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僕達に与えられた使命。…と、新たな日常。  作者: イイコワルイコ
Case1 _ 見えなくて話せないもの
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第3話「かまいたち」




鼓膜が破れるかと思った。

声の主は僕の真横。

それに気づいて1歩下がる。


攻撃直前の凪咲さんもこの声に



「ドライヴ!!」



思わず攻撃を中断する…ことはなかった。

壁を蹴って使者へ一直線に飛び、激突寸前で体を捻って回転を始める。

ここで待ったがかかるがむしろ勢いは増し、双剣の刃が時間差で2回、使者へと叩き込まれる。

…凪咲さん…格好良い…。


「あぁ…そんな…!」


そこへ女性が駆け寄る。

使者は"影"らしいが、凪咲さんの攻撃を受けて水の入っていない浴槽の中へ吹っ飛んだ。


「あなた誰?」


当然の疑問を凪咲さんが声の主にぶつけた。


「大丈夫!?ねぇ!ねぇってば!」


それを無視して使者に声をかける。

そこら辺を歩いていてもおかしくない、普通の主婦の外見だ。

見ているこっちまで不安になりそうなくらい取り乱して、使者を心配して…


…まさか。いや、まさか。



「代行」


僕の隣に戻ってきた凪咲さんが同じ答えを出していた。



「ああ…!私の可愛い坊や。痛い?どこが痛いの?うんうん…」


使者の方は声を発していないが、会話が成立しているらしい。



「まるで母親ね…」


「あの感じだと、まだ使者は生きてるんですかね?」


「殺す気だったけどあんな断末魔の叫びみたいなの聞かされたら真が心配で手加減しちゃった…私が戦ってる間に不意打ちなんて最悪だし」



代行らしき女性が立ち上がる。クルッと僕達の方へ向き直り憎悪の眼差しを向けてきた。

…あれを憎悪と言わなかったら。他に思いつかない。


「私の坊やになんて事を!!」


「坊やってあなたの子供なの?それが?」


「"それ"…ですってぇえ!?」


もしかして。もしかして。

この代行すら人間ではないのかもしれない。

使者をそれ呼ばわりされて怒りの"咆哮"。咆哮だ。

浴場で声が反響するからなのか、耳にズンと入ってくる。


「…"おばさん"。本はどこ?」


「おば、おば、ばばばば…」


続けて凪咲さんがわざとらしく女性を挑発する。

ついでに創造の書についても触れている…さすが、"主人公"の娘だけあって僕よりしっかりしている。



「あんな本!もうページが無いから用済みよ!!」



それを聞いてドキっとした。

創造の書で創造するためには、書き込むページが必要なのは大前提の話。

それが無くなる…尽きた場合。つまり白紙部分が無くなったら。


「へぇ…じゃあ、それがおばさんの最後の…」


「"それ"でも"おばさん"でもないわよっ!!!」


「真。倒そう」


ただ頷くことしか出来なかった。

目の前のことを優先するべきだが、僕は今考えたい。

考えたいことがたくさんある。



「何が、倒そう。よ!!そもそも!あんたのその危なっかしい刃物は何なの!?武器なんて卑怯じゃないのっ!!」


「本で武器を創らなかったの?」


「キィィィィィ!!」


凪咲さんの発言が全部気に入らないらしい。

今なら、あ。の一文字ですらこの女性は怒れる。



「坊や!おいで!!!この生意気なメス猫をぶち殺すわよ!!!」


「泥棒猫なら分かるけど。でも何も盗ってないし。メス猫って別に悪口になってない」


「卑怯者めっ!その武器を捨てろ!!正々堂々戦えっ!!」


「いるいる。そういうクレーマーおばさん。あなた、他人によく物乞いとかするでしょ?」


その時。

使者…"ずんぐりむっくり"が代行の女性の影に重なった。

これはもしや、ソープの時と同じ…?


「凪咲さん。使者が女性の影に」


「うん。真は安心して自分の身を守ってて。…私、負けないから」



「ナマイキ。コロスゥゥゥゥウッ!!!」


発狂。

おばさん…と、ずんぐりむっくり…が掛け合わさって。

【ずんぐりむっくりおばさん】になった。

声は女性のものではなくなり、ホラー映画で少女が悪魔に乗っ取られた時のような低くて重なった声に。



凪咲さんが相手に向かって飛び出したところで僕は浴場の入口付近へ。

開きっぱなしの戸の前で防御姿勢をとり待機する。


「ウワァァァァァアア!!」


ずんぐりむっくりおばさんは武器を持たない。

威嚇する熊のように両手を上げて叫びながら走り出す。

ソープの時と同じなら、体を動かしているのは使者だ。

喧嘩をまともにしたことが無い僕が言うのもあれだが、戦闘には向いていないと思う。

凪咲さんと比べると明らかに素人感がある。



「っ!!」


床を蹴って跳躍した凪咲さんが左手に持つ1本を投げた。

それは一瞬の間すらなくずんぐりむっくりおばさんの影に命中し、影を床に縛り付けた。


「アァァアアア!!ナンデ!!ナンデナノヨオオオオオオ!!!」


「あなたが負けた原因、知りたい?」


身動きが取れないずんぐりむっくりおばさん。

防御姿勢をいつの間にか解いて、傍観していた僕。


2人の視線の先には、空中で時間が止まったように浮いている凪咲さんが。


…時間は止まっていない。スローモーションというわけでもない。

滞空時間が長いだけだ。重力を無視している。

この世の"ルール"が彼女には当てはまらない。それも当然か。それが使者なのだから。


空中を舞い、右手に残る刃が、



「サイクロン・ドライヴ!!」



空気を切り刻み、風を切り出した。

生まれた風は、浴場の中を駆け巡り、あ…


風に負けて僕は浴場から強制的に退場した。

尻もちをついてもまだ、僕は彼女から目が離せない。



「イタッ!アッ!アッ!」



「あなたが負けた原因はね、」



「ウワァァ!カラダガ!カラダガアア!!」



「あなたが悪者で、私が"勇魔"だから」



「ユーマ!?ユーマ!?ワルモノ!?」



「ゲームエンド」



「ウッ…」



…ずんぐりむっくりおばさんの最期は静かだった。

近寄ってみると、服がズタズタになっていてその下の体も切れていた。



「かまいたち…ですか?」


「教わった剣技のひとつ。風の勇者に…ね」


「この人は死んだんでしょうか…」


「少なくとも使者は。ほら、影が薄まってく」


ずんぐりむっくりおばさんからずんぐりむっくりが無くなっていく。

これではただのおばさんだ。傷だらけの。



「……凪咲さん」


「なに?」


「…この人、どうします?」



今更な問題だ。

そういえば、スライサー・クライを創造した代行は倒してそのまま公園に放置してきたが。

これから代行との戦いは何度もあるだろう。だがその度に考えなければならない。

倒すことになる代行は人間だ。気絶、負傷、死亡…いずれにせよ行動不能になった人間をどうすればいいのか。



「死んだかは分からない…もしかしたら生きてて、自力で帰るかも」


「帰るって」


「本のページが無いって言ってたし、代行としてはもうとっくに死んでる」


「……」


「ここに放っておくのはよくないかもしれないけど、外に運び出すとかもっと無理でしょ?」


「そうですね…」


非常ベルを鳴らしたせいで外には人が集まっている。

その騒ぎに乗じたおかげで銭湯に侵入出来たし、戦闘中の様々な音も目立たなかった。

でも。



「ふわぁ…終わったか?」


ブルブルッと体が震え上がった。

背後から突然現れた圧に本能的にビビった。


「っ!!真っ」


庇うように僕の前に立つ凪咲さん。


暗がりから姿を現したのは…



「へぇ〜。やるじゃん?」


「け、け、警察官…」


「赤髪の?ありえない」


「信じられないだろーなー。でもありえるかもよ?"お前"みたいのがいるんだから、さ?」


赤髪…ポニーテールの…それから…警察官…女性だ…

声の調子や雰囲気で男勝りなイメージが脳に焼き付く。


「でも威力はまだまだまだまだまだまだまだまだ…ん〜、なってないな」


「代行っ…!」


凪咲さんが双剣を構えても、女性は無反応。


「本気で戦う気ぃ?無理無理。止めとけ。お前返り血でべっちょりだぞ?俺の血で」


「え?」


「拍子抜けか?無理に決まってんだろ。普通に考えて、空中で8秒も滞空してられる人外なやつと戦えるか?しかも双剣って。さっきのズバババァン!が無くてもふつぅ〜にブスって刺されたら死ぬって」


「え?」


僕に続いて凪咲さんも戸惑ってしまう。


「ま、勝利おめでとう」


「……?」


僕達は互いに見合って首を傾げた。

なんなんだ、この人は。



「そのおばさんのことは俺に任せとけ」


「でも…」


「警察官だぞ?後処理は出来る」


「私達を見逃すの?」


「まあな。太っ腹だろ?別に太ってねえけどな!あっははは!」




………………………………next…→……





半ば強制的に銭湯から追い出された。

創造の書、代行…考えたいことが山ほどあるが、今最優先したいのは



「凪咲さん」


「どうかした?」


「双剣…銭湯に置いてきました?」


「ん?そんなわけないじゃん。こういうのは、必要な時に出して見せるものなの」


「いや、え?え?」


「ん〜…学生の時とか、それ以外でもいいんだけど。女性のスカートの中が見えそうで見えなかった経験ってない?」


「え!?急になんの」


「パンチラの話。あれって、よっぽど覗きこまない限り見えるものじゃないでしょ?」


「ま、まあ」


「もちろん例外はあるけど。…でもそういうこと。私は別に隠してるわけじゃない。見たい人が相当努力しないとね」


「努力…」


………いや、見えない。

手には持ってないし、服に隠せる大きさでもない。


「前向かないと転ぶよ」


「あ、はい」


「ねぇ。創造の書のページ。どれくらい残ってるの?」


「そもそもページ数が多いので…でも約半分…6割近くは書き込まれてます」


「大事に使わないとね」


「そうですね。白紙の残りがそのまま創造出来る数になるなら」


……ん?

だとしたら、これまでの代行はどうしてきたのだろう。

白紙が無くなった。はい、おしまい?

…でも、僕の所有する創造の書は数百年レベルで引き継がれ続けている。

確かに大きな本ではあるが、さすがにいつかはページが無くなるのでは…


「真」


「はい?」


「踏んだよ」


「え?」


「犬の…」



外を歩く時、考えすぎるのはよくない。

なぜなら、足下への注意力がなくなるからだ。

石につまずいて転ぶかもしれない。水たまりに突っ込むかもしれない。

…犬のフンを踏むかもしれない。



「すぐに帰りましょう」


「家に入る前に脱いだ方がいいよ」


「確かに」



自宅に侵入されたりもしたが、今回は勝利できた。

…といっても相手が弱かったが。




………………………………next…→……





銭湯。

"邪魔者"を追い払ったあと、浴場では再び断末魔の叫びが響いていた。



「ウワアァァァァァァ!!!」


「なんだよー。まだ人差し指の爪を剥がしただけだろぅ?」


「ケイ、ケイサツガコンナコトヲ」


「したら駄目なのか?そんなルール誰が決めたんだよ?ぶっ殺してやる」


「ウ、ウガアアア!!」


「次は中指。んで?お前の"本"はどこにあるんだ?まだ言わないのか?」


「ヤメロオオオオォォォ!」


「うるせぇおばさんだな本当に」


ポキ。


「ア」


「あーあ。爪を剥がしたかったのに指が根元から折れちまった。ほら、見てみ?ぷらんぷらーん」


「……」


「次叫んだら痛いじゃ済まさねえ。答えろ、てめぇの本はどこだ?」


「……エキ…421…」


「コインロッカー?馬鹿かよ。神の遺物を小銭で管理しようとしてんじゃねえ」


「……」


「吐いたから許してやるよ。ほら、くるくるぱっ!」


複数の音が同時になる。


「うぇっ。汚ったね」


床に転がる頭。血を噴き出し崩れる胴体。



「んじゃ、本の回収しますか…っと、その前に無線で応援を呼んでっと…」





………………………to be continued…→…


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