第3話「動き出した日常」
「代行だけが暮らす国を作る…!?」
病院のベッド。耳を疑うような提案に驚いて跳ね起きる。その反動で小ぶりなアフロがもさもさと揺れるのを、
「そ。マジヤバいっしょ?つーかミハルの頭もヤバ!」
見舞いに来た今どき珍しいガングロギャルが指をさして笑う。
「いやいや、待ってくれよ。そうは言っても、"新人類"はもう真達がボッコボコに……」
「違う違う。ウチだってもう新人類名乗ってないし。これからはなんつーの?隠れて暮らすっていうか。分かる?」
「……なんとなく。代行らしく生きるために、あれだ…人間があんまり居ないとこに行くってことだ…しょ?」
「だしょってなんだし。ウケる!でもそう。なんか、ダン?って金持ちの代行が良いとこ知ってるらしいよ」
「ダンか…まあ、そうだろうな。アイツなら山の1つや2つ持っててもおかしくない」
「ウソ!?そんなに金持ちなの!?」
「ゼロ…病室でこんなに騒げるのも、この病院がダンの物で、しかも俺が特別扱いされてるからなんだぜ?」
「うわ、ヤッバ。…え?じゃあミハルってセレブのダチ?」
「ダチ…なんてもんじゃないよね。うん、マジでガチな戦友みたいな?お互い命の恩人的な?」
「激アツ鬼ヤバじゃん…!!」
「だよなー!!…ってて」
「大丈夫!?」
「おう…」
広い病室に、利用者はミハルのみ。少し寂しいが…困ったことがあれば最優先で医者と看護師が駆けつけてくれるだけでなく、毎日のようにゼロが見舞いに来てくれる。と言っても、彼女にとっては見舞いと遊びに行くは同じ意味のようだが。
実は体の怪我は入院前にダンが治してくれていた。なので入院する必要は少しもなかった。それでもミハルが入院を強く希望したのは、時々原因不明の痛みが脳を駆け抜けていくからだ。
それについて、ダンは仮とはいえ答えを出していた。
「現実がねじ曲がったことによる脳内認識の問題…」
「ね、それよく言ってるけどそろそろウチにも教えてよ」
「えっ!?む、無理無理無理無理無理無理!!!言えるわけないだろ!!」
言えるはずもない。とっくに死んだはずのゼロが今当然のように生きているのはどこぞの神様がやってくれたからだ…などと。
ミハルが目覚めた時、既に世界は守られた後だった。全てが解決して、尊い犠牲や理不尽な死…その他諸々が全て"ハッピーエンド"にねじ曲げられていたのだ。
絶望、絶望、ひたすらに絶望…そんな世界の最終局面は……嘘だったみたいに。
都合のいい世界、と呼ぶのは違うだろうが…この状況はそれに近い。
そうしてくれた神様…それが何者なのか、ダンや真達は知っているようだが…ミハルはまだ聞かされていない。おそらく、今後も話してはくれないだろう…と考えていると
「ミーハールー!!?聞いてる!?ウチめっちゃ話しかけてんだけど!」
「ぅえっ!?あ、ごめんって」
「来週には退院していいんしょ?そしたら一緒に見に行こ。ダンが言ってる"代行だけの国"の場所」
「うん……分かった」
「じゃあウチ、そろそろべダスのとこ行ってくんね?なんか毎日ハッピーでビールぐびからのソーセージぱくでデブってきててさー?いい加減マジヤバい」
「おう…」
「ちゃんと休んで薬飲めし。じゃ、ばいび!」
「あっ、待って!ゼロ!」
「んー?」
目覚めて何日だろうか。右手の親指から順に折り曲げて数えてみると、ちょうど2週間…。取り返しのつかないはずのものが取り返してあって、今も目の前にいる。その存在を、命を、確かめるように……ミハルは呼び止めたゼロの手を掴んで引き寄せた。
「え、ちょ、なに……どした?」
「ゼロ。俺…ゼロのこと……すっげえ好きだ。マジだ。ヤバいくらい好きだ」
「別に知ってるし…」
「いや、全然知らない。俺、ゼロが居ない世界なんて考えらんないよ。本気で生きていけない。自分のことも大切にできなくなる」
「…それはよくないっしょ……ミ、ハル…なんか目がマジ…だよ…?……ウチ、ちょっと…熱くなってきた……」
「"今度は"絶対離さない」
「……?」
「一緒に居てくれ。俺と」
「……ぇ、……ぇ?…」
「恋人すっ飛ばして夫婦になろう」
「……え"っ!?」
突っ走ったミハルの告白を受けたゼロが、病院中に聞こえるような大声を出して驚いた。
………………………………next…→……
「んっぽん!!」
「ネジュロ様…そんなに食べて平気ですか」
「だんじょび」
ダンに招待され、日本に来ていたネジュロ。所有していた"団体"のことを忘れてでもやって来たのは、"個人的な目的"のため……ではあったのだが。
宿泊する旅館の料理を想像以上に気に入り、今は食欲の奴隷となっていた。
付き添いで数人、団体の人間達を連れてきたが自分の使者以外は全員酒の飲みすぎでダウンしていて。
「あのダンとかいうボーイはィモタルアのことを知ってる。協力するのは話を聞くことも条件に入ってる。だけどもだけど、も、……ちょっとこれやって」
使者にカニの身を取ってもらうように頼む。その間にえびの天ぷらを調子よくひと口でしっぽの直前まで口に含んだ。
「もふぉも……ん"!!……ダンが戻ってくるまでは招待客としてのんびり…んひょひょ。これからは新しい時代が始まる。…………」
食事を楽しみながら、ネジュロは思い出していた。不自然な出会いを。
412……彼のことは、なぜか…どういうわけか。
「それよりも前に会ってる。……思い出せない…でも、何か忘れているような気分だ」
「どうぞ、ネジュロ様」
「あーんしてあーん」
「……」
「んっちゅるぽん!」
「…最近よく聞きますね。何を忘れたのかも忘れた、と毎回結論を出していますが」
「…思い出すことを許されていない記憶が…うんま…いくつもある。思い出そうとすると412の顔を思い出すから、きっと彼が関係している」
「そうですか」
「ちゅぶちゅぶ……」
「ネジュロ様。それはマグロの刺し身です。しゃぶって吸うのではなくそのまま口に含んで味わうもので」
「……まじ?」
「その召し上がり方だと醤油の過剰摂取になります」
「…しょっぱいよ?」
「はい、なので……」
ダンが戻ってくるまでは、ただの観光客。
完全無料とはいえ何泊する事になるのかは不明…それでもネジュロはのんびり待つことにした。なぜなら、以前ほど世界に争いが無かったから。目的を急ぐ必要がなくなったのだ。
もちろん、いずれは、その者にたどり着くつもりだが。
………………………………next…→……
「……」
「ユリカちゃん、どーぅしたの?ん?」
「いえ…」
「今何隠したの?あ、ラブレター?」
テレビ局。楽屋にズカズカと入ってきた番組プロデューサーのだるい絡みを適当に流しながら、女優…貝殻ユリカは考えていた。
いつの間にか置かれていた"招待状"…それの返事を。
「ボクちんさぁーあ?めためた美味しいお店知ってるんだよね。個室だからプライベートでも安心。で、ユリカちゃん今日この後何も入ってないって聞いたから」
「……」
華やかな芸能界を離れ、山奥にある学校で先生になる気はあるか。
簡単にまとめればそういう誘いだった。ユリカにとって女優の仕事は大事で、簡単に捨てられるようなものではない。毎日毎日演技と向き合う中で、彼女は演じる役達の無数の人生を生きているような気がして…上限なく充実していた。
それを、捨てろと。
即答で断ってもよかった。
「だから、いいよねー?お酒飲んでさ、美味しいご飯食べてさ、2人でこれからの芸能界を熱く語って、そんで来年のドラマの顔が誰なのかっていうのをさ…ね?…その、ホテル的なとこで熱く熱く語り合って」
「それは大丈夫です。あなたのせいでこの局で干されても需要あるから他で頑張ります」
「ほへ?」
それが、出来ない。そんな人生もいいなと…心のどこかで思ったからだ。
これから先、何十年も…年老いて大御所と呼ばれるようになっても…それでもまだ台本を読み込んでカメラの前で、大衆の前で演技をして…。悪くはない。むしろ望むところだ。
ただ。
「学校の先生か…しかも、代行だけの……国で」
「ユ、ユリカ……たそ?」
「いい加減出てってください。収録前にバックれられたいですか?」
「いえっ!?すんませんしたぁぁっ!!」
「…………」
バッグの中を見れば、抱えている仕事の台本が何冊も入っている。新たに声優の仕事が入ってきたこともあって、これから先…しばらくはまともに休むこともできない。
「……これ全部。本気でやる。世間に完全に認めさせて、それから…次の人生を生きる」
答えが出た…その時。スマートフォンが振動し、着信を知らせる。
「……はい。もしもし。…いいよ、その仕事も受けて。はい…はい」
女優を極めるその日まで、貝殻ユリカは演じ続ける。
………………………………next…→……
「……で、どうしてこうなるんですか」
「許したってくれ…サラはな、圧倒的に料理音痴やったんや。ワイでも知らんかった。知りたくなかったわ。ウッキウキでひとり暮らし始める言うて初日に家の鍵どっかにやって中入られへんようなって、掃除機やったらズボズボ変なもん吸うて、毛布ダメにしたりワイのこの可愛いしっぽまで吸い込みそうになってな?ほんでほんで、洗濯やん。雑に放り込んでどばどば洗剤入れるやろ?そんでスイッチ押してしばらくしたら洗濯機がピーピー鳴くねん。何事かと見に行ったらな、中の服全部まっピンク。おかしいやろ?それでもう疲れたから飯にしよう言うて。魚屋で安くしてもらったブリを焼くことになって。そしたらこいつ、ジャパニーズワビサビとか言いながら身にわさび塗りこんでな…」
「聞いてると料理音痴どころか全部ダメダメに聞こえる…なんで」
「とにかくや。せめて飯だけはまともなもん食いたいってワイが頼みこんで、」
「旅館に?……もしかして旅館生活再開ですか?別にこっちは問題ないと思っ」
「ユキちゃん!ちょっとこっちお願い!!」
「はーい!…」
「いや、さすがに飯だけ頼む」
「分かってますか?サラさんの生活費の中で、食費がダントツで高いの」
「そこはまあ…ワイの顔で許してくれ。ごろにゃぁん?」
「はぁ」
「あ、行く前にご飯のおかわりお願いします」
「…はぁ」
ユキを含む旅館で働く使者達は、"その日"にどんな事があったのかを詳しくは知らない。ただ、サラの死んだ方がマシな日々が以前までの楽しい日々に巻き戻ったらしいことはなんとなく…知っていた。
そして、ダンの全面サポート付きでひとり暮らしを始めたサラ。(借りた部屋は旅館から歩いて2分)(結局3食と風呂は旅館で)(家事はモノがちょくちょく手伝いに行ってる)
誰がどう見ても生活は成立しておらず、以前のように大人しく旅館で世話になっている方が関係者全員楽である。それでも。
失われたはずの笑顔が戻り、食欲も戻った。
たまに観光に出かけて、土産話をするようにもなった。
「…なあサラ。聞いてるか?」
「ふぁひ!ふぁふへふふわぁ?」
「お前口の中白米でいっぱいなっとるやんけ!!それで喋るな!噛め!噛め!よく噛んでから飲み込め!!……ええか、今ワイらは準備期間中なんやで。ダンが戻ってきたら、下手したら前より忙しくなるんや。のんびり飯食う時間もなくなるかもしれへん」
「…っう"ん"」
「お前の喉どないなっとんねん…1回のごっくんで全部いったやろ……」
「それはもう大丈夫です。わたし、"プリンセス"にもなれるみたいですから」
「その言い方自信に釣り合ってへんで?実際、お前の記憶にあるらしい使者も存在せえへんしな。…確かに、創造の書は別物みたいに変わっとるけども」
「どんなに強い相手が来ても、いつでも隣にオヤブンがいます。だから怖くなひへふひ、はふはふ…へふぁ」
「なんで食うねん!中断せえよ!まったく…いつまでもしゃあない子やな…」
天才を自称するだけあって、オヤブンは大体の事情を知っている。
その事をサラに話すつもりはないが…必要な時が来たら迷わず明かすと決めている。
ダンが…何をしようとしているのか……も。
「こら、30回は噛め言うたやろ。ちゃんともぐもぐせえ」
「……んひ、ふー、むー」
「んぉぉう。ツッコもうと思ったけどこれは見逃すわ。そうや。急いで食べる必要ないんやから、ゆっくり数えたらええねん」
サラが食事を続ける間、暇なオヤブンは前足を上手く使ってタブレットを操作する。ダンに支給されたそれには、常にジュリアから最新の情報が送られてきていて。
「ほーん…もう結構動いてんねんな…」
新たな勢力…"神菌道"…と名乗る集団の情報。
日本から北東の位置にある海域にて、謎の生物を目撃したという情報。
中国にて、2歳の男の子がある日から突然ありとあらゆる言語を話すようになり…名を"____ゥル"と名乗ったらしい……という情報。
他にも同時進行で調査が進む中、オヤブンは1つの情報に目を細めた。
「……真の家の近くの公園に、代行を持たない侍の使者がおる…?……ホンマかぁ?」
「ぐぉ"ん"!!……おかわりください!」
「え、今の音なに…?ドン引きやで?」
………………………………next…→……
……僕達の最後を知る者はいない。
こんな時になって、そんなことを考えた。
柊木家の代行達が記憶を様々な場所に残したのは、後の代行のためでもあり…何かあった時に……自分のことを知っていてほしかったからなのかも…と今なら思える。
「マコッティ!!!」
「任せて」
((PROMISE))
僕達の場合、ここで最後になるなら…それを残す誰かもいなくなるわけだから……あまり意味のないことなのかもしれないけど。
母のそれぞれの触手が、創造を行う。異海でなら何をしてもいいらしく、空から隕石が降ってきて…強風が津波を誘って…懐かしい声達が僕達を縛ろうとする。一瞬ですら惑わされてはいけない。判断ミスも許されない。
人間だった時に生活の中で何も考えず浪費していたような無駄な時間は1秒だって過ごせやしない。
「べダス!後ろ!!」
「私がフォローしますっ」
「この波…来るぞ。真…私と重なれ」
「っ、魂をひとつに…!!!」
「「さあ、打ち砕いてやる…かかってこい」」
ずっと左耳に囁いてくる。忘れないと決めた…愛しい人のいくつもの言葉。誘われて引っ張られそうになる度、黒いお姫様が僕の心をキツく縛って正気でいさせてくれる。
((PROMISE))
津波を無効化するため、思うままに海を割る。ついでに触手の根が見えれば、攻撃するつもりで。
「ェレレレエエエエエ!!!アンミャァァァアアダ!!」
しかし、触手の根が見えるどころか…異海の断面から未知の生物が次々に飛び出してくる。ただ、全く見たことがない…というわけでもなくて。
僕の…僕達の記憶から抜き出した情報を元に、"再構築された使者達"なのだとなんとなく分かった。
特に分かりやすかったのは、大蛇の体を持った影の女。混ぜるな危険を躊躇うことなくやってしまった禁断配合もいいとこだ。
……そんなフリーカ・ロマンスも、こけ彦の突進に体を貫通され直後に発火する。どんなに強い者でも簡単に死ねるのがこの世界の"決め事"なのだ。
未知の生物達をトゥカミと百獣達が上から殺し尽くしていく…そのすぐ隣では、ネジュロが触手を大木をねじ曲げて伸ばしながら縛ろうとしていて…べダスは隕石を止めるために巨大な氷の盾を創っていて
「「次だ。触手を焼き払うぞ」」
守れるだろうか。最後まで……。
せめて…時間を稼ぎたい。
十分に人間達が生き抜いて、次の生き物が時代を作るその時まで。
自分勝手でもなんでも、僕はそうしたい。
………………………………next…→……
日本に向かっている飛行機の中。
パソコンを操作する手を止めたダンは、土下座をするジュリアを立たせると隣の席に座るよう指示した。
「今まで秘密にしていたこと、改めて謝罪します。大変申し訳ございませんでした」
「……気にするな。お前が話したからといって、この状況が変わったわけでもない。元はと言えば、私がやったことだ。真を過去に送り…必要なだけ強くなってもらおうとしたのは」
この日初めて、ジュリアはダンに秘密を明かした。必要だと思ったからだ。
過去にこっそり"別の真"と会っていたことなど…全てを吐き出したジュリアは、ずっと黙っていたことを深く謝罪した。
「上手く、いくでしょうか」
「やらなくては。……私達と一緒に日常を取り戻した彼は、柊木 真本人であることに違いはない……ないのだが…やはり、別人…。全員を…特に凪咲を安心させるための…人形のように見えてしまう…。私の考えでは、どこかで真の意識が合流してひとつになると思っていた。これは他の誰でもなく、私達が正す。世界はより良くなった…だがまだ戦いは終わっていない」
「……コマンドを、」
「ああ。……再起動しろジュリア・アン・トレーゼ」
用意された幸せを疑うダンとジュリア。真相にたどり着くために、方法を得るために、必要なら世界中どこへでも。
そして、今……知るために。2人は新たな力に目覚めた。
((READ))
「……コード、入力完了。新コマンド……受付。…プログラム書き換え完了。……起動します」
「ジュリア・M・ハッカー。柊木 真の足跡を探し出せ。彼の歩んだ道の全てを調べ、何が起きたのかを知り……どこにいるのかも分からない友を迎えに行く」
………………………to be continued…→…




