第6話「柊木 栞」
「ところで…その人達は?」
旅館に現れた凪咲。本来ならばダンやオヤブンが先に話を聞きたいところ…しかし、凪咲の問いかけは間違ってもいない。
改めて紹介が必要なゼロ…は、まだミハルのすぐ隣で仲良さそうにしているので察しやすい。しかし、明らかに関係なさそうなのが2人…この場に混ざっていて。
「紹介しよう」
そこにダンがスムーズに反応する。
まずは1人目、金髪に青い瞳…どう見ても日本人ではない男性。この中では最年長となる40代前半の彼は、左手薬指に指輪が光る。しかし、顔や体は年相応というわけでもない。元の人間が週3ペースでジム通いをしていたこともあって、日本人がイメージする"体格に恵まれた外国人"が完成していて。
「アメリカから連れてきた代行だ。若くしてプロの野球選手になったが、肩を怪我してすぐに夢は崩れた。その後代行になるとVIPの護衛として活躍した。妻と子供がいるが、今は別居中。私の護衛を依頼する形で接触し、彼の中にアムグーリを入れた」
「…簡単に言うけど、ダンも結構思いきったことするんだね……え、アムグーリ…」
「お前の顔ぼ覚えでんだ。空がら炎の雨降って、自分も燃える。"ファイアーガール"が」
「見た目と全然喋り方が合ってない……じゃあ、そっちの人は」
「ああ。想像通りだ」
2人目。かなり容姿が優れている女性。ウェーブ気味な長髪に、瞳は緑。体型は嘘のような漫画体型で、"ボンキュッボン"を極端に表現したようなものとなっていて。
「ロシア人だ。創造の力を使いスパイ活動をしていた。そのためか基本的に素性が分からない。偽装された身分証なら山ほど出てきたが…。インドでそこのランヴィを勧誘する際についでに引っ張ってきた。いつまでも抵抗を止めないから急いで中にィァムグゥルを入れた」
「つまりこのィァムグゥルがいないとこの女はすぐにでも暴れだすというわけだね。サラもなかなか暴走機関車なところがあったけど、今回も相当だよ。全く…」
「そっか…。でも、中に入れたって……」
「そんなに難しいことじゃないよ。どうやらアムグーリもこのィァムグゥルも、"復活"した時に創造を加えられていたみたいでね。条件こそあるものの、"着脱"は自由自在というわけなんだ。その気になればサラの中に戻ることも出来るけど」
「本当ですか!どうぞ!!」
両手を広げて歓迎するサラ。しかし、ィァムグゥルは少しの間目を合わせると、見せつけるように自身の大きな胸を手で叩いて揺らした。
「総合戦力を考えると別個体でいる方が良さそうでね」
「…うう、振られました」
「何より評価すべきなのはこれだけのメンバーを揃えたダンとジュリアだよ。呼べばすぐに集まっただろう仲間達もいただろうけど、1度は世界が平和な姿を見せたんだ。代行を引退している者がいてもおかしくなかったし、呼び集めてちゃんとやる気にさせるのも大変なことだよ。このィァムグゥルだって、子供から人生をやり直そうと思っていたのに…母親が料理をしている隙にジュリアに捕まった」
「で。凪咲、どうしてお前は現れた。それこそ、ィァムグゥルが言ったように"引退"した側としてお前をカウントしていたが…」
「……うん。真は平和になったって喜んでて、皆で新生活っていうのが嬉しくて仕方なくて、…なんだけど、ね。あの日…私の前から去っていった"彼"が忘れられない。そう思うと、今いる真が抜け殻の人形みたいに見えちゃって……。本物、なのに。嘘じゃないよ?会ったら分かる。真は真なの。幸せを手に入れた彼はこんな風なんだろうなって、可愛いんだけど……。なんかスッキリしなくて」
胸に手を置く凪咲は、我慢していたのを抑えられなくなったのか自然に涙が溢れてきた。それを見たサラが素早くティッシュを取り駆け寄る。
「分かるで。ワイらと一緒に生きた真とはどこか違うんやろ?頭では分かっていても本能が許されへんねん」
「その真について…私の考えとは違う方向に進んだことについて謝っておきたい。…すまなかった。"あの日"…起きたこと…その先で私は、真を過去に送り飛ばそうと考えていた。最後の最後、賭けだった。きっと…上手くいったなら送り飛ばした直後に強くなった彼が現れるか…過去が大きく変わったことで現実の全てが書き変わるか…もっと違う変化が起きると予想していた。しかし実際には違った。まさか別の真が現れるとは……それに」
「それに、なんや?」
「引き入れたべダスに話を聞いた。真は1度、殺されている…過去に」
「はぁっ!?どういうことやねん!!ちょ、何の話になってん…ワイでも混乱してきた…」
「真は、分裂したということだ。時割れの影響か、私の創造に欠陥があったか…過去に行った後で真は何らかの不具合に襲われた。その結果…分裂した。その分裂した真は…ひたすらに結子を追いかけ回していた。そしてようやく追いついた先で…結子とべダスの前で、死んだと。その時…お前もいたらしい。凪咲…」
「にゃ"っ!?」
「………」
「ナギサ…涙拭きます…」
「とにかく、真には謎が多いことは分かったよ。それに時間を移動するという現象は少なくとも今の人間には実現不可能だからね。不確定要素が多いまま送り出したのなら仕方ないよ。話を聞いたこのィァムグゥルとしては、過去に行った時点でその当時の真と"合計"されると思ったけどね。体験した未来と、経験値を得たなら…全てをより良い結果にすることが出来ると。……で、ジュリア。君のそれは?」
「…はい。今から全員で向かう場所……"北海道"に関する地図です。べダス同様、引き入れたネジュロがィモタルアについて情報提供を……それによると、北海道に行けば手がかりが見つかるだろうと」
「北海道…確かサラが土産の食べ物をよく好んで食べていたね」
「ね、ミハル…なんかヤバくない?」
「そりゃヤバいよ。俺とゼロの関係みたいなもんなんだから。あの凪咲って子と、俺達が助けに行こうとしてる真ってのはさ」
「え。じゃあ超ヤバいんじゃん。助けてあげなきゃ…」
「だよな。そうなんだけど…【子】になった真ってさ……下手すりゃ俺達全員束ねたのより強いってことない?」
「んなわけあるかい!友情パワー舐めとんちゃうぞ。これやから童貞は…」
「はっ……!!久しぶりで反応が遅れた!!」
「猫っち。悪いけどミハルはもう童貞じゃないから。そのイジりもなかなかウケるけどね!」
「ぁ……?…な、なんやと……!!」
「裏切ったみたいで悪いな、オヤブン」
「ま、まま、まままさか!!お前ら!!嘘やろおおおおおお!!こんちきしょおおおおおううう!!」
「なんだ?その反応…あれれ?今まで散々馬鹿にしてきてたくせに?もしかして?もしかしてえ?オヤブンさんん?んんん?まさか、まさかまさか、まさかのまさか?」
「うっさいやめろ!!それ以上はワイの爪が黙ってへんで!!」
「じゃあ言わないでおいてやるか」
「…………」
「……ぷっ」
「言えええええええええ!!ミハルごらぁっ!!そこは言ってもらわんとこっちもツッコミ出来へんやろ!!おおん!?」
「いや、大丈夫です」
「よっしゃ。サラ、ワイに追記せえ。ワイの右手をバリカンにせえ。今すぐあの生意気なアフロを坊主にしてやんねん!!」
部屋が騒がしくなるのをただボーッと眺めていたアムグーリ。ふと、視線を感じて隣を見ればィァムグゥルと目が合う。
「どちらも真には世話になってる。実は何がなんでも助けてやりたいと…このィァムグゥルは思っているんだよ。面白いと思わないかい?友達というのは…。なぜか無理をしたくなるんだよ。君は?」
「腹が減っで。ちょっと台所借りでくる。すぐ戻るから、ダンに言っておいで」
「旅先でも食べるものが必要だろう?多く作っておくといいよ。…あと出来れば…彼女の分もね」
「…あいよ」
………………………………next…→……
((PROMISE))
初めて知った。"無限"にも上下関係が存在するなんて。
それがまさに【母】との力の差だ。僕だって今は無限に創造が出来ている。これまでに読んできた小説や漫画…見てきたテレビアニメや特撮ヒーロー…映画……戦えそうなのは全て使者として創造しまくっている。夢のオールスターと呼ぶには数も種類も多すぎるが…、
「必殺…!!ドッカンバッコンキャノン!!」
「奥義、十文字煉獄連斬!!」
「フルオープンハート、皆の夢を叶えて…!!ドリーミー……ラムネードッ」
「空よ、大地よ、太陽よ、月よ…万の時を祈ったこの手に神なる力を授けよ。滅びから皆を救うため、今ここに召喚する……怒りの雷、その最上!!雷撃魔法!!エクスライトニング!!」
「受けてみろ、我が確殺の17連コンボ!!↑A↑A↑B←→BガAZL←↓→B!!」
「ヒーローの名にかけて、街の皆に手出しはさせない。行くぞ!!」
「あの化け物をぶっ飛ばせば宝の山が待ってる!!行くぜ、野郎共ぉ!!」「「「うぉぉぉぉぉぉぉ!!」」」
「おお、これが神なる試練か!!覚えておけ!我が名はトメイト!!奇妙な衣を纏いし戦士達とは違うぞ!」
「へへっ。勇者ならこういう時、誰よりも活躍しないとな。見ててくれ、父ちゃん。俺…頑張るよ!!」
戦場が騒がしいのは僕のせいだったりする。創造した皆がペラペラ喋りながら戦うから、技名やら意気込みやらで…それに比べてキャロラインが創造させた使者達は皆声が出せない設定になっていて…なのに連携もそっちの方が上手くいっているなんて。
「「勝てばいい。たとえ子供の遊びのような使者ばかりだとしてもな…悪かったね、子供っぽくて」」
中でもチャドとバルディンという2人の戦士の活躍が眩しい。単騎で敵の群れに突っ込んでいって、当たり前のように多数を撃破して戻ってくる。触手に殴り飛ばされたりしても即死することもない。
しかも、しかもだ。先に創造した女神の力で、負傷等により戦闘不可になった使者を例外的に立ち直らせることが出来る。回復とは違い、戦わせられるというだけだが…この継続戦闘力は馬鹿にできない。
対する母の魔物達は……非常にシンプルだ。目の前の相手を攻撃し、可能であれば喰らう。捕食に成功すると体力が回復してしまうので疲れることがない。
見た目も様々だ。目が多い、指が多い、爪が伸びすぎて途中から枝分かれしている、髪の毛かと思ったら突然変異して腕、足と思ったら腕、透明化する、そしてほとんどが黒に近い紺色の体。
能力もこだわりがあるらしく…体内に毒持ち、皮膚表面に毒持ち、唾液が空気中で毒になる…などなど、やたらと毒殺に特化したものが多い。
もしかしたら、勝てばそれでいいと考えているのは向こうも同じ……?
「隊長、命令を!海軍の誇りのため…この最後の任務、必ずやり遂げてみせます!!!」
「「おい、面倒なのを創るな。………ええと、皆と一緒に戦ってきて!!」」
「ラジャー!!!」
これは仕方ない。戦争映画の主人公もそのまま創造してしまったから。彼は最後まで軍人らしく戦って片足を失って家族の元に帰還する。ある意味…縁起がいいキャラでもあるのだ。
「「待て……なんだ、この生温い風は…」」
…え?確かに…でも、色んなとこで爆発してるんだよ?飛べるキャラは空中で…泳げれば水中で……今は船とか潜水艦も、飛行機とかヘリコプターまであるし…どこかの爆風がちょっとだけここまで届いたんじゃ
「「臭い……、え、くさ……い」」
あ
「………………………………………………………」
周りに、他に誰もいない。敵も味方も。
僕達と、……と、
「「…母っ、」」
「スゥ………ゥォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!!」
頭が、割れた。
ィモタルアのような容姿の真っ白い存在…その上から、包帯を巻いた半分ミイラのような格好の…存在……突然僕達の前に現れたかと思えば、軽く息を吸って……僕達と顔を突き合わせて……叫んだ。そう、叫んだのだ。たったそれだけのことなのに、世界が滅んだかと思った。
僕達がヤケクソで使者を大量に創造したことを怒っているようにも思えた。いい加減にしろ、と。
顔の半分近くを隠す包帯の隙間から見えた…牙のような歯がやたら怖く思えた。色んな生物の歯の原型がこれなのだろう。というか全ての生物はこの母の体をベースに…して、い、
「う"あ"ァ、…」
「キャ、ロラ……イン」
合体が解除される。僕達は2人とも同じように膝から崩れて両手を地面について……同じように頭から出血していた。しかも出血量が多すぎる。血が遠慮なく体内から出ていってしまう…止めないと、こんなの…もうあと何秒だって…生きてられな……
「かぁ…さん…お、…お母さん……まだ…私…死ねない……そうでしょう……?」
「…キャロライ……ン……」
「うるさい!!私は、私は……お母さっ!?」
「や、やめろ……やめろ……!!」
細くて長い白い指…それが彼女の首に触れて、瞬間に巻き付く。首を1周するほどまでに伸びた指は手首に溶けてくっついてしまって…。
首を絞められたキャロラインは、別の"母"を驚きの目で見る………
「……っ、……ぃ…ぃ…しぃねえぇぇっ!!!」
「キャ、」
僕のやめろという声は、こんな時に限って彼女には届かなかった。背中から黒水の触手を伸ばしたキャロラインは、触手を束ねて先を尖らせ……母の顔面を刺し貫こうとして……逆に首を落とされてしまった。
ポロっと…簡単に……力なく転がる首が……僕の右手にぶつかり、止まる……光を失った彼女と…目が合う。………………………………………………………………………………い、…………や、だ…。
「…な……なんで……!!なんで!!!なんで"こっち"を選んだんだ!!!やっぱり、やっぱり最初から僕1人が犠牲になる方法を優先していれば!!こんなことにならなかっだァ"」
頭を殴られたのかと思った。
でもそんなことはなくて。
僕の頭が限界だったのだ。
出し切ってしまった。
後悔してる。とても。選択の全てに。
恨んでもいる。白の間に皆を連れてきたィモタルアを。
というか、こんな時にィモタルアはどこにいる?
ちょっと陸地を創ってくれただけで、なんだ、母が怖くて隠れているのか?
ああ、……あぁ……死んでしまう……僕が、死んでしまう…………【子】なのに。……【母】に殺されてしまう。…………ここまで、強くなったのに、…死んじゃう…………
「…なぎざ…ァ…"」
あの時の言葉。大切な記憶。温もり。これが小説や漫画なら、僕は最後の最後に立ち上がるのだろう。大切な人を想って、その力で…。
でも、無い。神と呼べるだけの力を有していても、無理。
最後の悪あがきはこの脳内での思考の呟きのみ。
「真から…っ、私の弟から離れなさい!!!」
あぁ、しまった…。また大きな悲しみが……後悔が……増える…。
「ヅ、ギッ…!!?」
……ぇ?………今…よろけた?……母が?
涙で視界がぐしゃぐしゃ。何度か瞬きをして…見てみれば…本当だった。
母が、両腕をクロスさせて顔を守っている。でも…その顔からは煙が……
「それから。柊木家の代行を舐めないでください……良くも悪くも、優秀なんですよ……?」
なんだ…だめだ…期待するな……小さな一撃ではないか。すぐに返り討ち。栞は僕のように体が強くないのだから、キャロラインよりも酷い死に方をしてもおかしくない…。だから、
「真、実は隠していたことがあるんです。…私、あなたが代行になるずっと前に秀さんと会っていました。だから知っていたんです。………あなたが持つに相応しいとされた刀の存在を」
((READ))
「我、柊木の代行なり。……咲け…裏・白桜…っ」
ガラスに強い衝撃が加わって割れたような、そんな音がした。
「"散ったと思うにはまだ早い"。勝手に終わらせない……私の記憶が…想いが…この戦いを引き継いで、あなたを斬る」
ヒュン……人間が出せる速度が空気に悲鳴を強要する。直後、世界に傷を創るほどの威力が…母の両手を斬り飛ばして。
「ひとつ、涙と血に湧いて」
また、傷が…斬られた母の背後に世界の裂け目が増える。今度は肘から肩までが裂けて……
「ふたつ、尊い運命を」
太ももが斬られ、姿勢が崩れる。母は…逃げられない。
「みっつ、よっつ、切り伏せよ」
腹に一閃。ついに膝から崩れた母の…左肩に刃先を静かに置いて…そのまま首横へと滑らせて。
「ななつ、散る散る花びら」
「ッッ!!!」
「やっつ、仇の血」
「ッキ、カ、」
首に刃が…母は首を傾けて必死に耐えている…でも…もう、くい込んでる…。
「ここのつ、巡りて何度も」
母の背後に裂け目が増えていく、増えていく、どんどん…増えていく。
「とお、何度でも」
ま、まさか…落ちる……母の、首が……
………………………to be continued…→…




