第11話「梅の味」
「はぁ、はぁ、はぁ…」
ダンさんからの信頼を感じる。
肩を貸す僕に預ける体の重さに遠慮がない。
「旅館…」
戻ってこられた。
でも凪咲さん、ジュリアさん、どちらからも連絡はない。
敵が強いのか。
「ダンさん、」
「ほっひは…」
旅館の隣の民家を示したのでそちらへ入った。
鍵、かかってないみたいだ。
自宅と比べるとまだ新しく感じる。
床や壁をリフォームしたのだろうか。
なんとなく柱の木材の雰囲気に親近感があるから、同年代に建てられたものなのかもしれない。
玄関先でダンさんを座らせると、早速…
「り…り…」
((READ))
ダンさんは自身の体を再構築した。
「……すまなかった」
「いえ。こっちこそ、凪咲さんが力加減できなくて」
「それだけ危険な状況だった」
「あの。まだ2人から連絡がないので、戻ろうかなって考えてたんですけど…」
「心配なのは分かるがそう急ぐことはない。ジュリアには特製の首輪を着けさせている」
「あ。…というか、ダンさんも首輪って言っちゃうんですね」
「現在地を確認する。少し待ちたまえ…ところで、トゥカミからの"贈り物"についてだが」
「贈り物ですか?」
「ああ。READしてすぐ意識が別の世界に飛んだはずだ」
「はい。それは覚えてます」
「その後、聞こえてきたはずだ。声の主は恐らくトゥカミだが、あの中では声が誰のものなのか…なんて意識することができなかった」
「……」
ああぁぁぁ〜…!!
自己制御式の二人三脚をしていたからすっかり忘れてしまった。
そんなことがあったような。程度でしか思い出せない。
「見たまえ。別世界で言われた通り、神の文字は薄まった。これで自身も含め誰にも再利用が不可能になる」
トゥカミさんが書き込んだページの文字がほぼ消えている。
前にコーヒーをちょっとこぼした時の小さなシミ。そんなのと同程度だ。全然気にならない。
「ダンさん。実は僕、途中で凪咲さんに起こされて…」
「まさか、最後まで」
「はい。ダンさんは内容覚えてますか?良ければ教えてもらえたら…なんて」
「いいとも。…ジュリアもこちらに向かっている。きっと君のパートナーも一緒だろう」
「そうなんですか!よかった…」
「では、私が見て、聞いたことを話そう……」
ダンさんは気がつくと洞窟にいたらしい。
水の音もしたとか。
そして声が聞こえたみたいだ。
神 を 崇めよ 知恵 を 崇めよ
選ばれし神の子よ この時に更なる 知恵 を 授けよう
愛 とは愚かなもの
愛 とは揺るがないもの
それを知り 与えたなら 力が生まれる
それを理解し 与えられたなら 力が創られる
「僕もどこか知らない場所にいた気はします…」
「知恵を崇めよ。そして続くのは知恵を授けよう。これは贈り物だ」
「代行に宛てたものですよね。聞いた感じだと愛がキーワードみたいですけど」
「それを知り、与えたなら、力が生まれる。…それを理解し、与えられたなら、力が創られる」
「どっちも似てますよね…分かりやすく違うのは与えるか与えられるか…」
「愛を知り、与えたなら。とすれば"愛したなら"になる。選ばれし神の子…つまり代行が愛したなら、ということだろう」
「力が生まれる。これって創造のことですか?ん?」
「生まれる。これが何を表すのか…そして何を愛せというのだろうな…」
「あ、でも。ダンさんが今言ったように…愛を理解し、与えられたなら。としたら"愛されたなら"になりませんか?」
「力が創られる…これもまた創造のことか…」
「愛したなら。愛されたなら。はは…なんか恋愛みたいですね。ん?」
「どうした?」
「ごめんなさい。勘違いかもしれないんですけど」
「言ってみたまえ」
「代行と使者が相思相愛の恋愛関係になったらって話なんじゃないでしょうか…。ほら、レベル2の条件がく、く、」
「口付け」
「はい…」
「……否定は出来ない。レベル2になるためには敵の使者を撃破し口付けをする…それに加えて十分な信頼関係が築けていなければならなかった。待て。とすれば…!!」
「ダンさん?」
「これは…レベル3になる条件か…!?」
「…へ?……ぇぇえええ!?」
言われてみるとそうかもしれない。
というかもうそうだとしか思えない。
「ん、ジュリアから電話だ」
ダンさんは迷わずスピーカーに切り替えながら
「真のパートナーは一緒か?」
最優先で聞いてくれた。
「はい。ですが負傷しています。1人で歩くのも厳しい状態です。それから、申し訳ございません。敵の撃破に失敗しました」
「撃破に失敗した?何があった」
「オガルです」
「オガルって、あの…!」
「はい。あのオガルです。完治していました」
「完治…?だって、僕と凪咲さんで頑張って…」
腕も足も…あんなに攻撃したのに…
「もう少しで旅館に到着予定ですが、追跡されている可能性があるので遠回りしています」
「分かった。迎えに行く」
「…ありがとうございます」
ダンさんは電話を切った。
「待ってくださいどこにいるのか…あ、首輪!」
「心配ない。急ぐぞ」
「はい!」
勢いよく民家を出て、僕は先に走っていた。
凪咲さんが負傷していると聞いたらやっぱり…
「そこを左に曲がりたまえ!」
「はい!」
後ろからダンさんが道案内をしてくれる。
「えっと、ここで左…」
目の前には丁字路。歩行者飛び出し注意の看板があり、そのすぐ横に猫飛び出し注意の小さな手作りの看板もあった。
車に気をつけるためなるべく減速したいところだが今はそれどころじゃ
「どけどけどけええええええ!」
「ぁべぇっっ!?」
僕の首が思いっきり右を向いた。
痛いのは首と、左頬。
そして目の前には…あれ?
「下や下!どこ見とんねん!」
「……オヤブンさん?」
道でばったり会うには…え、ここで?
「オーヤビーン!」
「あっかぁん!追いつかれる!」
「サラさんから逃げてるんですか…」
「ダイエットなんて必要ないねん!あと恋人もな!いや、恋猫か!って何言わすねん!」
「あの…」
「おー!マコト!」
「サラさん」
「ミケネコ駅!猫スポットのサイトに載ってましたー!」
「ミケネコが若干ネイティブな英語みたいな発音…って、せっかく会えたんですけど僕今は急いでるんです!ごめんなさい!また今度!」
「あれー?ナギサはどこですかー?」
「その凪咲さんが大変なんです!」
「お、おーけー!あー!オヤビン!待ってー!」
サラさんには悪いけど会話の途中で切り上げて再び走る。
ジュリアさんが一緒だし、よっぽどのことが無ければ…いや、そのよっぽどのことがオガルなわけで。
急がないと!
………………………………next…→……
「凪咲さーん!ジュリアさーん!」
ダンさんよりかなり先を走ってしまった。
はぐれてはいない。遠くに彼の姿が確認できる。
「凪咲さ…凪咲さん!」
見つけた。
お店の中のお座敷に寝かされている。
「はい、いらっしゃい」
「あぁ…えっと」
「柊木様。小山田様、この方は私達の連れです」
「そうかいそうかい。今お茶出したげるからゆっくりしていきなね」
ここは…おにぎり屋さん?
陳列されているおにぎりの種類が多い。
定番の具に、ナポリタンやらミートボールやら…チーズもある。
レジ横には猫の餌がカプセルに入った状態で売られていた。
「匿ってくれるということで甘えてしまいました。旅館に連れて戻れず申し訳ありません」
「いえ……それより凪咲さんの状態は」
「腹と太ももに石が突き刺さっていました。川の近くに落ちていたものをオガルが怪力で投げたのでしょう」
「…血が出てる!」
「死んではいません。特別な設定がない限り、使者はどの生物よりも自己回復力が高い場合が多いです」
「多分大丈夫って言いたいんですか」
「多分は余計です。しばらく動かさずに休ませておくのが良いかと思います」
「…ありがとうございます。運んできてくれて」
「当然のことをしました。ご主人様のご友人の使者なのですから」
「…ふぅ…ふぅ…真は足が速いな」
「ご主人様」
「よくやった。追われていないか?」
「今のところは。…ご主人様、少し2人でお話を」
「ああ」
「凪咲さん。凪咲さん」
ダンさん達はお店の人に許可をもらって店の奥に消えた。
僕は凪咲さんの手を握って優しく呼び続けた。
………………………………next…→……
「……」
ミャーミャーミャーミャー…ミャーミャーミャーミャー…
「え?」
夕方を知らせるチャイムの音にそっくりだが、猫の鳴き声になっていた。
「猫に守られてる土地だからね。ここに住んでる人はみーんな猫のことが大好きなんだよ。よかったらこれ、食べて」
「あ…すいません」
「いいのいいの。店の残りだから気にしないで。美味しいよー」
あったかいお茶。おにぎり2つ。
優しさをありがたく頂くことにした。
「……このお茶、深い」
いつだったか、高級なお茶を試飲した時と同じ感覚だ。
ということは。
「……っ」
1つめのおにぎりの具は梅だ。
ギュッとうま味が詰まっていて…すっぱい…あ、塩気も強い…
思わず口を尖らせてしまう。
でも…美味しい。
「お茶で流してごらん。丁度いいよー」
「はい…」
本当だ。…お茶が梅のすっぱさを優しいものに変えて…口の中で上品なお茶漬けみたいになった。
「一緒にしてとめ茶漬けって商品にしようかと思っててね」
「美味しいです。…売れると思います」
とめ茶漬け?…とめって名前なのだろうか。
食事をして落ち着いてくると今更とめさんの存在を…お店で休ませてもらっているというのに僕は…。
まだまだ元気なおばあちゃんだ。
仕事着はなんとなく小学校の給食当番を思い出す格好だが、小柄なとめさんにとても似合っている。
みんなのお母さん、みたいな。
「あれ…真…」
「凪咲さん!動かないでください!血が出てますから」
「そっか。…ごめんね。突然オガルが出てきて…また勝てなかった」
「そんな。気にしないでください」
「創造したのはオガルの仲間の男だった。すごく臭くて、水死体の使者を創造して…」
「大丈夫ですから、今はまだ休んでいてください」
「…ふふ。なんかいい匂い」
「あ…おにぎりです」
「私も食べたいな…」
「じゃあ持ち帰りでいくつか」
「ううん。今がいい」
「今ですか?だって…」
「食べたいよ。真」
「……わかりました。えっと、じゃあ」
「その食べかけのでいい」
「え、」
「お願い」
「……はい」
色々と申し訳ない気持ちがこみ上げてくる。
凪咲さんの上半身を少しだけ起こしてやり、梅おにぎりを口元へ持っていくと
「いただきます。……っ…すっぱい…」
「あ、お茶…これで口の中が丁度いい感じになるんです」
「……美味しい……」
怪我で苦しんでるはずなのに優しい顔をしている。
僕と目が合う度にニコッと笑ってもくれる。
「痛いですよね。無理はしないでください」
「無理なんてしてないよ」
「そんな優しい表情を見せるのは僕に心配させないようにしてるんですよね。もう少し待って安全だと分かったらすぐ病院に」
「ふふっ。そんなんじゃないよ。心配はしてほしいもん」
「え」
「私…もう少しで殺されるとこだった。オガルが強すぎて、簡単に追い詰められて…でも最後の最後にね、真のこと考えてた。死ぬのが怖いとかよりも…真のこと」
「……あの…」
「ちょっと疲れちゃったな…」
「じゃあ、よ、横になってください!」
優しく頭を支えながら寝かせて…
「ねぇ」
「わわっ!?」
首から持ってかれる。襟を掴まれ、引き寄せられて
「大好きだよ」
「えっ…ん!!」
………ファーストキスはレモンの味だと聞いたことがある。
秀爺も唐揚げにレモンを絞る時にそんなことをこっそり言っていた。
…でも、実際は梅の味だった。
………………………to be continued…→…




