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不破一族の多世界征服記  作者: 伊達胆振守(旧:呉王夫差)
第1章 不破武親、戦国時代に転生する
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9 天才丸、浪岡御所に出仕する

 1556年(弘治2年)。蠣崎天才丸は陸奥国北西部にある浪岡城に出仕していた。


「蠣崎天才丸と申します」


「来るしゅうない。面を上げい」


 浪岡城は別名を浪岡御所と言い、南北朝時代に従二位権中納言という高位についた公卿でありながら鎮守府大将軍として活躍した北畠顕家の末裔を称する浪岡北畠氏の本拠地である。


 浪岡家は浪岡城周辺を領地としており、周囲はすべて南部家の領地であったものの、安東家などの南部家と対立する奥羽の大名とも外交関係を持っていた。それはひとえに、浪岡家が「北畠顕家の子孫」であり、「北の御所様」として奥羽の諸勢力から崇敬を集めていたからに他ならない。


 当代の当主は浪岡具運(なみおか・ともかず)、25歳。

 公家の末裔であり、明国や朝鮮、アイヌとも独自に交易して豊かな財力を誇っていた浪岡家の当主らしく、具運も公家風に顔に白粉を塗り束帯を纏った姿で評定の間に現れた。


「そちが、蠣崎若狭守の三男坊か」


「はっ、その通りにございます」


「檜山屋形よりそちの才のほどは聞いておる。これよりは当家の近習としてよく仕えよ」


「ははっ!」


 天才丸は父の主君、安東愛季の命を受け、浪岡家の小姓として仕えることとなった。そして天才丸に課せられた仕事は、具運の嫡男にして未だ齢2つの三郎兵衛(後の浪岡顕村(なみおか・あきむら))のお世話であった。


 具運への挨拶が終わると、慶広は今度は三郎兵衛のもとへと挨拶に向かった。


「蠣崎天才丸と申しまする」


「おお。お前が天才丸か。待っておったぞ」


 幼少の三郎兵衛に代わって慶広と挨拶を交わしたのは、三郎兵衛の叔父にして傅役である浪岡顕範(なみおか・あきのり)であった。


「しかし、斯様に面を合わせて見ると、実に良い面構えをしておる。天才丸とは、若狭守も面白き名をつけたものだ」


「はっ、ありがたき幸せ」


「して、天才丸よ。時にお主、幼子の面倒を見るのは得意か?」


「私には弟が4人、妹も数名おります。普段は乳母や小姓が世話をしておりますが、私もたびたび弟や妹をあやしたり遊んだりすることがよくあります。したがって、子供の相手はお手の物と自負しております」


「おお、そうかそうか。それはなによりだ。なにしろ、三郎兵衛は我が兄上の唯一の跡取り、丈夫に育ってほしいからな。よろしく頼むぞ」


「ははっ!」


 こうして、この日から三郎兵衛の第二の傅役としての仕事が幕を開けたのであった。



 ■■■■■



 1559年(永禄2年)、浪岡城。

 天才丸が浪岡家に出仕してから3年が経過した。この頃になると三郎兵衛はすっかり天才丸に懐くようになり、傅役の顕範がいないところでも学問や公家と武家両方の作法を天才丸から教えてもらうまでになった。


「三郎兵衛様、今日は蹴鞠などいかがですか?」


「うむ!」


 天才丸は前世で知恩院海翔と名乗っていた時も、実家の庭で親戚や陰陽師仲間と蹴鞠をする機会があった。そのため、彼の蹴鞠の技術は戦国時代の上流階級にも引けを取らないものであった。

 もちろん、まだ数え年5歳の三郎兵衛を相手に本気を出したりはせず、三郎兵衛の技術力にあった蹴鞠を披露した。


 天才丸とともに技術が覚束ないながらも蹴鞠を楽しむ三郎兵衛。一方で天才丸はそんな彼の顔を哀しく見つめていた。


(今はこうして仲良く遊ぶことができているが、もし蠣崎と浪岡が対立することあらば、余はこの幼子と戦をせねばならなくなる。世が世なら戦わずに済むものを、なんと過酷な世の中よ……)

 

 注意が散漫になる天才丸。すると、三郎兵衛が蹴り出した鞠の位置を見誤り、天才丸の右足は鞠からかなり離れたところで空振りした。

 しかし、幼い三郎兵衛はそんな天才丸の気持ちも知らず、落ちた鞠を広って無邪気な笑みで彼に近寄る。


「てんさいまるよ、もういっかいけまろうぞ!」


「あ、ああ」


 本当なら世界樹(ユグドラシル)の異状の件を今すぐにでも浪岡一族に説明したいところだが、天才丸自身も世界樹(ユグドラシル)の本体を見たことがあるわけではなく、異世界の存在も確認したわけでもない。

 そもそも季広の息子とはいえ、蠣崎家の当主でも重臣でもない自分が、女神たちからの風聞をいたずらに垂れ流して余計な混乱を生んでも収拾のつけようがない。


 世界に異変が起きていることなど露知らない彼を前に動揺する天才丸であったが、自らの感情を押し殺して再び蹴鞠を始めた。



 ■■■■■



 その日の夜のこと。三郎兵衛を寝かせつけた天才丸が自室に戻り布団に入って間もなく、室内に顕範が障子を開けて入ってきた。


「天才丸、まだ起きているか?」


「……左衛門尉様? 夜分遅くなぜ私の部屋に?」


 驚いて体を起こして目を見開く天才丸を前に、顕範は静かに彼の横に座る。


「なに、三郎兵衛と遊んでいたとき、お前さんがなにやら辛そうな顔をしていたからな。何事か悩みでもあるのかと聞いて心配していたのだ」


「これは、ご心配をおかけして申し訳ございませぬ……」


「なに、お前さんは当家の誰よりも聡明な子だからな。時々某らには考えも及ばぬ問題をお前さんは鋭く指摘してくれる。そんなお前さんだからこそも悩みもあるのだろう」


「お褒めに預かり光栄に存じます」


「どうだ? お前さんの悩み、聞かせてくれないか?」


 小姓とは言いつつも、事実上浪岡家に人質として送られてきた天才丸を相手に、優しく心を開く顕範。

 しかし、将来世界征服のために浪岡家を討つ日が来るかもしれないとは到底口にできない天才丸は、顕範に悩みを打ち明けることはできなかった。


「……人には言えぬ悩み事とというわけか」


「申し訳ございませぬ……」


「まあよい。左様なこともあるだろう。特に最近は当家の行く末も怪しくなってきたからな、将来に不安があるというのも致し方ないことだ」


「浪岡家に何事かあったということですか?」


「うむ。数年前に叔父上の弾正少弼様(川原具信かわら・とものぶ)が絶家していた川原御所を継いでいたのだが、近頃は本家と川原御所の領地の境目を巡って兄上と諍い事が絶えなくてな。今は某を始め一門の者が必死に取りなしているが、数年後にはどうなっているかわからぬ状況なのだ」


「そのようなことが起こっているのですか……」


 天才丸が思い描いているものとは違う理由で、顕範もまた浪岡家の存亡を気にかけている様子であった。


「某らを庇護する南部家は日々力を増している。一方で当家は度重なる寺社の再建で疲弊し、家来の俸禄が減り始めている。もし兄上と叔父上が刀を交えることあらば、家来は南部に流れてしまうだろう」


「それは憂慮すべきことですな……」


「争いが始まれば某は兄上を守るために動く。その時、三郎兵衛を守れるのはお前を置いて他にはない」


「……私はもともと他家の人間。しかも未だ齢12の身です。三郎兵衛様の身を預けるなら、一門の人間に頼むべきでは?」


「三郎兵衛が最も懐いているのはお前さんだ。もし争いの結果、兄上も叔父上も失うことになれば、跡を継ぐのは三郎兵衛を置いてほかにいない。三郎兵衛を守り通せたら、某と天才丸が三郎兵衛を支えるのだ」


「……まだ戦火も起きてないうちから、縁起でもないことを仰るものではありませんぞ」


「万が一の話だ。それだけ某はお前さんを信用しているということだ」


 まだ元服も済んでいない天才丸に並々ならぬ信頼を寄せる顕範。そのこと自体は大変嬉しいことだが、彼の信頼が却って天才丸を苦しめることとなった。


(これほど信を寄せる相手を、余は討たねばならんのか……? そこまでして『世界征服』という正義を貫かねばならんのか……?)


 陰陽師だった頃は純粋に人間のために悪霊や悪しき妖怪を退治していれば良かった。さらには悪さをしない妖怪や霊がいれば、積極的に味方に引き込んで協力関係を結ぶのは日常茶飯事であった。


 そのため元から協力関係にある人間を裏切るという行為に、天才丸は強い抵抗感を持っていた。


(なんとかして、浪岡家を討たずに済む方策はないものだろうか……)


 その日から、天才丸は征服活動によって浪岡家が滅ぶことのないよう考えを巡らせ始めるようになった。全ては恩ある北の御所様を守るために--

第1章、終。

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