第3話「破れない約束」
初めての"使者"の創造は思ってた以上の出来事となった。
創造されて、挨拶して、これからよろしくって握手して、…そういうものだと思っていた。
もしかしたら、僕に跪いて忠誠を誓ってくれる展開とか…やり過ぎか。
夏野 凪咲は、自分の知る現実を否定されて本物の現実に"生まれた"。
涙を流して否定したが少しずつ受け入れるしかない。
ただ、僕達なりの"初夜"の出来事を経て彼女は突然やる気になった。
使者、スライサー・クライとの戦闘の最中に【モモ】が姿を現したようなのだ。
同世界の…それも頼れる存在がいると分かって安心したのだろうか。
「ただいま」
「お邪魔します」
僕達の帰りをソープは出迎えてはくれない。
今頃心地よい場所を見つけてぐっすり寝ているんだろう。
「えっと…明日、お金を下ろすのでそれで凪咲さんの着替えとか必要なものを揃えましょう」
「ありがとう…さすがに制服は恥ずかしいからそうしてもらえると助かる」
明るい場所で見ると改めて何事かと思う格好。
脇腹や肩口の辺りの布が裂けているが体は無傷らしい。
「じゃあすぐに消毒しよ。その顎…かなりしみると思う…」
言われて取り出した救急箱…いつ以来だろうか。
無難な生活を続けていたんだなと思い返していると、凪咲さんはテキパキと治療の準備を整えた。
「慣れてますね…」
「まあね。これでもそこら辺の勇者より戦ってるから」
「勇者…そういえば、さっきも簡単に高い木よりもさらに高くジャンプしてましたよね」
「身体の動かし方は覚えてる。でも肝心な身体の方がついてきてない。私の精神の時間軸は21歳だけど身体の時間軸は17…18歳…戦うための特訓をする前くらいだと思う。制服着てたのもそういうことなんでしょきっと」
「っ…冷静ですね。もっとこう…説明を求めてくると」
「そうぞう?っていうのがどういうのか分からないけど…」
消毒液が顎に。一瞬だけ冷たく、その後はかなり刺激が強い。
痛がると話を中断させてしまうだろうから我慢した。
…が、我慢してる顔を見て彼女は控えめに笑った。
「見せてくれたネットの小説は本物なんでしょ?私はその小説の情報を元に召喚された。あ、そうぞうだっけ?」
「はい。イメージする方じゃなくてクリエイトする方の創造です」
「ふーん…。でも、私からすればさっきの猫男みたいなやつも日常茶飯事だから。世界を破滅させるような魔王とかと戦ってきたくらいだし…今回のも不思議な事象ではあるけど、お父さんもそういう設定のゲームとか散々やってるだろうから…うん、落ち着くと案外大丈夫」
「お父さん…」
彼女が登場する作品の主人公だ。
RPGを中心に、勇者が世界を救うという王道テーマのゲームをやり尽くしているとかいないとか。
「でも、どうして私なの?あの小説から創造するならもっと候補いたんじゃないの?それこそ私のお父さんは」
「僕は神の代行になったばかりなので…。いわゆる"チート能力"を持っていると使者を創造するのが難しくなるんです。コストが高くなる…というか」
「……だから私、弱い時のままなんだ。そっか…」
「他にも色々とあるんですけど凪咲さんとはある意味、縁があったんです」
「そうなんだ。…はい、おしまい。よく我慢したね」
ニコっと笑う。面白いくらいに胸がときめいている。
誰が見ても美少女だ。彼女を意識してしまう。
無縁だった青春…なるものを勝手に期待した。馬鹿だ。
平常心。平常心。
「あ、僕が創造の書に"追記"すれば凪咲さんを強く出来るはずなんです」
「へぇ…まぁ、今後戦っていくなら強くならないといけないよね。ここじゃ"レベル"の概念が無さそうだし」
「ただ、さっきも言いましたがチート能力は難しいと思います…いずれは出来るかもしれませんが。そこでなんですけど。僕は凪咲さんのことを全く知りません」
「うん」
「でも凪咲さんは小説の"外"の部分で色んな経験をしているんですよね?相談…なんですけど」
異世界活劇の小説には、主人公に異常な強さの能力が備わっているという前提的な設定が多く見られる。
恐らく彼女にもそれがあるのだろうが、僕は彼女を創造しただけで頭に衝撃を感じた。非現実的な力を付与しようとすれば、命が複数個なければ足りないだろう。
そこで、彼女に無理のない範囲で実現可能な能力や装備品がないか相談した。
得意な武器を創造出来ればそれだけで初期状態の今と比べて大きく違ってくるはずだ。
「魔法…は無理だよね。光速化…も魔法使ってるし…。レベルの概念がないなら身体の強化も難しいよね?それが出来れば生身で銃弾を弾くことも出来なくないんだけど」
「全部…難しいです。ごめんなさい」
「となると武器かな。私防具とか要らないんだ。血のせいで」
「血…?」
「お父さんは勇者と魔王のハーフ。お母さんは最強の魔法使い。その2人の子供が私。お母さんが言うには私は1歳の時には自力で小学生向けの絵本を読めるようになってたって」
「え…」
「身体も超が付く健康で怪我しないし病気にもかかれない」
「残念そうな…言葉選びですね」
「これも非現実的な…あ。じゃあ私、今なら」
「は、はやまらないで!!」
「指先をちょっと切るだけ。お願い」
「怖すぎます!話を戻して!ぶ、武器のことを」
「……分かった。あの小説読んだなら分かるだろうけど、私はお父さんの人生の一部を"生きた"。VRゴーグル付けて体験するのとは訳が違う。ちゃんと痛いし、死ぬ思いもした」
凪咲さんを選んで正解だったと思うのは、テレビを見て…箱の中に人間が入っている!とか驚かないことだ。
気を使わなくていい。現実世界の様々なことを当然のように知っている。VRゴーグルとか。
「お父さんはね、剣とか斧とか銃とか色々使ってたんだけど最後には双剣がお気に入りになってたんだ。だから私も双剣を使ってた」
「そうけん…」
「あー…でも私が使ってたの特別なやつだ…」
そもそも日本で物騒な凶器を持つことが異例…というのは言うまでもない。
「僕の能力が成長するまでは、ふ、普通?の双剣を使うことにしますか?」
「うん」
早速、彼女の武器を創造することにした。
…言い方を変えれば鉄の塊だ。少し鋭利なだけで。
創造出来るはず。
武器の形は相談しながら紙に下書きをして、それから創造の書に書き込む。
下書きを修正しながら僕は創造の書や代行のことを彼女に精一杯説明した。
「…そうなんだ…そっか…真…家族いなくなったんだ。…成り行きは違うけど、私のお母さんもそうだったよ」
悲しい現実。必要な部分でもあるから話したが、改めて同情されて慰められて
「泣いてもいいんだよ」
「ここまで優しくされると辛いです…」
背中をさすられて、頭を撫でられて。
こみ上げてくる涙はそれでも堪えた。
「ねぇ。よく言うよね。復讐しても虚しいだけであなたの為にならない…みたいなこと」
「特に刑事ドラマで鉄板の"落とし"のセリフですよね」
「そう。犯人はそれで泣き崩れて事件は解決…。でも、私はそう思わない」
「……」
凪咲さんは僕から鉛筆を取り上げるとほぼ完成状態だった双剣の造形を書き換え始めた。
一方は持ち手が細く、炎の揺らぎを思わせる複数の刃と美しい曲線。
一方は持ち手が若干太く、採掘して余計な部分を取り除いた直後の鉱石のような荒々しい形。
「私のお父さんは復讐者だった。復讐を果たすために時間軸を飛び越えて転生した。しかも悪魔と契約して」
「肯定派…なんですか」
「そうだよ。やり返さなければ、相手は自分がやったことの愚かさを知らないまま。しかも反省せずに調子に乗ってまた新たに犠牲者が生まれる」
「……」
「代行の、創造の力を悪用するってことは真が想像してるより遥かにタチが悪いんだよ?コストが払えれば何でも出せるってことでしょ?」
「でも、無茶苦茶な使者を創造するのは」
「出来ないわけじゃない。使者に守ってもらいながらずっと読書してればいいんだから。ラスボスが自分の領地から動かないのと同じ。力をずっと蓄えてる」
「あ、あの…」
「出来た。能力は要らない。形だけでいいから頑張って創造して」
完成した下書き。
それを創造の書に書いていく。
「私、やるからには徹底的にやるから」
「は、はい」
「真のことも守る。だから、真はなるべく読書をするようにして」
「頑張ります…」
………………………………next…→……
創造は成功した。
特に色もついていない、鉄の塊。
要望通りの形の双剣。
どちらも指先から肘くらいまでの長さだ。
それで鉄の塊なわけだから当然重い。
「うん。いい感じ」
「危ないので家の中では振らないでくださいね…」
「分かってる。…もう3時過ぎだし、寝ようか」
「あ、じゃあ凪咲さんは隣の秀爺の部屋に」
「ダメ。何が起きるか分からないんだから、私は真のそばにいる」
「……」
「ちゃんと布団は別だよ?」
布団を並べて、すぐに寝ることにした。
豆電球の弱々しい光の下、彼女はおやすみと言ってから僕に左手を差し出した。
「こうなった以上、頑張るしかない。絶対に諦めないと約束して」
「諦めない…」
「代行の力を悪用してるやつらがあなたの家族を奪った。これは事実。真の心の中にはどんなに小さくても復讐したいという願いがあるはず」
「……」
確かに。その通りだ。
しかも小さくない。そこそこに大きい。
「相手の家族を奪えとは言わない。でも、やったやつの命を奪うくらいには覚悟を持って望まないと、きっと私達は中途半端なまま消えてなくなる」
「……」
「だから、諦めないで。あなたの家族が繋いでくれた命を」
凪咲さんはこれからのことをどこまで考えているのだろうか。
ふと目が合った時、彼女の真っ直ぐな目を見て不安になった。
僕も代行だ。
これからは、命を狙われてもおかしくない。
悪く言えば、近い未来に必ず殺し合いが起きる。
死にたくない。
僕は差し出された左手に、右手を差し出した。
「誓って」
「あ」
てっきり小指を絡めて指きりをすると思い込んでいた。
僕の右手のひらに彼女の左手の親指が触れて、そこから僕の手を包み込むようにして彼女は優しく握った。
柔らかくて、細くて、なのにどうしてこんなに心強いのだろう。
【誓いの握手】を終えた後、僕は静かに泣いた。
………………………to be continued…→…