第5話「真の切り札」
「展開!」
シンプルな防御壁が展開される。
でも、木が邪魔で思った大きさにはならなかった。
ガン!
「敵…!」
「違う。野生の動物。…でもかなり敵意を感じるから油断しないで」
「なら…もう少し…展開!」
メキメキと木の一部を押し潰す音。
パキパキと枝を折る音。
無理やり横に広がった防御壁…そして壁の向こうから聞こえる衝突音は、回り込もうとしている。
「左の方へ移動してます」
「しつこいね。なら先に井戸を目指そう。向かってきたら真は防御、私は攻撃。走るよ!」
「はい!」
アイアン・カードを圧縮し、鳥居をくぐる。
足場が悪いので走るというより小走り程度の速度になってしまう…そして僕達の両側を囲むようにガサガサと…
「ストップ!少し数減らす!真は自分を守ってて!」
「凪咲さん!」
「……ふっ」
軽く跳躍した彼女が何をするのか…分からないけど直感でしゃがんでみた。
「ハリケーン・スライド」
ガリガリガリガリガリガリ!!!
突然の大きい音。
それは周囲の木に起きた変化によるものだった。チェーンソーを当てているみたいに切れ込みが入っていく…!
「ん?お?」
聞き慣れない音に驚いたのか、足早に逃げていく音と後ろ姿がいくつか。
…鹿…鹿…鹿…あれは…猪?
「はぁっ!!」
凪咲さんはその場で回転切りの動作を行った。
見たままでは何かを切ったようには思えないのだが、もちろんこれは切っている。
切れ込みが入った周囲の木、全てを。
「行くよ!」
「はい!」
ドミノ倒しのように木の上半分が崩れていく。
それらは道を塞ぎ、僕達を襲おうとしていた動物達の接近を封じた。
「はぁっ、はぁっ、」
「無理しないで」
「何が起こるか分かりませんから…」
小走りじゃまた他の動物達に追いつかれてしまうかもしれない。
なので転倒覚悟で大股で走る。
着地時に足への負荷がものすごいことになっている。ズン、ズン、と足先から付け根まで振動が駆け抜け、小さな間違いで足を捻ることになる。
だから下を向くのは当然のことで、雑に落ちている石や枝を避けて
「真!井戸!」
「え?」
顔を上げると、そこは開けた場所。
円形に…木々が綺麗に取り除かれている。
その中心には井戸がある。
「動物達が近づいてこない」
「神聖な場所みたいなことでしょうか」
「黒神様…だもんね」
この井戸の近くにいれば動物達は襲ってこない。
それは、この井戸の存在が動物達に大きく影響しているということ。
……ほ、本当に…この井戸に……
「蓋が割れてる。ここで合ってるはず……」
凪咲さんはスマホを取り出した。
「ちょっ」
「ねえ!来てあげたんだから姿を見せて!」
スマホに呼びかけるが、無反応。
「こんなに条件が揃ってるのに違うの?まさか…」
「…どうなんで………」
「真?」
「っ!!!」
最近の僕は大嫌いなお化け屋敷に何度も行ったし、創造されたものとはいえお化けに捕まりかけたりもした。
今の僕は普通の人よりも"そういうもの"に敏感なのだ。
「凪咲さん!井戸の近く!そこの!そこの!」
とにかく指をさして伝える。
膝の高さまで草が伸びている場所があるのだ。
そこに、この場所に似合わない色が見えた。
「………」
凪咲さんが武器を構えて近寄る。
そして、右手を向けて…風魔法か。
風で草を掻き分けて…
「死体…」
「え?」
「死んでる。真は来ないで」
「は、はい」
状態が悪いのだろうか。
「………最悪」
「凪咲さん?どうしたんですか?」
「受け取って!」
彼女は下投げで僕に…え?
「これ、創造の書じゃないですか!」
染みが多い暗い赤色の本。
開いてみると…白紙のページは1/4くらいか。
「書き込まれてる内容は…」
…読めない。でも卍の親戚みたいな文字ではない。
見たことがある…確か、中国語だ。
「他に…英語…これは…え?」
この本は多国籍だ。
世界を渡り歩いてきたのだろうか。
………日本語だ。
"都市伝説"
死霊の噂話を広める。
代行、使者以外が話を聞いた場合、9人に拡散しなければ死。
代行、使者が話を聞いた場合、4番目と9番目以外は9人に拡散しなければ死。
4、9番目に話を聞いた代行、使者は4日以内に指定した場所に来なければ死。
この効果は死者が100人になるまで継続する。
「なん…なんだこれ」
めちゃくちゃだ。
こんなの、ただ人を殺したいだけの創造だ。
代行や使者を選別する効果があるのに、それでも助かる可能性があるのは4番目と9番目だけ?
…もし噂話を聞いた全員が死んでも…100人死ぬまで継続…ということはまたどこかから噂話が流れてくるということか?
「真?」
「隣のページに続きがあります。複数のページを使った創造みたいです」
関連する創造を組み合わせて最終的に強い効果にするということか。
"万死の女"
都市伝説により死の対象になった存在を殺す。
この使者による接触は何者も拒めない。
…これだけか。
一応他に書き込みがないか調べてみたが…特になさそうだ。
「シンプル…能力自体はものすごく強力だけど、条件は別の創造に任せてるから力を発揮出来るかはまた…いや、」
もういい。こんなのを読んで何になるのか。
「凪咲さん。魔法で火を出せますか」
「うん」
「これ燃やしてください」
「いいの?創造の書だよ?この呪いの部分だけ破り捨てれば3冊目にも」
「こんな汚らわしい本、使いたくありません」
「分かった。やるね?」
彼女は本に向かって右手を向け、親指と中指を擦り合わせて指を鳴らした。
パチン!
なかなかいい音が鳴ると、創造の書に着火。
「そこに置いて。よいしょっ」
続けて剣を地面に刺して掘っていく。
「これなら他に燃え移らないから」
「はい」
さり気なく自然にも配慮している。
「これで凪咲さんの呪いは解けましたね。しかもこれ以上被害は出ないです。ラーメン屋の店主も助かったってことですよね」
「…喜ぶのは早いかも」
「え?」
「創造の書、最初に全部のページ見たよね」
「白紙のページがどれくらいあるかを…まぁ後は創造とかどれくらいしてるのかなって」
「呪いの他に書き込みは?」
「うーん…特に。この呪い自体、2つの創造から出来てたんです。1つは噂話。これは代行、使者を選別する効果と死ぬ対象を選ぶ役割があります。そして、噂話で死が確定した対象にもう1つの創造、霊の使者が接触する。…条件を付けることで強力な能力を得られるという創造の方法の他に、役割分担をして組み合わせることで強力な能力を得られる創造のやり方もあったんだと勉強になったくらいです」
「………」
「どうかしたんですか?」
「じゃあ、やっぱり…」
「え?」
「呪いの主犯…代行はそこで死んでた。…目が無くなってて、黒い涙を流して…」
「………あ」
「黒神様は、創造じゃない」
「………」
「ほ、本物だよ…」
動物達が井戸に寄ってこないのは…
「凪咲さん。まだ本が燃えきってないので切り刻んでもらっていいですか?」
「え?」
「万が一燃え残って呪いの効果が継続してもいけないので」
「うん…」
凪咲さんが数回本に向かって刃を振り下ろすと、
「なんか体がスッとした。軽くなったみたいに」
「これで本当に呪いが解けたみたいですね」
「…同じこと考えてる?」
「…はい」
用が無くなった以上、もうこの森に留まる必要はない。
逃げなければ。
「凪咲さん、来た道って」
「あっち!木がめちゃくちゃに倒れてるとこ探せば一気に帰れる!」
「はい!」
僕達の動きを察したようだ。
僕達が来た道の方から嫌な気配が。
「凪咲さん」
「……」
森の中から姿を見せたのは、動物達。
角にたくさん鳥を乗せた鹿。
やる気満々の猪。
牙を剥いて威嚇する犬。
それぞれが数匹…数が多い。
そして、その中央には唯一の
「熊…」
黒毛の…直立不動の存在。
「戦うしかない」
……凪咲さん。とにかく攻撃を受けないようにしてください。
あのおばさんの話を覚えてますか?
村人は井戸の水を飲んで変化したんです。
多分あの代行も、ここに来るまでに動物達に襲われて喉が渇いて井戸の水に手を出したはずです。
となると、動物達は黒神様の下僕と考えるのが自然…その爪、牙、唾液…全てに何かしらの毒みたいな効果があると思ってください。
「全部は避けられないよ。だから」
「あっ、待って」
「足りない部分は真が補って!」
「そんな!」
飛び出した凪咲さんは、真っ先に熊を狙う。
低い姿勢からの切り上げで腹を抉るが
「硬っ…!?」
黒い液体が熊の腹の傷から飛んだ。
それを回避したところに熊が腕を振り回す。
「んっ!」
思わず剣で受け止めるも、押されている。
「…ここは」
凪咲さんを補助…と即答出来ない。
熊と戦ってる間、他の動物達も彼女を狙っているのだ。
チャンスを待っている…もしもの場合に備えて……ああ!
こんな時仲間がいれば!
「…ふぅ…ふぅ…ふぅ」
どんな形でもいい。
脳に刺激を。
この状況での最善の一手を。
「はぁっ!!」
「見えた」
凪咲さん。僕の隣へ戻ってください。
切り払いで熊を牽制し凪咲さんが後方へ飛び退く。
「どうする?」
「僕がやります」
「真が?」
「あらかじめ言っておきます。後のことは一切考えてないので、最悪僕を抱き抱えて逃げ切るくらいの気持ちでいてください」
「分かった…え?」
「……っ展開!!!」
この数に対抗出来る。もしかしたら…勝てる。
「ねぇ!まっ、真!?」
「アイアン・ブラックロマンス」
マミさんの切り札だ。
当時の僕達ではどうにもできなかった…トラウマ。
それを、今この場で再現…する!
ポイントカードやクレジットカードとそう変わらない…財布のポケットに収まる程度の大きさから、"世界一大きい"大蛇へと変形する。
胴体の太さ、長さ、肌質…そして頭。
生物相手なら何でも飲み込めるであろう大きな頭。
人間が全力を振り絞ってようやく振り回せるかどうかの大きさの牙。
…唯一再現出来ないのは蛇が内に秘める毒くらいか。
「ぶっ…」
完成と同時に全身に疲労が溜まっていく。
頭が割れそうだ…こじ開けられそうな不安感がある。
ふと手を見ればわざとらしく見えるほど大きく震えている。
…そしてボタボタ…と鼻血も出てきた。
…思ったより軽く済んだ。
「真!」
「やれ!アイアン・ブラックロマンス!」
銀色に輝く鉄の大蛇が大口を開け、熊に覆いかぶさる。
さらに尾を振り他の動物達を薙ぎ払う。
見ていて爽快だ。圧倒的、制圧。
ガリッ!ゴリッ!
熊が食われた。抵抗は無意味だ。
もがいて脱出しようにも、この大蛇は生き物ではない。鉄の塊なのだ。
痛みを感じない。怯みもしない。皮膚に該当する部分は僕の意思でしか必要以上に伸び縮みはしない。
…凪咲さん。道は開けました。お願いします。
「う、うん!大丈夫なんだよね!?」
もう口を開いて喋ることは出来ない。
瞬間接着剤で閉じられたみたいに動かせない。
見ている景色がグラグラしている。
やり過ぎたのだから当然だ。
でも、正直ここまで出来るとは思っていなかった。
「逃げるよ!?アイアン・カードはどうする!?」
…今は命が優先です。
「私達を襲ったりしないよね!?」
凪咲さんは僕をお姫様抱っこした。
そして駆け出す。
大丈夫。
アイアン・ブラックロマンスは僕達を襲わない。
動物達を倒し、あらかた片付いた所で次に取る行動は
ブゥン……!!ブゥン…!!
「え?なんか尻尾振ってる!」
飛んで避けてください。
「は?」
ブォォォン!!
その巨体を活かし、森を切り開く。
アイアン・カードの防御力を思えば、それを振り回した際に生まれる威力は当然想像以上になるわけで。
「周りの木が全部…吹き飛んだ…!!」
「………」
僕の最後の大仕事。
口を動かすこと。
今にも意識がなくなりそうな感覚の中、ぼーっと凪咲さんを見ていると不思議と…
あっしゅく
音が出ている必要は無い。
その言葉を発するように唇を開閉し、意思を主張するだけでいい。
「アイアン・カードが戻ったよ!」
取れますか
「任せて!」
大蛇がカードに戻り、少しだけ宙に浮く。
凪咲さんは僕を抱えたままカードに接近し
「あむっ!」
口でキャッチした。
後は逃げるだけです。
「ふん!」
………………………………next…→……
夕方。僕達は森を脱出し、入り口を塞いでいた金網からも抜け出た。
「はぁ…はぁ…はぁ…」
ありがとうございます。
ずっと僕を抱えたまま走り回ってくれた。1度も降ろさずに。
「当たり前だよ…でも…すごい…ね…」
アイアン・ブラックロマンスという存在をチラつかせた僕達を動物達は襲うことができなかった。
それでも追いかけてはきたが。
…本来なら僕達は森の中で死んでいただろう。
なぜなら相手は黒神様…"神様"だからだ。
「でも創造の力も神様の力でしょ?」
…その通り。
「代行じゃなきゃこの森に入るのは危険だね…よく心霊スポットだなんて雑誌に載せれたよね…軽い気持ちで入ったら」
生きて出られない。
創造の力のおかげでかなり現実離れした生活をしてきた。
…でも……今回のそれは、何者にも説明が出来ない存在だった。
「……真」
「お前達!勝手に森に入ったのか!黒神様の森にぃ!!」
僕達の前に現れたのは…地元の人達だ。
中には僕達に黒神様の話をしたおばさんもいた。
「救急車を呼んで!真が…」
「ふざけるな!黒神様の水を飲んだんだろ!」
「俺達を殺すつもりだ!」
「近寄らないで!」
「森へ帰れ!!」
「そんな…」
……凪咲さん。今日だけは良い人でいるのをやめましょう。
「…真?」
風魔法であの人達を威嚇し、さらに近くの物を魔法で燃やして脅してください。
黒神様のふりをするんです。
駅まで逃げて、電車に乗り込むまで演技を続ければ恐れて近寄ってきません。
「森へ帰れ!化け物ぉ!」
「そうだ!帰れ!」
「偉そうな口を…!」
凪咲さんは従うことにした。
風魔法による強風が地元の人達を怯ませ…あ、先頭に立っていた男性の髪が…
「お前さんカツラだったのか!」
「今はどうでもいいだろ!」
「良くない!わしが薄くなってきたって相談したらお前さんは偉そうに…このっ」
なぜか仲間割れに発展。
「黙れ!人間共っ!!!」
凪咲さん、演技続行。
指をパチン!と鳴らし、地元の人達の頭上に大きな炎を出現させた。
「ひぃぃっ!?」
「に、逃げろ!殺されるぞおおっ!」
「いやあああああああ!!」
あまり早くはないが、全員が両手を上げて逃げ去っていく。
…ところでこの大きな炎は
「畑に落とす。育ててるものがダメになっちゃうけど」
ボワァァァァ!大きく畑が燃える。
放置…?
「私達に近づけばこうなるって分かるでしょ?早く帰ろう」
それから電車に乗り込むまで凪咲さんは僕を降ろさなかった。
相当な重労働だったろう。
…僕は電車の中で長時間休めたおかげで、最寄り駅近くで乗り換える時には自力で歩けるようになっていた。
………………………to be continued…→…




