14 敵将ヌクリとの戦い
「俺はヌクリ。ヨイチの首長、コタンシヤムの弟だ」
ヌクリ、いかにもアイヌ民族って名前だな。ヨイチの首長の弟ということは、例の女神たちが言った通り今回のアイヌ兵の主体は余市アイヌとみて間違いなさそうだ。
それに今の矢、昨日奇襲された時のヤツと筋が一緒だ。もしかしてコイツが……?
「1つ訊きたい。昨日俺たちを襲ったのはあんたか?」
するとヌクリはコクリと頷く。
「よく気がついたな。そう、あれは俺だ」
ヌクリはニヤリと笑う。俺は彼から強烈な殺気を感じ一歩引き下がる。
「昨日はあの後、なぜ仕掛けてこなかった?」
「ああ、あれはタダの偵察さ。お前らが陽動を仕掛けてきているのはわかる」
「な……」
「けど見え見えなんだよ、山からだとさ」
俺たちの行動は、最初から全て筒抜けだったのか……。どうりでやけに対応が早かったわけだ。
「伝令! 長門隊が夷王山奪取に失敗! 撤退した模様です!」
くそっ、夷王山がアイヌに握られているおかげで、攻略作戦がものの見事に破られてしまっている。どうする? どうすればいい?
俺たちは、あまりに上手く物事が運ばれないことに苛立ちを隠せず、戦意が低下した。
「そういやあ、そこにいるのは熊殺しの珍妙丸だったかな?」
「俺を知っているのか?」
「当然よ。熊は並の大人でも数人掛かりじゃないと倒せない相手。それを7歳のガキが1人で倒したっていうから、アイヌの間でも有名さ」
俺がたえを助けるためにやった野盗退治と熊退治の件、蝦夷地じゅうに伝わっているらしいな。
「というわけで、本当にお前がそんなに強い奴なのか試してやるぜ。出てこい、お前ら!」
するとヌクリの合図とともに、周囲の茂みから夥しい数のアイヌ兵参上してきた。
まさかもう包囲されていたとはな。索敵能力を一旦停止したのが仇だったか……。
「さあどうする? この状況、お前に打破出来るのか?」
ヌクリは嘲笑うように俺を見下ろす。俺達を弄んでいるようにしか見えない。
「もう1つ聞きたい。今回の武装蜂起の理由はなんだ?」
「知りたいか?」
「ああ」
戦争という殺し合いをする以上、そこには何かしらの大義名分でも無ければならない。特にアイヌは領土概念が希薄な民族だから、勝山館を落としたのには領土欲以外の理由があるはずだ。
「んじゃ、冥土の土産に教えてあげよう。『和人を、この“アイヌモシリ”から追い出すため』だよ」
アイヌモシリとは、アイヌ語で「アイヌの土地」を表す。その範囲は北海道のみならず、樺太や千島列島にも及ぶ。そして和人とは、本州から北海道に渡ってきた人たちを指し示す。いわゆる、俺たちが「日本人」といって真っ先に思い浮かべる人たちのことだ。
要はこのアイヌ達は、蠣崎家の人間が邪魔なようだ。
「しかしわからないな。アイヌと俺たちは交易で良い関係を築いてきたじゃないか。10年前には不戦の誓いを立て、俺たちは相当な譲歩をした。それをアイヌの側から破るなんて……」
「それは知ってるぜ。だが、最近俺たちの集落では鮭も捕れなくなって、山の獲物も大分減ってしまった。にもかかわらず、和人の商人は俺たちを絞り上げようと、こっちから差し出す鮭や獣の毛皮の数を倍にしろと要求してきやがった。このままじゃ生きていくのに必要な物がどんどん奪われて、俺たちは飢え死にしてしまう。幸い、こっちはまだ獲物が多いと聞く。悪いがもう後には退けねえ」
アイヌの困窮ぶりは俺の想像よりも酷いようだ。しかも商人がアイヌにそんな要求をしていたとは信じられない。商人だって、資源が枯渇してアイヌとの交易ができなくなったら困るだろうに……。
「そうか……アンタらの事情はよくわかった。だがそれなら、和人地を襲う前にうちのお館様に一度訴えるべきじゃなかったのか? さすがに直訴があったら、お館様だって商人の悪行を放置したりしないだろうし……」
「それじゃ遅いんだよ。もう消える寸前まで追い詰められている集落は数知れねえ。いちいち訴えるために松前まで行って和人の態度が変わるのを待っていたら、皆死んじまう。どうせ死ぬなら、本来あるべきアイヌモシリを取り戻すために戦ったほうがマシだ」
飢えは人を自棄にさせる、か。
でも、蠣崎領も俺たちの先祖が苦労して手に入れた土地。俺たちだって退くわけにはいかない。
「越中守さん、鷹姫さん。お互いの背後を守るように戦いましょう」
「うむ」
「豆坊主の分際で、私に指示しないでくれます?」
俺たちの周りには300人ほどの敵兵。槍をこちらに向けてジリジリ近寄る。鷹姫は一瞬反発するも、背に腹は変えられず、俺の提案を受け入れ、守継の背後に回る。そして俺はスナップを鳴らし、その合図とともにアイヌ兵に反撃した。
「ちぇいさあああ!」
そして俺は300人の兵を一気になぎ倒していく。
守継も鷹姫も合図に従ってアイヌ兵を倒していき、戦闘は5分ほどで終了した。
「これは驚いたな。どうやらお前とは面白い一騎打ちができそうだ」
するとヌクリは弓を捨て槍を持ち出した。どうやら一対一で俺とやり合うつもりのようだ。
俺は念のため、ヌクリのステータスを開示する。能力値がわからないと戦術が立てにくいからな。
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名前 ヌクリ
HP 2000/2000
MP 100/100
攻撃 182
防御 44
魔攻 72
魔防 59
敏捷性 108
名声 5570
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指揮官だから戦闘能力が高いのかと思っていたが、どうやら一般兵より若干強い程度らしい。ある意味予想通りの能力値といったところだ。これなら普通に勝てそうだ。
そして、俺はヌクリの戦術のミソにも気がついた。あれだけ大量の伏兵で襲いかかってきたのも、こちらが限界まで消耗するのを狙ったため。そして弱ったところを一気に叩くつもりだったのだろう。
戦術としては常識的であり、普通の相手に対してなら有効だろう。だが相手が悪かったようだ。
「相手にとって不足だな、お前は」
「な、なんだと……」
「思ったよりひよわで助かったよ」
「くそっ、ガキのくせに粋がってんじゃねえぞぉ!」
俺の安い挑発に乗ったヌクリ。さっきまでと違い、立場は完全に逆転していた。
一方、一気に勝負をつけようとヌクリは特攻を仕掛ける。
「強がんなよ、不破武親あ!」
「フン!」
お互いの槍がクロスする。そして一瞬、鍔競り合いになるも、俺がヌクリの槍を力押しでへし折る。
「な、俺の槍が……」
「隙あり!」
「はっ……」
ヌクリは俺の攻撃を紙一重でかわし、後ろに退いた。だが彼は、俺の素早い攻撃に度肝を抜かれ、大量の冷や汗をかいていた。
「や、やるじゃねえか」
「そっちこそな」
ヌクリを倒すのはそう難しくない。俺はそう確信した。
「フッ、やっぱり使え慣れない槍はダメだな。ここは俺らしく、弓矢で勝負するか」
不利を悟ったのか、ヌクリは2本の短い木の棒と化した槍を地面に捨て、自前の弓矢を取り出す。
「はっ!」
するとヌクリは、今までより数段速く矢を打ち出してきた。
まるで連弩砲だ。矢と矢の隙間に人1人が入る余裕もない。俺はスレスレで避けるも、そのうち1本がたまたま腰に命中する。
「ぐほっ……」
「へっ、効いたか」
「効かん!」
「ぬおっ!」
――――――――――――――――――――――――
名前 不破武親
HP 5691/10683
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しかし俺は痛みを感じず、すぐさま槍をヌクリのほうへ横に振る。
ヌクリは避けようと左に逸れたが、避けきれず腹から「一」の文字を描いて出血する。
「くっ、やるじゃねえか……ぐはっ!」
すかさず俺は腰の矢を強引に抜き、そのままそれをヌクリに向かって投げる。そして矢は彼の右目に刺さった。
予想外の攻撃の一手にヌクリは混乱し、足元がふらつく。
「気を緩めるのは、早いぞ」
「なっ……がはっ!」
さらに痛みにあえぐヌクリの背中を、俺は槍の切っ先で一突き。ヌクリは激痛の叫び声を挙げた。
「グオオオオオッ!」
そしてヌクリの体は力を失い、その場にドサッと倒れた。
「勝負あったようだな」
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名前 ヌクリ
HP 0/2000
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初の武将同士の一戦。口から大量に出血しながらヌクリは降伏した。
とはいえ、ヌクリは即死ではなく、まだ辛うじて話せる状態ではあった。
「ヌクリ、1つ訊きたい。今回の武装蜂起の首謀者は誰だ?」
「フッ、俺の負けだ……。だから教えてやる……。今回の首謀者は……俺の……兄貴、ヨイチの首長……コタンシヤム……だ……」
「コタンシヤム……」
「フッ……さあ……とっとと首、捕れよ……」
「ああ、わかった」
俺はヌクリの最後の言葉を聞き入れ、彼の首を刀で斬る。
そして味方を鼓舞し、敵の戦意を削ぐために俺は高らかに勝利を宣言した。
「敵将、討ち取ったりいいいぃぃぃっ!!」
そして守継や生き残った南条隊の面々が歓喜に湧き、勝鬨の声を挙げた。
「えい、えい、おおおおおおおおお!」
鷹姫も「本当は守継様に討ち取らせるべきだったのに」と、丸聞こえの独り言を言いつつ鬨の声に合わせる。
白星に大喜びの南条隊。すると本陣方面から1人の伝令兵が到着した。
「伝令! お館様が南条隊全員、本陣に撤退せよとの仰せです」
「わかった、すぐにでも参ろう」
こうして俺たちは本陣に撤退。道中、元気に歌う兵士達の声が森の中を伝う。俺がヌクリを討ち取ったことで兵士達の士気は最高潮に達していた。
今も俺の手は震えている。気持ちを押し殺して平静を保とうとはしても、奥から沸き上がる嬉しさと悲しみが止まらない。
前世では何の感慨も無かったけど、今は早くこんな戦乱の世が終わることを切に願っている。




