第6話「自由な代行」
生臭い。汚い風呂場のよう。
冷たくて、湿っていて、不快さが凝縮されていて。
きっと僕は今、全力で叫んでいる。
自分のことも分からないほどパニックになりながら、必死に
「ああああああああああああっ!!!」
よかった。聞こえた。自分の叫び声が。
でも何も解決していない。
今僕は、真理子の怨念に取り憑かれている。
体にまとわりついて離れない真理子というお化けに、今まさに
「ああああああああああああああああっ!!」
まさに、殺されようとしている。
どんな風に?物理的に?それともやはり呪いのようなものが?
全身が捻れて不審な死を遂げるのか。
「良い!良い!極上の恐怖だ!分かっているのだろう?助からないと。怖くて怖くて、なのに逃げられず、すぐそばにいる"それ"の顔を見ないようにともがいている!…見てしまえ!目を合わせ、更なる恐怖に身を焦がせ!さあ!」
「ンアッ!!」
その時だった。
顔の横を何かが通過し、風を感じた。
ゴッ…そんな鈍い音がして僕にまとまわりつくものが離れた。
ピカッ!そしてスマホのライトが突然復活。
照らされた足下には、大きな本が落ちている。
緑色の表紙…色は違えど"物"は同じだ。
あの時、サラさんのバッグに入っていた…!
それを拾い上げ、開…っあれ?開かない!?どうして!
スマホを一旦ポケットに入れて両手で調べる。
触って触って触って…分かった。
「…鍵っ?」
創造の書には鍵穴がある。この穴に小さな鍵を使うことで…そうか、鍵がなければ開かないのか…!
サラさんの本なら、サラさんが鍵を持って…
「っ…でも」
今は日本語が通じない相手にあれこれとコミュニケーションを試している暇はない。
……………!
また冷たい気配を感じた。
急げ。急げ。考えろ。さもなければ、死。
「ねぇ、どうして」
「…展開」
本をその場で手放した。いつでも拾える距離に。
そしてアイアン・カードを程よい大きさに展開し、両手で持ってその場で回った。
ゴン。鉄板が何かを捉えて音が鳴り、手応えを感じると再び同じ場所目掛けて
「展開!」
分厚く。バットを再現するように細長く。
ガンッ!!ガンッ!ゴッ!
2回床を叩いたが3回目で肉を打った感触がした。
「圧縮!」
再び本を拾い上げ、鍵穴を触る。
指の腹に感じる大きさから大体の鍵の大きさを想像し
「展開!」
元の大きさより小さくなったアイアン・カード。今回はアイアン・カード"キー"になったわけだ。
それを鍵穴に突き刺し
「ふっ!!」
ピカッ!!
本が発光。放たれた緑色の光は思ったより強く、部屋の全体を一瞬だけ照らしてみせた。
見えた。サラさん。真っ黒な格好の男。僕を襲った真理子。
「なに…っ!?お前、それは!」
暗闇でも書き込みは出来る。この瞬間に求められるもの。それは。
「光」
光。
創造を宣言してから創造の書を閉じるまでの間、創造の書が強烈な光を放つ。
((READ))
ブワァァァァ。本が熱くなった。そして、部屋全体…隅々まで照らしつくす緑色の光が…!
「クッ…!?」
「サラさん!」
「…オーマイガー」
サラさんは僕の隣へ。
真理子は床を這いずり逃げている。
真っ黒な格好の男は光から目を守っている。…?なんか、煙も出ているような?
「まさかっ…代行に…があっ」
この光の力?だとしたら僕達にも悪影響が出るはず。
彼はどうしてこんなに光を浴びて苦しんでいるのだろう。
「もっと光を強くしたら…」
「チィッ!!今は預けておく!」
ビリッ!男は本を取り出しページを破いた。すると真理子は消えてしまった。
………………………………next…→……
真っ黒な格好の男はあっという間に逃げてしまった。
逃げ足、めちゃくちゃ早かった。
僕達も建物から脱出し、凪咲さんに電話。
GPSを起動し迎えに来てもらった。
「2人とも大丈夫!?」
凪咲さんはすごく焦った顔をしていた。でも口の周りがちょっと汚れていた。
「なんとか…」
サラさんはというと、怖いとか危なかったとかいった雰囲気はなく。
興奮気味に凪咲さんに話しかけている。
僕と…僕が持つ創造の書を指さしながら。
「真。それって、」
「サラさんのです。ですよね?」
差し出すと恐る恐る受け取ってくれた。
「サラの?どういうこと?じゃあサラも」
「それは多分違います。…とりあえず戻りましょう」
とにかく人が多くいる場所に行きたかった。
平気な風を装っているが、創造の力でリアル真理子されたのだ。お化け屋敷よりも危険だった。
「ちゃんと2人の分もあるんだけど、でも冷めちゃってるかも」
「あ…そういえば屋台で買ってたんですよね。焼きとうもろこしだけあれば僕は大丈夫です」
「そ、そう…」
テーブルに戻ってこられた。
ふと手が震えていることに気づいた。
「寒い?」
「いえ…」
下手な誤魔化し。改めてテーブルの上に並んだ…あれ?
3人で完食するのも難しいと思っていたのに。
ほぼ壊滅状態ではないか。
無事なのは…イカ焼き、焼き鳥、たい焼き…全部サラさんのやつだ。
…僕が買ってきたものは…あ、あれ?焼きとうもろこしは?
「ご、ごめんなさい…思ったより美味しくて…」
「全部食べちゃったんですか!?」
「ごめんなさい…」
そこにサラさんが割って入る。
彼女にとってはもう食事などどうでもいいのだ。
それより、自分の所持品が"魔法の本"だったことが問題なわけで。
凪咲さんは僕に申し訳なさそうにしながら、サラさんに説明を始めた。
…じゃすてぃす?とヒーロー。この2つの言葉を聞き取れた。
そしてその言葉でサラさんは目を輝かせた。
「ンー!ハー!カラテ!ハー!ニンジャ?」
完全に興奮している。
座りながらパンチを何度も繰り出し、…多分理解を深めている。
カラテ、ニンジャ、サムライ、スモウ。
…彼女が使者を創造したらどんな使者が現れるのか…大体予想は出来た。
「本を開けたのは僕ですけど、所有権はサラさんにあるみたいですね。…他人の本でも創造が出来るってことにもなるんでしょうか」
「んー。真が使った時は真の物だったんじゃないかな。所有権は今サラに移ったと思うよ」
「悪用…しないですよね…」
「創造の書じゃなくて魔法の本って思ってるかな…まだ。でも、ちゃんと説明すれば」
「サラさん?サラさん!?何書いてるんですか!?」
突然サラさんが書き込みを始める。
まだ本がどんなものかという説明しかしていないはずなのに。
「イエス。…?」
「真。…これは使わせていいかも」
「なんて書いてるんですか?」
「サラ・ハルバーンは日本語が話せるようになる」
「…は…そ、そういう使い方が…」
「いい?教えても」
「…は、はい」
それなら僕も英語が分かるように…いや、それだけではなく全ての言語をマスター出来るのでは…!!
「オーケー!……」
やり方を教わったサラさんは、人目も気にせず。
((READ))
「…………真」
「本は弱めですけど光りました。創造は成功しているはずです」
「あー…ナギサ!マコト!私はサラでーす!」
「おぉっ?」
「サラ。もっと自己紹介してみて?」
「自己紹介?あー、私アメリカ人?あー、パパは他で女作って逃げまーした!あー…ママ悲しいだから、私パパ探してまーす!でも今は来たかった日本で文化勉強してます!」
彼女が日本語を話し始めたという驚きにとんでもない悲しい話が紛れ込んでいた。
「…思ったよりカタコト?でも発音は変じゃないし」
「代行としての能力の問題なのかもしれません。比較的簡単な内容だったけど、能力が足らず不完全なままなぜか成功してしまった…」
「ぽくて可愛いね」
「可愛いでーすか!嬉しい!」
「ふふっ」
「マコト!助けてくれたありがとう!あなたはサラのヒーロー!」
「あ、あぁ…ど、どうも」
「照れてる?」
「マコトは恥ずかしがり屋さん!」
「人前でそんなこと大きい声で言わないでくださいよ!」
「みんなで?食べましょう!仲良くー、ね!」
………………………………next…→……
食べ終わっても僕達は帰らずにそのまま会話を続けた。
サラさんのご両親についてはあまり触れない方がいいのだろうが…不倫というやつだ。しかも逃走中とは…。
お父さんは色んな国に仕事で行っていたらしい。そのこともあって国外逃亡と考えたサラさんは大学資金を旅費にして探しているのだそう。
…彼女は僕達と同世代。正確な歳は答えてくれなかったがまあ20歳くらいだろう。
好きな食べ物はわさび抜きの寿司。生クリームと勘違いして大量に口に含んでからわさびが苦手らしい。
アメリカにいた時は漫画にハマっていたらしく、ヒーロー物をよく読んでいたとか。日本の作品も見たことがあるらしい。
漫画から派生して小説も少しは読んでいたとのことで、さっきの創造もそのおかげで上手くいったのだろう…僕の時は…結構苦戦したはずなのに。
「ヒーローはスーパーパワー持ってます!目からビーム!超能力!空も飛びます!ビューン!!」
…とにかく元気だ。話が出来るようになったからなのか、それとも凪咲さんはずっとこのテンションについていっていたのか。
「じゃあサラがパートナーを創造したらスーパーパワー持ってるのかな」
「パートナー?」
「私は真のパートナーなの。真の本の力で私は創造されたの」
「…本当に!?信じられないでーす!」
サラさんは凪咲さんをツンツンし始めた。今まで普通に触れてきたのに、急に警戒を?
「なんでも出来るですか?」
「うん。でも、悪いことに使っちゃダメだよ?」
「オーケー!サラはヒーローなりたいです!」
「……真?」
「ヒーロー、なれますよ。ほら、ゴールド・キングレオとか。えっと、ヒーロースーツ?作って着ればいいんですよ」
「わー!ヒーロースーツ!それ!それです!どうやりますか!」
「でもサラさんはまだ代行になったばかりだし…もっと読書をしてからの方が」
本を見た感じ…"新品"に見える。
手記も見当たらない。なんなら、表紙を捲って最初のページに代行の証のページが書かれていた。
…これ、自動で書き込まれるのか。
「子どもの頃?こんなちいちゃい時、ずっと考えてました!こんなヒーローなりたいっ!」
こんなちいちゃい。可愛い表現だ。
…でもめちゃくちゃ小さい。それだと多分歩けるようになってすぐくらい…。
「あー、やってみてオーケー?」
「え?あ、待ってください。創造に失敗したら大変なことに」
「もう書いてる…すごい速さで書いてる」
「…英語だからでしょうか、文字数がとんでもないんですけど」
「サラ?」
「聞いてないですね。書くのに夢中…え!?え!?」
右のページを埋め尽くし、そのまま左へ跨いだ。
…そんなことって…
「なんて書いてるか読めますか?」
「……えっと……ごめん、ちょっと読めないかも。速度重視してるからかなり雑に書いてる」
「………これ大丈夫なんでしょうか」
「どうかな。………それより真」
「はい?」
「人混みに紛れて私達を見てる人がいる」
「え」
「どこにいるかは言わない。真が見たら多分バレちゃうから…」
「格好はもしかして…全身真っ黒な感じですか」
「うん」
「サラさんを連れてって襲ったのその人ですよ」
「…じゃあ狙いは創造の書?」
「………まだ見てます?」
「ガン見」
「……どうしましょう」
「下手に移動できない。相手の強さ次第だけど、どこかで戦った方がいい…かな」
「暗い場所はダメです。向こうの得意な環境みたいで。それから、創造で…真理子を」
「真理子?」
「お化け屋敷の…真理子…僕に襲いかかってきたんです」
「………ん?」
「なんですか」
「真、真理子のことすごく怖がってたよね」
「はい」
「…あいつ、その人の1番嫌なものを創造出来るんじゃない?」
「………」
「お化け屋敷で私にヒルをくっ付けたのも…じゃないと私がそれを苦手だって分からないし。なんなら私は…」
小説の登場人物。しかもその設定は目の届く部分に存在せず、小説の世界の中で築き上げられたもの。
「うん」
「じゃあお化け屋敷の時の代行があの人…」
「待って。動いた…バレたかな…」
「出来まーしたー!」
「ちょ!サラさん!」
((READ))
本当に、この人は自由だ。
………………………to be continued…→…




