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不破一族の多世界征服記  作者: 伊達胆振守(旧:呉王夫差)
第2章 コタンシヤムの戦い
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18 戦後処理

 総大将であるコタンシヤムが討たれたことによりアイヌ勢は戦意を失い、一騎打ちが終わった直後に全員が降伏した。もともとアイヌに寛容だった季広は、今回の武装蜂起に参加したアイヌ兵の罪を問わないこととした。


 蠣崎軍の中からは「蝦夷ごときに甘すぎる」「法度違反を許してはならない」等の批判の声が聞こえた。しかし禍根を残して軋轢を生んでしまうと、かえって領内の統治は難しくなる。

それにアイヌが蜂起したのは、狩猟や交易で生活に必要なものが十分に得られなかったために起こったもの。アイヌだけを責めるのは酷というものだろう。


 そもそも季広は、自分の父親のアイヌに対する強引な統治から脱却したがってたんだ。季広にとってもこの処置は当然の帰結なのだろう。


 また季広さんは、瀬田内セタナイの首長であるハシタインや知内チリオチ(現・北海道上磯郡知内町)の首長チコモタインと共に、「夷狄の商舶往還の法度」の内容についても再確認した。季広としては、コタンシヤムの挙兵にこの2人が関与しているかどうかを知りたかったのだろう。


 なお今回の一件は、コタンシヤム・ヌクリ兄弟が勝手に主導したものとみて間違いないとの回答を得ている。ちなみにハシタインも勝山館で下国親子とともに捕虜になっていたそうだが、アイヌの首長ということもあり特に拷問を受けることもなかったようだ。


「しかし、迷惑な話だよなぁ」


「何がだ?」


「もし世界が融合しなかったら、今回わざわざアイヌと争うこともなかったはずなんだ。彼らにも生きる権利はあるんだから、100%向こうが悪いとも言いきれない」


 いくら乱世とは言っても、蝦夷地だけは安泰かななんて思ってたけど、やっぱりそんなことは無いな。そもそも今回の件は、異世界と融合したことが遠因となって起こったこと。早いところ世界樹ユグドラシルの異常を治さないと、同じ悲劇が繰り返されることだろう。


「拙い槍働きしか出来ないやつが随分と……」


「……次は、勝つ」


「……悪い」


 命を奪うことにまだ抵抗はあるが、それでも1人の男として慶広には勝ちたい。


 なんだかんだ言って、俺も1人の武士もののふになりつつあるのかな。


 それから数週間。季広さんを中心に蠣崎家臣団一同、蝦夷地の混乱を鎮めるのに腐心した。武装蜂起の遠因となった不当な交易レートを糾すなどの努力の甲斐もあってか、和人とアイヌの間の交易も滞りなく行われるようになり、松前の港にも徐々に活気が戻りつつある。


「ようやく、元の光景が戻ってきたな」


「ああ」


 港にはカモメの鳴き声が響き渡り、心地よい潮風が町に吹く。それが妙に感傷を誘っていた。


「なあ慶広」


「なんだ?」


「本当に俺達、『世界征服』しなきゃなんないのかな?」


 戦を一つ乗り越えて気づいたことがある。それは『平和の有り難さ』た。

 前世では当たり前だったから分からなかったけど、数週間の時を経てそれを噛み締めているところだ。


「余達の目標は、この平和を“世界に広める”こと。そのためには、争いの種を徹底して根絶せねばなるまい。余たちの前世では国連なる組織があったが、この世界にそんなものはないからな」


 争いを止めるために争うか。なんだか皮肉な方法だな。


「余はコップの中の狭い平和など望まない。皆が笑って過ごせる世が作るため、奮闘するまでだ」


 そうだ。俺たちはその重い使命を背負わされてるんだったな。かの有名な織田信長も明国征服を考えていたというが、それも慶広と同じ思いを抱いてのことだったのかもしれない。

 狭い世界の狭い平和だけを見て満足してはならない。慶広はきっとそういうことを言いたいんだろうな。


「悪い。俺も愚問を投げかけちまって」


「ふん。それでよい」


 元より修羅の道。みんなで安定した天下を築くために俺達が奮闘しないと。

 そんな感じで慶広とともに潮の香りを感じながら談笑していると、徳山館から小姓が馳せ参じてきた。


「新三郎様。お館様よりご伝言です。至急、瀬田内にいらっしゃる下国下野守様(下国師季のこと)の安否を確認して欲しいとのことです」


「下野守……師季のことか。そういえば、アイヌと和睦した時も姿を一切見せてなかったな」


「しかし、何故師季が瀬田内に?」


「なんでも、下野守様とともに勝山館に捕われて西夷長せいいのおさが、戦中に密かに館の外に逃がしていたようです」


「なるほど。そういうことだったのか」


「されど、それならそれで蠣崎勢の本陣に帰参するのが筋というものであろう。何故、本陣にも松前にも戻らず、瀬田内におるのだ?」


「それが、孫八郎様が先に我らが本陣に戻ったとあって、下野守様は我らへの合流を拒否したようです。今は瀬田内に小屋を建てて暮らしているようですが、他の者が遣いにいっても一向に会おうともせず、お館様も頭を抱えていらっしゃるのです」


 そういえば、師季と重季は史実でも仲が悪かったな。季広が呼び出しても一向に松前に戻ろうとしないとは、そうとう関係が拗れていると見える。


「分かった。ただちに向かおう」


「ありがとうございます」


「慶広、浪岡御所はいいのか? そろそろ戻らなきゃいけないんじゃ……」


「浪岡に戻るのは数日遅れても構わん。余ももう少し蝦夷地にいたいのでな。それに早く戻ったところで、御所様にこき使われる日数が増えるだけであるからな」


「そ、そうか……」


「それと五郎様。お館様は五郎様にもこの任務を受けてほしいとのことです。なお兵部様のお許しは既に出ております」


「了解。慶広、支度でもするか」


「ああ」


 こうして俺たちは師季を松前に連れ戻すべく、その日のうちに松前を後にした。



 ■■■■■



 瀬田内。日本海の荒波を見下ろすこの土地に師季が居るという。周辺は、アイヌの集落が1つあるほかは森や何もない台地が広がるばかり。なんでまたこんな辺鄙なところに?


 慶広のお付きの小姓数名とともに荒波押し寄せる海岸に沿って歩くと、アイヌの集落から遠く離れたところに1つの粗末なあばら小屋があるのを発見した。


「微妙に飯を炊いている煙が見えるな」


「まさか……ここに?」


 海岸沿いの断崖絶壁の下、人なんて誰も住み着かなそうな場所で生計を立てる。並大抵のことじゃないぞ?

 そもそも師季自身、齢80近い人物だと聞いている。老人が1人暮らすには相当の苦労を強いられるだろう。そんな師季が本当にこのあばら小屋に住んでいるなんて、にわかには信じがたい。

そして慶広は小屋の扉を開けた。


「――誰じゃ?」


「蠣崎新三郎慶広だ。父・蠣崎若狭守より、お前を連れ戻せとの命を受けた。師季、松前に帰ろう。父上が待ってるぞ」


 慶広は師季に盛んに帰参を促す。

 しかし師季が帰らないのは既に重季が松前にいるから。親子の関係も修復していないのに、そんな命令を彼が素直に受け入れてくれるとも思えない。


「――儂は戻らぬぞ!」


 予想通り、師季は大声を上げて慶広の誘いをきっぱりと断った。


「儂はもう、あの馬鹿息子の顔など見とうない! そもそも勝山館の戦でも、儂の命を馬鹿息子が一切聞かなかったから負けたのじゃ。儂は悪くないわぁ!」


 それは兵力差が50倍以上あったからであって、作戦云々の話じゃないような気もするけど……。実際、重季やハシタインは師季の作戦に難色を示していたなんて話も聞いてるし。

 しかし、どうするんだ慶広? このまま師季が松前に戻らなければ、お館様に合わせる顔がないぞ?


「それに儂はもう下国師季ではない。今は出家して清観せいかんと名乗っておる。つまり、もう蠣崎の家臣ではないのじゃ。お館様には『師季は出家した』とだけ伝えてくれ。儂は断じて動かん!」


 師季は床の上に座り込んで慶広の命令を拒否する。梃子でも動かないとはこういうことか。それに師季の頭をよく見ると、きれいに髪を剃って光り輝いている。

 このあばら小屋の生活も、仏道修業の一環なのだろうか?


「わかった」


「へ?」


「父上にはそう伝えておく。達者でな」


「おう、さらばじゃ」


「え、ちょ……慶広、待って!」


 慶広はあっさり身を引き、扉を閉めて小屋をあとにした。あまりに潔い引き際に、俺も驚いて慶広を引き止めようとしたが、彼は帰りを急ぐように歩みを速めた。


「……まったく、なんで」


 俺はギリギリ聞こえない範囲の声で不満を吐いていた。松前と瀬田内はそれなりに距離がある。だから苦労して長い道のりを踏破したのにあっさり撤退しては、努力も報われないというもの。

しかし俺の不満は、慶広には何故か筒抜けでった。


「お前の言いたいことはわかる。『もっと粘れ』、だろう? だがあの師季……おっと、今は清観であったか。彼を松前に戻すのは誰にもできないことであろうと、余は悟ったのだ」


 確かにあの頑固ぶりを見る限り、師季の説得は至難の業だ。


「そもそも、下国家は安東家の連枝にあたる一族。かつては蠣崎と同格以上の豪族であった」


「安東……あ」


「特に師季は下国家の全盛期を知る人物。今でも蠣崎を表向きは敬っているが、父上も師季の扱いはかなり慎重になっている」


 前にも話したが、俺の家である茂別館は1512年(永正9年)までは師季の居館であった。その頃は蠣崎家も勝山館周辺を治める蝦夷地の一豪族に過ぎず、下国家が蝦夷地全体に対して大きな影響力を持っていた。

 結局、その頃起こったアイヌの挙兵によって師季は茂別館を追われ蠣崎に臣従するようになるが、若い頃の栄光はそう簡単に忘れられるものではなかったということか。


「結局無駄足か。はぁ……」


「そうでもないぞ武親」


「え?」


 そういって慶広が差し出したのは、1通の封書だった。


「これは?」


「さっき清観から貰ったものだ」


「いつの間に?」


「去り際に清観がそっと余に渡したものだ。とりあえず読むのだ。お前宛てらしいからな」


「俺に?」


 わざわざ、俺に宛てるって……中身はなんだ? 俺は封を開け、手紙を読んだ。


『儂が去った後の茂別館をよろしく頼む。儂では成し得なかった茂別の発展をどうか成し遂げてくれ。お前の父・兵部少輔殿にも頼むぞ。あと、息子の孫八郎に正式に家督を継がせることも伝えといてくれ。儂は下国家の再興を思うあまり、孫八郎との関係をこじらせてしまった。孫八郎には蝦夷を背負って立つ男に育ってほしいあまり、厳しく接しすぎてしまったようだ。よって、心からここに深く反省の意を申し上げる。兵部少輔殿や孫八郎ともども蠣崎一族を支えてくれ。清観』


 さっきの態度と180度違うじゃないか、師季さんよ。本音がそうなら、そう直接伝えればいいじゃないか。と言うかこの本当は息子思いだったんだな、あの爺さん。

 この手紙の内容、父もだけど、重季にも教えとかないとな。



 ■■■■■



 徳山館に戻ると、俺は政に関係する書類を整理している重季に接触した。


「孫八郎さん」


「ん? 誰かと思えば、兵部少輔殿の倅の五郎ではないか。先の戦では敵将の首を討ったと聞いているぞ」


「ありがとうございます。ところで孫八郎さん。下野守さんから伝えたいことがあると言われまして……」


 下野守ーー師季の名が出ると、重季の目つきが急変した。


「あのクソジジイ、とっととくたばっちまえばいいんだ!」


 突然強い口調で反発する重季。激しく興奮し息があがっている。


「孫八郎さん、怒らないで。ちゃんと落ち着いて聞こ……」


「知らん! あの耄碌ジジイ、勝てぬ戦に無理して挑みやがって! あの男は戦況というものが全く読めてない! さっさと逃げればよかったというものを……! もうあのジジイのことなどどうでもよい!」


 重季もこの調子か。親子の様子を見ると、勝山館の戦で口論の末にアイヌにやられた光景が目に浮かんでくる。だが気のせいだろうか? 今の台詞、文句と見せかけて師季を気にかけているようにも聞こえるが……。


「――親を蔑ろにするとは、武士以前に人として失格だな、重季」


「慶広?」


 慶広が登場すると、重季は慌ててその場にひざまずいた。師季と違い、重季は蠣崎家を心から敬っているようだ。


「し、新三郎様! いや、これは、その……」


「とりあえずお前の父より書状を預かっている。これから読み上げるから、しかと聴くのだ」


「し、新三郎様の命令とあらば、聞くしかありませぬ……」


 俺は慶広に促されるるままに、師季の手紙を読み上げた。


「親父が……拙者に家督を……? それに、これは……」


 重季は信じられない様子だった。頑固一徹の父親がこれほど自分のことを思っていたなんて、夢にも思わなかったのだろう。


「生来、頑固だった下野守さんは、きっと面と向かって言いにくかったんでしょうね」


「まあ、己の誇り、そして下国家の誇りが傷つくと考えるとな」


「まさか……そんな……」


「なんだかんだで、子ども思いだったんですよ、下野守さんも」


「……」


 重季は床に手をついて、置かれた手紙を読みながら涙を流した。いいぜ、泣いとけよ、存分にな。


「……お、親父……親父ぃ……!」


 その後、重季が師季に会うことはついになかったが、重季の口から師季への罵詈雑言を聞くこともなくなっていた。最後の最後で親子が和解できて良かったというほかない。

 ともかく、これでコタンシヤムの戦いに関して全ての清算が終わったのであった。

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