦いは綺麗に勝とうとは思わない。最後まで粘って粘って粘り抜いてみせるさ。


 父の鼓舞によって士気が上がる茂別館の将兵。しかし俺たち一族の戦意は、瞬く間に霧散の淵にたたされた。原因は茂別館の沖に見えたミュルクヴィズラント王国軍の陣容にあった。


「伝令! 茂別館近くにて、敵の船団を確認致しました!」


「そうか。どれ、どんなものか」


 俺たちは父とともに本丸から東の海を眺めた。すると全員、海に浮かぶ王国軍の船団の大きさに腰を抜かした。


「……マジ?」


「あ……あ……」


「これは……ワシも想定の及ばぬ大軍に御座ったか……」


 例の大佐の台詞、全く以て嘘では無かったようだ。なぜなら、沿岸部には凡そ500隻の軍艦が、海を埋め立てるようにひしめき合っていたからだ。

 かくして、茂別館の将兵は瞬く間に大混乱に陥ったのであった。

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