20 異世界ミズガルズの軍人、松前に現る
1561年(永禄4年)8月3日。コタンシヤムの戦いが終わってから約1年が経ち、松前の街は以前と変わらない繁栄ぶりを見せていた。
そして俺は今、徳山館にいる。徳山館での政務が忙しくて人手が足りず、季広直属の小姓として兄たちとともにせっせと働く日々である。
「すまぬな武親。お主のような若者の手も欲しくてのう」
「いいえ。お館様の命とあらば、いつ、何時でも馳せ参じましょう」
「そうか、良い心掛けじゃ。ハッハッハッハ」
まあ、それが『世界征服』に向けての一番の近道だからな。俺たちとしても蠣崎家の人間には頑張ってもらいたいからね。
にしても、コタンシヤムの戦いは本当に大変だったな。この先、世界征服を進めていくにあたって、あのような大軍を相手にする機会は腐るほどあるだろう。
特に安東家と主従関係にある以上、本州進出の序盤で相手にするのは、陸奥北部の数郡に跨がる広大な領地を持つ南部家。もし蠣崎軍が攻め入れば、数千の軍勢が俺たちを待ち構えていることだろう。
そのままでは苦戦は確実。俺も勿論奮闘するが、その後の統治も考える蠣崎家の人間もある程度元気に生き残ってもらわないと困るからな。
そういえば、フレイアがそろそろ『ミズガルズ』の民が来訪するとかなんとか言ってたけど、一体何いつ来るんだ? もうそろそろか?
そうして徳山館で政務に励んでいたある日のこと、1人の小姓が季広さんのもとを訪れた。
「お、お館様!」
「なんだね。ワシは今忙しいのだが……」
ん? なんだこの人、ずいぶん顔が青ざめているように見えるけど……。そう、まるで妖怪でも見てきたかのようなーー
「そ、それが、よ、よ……」
「早く申せ」
「妖魔が大勢松前の港に来ておりまする! その数、およそ3000!」
「なんと!?」
妖魔だって? なんでそんなものが松前の港に?
しかも3000といえば相当な数だ。コタンシヤムの戦いで蠣崎の兵力は相当落ちている。召集できたとして400が限界だろう。もしその妖魔が一斉に蝦夷地に攻め掛かってきたら、俺たちはひとたまりもない。
「そ、その者たちが言うには、お館様にすぐに謁見したいとのこと!」
突然の知らせに動揺する季広の小姓たち。中には、報告にきた小姓をしきりに責め立てる者も現れる。
「妖魔だと? デタラメなことを申すな。お館様や我々を惑わす気か?」
「拙者も最初は目を疑いました。しかし、あのように真っ白な顔と耳と呼ぶにはあまりに長く尖ったシロモノは、まさに妖魔と形容すべき容姿かと……」
「お館様! この者の言葉に耳を傾ける必要はありませんぞ。この者はお館様をたぶらかそうと企んでいる」
「そんな……拙者は、ただ見たことのみを報告申し上げているのに……」
一方で季広は、冷静に小姓に指示を出す。
「まあ、待て。最初から疑ってかかっても仕方なかろう。それにワシに謁見したいと申しておるなら、無下に追い返すわけにもいくまい。通すがよい」
「お館様!」
「はっ!」
季広さんの命令で、小姓が慌てて館の外にすっ飛んでいく。まさか、『ミズガルズ』の住人が来たのか?
そしてすぐに俺たちは、小姓の焦りようの正体を掴むことになる。
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妖魔が謁見したいとあって、俺たちは本丸の館に全員集められた。
そして評定の間に通されたその集団を一目見たとき、俺は自分の目を疑った。
「いやいや、ウソでしょ……?」
「な、なんと面妖な……!」
長く尖った耳に色白の肌。そして神々しささえ感じる端正な顔立ち。
どこからどうみても、ファンタジーでお馴染みの『エルフ』そのものの姿であった。
確かに小姓が面食らうのも無理はない。前世、アニメやゲームでエルフキャラを散々見てきた俺ですら、実際に会って動揺しているのだから。
すると軍人らしい白い制服を纏った細身の男が、帽子を取り礼儀正しく挨拶をした。
「私はミュルクヴィズラント王国第4師団第2連隊長、モルテン・フルホルメン大佐と申します」
「み、みるく……びず……?」
「も……もる……て……?」
「聞き慣れぬ名前だ……」
聞き慣れない国名と役職名もあいまって、館内は正体不明のエルフたちを前に混乱の極致に陥っていた。
ポルトガル人やオランダ人などのヨーロッパ人と接触する可能性の無くなった日本で、何の脈絡もなしに唐突に来訪してきたヨーロッパ風の軍服の人たち。どうやら、彼らが異世界『ミズガルズ』の人たちのようだ。
しかも相手は異世界人なのに、俺たちは何の問題もなく言葉が通じていた。少なくとも俺には彼らは日本語を話しているようにしか聞こえない。ただ、戦国武将的には知らないはずの単語や概念ーー例えば「師団」や「大佐」などーーばかりだから、話が通じてないことに変わりはないのだろうが。
面食らう蠣崎家の面々。しかしそんな中、季広はいち早く平常心を取り戻し、フルホルメン大佐と名乗るエルフの男に質問をする。
「お主らの国はどこにあるのだ?」
「ここより東に船で2週間足らず、といったところでしょうが。我が国はアイオニオン大陸の北西部に位置し、周辺諸国を次々と従えて領土を広げております」
船で2週間足らずか。しかも東ということは、本来ならばアメリカ大陸がある方角なんだよな。幕末に日米修好通商条約の批准書を交換するためにアメリカに派遣された使節団の船でも、江戸からサンフランシスコに向かうのに2ヶ月弱はかかっている。
このことから考えて、ミュルクヴィズラント王国という国はアメリカより近い位置にある国家ということか。
「それで、用件はなんじゃ?」
季広が本題について問い質すと、フルホルメン大佐は物騒な発言を口にした。
「――本日は要求があり、訪問させて頂きました」
「よ、要求じゃと?」
「とりあえず此方をご覧ください」
そう言ってフルホルメン大佐なる人物が出した書類には、ラテンアルファベットでもキリル文字でもない見たこともない文字で書かれた文面がずらりと並んでいた。
「よ、読めぬ……」
「そもそも、日の本の言葉にあらず」
「唐や蒙古の言葉とも異なりまするな」
言葉は通じていても、文字はさすがに異世界のものと言ったところか。
しかし、このままだと彼らの要求が何なのかがよくわからない。あの大佐の黒いニヤケ顔が要求の内容を暗示している気もするが。
「お館様。ここはこの五郎にお任せください」
「武親?」
そういうわけで俺のチート能力の一つ、『多言語翻訳』。
名前の通りさまざまな言語を母国語に翻訳できる能力であり、母国語の古典を読む際にも活用できる優れものの能力である。
俺はこの能力を使い文章を和訳した。すると、驚愕の内容が書き連ねていることが発覚した。
『・我ら、ミュルクヴィズラント王国に無条件に服属すること
・王国に毎年、100億クローナと特産品を貢納すること
・領主の正室と嫡男を人質として首都に送ること
・国民全員、パトロヌス教に改宗すること
・今後、王国が軍事行動を起こす際は必ず兵を出すこと
・領内に王国軍の師団を一つ駐留させること
・駐留している王国軍に遅滞なく食糧を供給すること』
俺は言葉を失った。恐ろしいほど傲慢不遜な内容の数々。
酷い、最初から属国になれと命令するとは。ただでさえ、俺たちは安東家の従属下にあって毎年関銭を納めているというのに。このうえ彼らに上納金と貢納品を毎年送ったら、俺たちの生活が成り立たなくなってしまう。
「どうじゃ武親。何かわかったか?」
こんな屈辱的で一方的な要求、飲めるはずがない。これは正直な話をして突っぱねてもらおう。
「お館様。この者たちの要求、俺としては飲むわけには参りません。今から内容をお伝えしますのでお耳を拝借します」
俺はフルホルメン大佐の要求を一字一句正確に伝えた。そして俺が書類の内容を読み上げ終わると、館内は一気に怒号で埋め尽くされた。
「なんと……」
「どういうつもりじゃ、これは!」
「見知らぬ異国人の癖に、なんと無礼な!」
「そうじゃそうじゃ! とくと拙者らの領地から立ち去るがよい!」
それは当然の反応で、その轟音には驚いたが予想通りだった。
「しかしながら、これを呑まねば我らは全軍を挙げて! この地を征服に来るでしょう」
脅しか。初めて会ってから早速最後通牒って、そんな滅茶苦茶な外交初めて聴いたぞ?
いきなりの傲慢なエルフの登場と属国命令に、蠣崎家と蝦夷地の民の安全と未来は再び危ぶまれることになる。




