第3話「危ない場所」
「…う、腕?」
色々と突き破って出てきたであろう腕は何かを掴み損ねたように指をくねくねと動かしてもがいている。
やたら赤いのは…よく見ると生肉感があるのは…
「なら、切り落としちゃおうか?」
凪咲さんは信頼の対剣を取り出し再度接近。
突き出たままの腕を左手の剣で切りつけ、右手の剣は脇腹に突き刺した。
「まず離れて!」
右手の力だけで男性を引き倒すと
「向こう行ってて。死にたくないでしょ?」
「っ!!」
襲われていた女性は凪咲さんと男性を避けて僕の所へ。
「大丈夫です。もう大丈夫…」
「は、はいっ…」
凪咲さん。その男性は使者ですか?
「……」
凪咲さん?
「ごめん。よく見たらこの人…血で隠れてるけど皮が剥がされてる…皮膚が無い」
「なんでそんな状態で生きてられるんですか!」
仰向けになってから起き上がることはない。
でも手足をバタバタと動かして、時々僕…いや、僕の隣にいる女性を見て口を開いて…
「ゾンビかもね。本当に」
「ゾンビ!?あなた達は、え、え?」
「混乱するのは分かります。…凪咲さん、その男性のこと任せてもいいですか?先に外に出てこの人に話を聞こうと思います」
「分かった。すぐ終わらせるから」
女性を連れて店の外に出てみると20人近くの大人達がこちらにスマホを向けて待っていた。
下手したらこっちの方が怖いくらいだ。
店出てすぐ右へ。パシャパシャと撮影している人達を無言で押し退けて現場から離れた。
「これから話すのはあまり他人に聞かれていい内容ではありません。どこか人のいない場所は…」
「こっち…店の裏の駐輪場、女の子がこっそりタバコ吸う時に使ってるから誰も来ないと思う」
「分かりました。じゃあそこにしましょう」
ぐるっと店の裏に回り込むと確かに駐輪場があった。
凪咲さんには店の裏口から出るようにメールを送信しておいた。
「駐輪場ですけど…ボロボロの自転車しかありませんね…」
「誰も使ってないから…あの、お兄さんとあの女の人はだ、誰なんですか?」
「……えと、なんていうか…悪い人とか化け物と戦うっていうか…」
「…さっきのも?」
「完全に見た目ゾンビでしたね。…狙われる心当たり、ありますよね?」
「心当たり?」
「すいません。レンタル店であなたが警察の人と話してるのを…」
「…いっ、いや!あいつなの!?あんな見た目になって私のこと殺しにきたってこと!?」
「本人ではないと思います…その、今頃は」
「あなたの彼氏はとっくに死んでる」
「凪咲さん」
「どういうこと!?意味わかんない!」
「あなた達が行った病院?どこか教えて。その病院にいるから」
「いるって…何?」
「電話であなたに殺すって言ったやつ」
「っ…!!」
あまりにも衝撃的だったのだろう。
女性は突然力が抜けてその場にへたりこんでしまった。
「凪咲さん大丈夫ですか?怪我はしてませんか?」
「うん。余裕だよあんなの。額にグサって刺して終わり。でも余計な騒ぎにならないようにちょっとだけ火つけちゃったから私達もここから離れようよ」
「火つけちゃった…って何してるんですか!」
「じゃあ死体そのままにするの?店の中に監視カメラあるだろうし、私が殺したってバレバレだよ?」
「…あ」
「燃やしたのは死体と監視カメラ関係の機械だけだから。お店はすぐ復活できるよ」
「そ、そうです…よね」
「あなたもしっかりして。病院の場所だけ教えてくれたら好きに逃げていいから」
「……ほ、本…」
「え?本?」
「あいつが本屋で買ってきて…知ってはならない心霊スポットってやつ…それの怖い病院ランキング4位…」
「住所は分からないってこと?」
「全部あいつが…私…私…」
「そっか。分かった。もう行っていいよ。でもしばらく家には帰らない方がいい。お金はキャバ嬢だし少しはあるでしょ?」
「う…うん」
「今夜はホテル。明日はちょっと遠出して温泉でも行ってきなよ。何日か泊まって心も体も温めて、嫌なこと全部洗い流して、再出発。ね?」
「…うん」
その後、僕達は女性をタクシーに乗せて見送った。
とりあえず守ることは出来た。
でも原因である代行を倒さないと、また女性はゾンビの使者に襲われることになる…かもしれない。
「知ってはならない心霊スポットだって。それ商品化していいの?広めてるじゃん」
「本屋で買ってきたって言ってましたね。ちょっと検索してみますね…」
知ってはならない心霊スポット_本…で検索してみると1番上に出てきた。
「この手の雑誌って地味に高いですよね。1980円って…」
「……ふーん。さすが、この辺はキャバクラとか夜の店が多いから朝の5時までやってる本屋さんあるよ。見に行こ?」
「はい!」
僕が検索するのと同じタイミングで凪咲さんは夜でも営業している本屋さんを検索してくれていた。
………………………………next…→……
「はい、いらっしゃい」
営業時間は朝の9時~18時と21時~5時。ほとんど休みなしだ。
店主は坊主頭で、失礼になってしまうが顔の大きさに合っていない小さな丸眼鏡をかけていた。
入店した僕達をちらっと見て、手元の新聞を読み始めた。
「探そ。多分あるよ」
「ですね。じゃあ僕はこっちの棚を見ます」
旅行…趣味…アニメ…音楽…車…どれも違う。
体の向きを変えて、陳列されている雑誌のタイトルを見て、…あ、猫の喜ぶごはん…
「真。今度ね」
「あ、はい。ごめんなさい…」
ファッション…漫画…うーん、こっちには無さそうだ。
「あった。こっち来て」
凪咲さんに呼ばれた。
お目当ての雑誌を見つけた。ジャンル分けした棚のどれにもいい感じに当てはまらなかったのか、1ヶ月でパソコンマスター!という雑誌の隣にこっそり置いてあった。
「怖い病院ランキング…怖い病院ランキング…」
凪咲さんがページを捲る。
入ってもいい廃墟、心霊現象多発の自己責任スポット、本当に中で人が死んだ井戸、身近に潜む恐怖の都市伝説…なんだこの雑誌は。やる気がすごい。
「これ?」
「っぽいですね…4位は」
半里台総合病院。
大昔の地名から名付けられた病院で、少なくとも20年前には廃墟化していたらしい。
噂によると、入院していた精神病患者が暴走して殺人事件に…17人が死亡し、32人が負傷、それ以外にも体の不調を訴える人が続出…
「ひどい…」
「でもそれだけの事が実際にできるんでしょうか。直接の被害者は50人近いですよ?手術に使う道具とか、注射器とか…扱い方次第で危険なものはいくつか思い浮かびますけど」
「止めるために近づいた医師や看護師…警備員、逃げ遅れた一般人、ベッドから簡単に離れられない入院患者…でも…そうだね。約50人。簡単じゃないと思う」
「…僕の考えてること、分かりますか?」
「うん。事件を起こした精神病患者が創造の力を使って暴れた。でしょ?」
「今でも通じないのは変わりませんけど、自分が代行であると周囲に話したらどう思われるんでしょうね。やっぱり"自分は神だ"とか言う人を正常とは思わないですよね…」
「真そんなこと思ってるの?」
「思ってないですよ!?」
「でも…うん。話したくなる人もいると思う。それで信じてもらえなくて怒って…創造の力を見せつける」
「使い方次第では誰にも止められない力ですけど、この精神病患者の場合は違った。比較的安易な創造をしたんでしょうか」
「それで入院。……ずっと病院にいるってこと?捕まってないの?」
「…詳しくは書かれてませんね。でも大事件です。ネットとかに載っていてもおかしくはない……」
検索してみるが、半里台総合病院が引っかからない。
試しに被害者の数での検索も試してみるが…
「変ですね…」
「お客さん、どうかしました?」
店主がレジを離れてこっちへ来た。
立ち読みがよくなかったか。
「あ、すいません。これ買います」
「ああ、別に無理して買わなくていいよ。近くのキャバクラで働いてる女の子なんて気に入った服が載ってるページ折り曲げたりしても買わないんだから」
「…それはひどいですね」
「それより、何か話してたけど…問題でも?」
「あ、…この半里台総合病院ってご存知ですか?」
「病院…?ああ、これか。こないだも聞いてきたヤツがいたなぁ」
「え。それって…男性ですか?」
「そうだよ。ゴートゥーヘヴンで働いてる彼女を自慢してきてうるさかったのなんのって」
「まさか購入した本屋さんまで同じとは…」
「ここどこだって聞かれたよ。半里台なんて今じゃ調べてもなかなか見つからないから」
「じゃああなたが場所を?」
「おっさんだからね。この中には今の人が知らないことがいっぱい入ってんのよ」
店主は人差し指でこめかみをトントンと…葬られた情報を知っているということらしい。
「すごいですね…」
「見た感じ、お客さんも肝試しとかなんとか言って行こうとしてる?」
「ま、まぁ…」
「お客さんまだまともに見えるからちゃんと言うけどね。おすすめしないよ?」
「なんでかって聞いてもいいですか?」
「半里台つーのは、おっさんのおばあちゃんが住んでたんだよ。でも頭おかしいのがいっぱい暮らしてたってよく言っててね」
「……」
「世界が終わるとか、お客さんも馬鹿だと思うでしょう?地球最後の日には大っきい天使が降りてくるとかね。もうね、誰が信じるのって話を当たり前に話す連中が多かったって」
「…そういう人が多かったんですか?」
「うん。うちのおばあちゃんはまとも。高校進学を理由にこっちに出てきたから。本当は逃げてきた」
「そうなんですか」
「今は地名も変わって暮らしてる人間もまともになったみたいだけどね。でも皆いなくなったわけじゃないでしょ。隠れて暮らしてるジジイやババアは変わらずそのまま…」
ポケットから財布を取り出した。
試したいことがあるからだ。
覗きの指輪。
小銭入れにしまってあるこれを着けて、店主の頭の中を覗く。
今の話が僕達を怖がらせるための作り話という可能性を確かめ、真実だった場合には詳細な場所などを覗き知る。
「あの。やっぱり買います。あと向こうにある…猫の喜ぶごはんって本もください」
「そうかい?それじゃあまとめて2000円でいいよ。サービスで」
「ありがとうございます」
店主が猫の喜ぶごはんをビニール袋に入れて持ってきてくれた。
凪咲さんを見れば…まだ読んでる。
「はいよ」
「あ、じゃあ2000円…」
受け渡し。このタイミングで店主の手にわずかに触れる。
…見えてきた。
既視感。古い和室…座布団に座る誰かの視点。
黒塗りのテーブルに器に盛られた煎餅とみかん。それと熱いお茶。
「はいはい…ボク君が食べたいって言ってた甘いのだよ」
そこにおばあちゃんが現れた。
そうか、これは店主の視点か。
ボク君っていう呼び方は…触れない方がいいか。
運んできたのは串に刺さった団子だ。
つぶあんだ。上にあんこがもっこもこに盛られている。
これだとあんこが本体……
「これじゃない!」
「ボク君、これは甘いよ?」
「違う!こんなんじゃない!ばぁの馬鹿!」
「…おやまぁ…ごめんねぇ」
「ばぁは頭おかしいよ!こんなの誰も食べない!」
子供のわがままなのは分かるが、胸が痛む場面だ。
「友達のミツヨシ君は美味しいもの食べてるのに!なんでうちはこんな変なのばっかり!」
…止めたい。すぐに謝らせたい。あぁ…もう。
「ボク君」
「…なに」
っ!?
おばあちゃんが手を伸ばして…視界が持ち上がった。
髪を掴まれて引っ張り上げられて…!!
「そうやってぎゃあぎゃあわがまま言って、親がお前をここに預けたんだ。少しも直りゃあしないね。ケッケッケッ、お前も"天使様"に死なせてもらうかい?ああ?」
「ばぁ!痛い!痛いっ!やめ、やめて!」
「一緒に行くか?連れてってやるから。いい子になれねぇってならばぁが連れてってやる。天使様んとこに!どうだ!」
「ひいいいいいっ!!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!」
「なら文句言わねぇで食べな!」
ようやく手を離してもらった。…ふと自分の髪に触れて…その手を見てみれば、髪がごっそり抜けていた。
「ううっ、くっ、ひっく!ひっく!」
「ぜーんぶお食べ。ばぁはずっと見てるから」
「っ…ぃぃいいい"っ!!」
「食べる前は!」
「い"ぃっ…ただきますぅぅ!!」
自分の髪の毛がついたままの両手で団子に乗ったあんこを取った。
すぐには口に入れず…1度そのあんこを観察するように…見て…あれ?つぶあんってこんなだっけ。
よく見るとなんか小さくて丸っこい…目…玉…!!
「早く食べな!!」
「っ!!」
え?え?見間違えたのか?
今、つぶあんの中に小さな目玉が入ってるように見えたような
「…にがい」
「甘いだろうが!!」
「…あまい!!あまいぃ!!」
必死にがっつくけど…
「おえっ!」
「作ってもらったもんをなんだ!!」
「ごめんなさい!!」
「まったく…」
おばあちゃんはみかんに手を伸ばした。
指を入れ、くるっと回し、皮を剥い………。おかしい。こんなの、おかしい。
中には鼠が入っていた。既に死んでいるようだが…
「あー…」
おばあちゃんは上を向いて大きく口を開け、鼠のしっぽを摘んで…ひと口で含んで咀嚼を始めた。
グジュグジュ。ボリ。
口が緩いのか隙間から汁が飛ぶ。
唾液と血液が混ざった…汚い汁だ。
「はいどうも。場所、教えてもいいけどどうする?やめといた方がいいんじゃないかな」
「…あ、はい。やめておきます…ははは」
「ありがとうございましたー」
まだ雑誌を読んでる凪咲さんの両肩を押して退店。
背中にかかる店主の声が不快だった。
…彼が悪いというわけでもないが。
「凪咲さん。もう少しだけ歩いたら、甘えさせてください」
「…え?甘え…い、いいけど。…真?どうかしたの?顔色悪いよ?」
「ちょっと…」
………………………………next…→……
「そんなに危ない場所なの!?」
「はい」
タクシーを拾うために駅前へ向かって歩く。
その道中で本屋でのことを全て話したが、ほとんど聞き流していたようで。店主の話を聞かせ終えた頃には驚いて口が開きっぱなしだった。
夢中になって読んでいたのは"本物の水晶玉占いで見えてしまうもの"という特集記事だそうで。
「覗きの指輪で直接聞き出すことなく場所は知ることができました。でも…」
「真?」
「聞いた話と店主の記憶を正しく噛み合わせて見えたのは、半里台という土地では正常と異常がひっくり返ってるってことです。それと…天使…」
「天使…黒神様みたいに地元民にだけ伝わる存在かもね」
「一応。ダンさんにも連絡しておいていいですか?」
「そうだね。いいと思う」
この時の僕達は、まだ知る由もなかった。まさかあんなのが半里台総合病院に待っていたなんて。
…なんて。よくある台詞を言えるチャンスだと思って心の中で呟いてみた。
「真ってば。もう…」
そう言って買ったばかりの猫の喜ぶごはんを読みだす凪咲さん。
………でも、こういう時にこそ危険が迫ってくるものなのだ。
………………………to be continued…→…




