第6話「裏技」
これは、子供の頃に見たアニメの影響で1度やってみたかった。
「ほう…ハンマーか」
「…う」
ドラム缶…樽…それらよりも僅かに大きい。
一振りで車を修復不可能なレベルまで破壊出来るだろう…振れればの話だが。
展開して脳内イメージを実現させたまではいいが、一気に体から力が抜ける。
穴の空いた風船みたいに。
「相当な無理をしているのか…あまり実践向きではないかもしれない…とはいえそれは武器を形作った場合の話。自身が行動不能になるのは確定…ならば自分が戦わなければいい。"鉄の使者"と考えれば…」
「もっと…僕が強くならないと…」
ギリギリ鉄板として扱われるまま武器化するのであれば、刃物の類が良い。
かなり楽に展開出来るはずだ。
「真。敵は待ってくれないぞ。素早く攻撃に移りたまえ!」
「…はいぃっ!!」
ふらつきながらハンマーを引きずり、ボディーガードの1体に接近。
「はぁ…ぅぁぁああああっ!!」
右から左へ…振る…!
パシィッ!!
「っ…圧縮!」
片手で受け止められた。
「分かっている。今のは私に見せるためにわざと最初から変形させたのだと」
「…へ?」
「リスクを考えれば、武器にするタイミングは変形した直後に敵にヒットするように調整されるのだろうな」
「…………あ」
ニンゲンイソギンチャクの使者と戦った時のことを思い出した。
あの時、背後からアイアン・カードをトランプを投げ飛ばすみたいにして…
「…もう1回やります」
「次はより実践的なパターンを見せてくれたまえ」
アイアン・カードを右手に持ち下がる。
ボディーガード達との距離感を調整し、
「ふっ!!!」
右上方向へ投げる。
カードは回転の力を借りてカーブし、ボディーガード達を直線上に捉え…
「展開!!」
端がギザギザの円盤に変わる。
回転が乗っているから空気を切る音が聞こえてくる。
そのまま下降しボディーガードの1体に直撃。
肩で受けた直後スーツが床に落ちた。ダメージを受けると"中身"が消滅するのか。
「展開!」
まだアイアン・カードは宙に浮いている。
次は……大きな鳥…鷹や鷲のような…翼を…広げて…!!
「…美しい」
鉄の翼を広げ飛び上がった。
嘴も、爪も、細かな所まで再現されている…!
…再現の質が高いということはつまり
「うぅっ…」
立っていられない。
重病による死で感動の涙を誘う恋愛ドラマみたいに、その場で崩れるように倒れて…口から熱いものを吐き出した。
でも…僕が倒れてもアイアン・カードは戦う。
猛禽類に変化したまま、残ったボディーガード2体に急襲する。
「手を離れても自由に動けるのか…!しかもそれだけではない。動物をイメージした場合はその動物らしさを優先した動きになる。…これで大蛇を再現したのか…?鉄の…大蛇か…」
ダンさんは笑顔だけど、恐れてる。
それもそのはず。身を守るための創造…ボディーガードが破られたのだ。
アイアン・カードは残りの2体を簡単に撃破した。
飛び回れるのは相当厄介だなと自分でも思うし、鋭い爪で掴まれたら…とても痛いだろう。
「あっ…しゅく…」
ダンさんが標的になったところで力を振り絞った。
………………………………next…→……
「こちらが足湯で…」
「あぁっ…!!て、天国…!!」
ジュリアに案内され足湯に来た凪咲。
湯の周りには猫、猫、猫。
足湯を楽しむ客の膝に乗って撫でられている猫、足湯の近くで休む猫、足湯に浸かっている猫…どこを見ても猫。
「ジュリア!見てあの子!足湯に前足を…!あっ、熱いのかなぁ!びっくりしてるのかなぁ!」
「……」
興奮気味に凪咲も湯に足を預ける。
すると早速4匹の猫が寄ってきた。
「…はぁぁ…!!おいで…よしよーし。どうしたの?ふふっ。抱っこさせて?」
「駅前から気になっていました。猫がそんなに好きなのですか?」
「見てこの子。体は茶色なのに黒いまゆ毛があるよ!」
「……」
「どの子も無条件で可愛いって思う。猫、可愛くない?」
「……あまり理解できません」
「そっか。勿体ないなぁ…こんなに可愛いのに」
「……」
「ジュリアも抱いてみなよ」
「いえ…」「はいっ」「ミャァゥ」
「っ…」
「どう?おでこのとこ、人差し指でこちょこちょってしてみてよ」
「…こうですか」
「うん。あ、上手。気持ちよさそうな顔してる」
「……」
「あ。聞こえる?少し高めにゴロゴロって鳴ってるの」
「はい」
「すごく気持ちいいみたい」
「あなたは、奉仕することに喜びを感じるのですか」
「ん?…奉仕っていうか可愛がってるだけだよ」
「猫を撫でるなどして、喜んでいる姿を見て喜びを感じている…やはりこれは奉仕では?」
「ふふっ。もしかしてメイドに誘ってる?」
「資質は十分かと」
「私は猫が大好きなだけ。犬も小さい子だったら好きかな。鳴き方が可愛いし、何しても可愛いし、もうそこにいるだけで」
「ご主人様も猫を見ていると少し表情が柔らかくなります」
「ダンも猫が好きなのかもね」
「……」
「…ジュリアって何かの作品の登場人物?」
「……?」
「私は小説に出てくる。ほら、創造する時に…えっと、知名度によってコストが変わったりもするでしょ?」
「ご主人様に直接聞いてください」
「…あ、うん」
「……はい。ご主人様」
「え?」
「猫に奉仕している間に、柊木様の肉体の再構築が終わりました」
「……レベル2の力…ジュリアは相当使いこなしてるんだね」
「この程度の距離であれば、"力を使う"までもありません。意識することなくご主人様の考えを理解することができます」
「そうなんだ…私は…まだ頑張らないと難しいかな」
「信愛。それがレベル2に求められる唯一の要素です」
「…信愛……」
「信愛の度合いが高いほど代行と使者の結びつきを強め、」
「それって。ジュリアはダンを愛してる…ってこと?」
「……」
「……」
「それであなたが理解できるのであれば、そうです」
「……」
「中に戻りましょう」
「うん」
………………………………next…→……
ダンさんに引きずられて宴会場から一泊でも高そうな部屋に移動した。
それからすぐに再構築をしてもらって、即完治した。
「体のどこにも問題はないようだ」
「はい。ありがとうございます」
「一種の危険な賭けのような力だった。君のアイアン・カードは…」
「何が原因かは分かりません。ただ、最近思ったのは創造の書に書き込む時に…詳しく書かなかったせいなのかなって」
「…なるほど。自由に大きさを変えられる…と書き込みはしたが、その変化の制限については書かれていない。その場合なら」
「はい。でも…なんていうか…」
「それだけでいいなら他の代行でも簡単に行える」
「そうなんです。代行の能力次第なんでしょうけど…」
「…試してみよう」
「え?」
「ここに、茶と饅頭がある」
「はい…」
「ジュリア」
ダンさんが呼んだのと同時にジュリアさんが部屋に踏み込んできた。
あ、少し遅れて凪咲さんも来た。
「はい。こちらを」
ジュリアさんは創造の書をダンさんに手渡した。
「ページの無駄使いだと思うかもしれないが、いつか思わぬ形で役に立つこともある…かもしれない」
((READ))
ダンさんは何かを創造した…ん?
「スプーンだ」
「真?2人で何してるの?」
「実験…ですかね?」
「ご主人様、スプーンが必要ということでしたら」
「いいんだ。見ていろ」
ダンさんは湯呑みにスプーンを入れ、お茶を掬った。
「このスプーンは味を変えることができる」
「まさか書き込んだ情報ってそれだけですか?」
「ああ。甘いや辛いなどの味を限定する説明も、それらの味の強さについても制限はない」
「……」
ダンさんはそのまま…スプーンのお茶を舐めた。
「かふっ!?」「ご主人様!!」
「ダンさん!」
味わう前にスプーンを放り捨てて、咳き込み…苦しみだした。
「ダンさん!どっちですか!」
「柊木様!今は会話よりもまず安否の確認を!」
「ジュリア…いい…離れろ」「はい、ご主人様」
「どっちですか?…味がおかしかったのか、それとも…」
「能力が足りない。変化はあったが、驚くほどではなかった…私の症状は軽い…君のように苦しむには…どれだけの無理をすればいいのだろうな…」
「スプーン、借ります」
ダンさんの本をチラ見した。
このスプーンは彼専用のものではない。
ということは僕にも使える。
「もしもの時は…またお願いします」
「ああ…任せたまえ…」
「待って真、」
「…っ!!」
スプーンで饅頭を半分に割り、口に運ぶ。
元々甘い味の饅頭を……旨味の強い…お寿司…中トロの味に変える。
「………うっ!!」
「真!」
「お、美味しい…!」
「…え?」
「すみません、饅頭をお寿司の味に変えたんですけど普通に美味しく感じてしまって」
「…私は茶を水に変えようとした」
「……あ。味を変える力なのに無味に近づけた…だから反動が…?」
「試してみてくれたまえ…」
「はい。やってみます」
皆に見守られながらお茶を掬った。
「このスプーン1杯のお茶を水のように…いや、無味無臭に変えます…」
………あれ?
「どうした?変化は…」
「で、出来まぶっ!!」
「真!!」
面白いくらいに鼻と口から血を吹いた。
すぐに再構築。そして数分の休憩。
しばらく全員が黙っていた。
「お茶は無味無臭でした」
「…成功したのか」
「でも…正直、味を変えるだけなのにこんな大事になるなんて」
「いや。味を変えたのではなく消したわけだから話が違う。書き込んだ情報で許容できる範囲を大きく超えたことになる」
「許容できる範囲ですか…」
「本来ならば、君が饅頭の味を寿司のそれに変えたように元のそれとは全く違う味に変化させたり、本来持つ味を濃くする…または薄めるのが正しい使い方だ」
「そうですね…」
「だが、味や匂いを消すということは…極端な話、ひと口で致死量になる毒などを無力化できる可能性がある。味、匂いを成立させる成分が消滅するならば…同じように毒の成分も」
「………」
少し難しい話だ。
反動が出ない範囲を探すとしたら…濃い薄い共に"不味い"と思うくらいが限界か。
「真。君のアイアン・カードは、君の想像に沿って大きさを自由に変えられる力を持っている。だが、大きさや形などについては制限が書かれていない」
「はい。最初はカードの形のまま大きさを変えて盾にするつもりでした。でも"盾"じゃ足りない状況は意外とあって。壁にしたり武器にしたり…」
「今では生物に変えている」
「……改めて言葉にすると…やり過ぎてますね」
「これは言ってみれば"裏技"のようなものだろう。そしてある事象についての考え方を変えればこの裏技に気づくことが出来る」
「え?」
「創造したものの能力が本来よりも大きく変化する。私達は既にそれを実行している」
「……分からないです。だって、そんなことしたら僕達は」
「レベル2だ。この裏技は、使者がレベル2になる変化と同じだ」
「………」
ふと凪咲さんを見た。
僕は凪咲さんのことを書き込んだ時…情報は年齢と…簡略化しすぎた両親のこと…それから…美少女…それだけしか書いていない。
凪咲さんの強さは両親の情報から自然に導き出されたものだろう。
勇者と魔導師の子なのだから、運動能力が高かったり魔法の才能があったりしてもおかしくない。
でも…レベル2になって、年齢も容姿も変わった。
強さも劇的に変わった。
「……じゃあ、僕のアイアン・カードの"あれ"は…無理やりレベル2にしたから…ということですか?」
「一時的にそうしたということだろう。だが、私には出来なかった。それは代行としての能力の差なのかもしれない」
「柊木様。代行にはいくつか種類があります」
「種類ですか?」
「簡単に説明すると、使者を召喚する者、武器を召喚する者、自身を使者に変える者」
「……」
「人はそれぞれ好み、考え、欲、願い…様々なものに違いがあります。代行になるとその違いが主な創造手段に影響します」
「創造手段…それを大きく分けると今の3種類になるんですね」
「はい。使者のレベル2という変化については元から情報がありました。恐らく、この能力変化の裏技は元々使者だけに与えられたものだと思います」
「使者だけ?」
「物は手を加えなければ使用する度に劣化していくだけです。ですが生物はどうでしょうか。それぞれが環境に適応するため、必要な力を身につけます。いくつもの世代を重ね、時間をかけて」
「じゃあ…物。物をレベル2化させるっていう行為が今僕達がやっていたこと…」
「武器を召喚する者。この手の代行は不足を補うために複数の創造をするのが当たり前でした。ですが、この裏技が広まることがあれば」
「大幅に強化されますね。善悪問わず…」
「ジュリア。アイスコーヒーを頼む」「はい。ご主人様」
「真。そもそも、使者のレベル2についてはあまり知られていない。"あの使者は強い、ということは代行の能力もそれだけ高い。"というところで考えがまとまってしまう。そして」
「2人とも静かに」
凪咲さんが会話を遮った。
1人だけ立ち上がり、スマホを取り出す…そして少し弄ってから画面を僕達に見せた。
そこには。
誰かが見張ってる
でも探そうとしないで
私がトイレに行くふりをして探す
ジュリアを部屋に呼び戻して
分かったら、疲れたから少し寝ると言って
「…ダンさん。すみません。僕ちょっと疲れてるみたいです」
「ああ。私も無理をした。ちょうどいい…布団を用意してもらおう」
「ですね」
「私ちょっと」
「トイレですか?」
「女の子にそんな直接すぎる聞き方しないの」
凪咲さんが部屋を出ると入れ替わりでジュリアさんが戻ってきた。
「従業員に注文しておきました」
「ジュリア。布団を用意してくれ」
「お休みになるのですね。分かりました」
ダンさんがスマホを取り出した。
…あ、入力するのめちゃくちゃ速い。
「あ、メール…」
もちろんダンさんだ。
私達が追っている代行かもしれない
君のパートナーに相手の容姿を伝えるように言いたまえ
返信はせず、ダンさんに頷いて返した。
そして凪咲さんにメールを送信。
「柊木様の布団も用意します」
「ありがとうございます…」
返事が来た。
いた。使者かも。大きい猿だった
「…猿?」
「くっ…」
ダンさんの反応からして追っている代行で間違いなさそうだ。
その時、僕達の真上の辺りで大きな音がした。
………………………to be continued…→…




