第1話「シアワセ」
カランカラン。
ベルが来客を知らせる。
階段を下りてきた若い男は出迎えた怪しい人間を見て立ち止まった。
「いらっしゃいませ」
露出しているのは目と手…それと足先のみ。
それ以外は紫色の布で覆われていた。
「ネット見て来たんすけど…"死者"と話せるって本当すか?」
「…はい。こちらへどうぞ」
「どもっす」
「テーブルの上にある紙にあなたと、話したい相手の名前と生年月日をお書きください」
「うぃー…す…」
通された部屋は円形で四畳半ほどの広さ。
黒い壁、赤い絨毯、4ヶ所に柔らかい暖色の照明。
真ん中には小さなテーブル。白いテーブルクロスの上にペンと紙が置いてあった。
若者は迷わず記入していく。
「音間 四次郎…1941年…2月…」
「あなたが話したいのは、お爺様ですか?」
「まぁ。2年前に死んじゃったんすけど。家族に反対されてんのに上京しちゃったんすよ自分。地元帰った方がいいのか、このままでいいのか…聞きたいなって」
「そうですか。では、紙をこちらに」
「っす」
ビリリッ!
「え、破くんすか!?」
「あなたとお爺様を離れ離れにしました。この紙の破れた部分が、死の境。今からこのお爺様の名が書かれた紙に祈りを捧げてこちらの世界に呼び戻します」
「は、はぁ……あの、ちなみになんすけど…値段とかって」
「お金は要りません。人の役に立ちたい…ただそれだけですから」
「…どもっす」
「では。この布で目隠しをしてください。存在が定着する前に見ようとすれば、お爺様はあちら側に引き戻されてしまいますから」
「っす」
赤い布を受け取り目を覆う。
頭の後ろでキツく結ぶと、
「来たれり、来たれり、境を渡れ。来たれり、来たれり、生者の隣へ」
ボソボソと呟いている。
雰囲気に慣れてきた若者はテーブルに手をついたまま無言で待機する。
「四次郎さん。亮介さんがあなたに会いたがっていますよ…さあ、こちらへ」
「……っ…と」
近くにもう一つ気配が増えたように感じた若者は身震いした。
「そう。そうです…お爺様は今目の前に…テーブルの向こうに。……私が合図を出したら目隠しを取ってくださいね」
「分かっ…す」
キィィ………
((READ))
「どうぞ」
バタン。…カチャ。
「…え?」
若者は目隠しを取った。
そして目の前の存在にすぐ気づいて
「う、うおおおおおお!?」
驚き後退。振り向けばドアは閉まっている。ドアノブを掴むも
「あっ!開かない!ちょっ!」
ガチャガチャ!ガチャガチャ!
ドアは開かない。
改めて、現れたそれに目を向ける。
「……じいちゃん?本当に?」
肌は青白い。頭髪…どころか体にも毛と呼べるものは一切ない。
服を着ていない。乳首やへそも無い。
回り込んで見てみれば
「じいちゃん何も付いてない…」
ただそこに立っているだけ。
目、鼻、口…顔のしわ。それくらいしか判別出来る情報はない。
驚きのピークを過ぎれば違和感が目につくようになる。
まず脇の位置がおかしい。肩から肘の辺りまでが胴体にくっついている。
次、爪がない。足の指の数が4本ずつでどちらも親指がない。
「ォ」
「………」
開いた口の中には、"黒"しかなかった。
「じ…じいちゃん」
「ォ」
「分かる…え?分かる?じいちゃん?亮介だよ」
返事はない。
若者はポケットを漁りキーケースを取り出した。その中から自宅の鍵を引っ張り出すとそれを
「じいちゃん…話せないの?…悪霊なの?なんなの?」
会いたかったはずの相手に向ける。
「…ォ」
「………なん」「ォ、ォ、ォ、…」
若者の方へ、左足が動く。
そして…動きだすと、早かった。
「ォ、ォ、ォ、ォ、ォ、」
「うわあああっ!じいちゃん!こっち来んな!うわっ!うわっ!」
壁際に追い詰められ、思わず
「っこのぉぉ!!」
ズッ。
持っていた鍵を突き刺した。
何も付いてない体に刺さった鍵。そこから血は
「血も出ない…空っぽだ…じいちゃん…」
「オマエノカラダヲヨコセ」
「ぉ」
生者と死者の奇跡の再会は、
「じいち…っぁ」
若者の死をきっかけに
「………ォ」
カチャ。…ギィィ…!
「無に還れ…欠陥品」
((READ))
幕を閉じた。
………………………………next…→……
「読みます」
「いいよ」
筋トレ感覚だ。
体を鍛えるように読書をして代行としての力を育てていく。
正義を貫くために、平和を主張するために、力が必要なのだ。
話し合いではなく争いでしか解決出来ないのがとっても醜いが。
「はい。読み終えたよ」
「ありがとうございます」
凪咲さんが僕を見てくれる。
読み始めから読み終える瞬間までよそ見もせず見ていてくれる。
そしてビンタではなく、優しく僕の過剰な読書を中断させてくれる。
「これで20冊だね」
「はい。今読んだ氷海の漁師達はなかなか面白かったです」
「次に何を創造するか、決まりそう?」
「…そ、それは」
半里台から帰宅して…もう今日で4日。
凪咲さんの強さは十分だと分かって、改めてアイアン・カードのように僕が戦うための創造が必要だと思った。
ダンさんの創造を参考に、分身を作り出して身を守るものや…周囲のものを武器に変化させるもの…そんな創造を考えていたが。
「アイアン・カードが便利すぎたね。探しに行く?」
「それは難しいと思います。あ。…素材を変えるっていうのはどうでしょうか!!水を自由自在に操れるウォーター・カードとか!」
「押し流す力。細く尖らせれば勢い次第で穴を開けたりも出来るかもね。でも防御に使う時に防げないものが多いかな…槍とか貫通しちゃうし、水を相当硬くできないと1発ガードしたら弾けちゃうと思う」
「うーん…そうですか…」
「真の体を強くする創造とかは?オガルじゃないけど、頑丈な体なら防御策は必要ないしそのまま体当たりするだけで攻撃にもなるよ」
「確かに…でもいざって時にどうなんでしょう。凪咲さんのことも守れる方が僕としては…」
「そう?…ふふっ。じゃあバリア?範囲防御としては間違いないと思う。バリア自体に何らかの効果を付与すれば攻撃にも使えるかもね」
「バリア…子供の時に学校でこうやって…」
「胸の前で腕をクロスしてバリアって?ごめんね、私はあまりそういう遊びはしなかったかも」
「凪咲さんは子供の時はどんなふうに遊んでたんですか?」
「……花嫁修業」
「え?」
「花嫁修業。料理とか…女の子って将来の夢で素敵なお嫁さんになるとかお母さんになりたいとか…ね?」
「あぁ…!でも、それって遊びに」
「なってたの。私の場合は」
「あ!」
「どうしたの?」
「…オヤブンさんみたいに、ソープを」「だめ」
「……銃とか」「だめ」
「だめですよね」「うん」
「…一旦、読みます」
あまり時間に余裕はない。
でも…創造は難しい。
自由度が高いからこそ、難しいのだ。
………………………………next…→……
三剣猫。旅館。
ジュリアが1通の手紙を持ってダンの部屋へ。
「ご主人様」
「どうした…その封筒は?」
「差出人不明です。ですが代行であることは間違いないようです」
「読み上げろ」
「はい。……最近、ネットで噂になっているサービスを知ってるか?死者と話せるんだそうだ。闇サイトでは誘拐され殺された子供とまた会えただとか、交通事故で死んだ夫の顔が見れただとか…もちろん、霊能力者やインチキ占い師じゃない。正体、分かってるよな?……もし噂通りの奇跡を起こせるとしたら、その力は希少性の高いものだ。自分のものに出来ればいいな。…と書いてあります」
「何者かが別の代行を"売った"わけか。何が目的だ…それに、私達のことを知っているようだな」
「遺跡巡り中に出会った代行でしょうか?」
「………さあな。だが気になるのは力の希少性と…」
「他人の創造を自分のものに出来ると思わせるような……なるほど、そうですね。奪って自分の創造にすることが出来たならば。それに、この手紙を見て動かずにはいられません」
「ああ。死者に関係のある創造なら、例の六島が…もしかすれば本人である可能性もある」
「この手紙にある代行を調べますか」
「ああ。そうしろ」
「分かりました」
「現時点で手がかりは無し。1人の人間として調べるよりも代行として探すしかないか…となれば真の所有する覗きの指輪のような対象の意思と関係なく情報が得られる創造を…」
ジュリアがPCを操作する横で、ダンは創造の書を開く。
「残りは220ページ。トゥカミの本が104ページ。そろそろ慎重にならなければな」
「手紙にあった闇サイトを特定しました。…予約が必要とのこと。……感想の書き込みについては、どれも似たような内容です。殺人、事故…突然家族や友人を失ってこれまでと同じように生きられなくなった人間がこの"シアワセ"と言う店に出会い…非現実的な体験をすることで立ち直る。…怪しいですね」
「何か見つけたか」
「多少使う言葉に違いはありますが、基本的に死んだ人間の設定が違うだけで内容は同じ…」
「見せろ」
投稿者 玉ねぎ女
今日行ってきました。
轢き逃げの被害者となり亡くなった夫に会えました。
加害者のことはもう恨んでいないそうです。
ただ、私を残してしまったことを申し訳ないと謝られてしまいました。
どうか前に進んでほしい。そう背中を押されて元気が出ました。
投稿者 ひさし
死んだ妻に会ってきた。
健康だけが自慢の妻が病気で死んで、もう1年になる。
1人で先に逝ってごめんなさいと謝られた。
幸せになってほしいと言われて、スッキリして泣いた。
投稿者 みもるん
ここで紹介してもらって、今日行ってきました。
ゆうくんは5歳。もう少しで小学生になるからお留守番の練習をしようねって家に残して、殺人強盗の被害者に…でも元気な姿を見せてくれました。
ママもう泣かないでって言われて泣きました。でも、悲しくて泣くのはこれで最後にします。
「シアワセ。死者に会わせるから"死会わせ"とも解釈できる。予約しろ。急ぎだとな」
「はい。分かりました」
「…死者に会わせて何がしたい。いや、可能性はあるな」
「投稿者は実際には死者には会えず、会ったと錯覚している。洗脳によって…ですか」
「半里台に住んでいた人間だけではいずれ戦力が足りなくなるだろう。"補充"するためにどこかで洗脳を続ける必要があるはずだ」
「……予約しました。明日の最終枠です。時間は23時ちょうど」
「そうか。よくやった」
「ご主人様、そちらは」
「トゥカミに書き込まれたページだ。代行と使者の新たな関係が更なる力を引き出す。そんな内容だ」
「…レベル3になるためのヒントなのですね」
「気軽に試せる内容ではない。私とお前のように主従関係であれば余計に。信頼はしている。それでも」
「愛し、愛される。…難しいですね」
「あぁ。好きになること、愛すること。これらの違いは簡単には語れない」
「追記では解決できないのでしょうか?」
「ふっ。無理を言うな」
「申し訳ございません」
「明日の準備をする。お前は」
「はい。"女将"、してきます」
………………………to be continued…→…




