第20話「影響」
トゥカミと狼の威嚇の目がシンクロし、圧が強まる……すると。
「"タツキは私のものだ。私の息子だ。私だけの可愛い息子だ"」
「ひぇぇ!?」
「"これ"がそう言ってる」
「な、な、何も見えない…」
「息子…親か?」
「親?……お、親…も、もしかして!!」
「なんだ」
「は、母親の霊かも…。子供の頃から過保護で、それがウザくて中学の時から反抗的になって、それで……大学生になって一人暮らし始めてやっと解放されたと思ったら、借りてる部屋に毎日来るし勝手に掃除とかして…できたばっかりの彼女を部屋に入れるのも怖くなって。で、ある日言ってやったんだ。本当にウザい。俺の前からいなくなってくれ…って。その時はもう溜まってたもの全部吐き出しまくってたから、他にも色々言ってたと思う」
「……それで」
「最近、母親が実家で自殺したって…親父から連絡があった。あれ以来パタッと来なくなったからやっと子離れしてくれたんだとばかり……」
「お前の言う通り、目の前からは消えた。そのかわり、自身の姿を創造で変化させた。肉体を捨ててでもお前を監視していたかったようだ」
「…そうぞう?」
「で。どうする。邪魔ならアマトゥワ族の力で解決してやることもできる」
「ほ、本当に!?そしたらもうあの母親から永遠に離れられる!?」
「……2万円」
「え」
「2万円。そうしたら、お前を自由にする」
男が駆け込むのがもう少し早ければ、トゥカミはこんな交渉はしなかった。なぜ突然金を要求したのか……それは、テーブルの上に置かれた読みかけの漫画"借金天国 田中岡さん"の影響。
膨れ上がった借金の返済のため、自ら人助けをして1番いいところで金を要求し…払えばそのまま事件解決、払わなければその場から立ち去る…というなんともクズ感たっぷりな主人公の真似をしてしまったのだった。
特にトゥカミに悪意はなかったが、漫画のワンシーンに金をもらった主人公が事件解決後にコンビニでチョコレートを買っていたというのがあったのは大きかった。
「…」
ごっこ遊びも兼ねた、チョコレート目的の交渉。その結果は
「払う。本当に、本当に母親から解放されるんなら!!2万じゃ安すぎるくらいだ!頼む!!」
承諾。
「分かった。…なら、始める」
正直、楽な仕事だった。
男にまとわりつく"母親の悪霊"の正体は自身の体を霊体風に変えただけの代行。
肉体を持たないのだから、今目の前にいるこれを殺した場合……母親は創造ごと消滅し2度と息子の監視は出来なくなる。
「どこで手に入れたか知らない。…ただ、創造の書は持つべき者が使わなければ大した力にはならない。……キィィィーーーーーーァアッ!!?」
右足をまっすぐ振り上げる。I字バランスのような姿勢から一気に振り下ろされたかかと落としが、"母親の悪霊"の頭部へ…
「……ぉ。お?なんか急にスッキリしたような気分……!」
「終わった。もうお前の母親は気配すらお前に近づけない。今ので完全に死んだ」
「あ、ありがとう!ありがとう!!本当に!!…ぁ、ここ、これ!ほら!」
男は財布を取り出すと、雑に札だけ抜き取り全てをトゥカミに無理やり握らせた。その金額、5万3千円。約束の金額よりだいぶ多いが、トゥカミは何も言わずただ頷いた。
「自由だっ……!!」
それに対し深く一礼した男は元気に外へ出ていった。
「…姉は探さないのか」
見送ったトゥカミはそれだけ呟き、手に入れた金でチョコレートを買うために栞に買い物を頼もうと部屋へ向かった。
………………………………next…→……
「…神はもう目覚めたのか?まだなら頼みが」
「ぇ」
「あっ、」
突然部屋に入ってきたトゥカミ。僕と栞を見て、口をポカンと開けたまま数秒固まると…思い出したように部屋の外に出ていった。
なんだったんだと言いたいところではあるが、今の瞬間の僕達を見ればその反応は正しい。
…とはいっても僕は目覚めたばかり…とにかく問題は栞にあったのだ。
「……」
「こ、好奇心です」
「おでこくっつけて鼻を擦りつける行為が、好奇心?」
「…はい」
目覚めてすぐ、目の前に栞の顔があることに驚いた。彼女は寝ている僕に四つん這いの形で覆いかぶさった状態で、なぜか顔を押しつけてきたのだ。
そして謎の奇行に僕が困っていたところに、トゥカミが部屋に入ってきたわけで…。
僕がこう考えるのもおかしいが、これがもし"キス"であればもっと分かりやすくて助かった。だけど…なんだったんだ。
「いや、待てよ…そういえば」
「待ってください。何も、何も考えないでください。わ、忘れてください」
「…悪いけど結構強烈なインパクトあったよ?」
「私なりに…考えた結果です。もしかしたらあなたは、私がキスの仕方も知らないと思っているかもしれません。ですが、実際にそれをしてしまったら何か…変わってしまう気がして」
「あの」
「私だって突然キスだなんて考えていませんでした。なかなか目覚めてくれないあなたを見ていたらなぜか…こう、抑えきれなくて。もしキャロラインが嘘をついていて、万が一にもあなたが死んでしまうようなことがあったら…そう思ったら、つ、つい……」
「すごい早口」
テレビをよく見ていた頃は歌番組で今の栞みたいに長い歌詞を早口で歌う曲が流行っている時もあった。ラップとは違くて、やや棒読みっぽい感じで流れるように早口で歌うのが若者にウケていたらしいが…。
それはそうと、栞が僕にしたのはエスキモーキスとかいうやつだった気がする。鼻を擦り合わせるというやり方で相手との愛情や友情を確かめるみたいな…そんなの。
「ある意味キスではあったわけだ」
「っ!!」
「そんな顔赤くなるんだね、栞って」
「恥ずかしくてどうにかなりそうです」
「……一応、聞かれてないけど…僕は大丈夫だよ。その…、キャロラインに強くしてもらったんだよ。突然始まったし、わけ分からないまま命がけで戦ってたんだけどね。でもこれで僕はまた強くなれたし、キャロラインも前より協力的になると思う」
「あ、あっ…はい。分かりました。よかったですね…」
「うん……?」
「やっぱり、どうにか忘れてもらうわけにはいきませんか……」
「そんなに取り消したがらなくても。それくらい心配…してたのか?最初好奇心とか言ってたよね」
「っ!!!」
「……さては、栞も入口のとこに置いてある漫画雑誌を…」
「い、いや、そんな!私がそんな、別に!別に!?」
「分かりやすっ!!心配してくれてたんだと思ってたのにこの人ただ成人向け漫画に影響されて変な気分になってただけだった!」
「ちょっと!大きな声でそんなこと言わないでください!!」
実際のところ、彼女が僕をどう思っているのかは知らない。聞かされたとしても、もしもの場合僕はそれに応えられるか…いや、難しい。だから知らないままでいい。ここはわざとらしく茶化すのが、僕達にとって正解なのだ。
「さっきトゥカミが何か用がある感じに見えました。なので私は話を聞きに行きます」
「うん」
「……」
「どうしたの」
「無事でよかったです。本当に、心配はしました」
「うん。ありがとう」
恥ずかしがりながら部屋をそっと出ていった。
「…力を使わない僕のことは怖がらなかった」
1人になって思ったことはそのまま口から出ていた。だって今の僕は……。
「自分の手を使わなくても、物に触れるし…なんでも出来る」
無理なく常時出しておける触手は1本。でもその1本で遠くのティッシュを取ることも余裕だし、自分の手を使わずとも鼻をかむことが出来てしまう。
「器用すぎる。力加減も自分の手と同じくらい簡単」
ティッシュには鼻水に少量の血が混ざっていた。まあいいだろう、これくらい。
「これからは変わる。戦闘だって、消し飛ばしが効かない相手には"これ1本"で十分なんだし」
なんなら創造をすることなくほとんどの代行や使者を殺せるのではないだろうか。
「自分の力に溺れて性格や態度が悪くなるみたいなのがないようにしないと。それこそ周りの人が離れていく原因になる」
それにしても、ベッドが僕の血で汚れてしまった。僕自身も。
「ここって洗濯機あるのかな…無かったら手洗い?うわぁ…」
その時は触手にやらせよう。なんて思いながらベッドのシーツを剥ぎ取り、部屋を出た。
………………………………next…→……
真達がいるラッキーストリート……そこから少し離れた場所。
駅前。
目と鼻の先とも言えるくらい近いその場所で、事件は起きた。
「始める。誤植処理係やメモリーライターではなく、"シュレッダー"である我輩が選ばれたのであるからして、失敗などありえない。さあ、始めろ!」
「はっ!…………まただよ。もう慣れたけど」
駅前に止まった3台の車。色も車種もバラバラだが、降りてきた人間達はまとまっていた。そうして出現した13人は適当なアニメキャラのお面で顔を隠すと早速作業を開始した。その結果……
何も知らない人々は攻撃されたと認識する間もなく、次々に死んでいった。
わずか1時間。駅前から全ての人間が消える。血痕も何も残さず、店もタクシーも…何もかもが時が止まったように静まる。
「プレゼンターを集めておけ。町の賑わいを完全に再現し、我輩の指示があるまでこの地に暮らす他の人間を騙すことに徹する必要がある。プレゼンターを可能な限り集めろ」
「はっ!すぐに近くの者に連絡します……はぁ」
「我輩もまた、指示待ちの状況であるからして…。さて、どの人間の役を演じるか」
早くも、デズェウムの脅威が迫っていた。
………………………to be continued…→…




