12 武親の初陣
1560年(永禄3年)9月1日。
数え年13歳となった俺は元服し、新たに「不破五郎武親」と名乗ることになった。
晴れて「珍妙丸」という珍妙にして恥ずかしい名前ともオサラバし、転生前と同じ「武親」という名前で仕事をすることになる。これで名前で混乱せずに済むだろう……とはならなかった。
お気づきだとは思うが、苗字の「不破」と名前の「武親」の間に「五郎」と入っている。これは輩行名、仮名、通称などと呼ばれものであり、いわばこの時代の「あだ名」「ニックネーム」である。人を呼ぶ時にはこの仮名で呼ぶことが慣例となっている。
一方、「武親」や「武治」、「季広」に「師季」と言った名前は諱と言い、基本的には公的な文書などでしか使われない。さらに言うと、目下の人間や親しくない者が誰かを諱で呼ぶことは呪詛をかける行為と見なされ、大変無礼であるとされている。
だから俺を「武親」と呼べるのは、両親と4人の兄、そして蠣崎宗家の人達に限られており、他の人からは「五郎」もしくは「五郎様」と呼ばれることになる。まあ、「珍妙丸」と呼ばれるより100倍マシだが。
ついでに言うと、天才丸も俺に先立つこと1ヶ月前に元服を済ませ「蠣崎新三郎慶広」となった。もっとも慶広自身は陸奥国の浪岡御所に出仕しており、しばらく会えていないわけだが。
それにしても1560年か。今年は尾張と三河の国境で、かの有名な「桶狭間の戦い」が行われるんだよな。間近で見られないのが残念だ。
さて、ときとたえ姉妹を野盗と羆から助けてからも、俺は毎日鍛練を欠かすことはなかった。おかげで身についた能力が以下の通り。
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名前 不破武親
HP 10683/10683
MP 2034/2034
攻撃 755
防御 763
魔攻 486
魔防 541
敏捷性 224
名声 1415
状態異常 なし
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12歳にして並の戦国武将約10人分に匹敵する能力値。もっとも前世で読んでたラノベでは、これと全く比較にならないほどぶっ飛んだ数字が出ていたが、現状の蠣崎家で俺に叶う奴は慶広くらいじゃないだろうか?
俺がそうほくそ笑んでいると、1人の伝令兵が息を荒げて茂別館にやって来た。しかし今の蠣崎はどこの勢力とも合戦など行っていなかったはず。だとすれば、可能性はただ一つ。どこかの館が敵に襲われたということである。
「申し上げます! 勝山館が蝦夷の軍勢に攻められ陥落致しました!」
「なんと!?」
急報だった。日本海側、蠣崎領の北端に位置する勝山館が蝦夷、すなわちアイヌの手によって落とされたのだった。
報告によれば、勝山館城代の南条守継の留守を預かっていた下国師季・重季親子は100人足らずの兵で籠城したが、兵力差がありすぎてあっさり敗北したという。現在、下国親子の行方は不明だそうだ。
史実では季広が当主であった時代、融和政策と交易活性化のおかげで和人とアイヌとの間に大きな抗争は無かった。しかし世界の融合による寒冷化は、その融和政策を破らせるほどにアイヌを追い詰めていたようだ。
「わかり申した。明日の早朝には、出発しようぞ」
父は大きく頷いて、援軍を出すことを決めた。
マズいな、異世界との融合の影響が徐々に大きくなっていきやがる。
だが四の五の言ってられない。早いところ出発の準備を整えて、勝山館を奪還しに行かなくては。
だが不破家が集められる兵力はせいぜい200人足らず。単独での奪還は不可能だ。勝山館陥落の知らせは他の館にも伝わっているだろうから、まずは皆が集まっているであろう徳山館に向かうことになるだろう。
俺達は武具を整え、兵たちとともに徳山館へ急行した。
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9月4日、徳山館。
「皆のもの、出陣の準備は良いか!?」
「オオオオオッ!!!」
俺たち親子が到着する頃には、蠣崎家臣の大半が集結していた。
集まった兵力は全部で800余り。少ないように思われるが、蠣崎は領土も人口も少ないため、これが動員できる兵数の限界なのだろう。
だがそうは言っても、この数で正面からアイヌの軍勢と戦うのは厳しいのも事実。大規模な武装蜂起が一度起これば、アイヌ側は数千の兵を動員して蠣崎領を襲ってくる。事実、蠣崎の歴代当主は、この劣勢を和睦に見せかけた騙し討ちなどの謀略で幾度となく切り抜けている。
伝令によれば、今回のアイヌ兵は全部で5000人。しかし季広は謀略ではなく、正面からアイヌの攻勢に対処するつもりだという。
「皆の衆、出陣じゃあ!!」
「オオオオオッ!!」
法螺貝の音とともに徳山館を出発する蠣崎軍。アイヌとの“戦”が遂に幕を開ける。
――そしてこれが、俺の「初陣」の始まりでもあった。
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勝山館の南、半里(約2㎞)離れたところにある海辺の森林地帯。季節は初秋、まだ紅葉は現れていない。兵士達は獣道ほどの狭い道のりを、えっちらほっちら息を上げながら歩いている。
「おっ、あれが勝山館か?」
「気ぃ、引き締めていかんとな……」
勝山館は見えてきたが、ここはすでにアイヌの占領下。いつ、どこから攻撃が来るのかわからない。ここからは全員、最大限の警戒態勢を敷く。
だが、前方の部隊から突如悲鳴が上がった。
「ぎゃあああっ!」
「うわあああ!!!」
どうやらアイヌの襲撃があったようで、蠣崎軍はすぐに臨戦態勢に入った。
「皆の衆、守りを固めよ!」
防御姿勢を取り、息を飲みながら森の中でアイヌ兵の姿を探すが、叫喚の声は休む間もなく次々に上がった。
「グオオオオオッ!」
「ひぃっ、助けてくれえ!」
俺は悲鳴の上がったほうに視線を移した。しかしアイヌの姿はどこにも見当たらない。どうやら木々の影に潜んでいるようだ。
だが、隠れている場所が特定出来なければ有効な反撃は行えない。早いところ、アイヌ兵を見つけないと……。
そうこうしているうちに、アイヌの矢は前方の部隊を飛び越えて俺達の所まで飛んでくるようになり、俺は手持ちの槍でなんとかはじき落としてみせる。
しかし、暴風雨のように隙間なく連射されているため、蠣崎軍は一歩も進むことができないでいた。
「くっ、これでは進軍もままならん!」
とは言え、矢も無限にある訳ではなく、飛び道具の嵐は一旦静まり返った。けれど、いきなりの奇襲攻撃に俺達は多くの兵を失ってしまった。
「アイヌもなかなかやるじゃないか」
しかし俺は、不謹慎にも強敵の出現を喜ばずにはいられなかった。
前世の俺ならこの状況に遭遇しても何もできずにうずくまって死を待っていただろうが「チート能力」が楽しみに変えている。
けれど状況は楽観視できない。こちらは大損害を被ったのに、向こうは一兵卒も失ってないからだ。
(仕方ない、ここでチート能力2つ目、御披露目といくか)
木々に隠れているせいで俺達は相手方の兵が発見できないでいるが、それは目視でのこと。その点、俺は目視以外の方法で相手を発見する手段を持っていた。
「……ん?」
「アイツ、何をやっているんだ?」
多くの兵士が前方の警戒に当たっている中、俺は静かに森林の木々を見つめた。
俺の能力を知らない皆からすれば、戦の最中に『珍妙』なことをしているように見えるだろう。
「五郎、戦場であるぞ」
「まあまあ父上、少し待ってください」
今俺の視界には、他の人には見えない「赤いゲージ」が、森のあちこちに一本ずつ見えている。この赤いゲージはいわば“相手のHP”だ。
これが俺のチート能力2つ目、「周囲の生命体の位置と体力を視認できる能力」だ。この能力を使えば、相手の状態だけでなく位置を探ることも可能だ。
ちなみにゲージには何色か種類があり、赤いゲージは敵兵、青のゲージは味方の兵を表している。この能力は相手が物陰に潜んでいても使えるものであり、伏兵も一発で探し当てることができる。
「父上、敵の居場所がわかりました」
「な、なんだと!?」
目を凝らしても誰もアイヌの兵を発見できない中、俺の宣言に周囲がざわめく。
「俺に弓矢を渡してください。一発、やり返してみせましょう!」
だが俺の不敵な発言に、蠣崎方の武将や兵士は全員最大限の期待を投げかけてくる。
俺は父から弓矢を受け取り、俺にしか見えない赤いゲージの方向へ弓を構える。
プレッシャーには強い自信はあったが、まるでステージに上がって1人で発表をやるときのように、激しい緊張感が俺を取り巻く。
鍛錬では何本も放っていたが、実戦では初めて撃つ。しっかり狙っているつもりだが、自分の手はプルプル震える。
しかしアイヌの追撃がない今こそ、反撃の絶好の機会。これを逃してはならない。
(ちゃんと当たれよ、俺の矢!)
そして俺はついに、一本の矢を発射した。震える手で撃ったとは思えないほど、矢はキレイな放物線を描いて宙を舞う。
「ぐっ、グオワアアアアッ…………!」
そして狙ったあたりで、呻くような叫び声が聞こえた。どうやら命中したようだ。
「……う、うお……うおおおおおおおっ!!」
「吉兆なり! 皆の者、今こそ反撃の時ぞ!」
「おおおおおっ!!!」
矢の命中は味方の鼓舞にも繋がり、その後の蠣崎軍は優勢に転じた。
勢いづいた味方は季広さんを筆頭に続々進撃する。アイヌも必死に応戦し、兵力差と地の利を利用するも、俺の武芸の腕の前には意味をなさなかった。
「うおりやぁ!」
「アアアッ!」
「はいやぁ!」
「ひいいっ!」
俺はチートな身体能力に頼り、流れに身を任せてアイヌ兵をバッサバッサと斬り倒していく。
「さあさあ、俺とまともにやりあえる奴はいないのかあ!!!」
「ひいいっ! ばっ化け物だあぁぁ!」
槍も通じず、矢もあっさりはじき返す俺を前に、アイヌの軍勢は為す術が無かった。そんな戦場で無双する俺を怪物扱いする者も現れ始める。
「撤退、撤退!!」
自分たちの不利を悟ったのか、昼過ぎにはアイヌ兵は勝山館のほうに退却。蠣崎軍は一応の勝利を収めたのであった。
「お味方、勝利!」
「えい、えい、おおおおおおっ!!」
勝利に湧く味方。しかし、俺たちは局地戦を制したに過ぎない。
とは言え、奇襲を受けて崩れた体勢をよく戻したものだ。そこは喜ぶべきことなのだろう。とりあえず今は小さいながらも楽しい祝勝会を楽しもう。
―――勝利の美酒に酔いしれる蠣崎軍。だが、戦いはまだ始まったばかりだ。




