第27話「エリウスの間」
「コイ……!!」
突風。それと宝石の輝きの反射。
来いと言っておきながら、接近を許さない環境。
「お前が来い…!!」
吹き飛ばされぬように1本。そしてさらに2本の触手を伸ばし、エリウスへと目に見えない攻撃を繰り出す。
エリウスは僕の発言に目を細めるが、まだ動かない。創造するのを待っているようだ…もう攻撃は始まっているというのに。
「ムグッ」
そして、触手が彼の頭を殴った。上から下へ勢いよく振られた頭…崩れた姿勢…そこに容赦なくもう1本の触手が
「ッ!??」
胸を打った。キブンの時とは違ってそれなりに力を入れて。ただ、エリウスの体は壊れてくれない。2回も殴ったのに。
その場でド派手に転んだみたいに、空中で一回転して地面に伏せることになったエリウスは痛がりながらもすぐに僕を見た。
「ナニヲ、シタ」
答えてやる必要はない。むき出しの頭を2本の触手が攻める。掴んで離さず、ひたすらに殴る。
「ウン、ドゥ、ワ、ペガッ!?」
間違いなく効いてはいるのに、即死しない。僕は手加減をしていないから…そうか、エリウスの創造は"耐久力"。
とっくに100回は殺しているくらい激しい攻撃を続けているのに、変化は鼻血…のみ。
しかも殴られながらも僕から目を離さない。さすが…というべきか。
「なら、これは」
創造刀を振る。足…柔らかそうなふくらはぎを狙って。
「ムグォォォォォ!!!」
切断系の攻撃がよかった…というより斬れ味が良すぎたようだ。派手な血飛沫、そして光の粒に変わって消える両足……!!
「もう少し前の僕なら、殴って殴られて…ちゃんと喧嘩にはなっただろうけど。悪いけど今の僕はそうはならない。…神に近いから」
あえて言葉にすることで、自分の中で血が騒いでやる気が上がるのが分かる。
認めれば認めるほど、力が発揮されてくような気がしてきた…。
「ッ、」
((READ))
打たれながら、強引に創造したエリウス。しかし、
「ブッ!!!」
出現した瞬間、それをエリウスごと触手が殴った。
「丸型の盾…ね。表面にマントと同じように宝石があるのを見るに、それがあれば防御は完成するはずだったのかな。でも今ので分かった。僕の攻撃の方が上だって」
宝石が砕け散って、草原の上を転がる。それを見たエリウスが目を閉じた。まるで…"もうだめだ"…と諦めたみたいに。
「狩らせてもらう…その生命」
直前より力が乗った触手が、真上からエリウスの背中を突く。宝石だらけのマントを貫通し、背中の肉に届いた手応えが触手から伝わってくる。
右手人差し指でやったみたいだった。
「ふぅ…ふぅ…うう!!」
心臓が震えた。僕は興奮していた。
本来なら彼はとんでもない強敵だったんだろうから。きっとEXECUTIONなんかじゃ足りなくて、苦戦の末に瞬間移動で逃げ出していた可能性もある。
ゴリッ…
「……やった…!」
触手が手土産を持って戻ってくる。血が滴る、エリウスの生首を。
「ナルホド、ツヨイナ」
「…はあ?」
生首が、喋った。
すると空が暗くなり、どこまでも広がっていたはずの草原が消えてなくなり……。
「シミュレーションカンリョウ」
床も壁も天井もまっ黒。ポツポツと白い点のような光があるが意味がない。……綺麗すぎるプラネタリウムみたいな空間が完成した。
今の声は生首のじゃない。別の場所から聞こえた。
「ヒイラギ マコトノデータコウシンカンリョウ」
ヴヴゥゥン…。
耳の奥まで届くような低い音。それと同時に今度は部屋が明るくなる。…ちょうど色が逆転した。全てが白い部屋に、黒の点がポツポツと……。
そして、奥にさっきと全く同じ格好で立っている。エリウスが。
「アラタメテ、コレコソガ…ウンメイチョウエツノヘヤ、"エリウスノマ"」
「騙されてたってことは分かった。でも今度はそうもいかないんでしょう?」
「コンド?オマエニツギハナイ」
「どうかな、っ」
……気づけなかった。視界の中にエリウスが何人も…いた。いや、違う。残像だ。
「スベテガサッカク。オマエハモウナニモミキワメラレナイ」
「ご、」
脳が潰れたかと思った。ゴツゴツしたもので思いっきり頭を叩かれたみたいだ…
「ソシテ、コウダ」
「う"ぁぁ、……ぁっ、」
続けて胸を……これ、僕がやったことを……!?
「クウチュウデカイテンシ、チニオチル。ソコヲ」
再現する気だ…僕がエリウスにやったことを、そっくりそのまま……!!
「許すか、そんなの…っ!!」
だとしても彼は僕の触手のことは分からないはず。創造刀のことも。だからやり返すことはできるはず。
「ズイブントコウフンシテイタヨウダ、ナラバジュウブンニクウキヲトリコンダコトダロウ」
「うるさい…お前を壊してやる」
「ミギミミ、ミギアシ、ヒダリウデ、ソノアトニスルドイノガクル」
「ぁ……」
めちゃくちゃにしてやろうと思っていた。なのに攻撃する部位も順番も言い当てられて。
【空気感染】
キブンに教えてもらったことがすぐに脳内に並べられ、重要な情報がしっかりと浮かび上がる。
エリウスの間…いや、多分あの自動販売機の窓を抜けた時から始まっていたんだ。
最初の…オートサイクルルームから……キブンと出会って中を案内させたのも、……僕が十分に空気感染するための…時間稼ぎ……?
そんな、…まさか。
だって、だって。
「キブンニハ、16ジカンマエニジュウドノキオクショウガイヲフヨシタ。アラタナニンムトシテ」
「ここまで全部、お前達デズェウムの筋書き通りだったとしても……」
「オマエハユカヲコウゲキスル」
「しない!しないいいいいいいいいい!!!」
右手を向けた。エリウスはすぐそこにいるんだから、これでいいんだ。
「舐めるなよ、僕を」
((PROMISE))
ヴヴゥゥン……
今度は僕から見て右の方。壁の一部が動いて…出口が出現したみたいだ。
エリウスはもう、喋れない。
頭を失った体が力なく倒れる。それを3本の触手が集中攻撃。今度はさっきのような耐久力は一切発揮されることがなく、殴る度に血肉がボチャボチャと弾け飛んだ。
「これでも?僕が操られてるって!?自分が殺されるように僕を操作したのか!!言ってみろエリウス!!僕は今もお前の企み通りに動いてるのか!!?どうなんだ!!」
僕は必死だった。認めたくなくて、怖くて、とっくに死んでるのに、死体をめちゃくちゃにして。
怒鳴った。
自分は正気で、操られてなんかいないって…自分に言い聞かせるために。
勝ったから…殺したから、この空間…エリウスの間から出られるようになったのに。
僕は両手が…いや、全身が震えていた。
「…認めない。僕は、僕だ。デズェウムに操られたりなんか、しない」
………………………………next…→……
エリウスの間から出ると、キブンが倒れている部屋に出た。
そして間と繋がる出口が閉じて…元通り。
手の形をした扉を見ると、薬指の指先が焼け焦げて潰れていた。
「…1人でも、十分……?いや。いやいや。1人殺したんだから。殺せたんだから。次だ。…やろう」
左手にはキブンのキューブがある。
こんな機会、まずないはずだ。あの小窓がなければデズェウムに侵入することはできないし、この部屋に来るのだってこのキューブがなければ難しいだろう。
逃げ出すな。戦え。
((PROMISE))
「エリウスの信号が消えた。そしてお前が現れた。つまりはそういうことだの。よくもまあ…暴れてくれよるよ、柊木 真」
……和……室…?
足下は畳…天井は少し高い、空間全体は結構広い…、でも和室で間違いない。壁の部分は障子になっている。その外は明るいのか、白い光が貫通してきているが…。
「エリウスの間と同じシステムなら、これは偽物の空間」
「そうだの。【騙し化かし】はあたいが担当した創造。創設者の間は全て、それぞれの居心地がいい場所になっている。解除したくば、やる気にさせるしかないの」
喋りながらすり足で僕の方へ近づいてくるのは…た…たぬき?
「あたいはたぬきと人間のハーフだの。元々、山に捨てられた赤ん坊だったのをどういう縁か野良のたぬきが拾って守り育ててくれた。そして代行になったあたいは、自ら創造したたぬきの使者と混ざることにした。超常の力を持つ者に相応しい奇跡だの」
お坊さんみたいな格好だ。全体的に金色でギラギラしているのは…これまた金持ちアピールなのか?
体格は普通。手足の先が獣…たぬきのそれで、顔は人間寄りだけど鼻とかパーツごとにたぬきが混ざっている。小説等で出てくる獣人を実際に目の前にすると…こんななのか…妙にリアルなところが気味悪くて…可愛くはない。奇病感が強い。
「茶でも飲むか?」
「要らない。お前も殺して、他のも殺して、さっさとヴェロトンのとこに行く…!」
「話は聞いていたんだの?この騙し化かしを解除したくば、やる気にさせるしかないと。お前がここで暴れたところで、あたいがそうしないと決めたらお前はこの幻の中で永遠に閉じ込められるんだの」
「…殺せば問題ないし、僕の創造なら何も問題ない」
「本当に?」
「……え」
「最初に出迎えたエリウスは、部下のキブンを使ってお前を誘導した。そしてまんまと時間稼ぎを許したお前はここに来てそれなりに呼吸を繰り返した。"空気感染"は十分なんだの。…あ、キブンのキューブは手に持った状態で使う意思を示せばそれでいいんだの。今度から創造はしなくていい」
「…」
「お前があたいを殺すかどうかは一旦置いておくとして。で、茶は?飲むかの」
そう言って、1歩引いて手のひらを見せてきた。肉球がある…と思ったら、いつの間にか畳の上に座布団が2枚……それと湯のみに…ポットに…本気でお茶を用意する気だ。
「あたいはあえてお前を客としてもてなそう。よく来たの、柊木 真」
………………………to be continued…→…




