13 陽動作戦
アイヌ兵の先鋒を挫くことに成功したその日の夕方、蠣崎軍の陣中では勝山館奪還のための軍議が行われていた。
そこには、本来家督を継げる可能性が低く、「家臣の五男坊」という重要視されない立場のはずの俺も出席していた。
「皆の衆、軍議を始める」
にしても、蠣崎家って思ったより武将がいるものだな。某歴史シミュレーションゲームだと家臣が殆どいないイメージが定着しているけど。
「さて、勝山館の攻略についてなんだが、意見のあるものは進言せよ」
最初に進言したのは、猛将として名高い長門広益であった。
「攻略には、高所の利を活かしたほうが宜しいでしょう。勝山館は夷王山の中腹にあります。山頂さえ奪取出来れば此方が優勢となります。ここは某にお任せを!」
夷王山とは、現・北海道檜山郡上ノ国町にある標高159メートルの山である。そして勝山館は、夷王山の東の中腹に存在している。
俺達は海岸線伝いに南から進軍し、現在は勝山館の西に陣取っている。だから、直接勝山館を狙うよりは近道になる。
しかし――
「藤六殿(長門広益のこと)。名案だとは思うが、蝦夷は強力な“武器”を持っているのだぞ」
「むっ、越中守殿……」
そう反論したのは、忠臣として有名な南条守継。越中守とは彼の官職である。守継は季広の長女を妻としており、蠣崎一門として遇される人物である。その縁もあり、彼が勝山館の城代を務めていた。
「蝦夷の軍勢は弓兵主体だ。下手に山頂を目指すだけならば、たちまち矢嵐の餌食になる」
しかも、アイヌの矢はタダの矢じゃない。先端に“毒”が塗られている強力なヤツだ。完全に命中しなくても、一度体のどこかを掠れば毒が回って死んでしまうという危険なものだ。
「ならば、どうすれば良かろうものなのか! 越中守殿!」
「それは……」
「“陽動”、これこそが良き作戦に御座りましょう」
「兵部少輔殿?」
広益に詰め寄られ動揺する守継。そんな彼に助け舟を出したのは、俺の父の武治であった。
「まず一方が城下町から館を攻め、兵が寄ったところを手薄になった山頂を獲る。そして山頂からも館を挟撃する。これが某の作戦にございます」
一方がおびき寄せ、もう一方が全力で受け止め、最後に挟みかかる。まさに武田信玄の啄木鳥戦法を彷彿とさせる作戦である。
とはいえ、アイヌ兵は未だ多くが健在。しかも蠣崎軍の戦力はせいぜい750といったところであり、二手に分けたところで各個撃破される見込みが高い。
「その作戦は危険が大き過ぎやしないか?」
「それは重々承知しておりまする。そこで某は、陽動部隊を越中守殿に、山頂部隊を長門殿と、そして某の倅の五郎にあてるのがよろしいかと」
「なっ?」
俺の名前が出た途端、広益は怪訝な表情を浮かべ、そして憤慨して立ち上がった。
「納得がいかぬ! なぜ某が、この若造と行動せねばならんのだ!?」
「両人とも武勇に優れたる者。某は適任と考えたまで」
「こんな若輩者ごときと……」
ヤバい。広益の皺が刻み込まれたゴツい顔が、俺を睨みつけている。
父上も俺の立場を考えてくれよ……。こんなオッサンに恨まれるとか、本当にイヤなんですけど。
するとここで、季広が仲裁に入った。
「双方とも止められよ」
「お、お館様……」
「話はわかった。ここは越中守と五郎に陽動を任せ、山頂の奪取は広益にやらせるとしよう」
「さすがお館様! 某のことを良く理解しておられる!」
季広さんナイス! このままいったら、広益のオッサンに小言や陰口を散々叩かれて嫌な思いするのは必定だったからな。
広益も手を叩いて喜んだ。大任を任されたことが嬉しいのだろう。
「さて、作戦開始は明日だ。皆の衆、用意を怠るな! 以上!」
そして武将たちは各々自らの持ち場に戻り、勝山館攻略の準備を始めたのであった。
■■■■■
軍議の翌日。俺と守継を筆頭とした陽動部隊は、麓を西回りで勝山館に進んでいた。
「まさか、拙者が留守にしている間に勝山館が蝦夷に占拠されてしまうとはな……。お館様から頂いた大事な館なのに、この南条越中守守継、一生の不覚よ……」
「越中守さん……」
「かくなるうえは、この陽動をなんとしても成功させて館を取り戻さん!」
陽動部隊の大将である守継は勝山館奪還に向けて強い意欲を見せていた。一方で俺は、あたりを見回しながら陽動を始めるのに相応しい場所と時間を探していた。
「越中守さん、このへんでアイヌに攻撃を仕掛けましょうか?」
陽動はタイミングが肝要だ。しくじれば相手にこちらの動きが悟られて攻略が難しくなる。
場合によっては、俺がチート能力を行使して強行突破……も考えられなくはないが、時間がかかる上に補給の問題も絡んでるから、迂闊に使えない。
「いや、まだ早かろう。拙者が合図を送るから、それまで待て」
「御意」
夷王山の麓には、アイヌ兵が大勢休息を取っている。守継は彼らの様子を窺いながら、冷静に陽動の機会を狙っていた。
だが、そんな彼の冷静さを打ち破る人物が俺達の側に出現した。
「あ・な・た♡」
「うおわぁ!」
突然、俺たちの背後から女性の声が聞こえた。振り返ると、そこには甲冑姿の妖しげな女性が1人立っていた。
しかも一見おしとやかそうな容姿とは裏腹に、彼女の言葉を聞くと、身の毛もよだつようなデンジャラスさが感じられた。
「……うむ、なんだ?」
「あたしと守継様の愛の巣にあんな汚らしい蝦夷がいたら、守継様が腐っちゃいますわよね? だからここは、あたしたちの手で愛の巣を奪い返して、邪魔な蝦夷を始末しましょうね♡」
「……承知」
おいおい守継さん、肩が思う存分震えてますぜ。男はどうした、あんたの中の男は。武士として情けないですよ。
と言いたいところだが、守継が恐怖に悶えるのも無理はない。この女性の名は鷹姫。季広さんの長女で守継の正室だ。
「ねえ、そこの豆坊主。もし勝山館を取り返せなかった挙句、あたしの夫を死なせたりなんてしたら、徳山館の正門に逆さ吊りにして切り刻みますからね。お・わ・か・り?」
「は、はいっ!」
しかもこの女性をラノベのキャラで例えるなら、いわゆる『ヤンデレ』。史実では、守継を蠣崎家の当主にするべく、1561年(永禄4年)に季広の次男である明石元広を、1562年(永禄5年)に季広の長男の舜広をそれぞれ自らの手で毒殺したものの、企みがばれて誅殺されたという経歴を持つ。
本来は彼女自身が当主になりたかったそうだが、女の身では継げないため、仕方なく夫を当主にしたてようとしたのが真相だろう。
しかも彼女は1548年(天文17年)にも、蠣崎の主となるべく季広の従兄弟・蠣崎基広を唆して謀反を起こさせたという疑惑があるようだが、本当に彼女が関わっていたのかははっきりしない。
ともかく、鷹姫は相当な野心家であり警戒するに越したことはないだろう。特にお館様には、子息の毒殺に気をつけるよう忠告したほうがよさそうだ。
なお、父と広益、守継の3人はかつて基広の謀反鎮圧に関わっており、特に広益は基広の首級を持ち帰った話で有名になっている。
「……越中守さん、お互いの命のためにも」
「う、うむ。力を、合わせよう……ハハハハハ」
俺と守継は乾いた笑いを浮かべながら、陽動作戦を継続した。
そしてタイミングを見計らって守継が攻撃の合図をしようと手を振り上げた、その時。
「ギャアアア!」
南条隊の兵士から悲鳴が上がった。
「な、なんだ?」
「まさか敵襲か!?」
もしかして俺達が森の中に潜んでいるのがバレたのか? だが、ここまで足音を消して歩いていたはずだ。なのに……。
だが金切り声はその後も続いた。
「ウワアアア!」
「ひええぇぇ!」
突然の来襲に兵士の統率が乱れ、逃げ惑う。倒れた兵を見るとどれも矢が刺さっていた。しかし、眼前のアイヌ兵は特に弓矢を構えている様子はない。
「落ち着け! 隊列を乱してはならぬ!」
守継が自分の隊の兵士の混乱を沈静化させる中、俺は索敵能力を行使する。
例え隠れていようと、この能力を使えば相手の居所はわかる。さて、弓矢で襲っている奴らはどこにいるんだ?
だが、襲撃者の正体は思いもよらないものだった。
「……マジで?」
体力ゲージが見えるには見えた。けれど問題は本数だった。なにせ視界に移った赤い体力ゲージはたったの“一本”のみ。他に襲撃者らしき体力ゲージはない。
まさかたった1人で? そうだとしたら、スゴい命中率と勇気だ。
「弓兵、用意! 放てぇ!」
俺がどぎまぎして目を丸くしている間に、部隊を立て直した守継が、アイヌが攻撃してきたと思われる方向に矢を放たせる。
さすがにこの矢の雨をくぐり抜けることはできないだろう。俺はそう思っていた。
だが攻撃が止んだ後、俺がその方向を再び見ると体力ゲージはない。もし死んでいるのなら、体力ゲージは0の状態で表示されるはずだが、全く見当たらない。どうやら逃がしてしまったようだ。
「ぬうう、小癪な……」
「越中守さん。今襲撃してきた人物は、おそらく1人です」
「なんと?」
俺は自分の能力を悟られないようにしつつ、状況説明に徹する。
「ふむう、蝦夷にも勇ある者がいるのか……」
「どうやら、今回の敵は一筋縄ではいかないでしょうな」
「わかっている。幸い、作戦実行に支障がでるほど被害は出ていない。それに見よ、今の悲鳴で蝦夷の兵が大勢こっちにやってきておる」
怪我の功名というべきか、麓に布陣していたアイヌの兵が大勢こっちにきている。今回はあくまで陽動が目的。まずは彼らを夷王山から離し、補給線が伸びきったところを叩くとしよう。
こうして、陽動作戦はついに開始されたのであった。
■■■■■
作戦開始から間もなく、俺達はアイヌ兵を森の奥まで引き付けることに成功した。
ここまでくれば、夷王山山頂のアイヌ兵との連携を断つのもそう難しくはない。そして守継はついに反撃の号令を下した。
「全員突撃だ!」
「おおおおおおっ!!!」
守継の指示で、南条隊全員が一斉にアイヌ兵に向けて走る。士気は高く維持されている。
一方のアイヌ兵も立ち止まってこちらに弓矢を構える。だが俺は臆することなく、先陣を切って兵士達を導く。
「ふおおりやああ!」
「うわああ!」
俺は矢が放たれる前に敵兵を散り散りに撃破。味方の兵もそれに続く。
そして鷹姫も手持ちの小刀を武器にアイヌを突き刺す。その手つきは冷静かつ冷酷だった。
「守継様の邪魔をしないでいただけます?」
「う、うわああ!」
鷹姫の小刀が敵兵の急所を正確に突き、命を刈り取っていく。素早い刀さばきだ。槍を振りかざす横で、俺も少し見とれる。
だが相手も退かない。
「こちらも反撃だ!」
「おおおおおおおおお!」
戦法を変更してきたのか、アイヌも槍を持ち蠣崎軍と正面からのどつきあい。数に勝るアイヌが、徐々に俺たちを南西の蠣崎軍本陣へと押し込めていく。
「くっ、この人数。やっぱり堪えるぜ……」
殺るか殺られるのかの過酷な戦場。チート能力を持っていても大軍を相手にするのは辛い。
敵兵を次々倒すも、味方もどんどんやられていく。一時攻撃の手を緩めていた相手の弓兵も援護に入る。
「伝令! 南東方面より敵の増援が接近中!」
本隊が押されている今が好機とばかりに、アイヌ勢は南東から援軍を近づけてくる。アイヌを挟撃しようとする俺達を逆に挟み撃ちにするつもりのようだ。
「ふむ、これ以上は退かざるを得まい……」
「もう十分でしょう、越中守さん。これで“陽動”は成功したと思います」
「そうか、それもそうだな」
俺達はあくまでアイヌ軍を攪乱し、おびき寄せる任を負った身。これ以上やるのもいいが、全滅してしまっては元も子もない。南東からやってくるアイヌ兵とて、夷王山から意図せずして引きはがされたことに違いはないだろう。
「全員、蝦夷の軍勢を引き寄せつつ、撤退せよ!」
「御意!」
南条隊の殿軍は、俺が務めた。殿は、あくまで味方の撤退を無事に済ませるための役割。無理強いして敵の首を獲ろうとしてはいけない。特に今回はアイヌを引き付けるのが目的だから、相手を大量に倒しては夷王山に撤退してしまうかもしれない。
相手の兵を減らしつつ、相手に自身の不利を悟らせない。激しい命のやり取りの中、難しい舵取りを任された。
「せいっ!」
「ぐっ!」
近づいてきた兵だけを正確に倒す。アイヌの追撃が続く間、息つく暇もない緊張が南条隊を包み込む。そして勝山館から2里(約8km)離れたところで、俺は一気にアイヌの兵を叩いた。
すると、ここまで優勢を誇っていたアイヌ兵も突然の逆襲に驚き、慌てて兵を退く。
ここから夷王山まではそこそこ距離がある。この間に広益のオッサンが山頂を奪取しているとよいのだが……。
「ふう、撤退は完了したな……」
「ああ……」
俺と守継は、どっと地面に倒れた。普段から鍛えてはいても、戦場の疲労は何時にも増して一気にくる。
「お疲れ様です守継様。はい、これあたしお手製の手ぬぐいですよ」
「う、うむ。ありがたく頂こう」
「それにして、殿方ともあろうものが情けないですよ、五郎さん」
「た、鷹姫さん……」
そんな中、鷹姫は守継だけは労るものの、俺に対してはキツく責め立てる。手ぬぐいも俺に対してだけは、顔面に投げつけるように与えた。
「ぶへっ! な、何するんですか、鷹姫さん……」
「あなたにはこれが分相応です。何せあなたは守継様の、ただの副将。そんなこともわからないのですか?」
「いやいや、だからなんで俺にだけそんなにキツくあた……」
「なにか言いまして?」
俺は抗議しようとするも、鷹姫は俺に血塗られた小刀を首につきつけて脅す。
「い……いえ。何でもない、です…………」
「いいかしら。あたしは、守継様の体も、頭も、顔も、手も、足も、指も、爪の垢も、腑も全て! 愛してるんですからね。だから守継様を労るのは当然の行いですし、守継様のお役に立たない人間は厳しく罰します。わ・か・り・ま・し・た・か?」
「は、はい……わかりました」
クレイジーだ、ヤバすぎる。味方なのに身の危険しか感じない。
守継も大変だな、こんなヤンデレの嫁さんを貰って。相手が主君の娘という立場上文句も付けづらいだろうし、いつも気が気でないんじゃないのか……?
少々ゴタゴタしたが、一休憩。俺は1回立ち上がって、自然の恵みたっぷりの美味しい空気を吸う。
戦場だけど、工場の排煙なんてものがないぶん澄んでいるものなんだな。あとは、広益から山頂奪取の知らせを受けて作戦完了ってところだな。
ヒュッ……!
「うおわっ!」
しかしそんな俺たちに、一本の矢が不意打ちで襲いかかってきた。俺は間一髪で避け、矢はすぐ近くの木の幹に命中した。
「くっ、誰だ!」
するとその人物は木から飛び降り、俺たちの前に姿を現した。
「何者だ!」
「俺はヌクリ。ヨイチの首長、コタンシヤムの弟だ」




