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不破一族の多世界征服記  作者: 伊達胆振守(旧:呉王夫差)
第2章 コタンシヤムの戦い
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15 コタンシヤムと師季の意地

 ヌクリが武親に討たれた頃、勝山館ではアイヌ側の総大将コタンシヤムと麾下の首長が軍議を開いていた。


「まさか、ヌクリ様がお討死されるとは……」


「しかも討ったのは、『熊殺し』の異名で知られる例の少年。ヌクリ殿を討つ前にも何人もの同胞ウタリがあの少年にやられている」


「そのうえ、近いうちにアンドウが和人シサムにかなりの数の援軍を送るとも聞いている。一方、我らは兵もコタンの長も多く失い、戦う気力も落ちている。援軍が到着すればここもそう長くは持つまい」


 ヌクリをはじめ多くの将兵を失い、臆病風に吹かれるアイヌ軍。そんな彼らに一喝を入れる男がいた。


「貴様らはヌクリと同じ弱虫ウェンペなのか? 決起した時から死は覚悟の上。最後まで戦ってこそアイヌではないのか!」


 首長たちを叱咤したのは、ほかでもない総大将コタンシヤム。身長は6尺(約182cm)、立派な髭を蓄えた大男であり、その重く響く低い声は彼らに緊張感を取り戻させるのに十分なものであった。 


「もともとこの島、アイヌモシリは同胞ウタリの地。和人シサムどもがいつまでも居座ってよい場所ではない。和人シサムを完全に駆逐するまで、我らは戦い続けるのみぞ!」


「コタンシヤム殿……」


「そうだ! 我らはそのために戦っているのだ。いまさら臆しても意味は無い!」


「皆! コタンシヤム様に続くのだ!」


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 コタンシヤムの気勢に乗じて、声を張って強引に士気を高めるアイヌの首長たち。一方、師季とともに捕虜になっていたハシタインは、地下牢からそんな彼らの声にため息を漏らしていた。

 

彼らを叱咤した後、コタンシヤム自ら地下牢の見回りを行った時のこと。老齢の首長は通りがかったコタンシヤムに声をかけた。


「コタンシヤムよ、何故兵を起こしたのじゃ? ワシらが和人シサムと和睦してからもう10年になる。それから互いに己の領分を守りつつ、交易や海の警護で上手くやってきたことじゃろう。それを主らのほうから一方的に破っては、昔の悪しき和人シサムと変わりなかろうて」


 しきりに戦に持ち込みたがるコタンシヤムとは対照的に、ハシタインは和人との共存を望む穏健派であった。また、ハシタインは「夷狄の商舶往還の法度」によって勝山館に移住して以来、季広を「神のような親友(カムイトクイ)」と呼んで深く交流していた。


 そのため、勝山館が占領されると、真っ向から意見の対立するコタンシヤムらによって牢に閉じ込められることとなったのだ。


「そもそも、その和睦というのが間違いだったのだ。例の盟約のおかげで、和人シサムがアイヌモシリに居着く口実を与えてしまった。これでは同胞ウタリのために戦った先人たちが報われないではないか」


「しかし、その先人たちの戦のおかげで、すっかり衰えてしまった集落コタンは数知れぬ。和人シサムがこの島で暮らすようになってから早や数百年、同胞ウタリの暮らしに和人シサムがもたらす道具や食料はもはや欠かせぬものになっておる。今になって和人シサムを追い出すというのは、理屈に合わぬことではないのか?」


 必死に説得するハシタイン。しかし彼の言葉はコタンシヤムには届かなかった。


「我らとて集落コタンの衰退は望むところではない。だがこのまま和人シサムの好きなようにさせては、同胞ウタリは死に絶えてしまう。それに比べれば、この戦の犠牲などどうということはない」


「ワシにはそう思えん。今からでも遅くはない。賠償品ツグナイをカムイトクイに贈って詫びるのじゃ。そして兵を退け。これ以上戦っては、集落コタンを支えるものがいなくなってしまうじゃろう」


「……貴様は、かのタナサカシやタリコナとは似ても似つかぬ腰抜けだな。とても同じセタナイの長とは思えん。戦が終わるまで、せいぜい牢の中で大人しく縮こまっているがいい」


「コタンシヤム……」


「さ、老いぼれのウェンペなど気にせず続けるぞ」


 コタンシヤムはそう吐き捨てて、再び牢の見回りを再開した。


「どうやら、此度は和睦には持ち込めぬようじゃな。西夷長よ」


 同じ牢に閉じ込められていた師季も、ハシタイン同様に落胆の表情を見せていた。


「師季、すまぬのう。ワシが不甲斐ないばかりに……」


「いや、元はと言えば、儂と倅が館を守りきれなかったが故に起こったこと。あのバカ息子が館を抜け出したりしなければ良かったものを……」


「いや、多勢に無勢では仕方のないこと。それより、お主はこの牢を脱し、カムイトクイにアイヌ側の内情を伝えることだけを考えよ」


「されど、この牢を抜け出すのは容易ではござらん。越中が城代になって以来、この地下牢の扉はより堅固になっておる。せめて鍵さえ奪えれば良いのじゃが……」


「師季よ、ワシを誰じゃと思うておる? これでもワシはアイヌの有力者じゃ。実は牢番の中にセタナイの者がおってのう。ワシと密かに示し合わせて鍵を持ってくる手筈になっておる」


「なんと、それは誠か?」


「うむ。もう間もなくここに着く頃かのう」


 そして少し経った頃、1人のアイヌの若者が牢の鍵を持って現れた。


長老エカシ様。牢の鍵を持って参りました」


「うむ。でかしたぞ」


 若者はすぐに牢の扉を開け、2人に脱出するよう促す。


「もうすぐ、他の見回りの者がやってきます。抜け出すなら今のうちです」


「すまぬな。されどお主、斯様なことをして大丈夫なのか? お主とて、あのコタンシヤムとやらの下で戦っておるのではないのか?」


「私をはじめセタナイの者が何名かおりますが、皆コタンシヤムという男の手で無理やり和人シサム討伐に駆り出された者ばかりです。長老エカシ様がいないことをいいことに、兵士になることを断った者の首を次々と刎ねたために仕方なく従っておりましたが、正直この戦に大義を見いだせませんでした」


「そうでござったか……」


「主らの気持ちよくわかった。では師季、行ってくるのじゃ」


「な……西夷長は外に出んのか?」


「ワシはここでもう少し、コタンシヤムの説得を続ける。これ以上同胞ウタリが死んでいくのは見ておれんからのう」


「ならば、この儂があの男に直々に説得を……」


「お主は和人シサムじゃろう。あの男は和人シサムの言うことなど全く耳を貸さん。行くだけ無駄じゃ。それより子息が捕われているのじゃろう? そちらに向かわれては……」


「それだけは勘弁じゃ! あのバカ息子など、蝦夷に捕われて果てればよいのだ」


「ご、ご老人! 声が大きいですぞ!」


 アイヌの若者に注意されて、師季は慌てて口を塞ぐ。


「そういえば、聞いたところではマゴハチロウという名の人質の男が和人シサムの長の元にいるということですが……ご老人の縁者ですか?」


「な……! あの阿呆の倅め、先にお館様の元に馳せ参じおったか」


 重季が蠣崎軍の本陣にいると聞き、師季は態度を急変させた。


「西夷長。儂はお館様の元には参らん。あの倅と会うぐらいなら、お主が治める瀬田内セタナイに行ったほうがマシじゃ」


「何を仰るか師季。カムイトクイもお主を取り戻すべく奮起しておるはずじゃぞ」


「それでも、倅と同じ陣になど居たくはない! お主が止めても、儂は瀬田内に向かうぞ」


「な、待たれよ、師季!」


 ハシタインの制止も聞かず、師季はさっさと地下牢を後にしていった。


「仕方ないのう。お主、あの師季の後を追って、セタナイまで案内してやれ。ワシはしばらくここに残る」


「わ、わかりました」


 アイヌの若者も師季の後を追って、勝山館を脱出したのであった。

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