表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕達に与えられた使命。…と、新たな日常。  作者: イイコワルイコ
僕達の新たな日常
437/443

第4話「動き始めた絶望」







「生姜焼き定食と親子丼ねー」



「あいよ……」



都内。食事処、りんご亭。

まだ開店して間もないこの店は初日からジワジワと客を増やしていく。特徴としてはメニューの多さと通常のそれとは違う味付けのアレンジ。そして何を頼んでも必ず食後のデザートにりんごが出てくる。

今日も昼前に店を開けてからあっという間に席の7割が埋まり、程よい繁盛感。


店内は昔ながらの定食屋のようで、しかし待ち時間のお供になるような漫画や雑誌は置いておらず…テレビもない。唯一、ラジオらしき機械は置いてあるものの…ずっと同じ曲がリピートされるばかり。


しかし客の誰もそれに文句を言わない。



「すいませーん、焼きそばお願いします」



「はーい、焼きそばねー」



店内を動き回るのは店主の妻。アラフォーな彼女は見た目より若く見られることが多い。それは常に程よく元気な姿を見せているからで……開店から閉店まで休むことなく働くその姿は、客にとって元気の源でもあった。



「…あいよ」



一方、厨房から1歩も出ることなく調理をし続けるのは同世代の夫。サラリーマンだった彼が仕事を辞めて突然飲食店をやりたいと決めて、実際に開くまでの早さは異常だった。

食材等の仕入れに、食器類の用意、店を出す場所探し…何もかも、最初から決められていたかのようにスムーズに決まり……妻も最初は疑っていた…が、それだけ本気なのだと納得することにした。

そしていざ店を開くと、これが案外上手くいく。気になる事といえば……以前より夫が大人しくなったくらいで。しかしそれもこの店のためにあれこれ頑張っているから…と思っていたら。



「…螺旋は途切れず〜♪」



調理中、時々口ずさむ。それはこの店で永遠にリピート再生される曲。

いっそフルで歌ってくれればいいのに、特に曲にノリノリになるわけでもなく…不定期に、少しだけ。

妻はこの曲が何なのかも知らないし、客に流行りのものか聞いてみても…誰も知らない。夫だけが知っているかのような……不思議な曲。



「真っ赤な顔の〜その下は〜♪」



しかしどれだけ声を聴き比べても一致しない。別の誰かが歌っているのは間違いない。では、どこの誰が出したものなのか。



「あ、いらっしゃいま」


「よく来たな」


「え?あなた…?」



その時、小太りな男性客が入店する。いつものように対応しようとする妻だったが、今回に限り夫が客に声をかけ自分の近くの席に案内した。初めてのことだったので、これにはさすがに反応……



「そこ、座りな」



しかし夫は何の説明もしない。知り合いか、昔の友人か何かか。客の方を見ても、これといってヒントは得られない。容姿から雑に年齢を読み取ってみても、夫の方がやや歳上に見えるくらいで。



「…探しだんだよ?あれがら島に元気ぃ無くなって、皆心配しだんだから。どこ行っだがなーってあちこち行ってさ。やっと見つがって」



聞いた事のない訛り方。島とは?喋りだした客からの情報量に、妻は仕事の手が止まりかける。



「島にはもう帰らない」


「そう言うど思っだよ。…これ、お土産。懐かしいでしょ?」



客が取り出したのは見たことのない果実。



「……」


「…島の守り神はあんた以外にはいない。この曲だって、"あの日"に島中で聞こえてたやつだもん。あんたは島のこと、忘れらんないんだよ。帰っておいで。前は皆怖がってた。ビクビクしてた。でも、それは皆あんたのこと本当に」


「…」



妻は目撃した。これ以上余計なことは喋るなと、夫が人差し指を立てて口止めする瞬間を。


思わず間に踏み込んで何から何まで全部聞き出したくなって…。



「あ、あの。お客さん?」



「はい?」



「もしかして、この曲が何か知ってる?」



「…」



どうにか耐えて、自然な話をする。それに対し…客は一旦夫の方を見て許可をもらうような素振りを見せてから



「リンゴ精神論っていうの。地元にバンドが来てね、そりゃもう"お祭り騒ぎ"だっだんだけど」



「へ、へぇ…?」



「皆アムグ…旦那さんに会いたがってんの。今度の休みにでも、地元の島に帰るように奥さんからも説得しでよ」



「え。あなた、地元って確か新潟の方って」


「……」


「あな…た?」



ふと、妻は夫の方を見た。その時…夫は……客から受け取った果実の中から、小さな小さな…赤ちゃんのような何かを取り出して…その頭の部分を右の親指と中指で丁寧に摘んで



「んあー…」



「た、食べちゃダメ!!!」



口に含んで、咀嚼した。大きな声を出したことで客が注目するが、何も見ていないので今のところは妻がちょっと変という印象になってしまって。

それでも、夫の口の中からは明らかに聞こえてはいけない音が聞こえる。ゴリゴリと…骨を砕くような…。



「…あなた……だれ…?」



そして、ようやく。妻は大事なことを聞いた。



「……っ」



夫は口の端から溢れそうになる汁を服の袖で雑に拭き取ると、妻に笑顔を見せた。歯を剥き出しにしたそれは、とても異常で恐ろしく見えて。



「やっぱあんたはこうでなくちゃ。帰りの車も船も用意してあるから、島に帰ろう……アムグーリ」




翌日以降、りんご亭が営業することはなかった。









………………………………next…→……










「ぐぶぅっ……くそ…やってくれたな……っ!!」



「べダス!!!!」




防げなかった。彼を目指して伸びた触手は、マトリョーシカのように先端が割れて中から細くなった触手が出てきて…処理しきれなかった。

104回もそれを繰り返し、最後には裁縫で使う縫い針のように細くなって…べダスに届いてしまった。

創造の氷を容易に貫く触手針は、楽々彼の体に突き刺さり…下から上、上から下、左から右……ありとあらゆる方向から貫通して、あっという間にめちゃくちゃにしてしまう。

べダスの体が出血する頃には、もう……意識がなくて……



「べダス!!」



倒れた彼の隣に駆け寄るも、遅すぎた感が…



((PROMISE))



当然、蘇生は試みる。しかし…これをやったのは他でもない"母"なのだ。僕達の創造は母の真似事でしかない。だから、当然のように……効かないように対策されていて。



「死なないで!!……まだ、まだだよ!!」


「悲しんでいる場合か。まだ触手は2本しか落としていないのに」


「くっ…!!」


「それに、さっさと勝たなければ次は他の誰かが殺られる」


「キャロライン!!」


「ああ。何度でも重なってやる」



黒猫や侍とやったように、僕とキャロラインはひとつになる。僕の創造の力のおかげで生み出される黒水の量も爆増するし、ゼグエグも大量補充できる。

特に有効なのが万を超えるゼグエグ達による自爆特攻。その身を触手に打ちつける前に創造で手を加えてやれば、無数の爆発を引き起こしながら大きなダメージを与えることが出来る。



「「3本目も、もらうぞ……!」」



ただ、大胆な攻撃をすると合体が強制解除されてしまう。初回の解除時には、キャロラインは"性別の違い"を理由にしていたが…。それだけではない気がする。


僕に黒の感情が足りないのだ。


キャロラインを受け入れ、彼女にも同じだけ受け入れてもらうには、同じだけの黒の感情が要る。僕達の繋がりはそこにあるのだから。



「「ならばべダスを見ろ。守りきれなくてどうなった?あんな穴だらけになるまで攻撃をする必要があったのか?心臓か脳を突いてやれば済んだ話なのに。わざわざ……もういい…もういい!!」」



黒水が僕達の体を覆い隠して、更なる進化の時を待つ。その間、僕達の触手が全力で仲間達のフォローをする。



「かっは、」



それでも。



「「トゥカミ……!!」」



こぼれ落ちる。

べダスの時と同じ手口で背中を貫かれたトゥカミは、串刺しにされたまま天高くまで持ち上げられてしまう。その体を取り返したくて…でもキャロラインがそれを許さない。わざわざ拾いに行けば、被害は広がるぞと…脅すように僕を止める。


……涙が、出た。



「真!!触手を飛び越えて直接本体を狙うしかありません!!私達のことは気にせず前へ!!」


「んぽぽ!!…シオッティのことは死んでも守る。飛べ!!」



これまでに4回。同じ作戦を試して、全て失敗している。母の前に創造で見えない壁が創られているらしく、瞬間移動で接近しようとすると途中で弾かれ…触手の前に飛ばされてしまうのだ。そこから比較的安全な場所まで逃げるのにどれだけ苦労したことか…。


だから、栞は言ったのだ。飛び越えろと。


馬鹿正直に正面から触手の間を抜けて、行くしかないと。



「「…そうだな。では"流星群"で行くか」」



今度こそ成功させなければ。


もう、誰も失いたくない。










………………………………next…→……








「私が、何?」



テレビ局前。出待ちをしていたファン…を装っていたサラとオヤブンに捕まり話を聞かれる貝殻ユリカは、困った顔をして黒猫…オヤブンと話をしていた。

猫が人間の言葉を話すというのが既に驚きなのに、猫の方が飼い主よりまともに話ができるのだから…これ以上のことはない。



「せやから、過去に柊木 真に会ってるやろ?結構前や。接点も何も無いのにいきなり会いに来たことがあったはずやで」


「珍しいですね。どうして貝殻…?」


「今それはええねん」



「……」



「ほら、こいつや」


「はい。これです」



そして見せられたタブレットの画面を見たユリカは



「あ」



「ビンゴやん?」



確かな反応を見せた。



「でもどうして…」



「ワイらの"社長"が必死になって探しとんねん。思い出すんや。"おかしい方の記憶"を」



「おかしい…うん、覚えてる。何を話したのかもちゃんと覚えてる」



「よっしゃ!!」


「やりました…!」



「でもそれってかなり前のことで…後でもう1回彼に会った時は同じ人だって気づけなかった」



「ええからええから。その時のこと教えてくれ」




全てが終わった日から、もう4ヶ月が過ぎようとしていた。日本中の防犯カメラの映像をジュリアが調べてようやく見つかった"足跡"は、確かに彼のもので。




「ほんほん…それで」



「演技をして、ストーカーを私のファンにした。それだけ」



「場所はその…確かなんやな」



「うん。あれは風俗店の臭いだった。映画の撮影で場所を借りた時のと同じだったから間違いない。ただ詳しい場所とかはさすがに……」



「十分やで。ちなみに、その場に他に誰がおったとか覚えてへんか?」



「あー…女の人、かな」



「女……!?」



「仲良さそうだった」



「まさかあいつ…凪咲の嬢ちゃん以外にも彼女作っとったんか…!?」



「それは分かんないけど。……ねえ、多分1番大事なこと思い出した」



「聞かしてくれ!彼女の名前か!!」



「いや、違うけど…。その時の彼…不思議な目をしてた。目の奥に花が咲いてるっていうか…珍しいカラコンかと思ったんだけど、それと同じのを北海道で見たから……」



「目に花が…ほんほん。これはデカいやろな。そうそう居ないやろ、そんな奴。早速報告のメールやな」



「ごめん。もう次の仕事行かないと」



「おう。助かったで。もう行ってええ。また何かあれば頼むで」


「さようならー…ぁ、なんか向こうから美味しそうな匂いが」


「アホか!ほら、タクシー捕まえるんやで。もう代行が悪目立ちする時代は終わらせなアカンねんから」


「はーい」



約1ヶ月半。それだけの時間をのんびり楽しく過ごしてから、サラ達はダンの手伝いを始めた。彼の手足になったつもりであちこちへ調べに行っては、その結果を報告する。単純だが、謎解きのような…人探しをする刑事のような感じを、サラは気に入っていて。



「大丈夫やんな…真。ワイらが行くからな…!」


「……?真なら家で元気にしてますよ?」


「まだ話すのは早すぎるな。…って、はよタクシー捕まえんかい!!手あげるんや!そんでヘイタクシー言うて」


「……こうですか?……それで、すいはんきー!」


「サラ、お前……1日ずつバカになってへんか?今度病院行こな?」








………………………………next…→……








「今日までお世話になりました」




誰かに向けたものではない。目の前に広がる、東京という景色そのものに頭を下げる。

それが済むと振り返り、迎えに来た黒のリムジンに乗り込む。



「この車で目的地まで?山奥と聞いていましたが」



「はい…ご主人様の送迎もこちらですので」



広い車内。運転に集中する運転手との言葉のやり取りはそれだけで、すぐに自由時間ができてしまった。

それを特に不満に思うこともなく、唯一の持ち物とも言っていい…とある子供からの手紙を広げる。



「みかん先生……ふふ」



自分は価値ある人生を送れているだろうか。そんなことを考えて悩んでしまっても、これさえあれば全て解決する。最初の"ファンレター"。


これから向かう場所への私物の持ち込みはほとんど禁止されている。どんな物でも"足跡"になってしまうからだ。それを手掛かりにされて場所を特定されると、問題になる。だから、彼女が持ち込むのはそのファンレターのみ。



「代行の学校の先生…ですか。少しずつ先生を集めているそうですし、新人が1人で居心地が悪いなんてことも心配いらないようですね」



そして次に取り出すのは招待状。いつの間にか持っていたそれの差出人は"ダン"と名乗る人物。わざわざ今の生活を捨ててまでこの誘いに乗るなんて、おかしな話だが



「なぜか……行くべきだと思える」



詳しくは書かれていないが、招待状には頼れる代行を集める必要があるとあった。そこから察するに、学校を守るための戦力が必要なのだ。戦闘能力という面で見ると、彼女はあまり当てはまらないように思えるのだが




「……、……おや?」



みかん先生は窓を開けて外を…空を見た。何も問題ない…綺麗な青空。遠くには雲が溜まっていて、それから



「なんですか……」



その雲の中に、動くものが見えて。



「……た……こ?」



すぐに目を閉じる。きっと、疲れているのだ。変な見間違いをした。もしかしたら体がそれを求めているのかもしれない…と。そこまで考えて。


それから、向こうに着いたら子供達と"たこ焼き"パーティーでもしよう。なんて思いついて、改めて空を見る。



「……ちょっと……車を!!停車してください!!!大変です!!!」



大騒ぎして運転手に無理を言い、停車と同時に車から飛び出す。そして改めて遠くの空の異変を確認すると



「何か連絡できるものは持っていませんか。……嫌な胸騒ぎが…」



確かに見える。ゆらゆら揺れる……タコ足のような見た目の…しかし、巨大すぎるそれが。たったの1本でも街を滅ぼす兵器のように思えるのに、



「4、いいえ…5本も。さすがに気のせいでは片付けられない…」



やっと終わったと落ち着いたはずの危機感。世界の終わりを感じて焦りが心臓の動きを乱す。


少しずつ変化が見えた前回と違って、今回のは突然。完全に油断しきっていた。


空から、死が降ってくる……かもしれない。


そんな絶望を、みかん先生はダンへと伝えた。












………………………to be continued…→…


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ