第1話「超絶JK、降臨」前編
着信音巡りの旅は最終的にデフォルトが一番だと行き着く。
最近読んだ本に投稿されたあるあるのひとつだ。
何年か前は着信音に着メロやら着うた、着ボイスなるものを設定するのが流行っていたらしい。
今だって流行りの音楽やギャグが無いわけじゃないが、確かに着信音はデフォルトのまま…変更したいと思ったこともない。
ピロリン
文字に起こすと幼稚だが、クセのないシンプルな通知音。
メールの差出人は【モモ】を描いてほしいと依頼した絵師のカタツムリ☆ジャック・改さんだ。
修正箇所があれば教えてほしいというメッセージに4点の画像が添付されていた。
なんとなく、紙に書いた絵を撮影して送ってくると思っていた。自分の無知さを痛感する。
スマホの画面いっぱいに展開される綺麗なイラスト画像。
送られてきた画像を見て、絵師の力量に驚いた。
手刀で攻撃しているポーズ、子供らしくペロペロキャンディーに齧り付くポーズ、薄白い球体のバリアで防御しているポーズ、子供の容姿ではなく20歳くらいの成人の姿。
設定に忠実なだけではない。
躍動感がある。
線が繊細で、モモの表情が柔らかいのも良い。
もしこの絵が小説の挿し絵に使われていれば、閲覧数はもっと伸びていただろうに。
これといってモモの決まったイメージは持っていなかった。
送られてきた絵に満足したので、このままお願いしますと返信。
少し遅れて絵の上手さに感動したとも送った。
この人はもっと賞賛されるべきだ。
それから数時間後、仕上がったイラスト画像が送られてきた。
今の僕は"待つ"という概念が無くなりつつある。
読書を始めてしまえば代行の能力であっという間に時間が過ぎていくからだ。
目覚まし時計や物理的な方法で読書を強制的に中断させなければ永遠に読み続けてしまうのが欠点だけど。
謝礼は合計2万円の約束だが、こちらで勝手に3万円に変更した。
これは、絵師の働きに対するチップのようなもの。それと同時に、機会があればまた依頼をしたいという気持ちも添えている。
大変喜んでもらえた。winwinな結果だ。
完成品のイラストは、基本的に最初に送られてきたのと構図は変わらない。
服装や肌ツヤなど、細かな部分が良い意味で神経質的に仕上げてある。
戦闘を思わせるポーズでは、肌に浮かぶ汗や歯を食いしばった表情がとても格好良い。
なのに、子供服。素晴らしい。
これだけ力が入っていれば、それこそ勇者など主役級を描くべきだったろうに。
次は、カタツムリ☆ジャック・改さんがこの【モモ】のイラスト画像をSNSで共有するのを待つ。
取り引きが終わると"今日は良いことがあった"など機嫌が良いことを発信し、続けてモモの画像が投稿された。
そこから1時間ほどで700ほどの拡散と1300ほどの高評価がついた。
大体1000人近く。モモのことを見た人間がいる。
画像にはモモの名と設定を簡略化したものも書き添えられていたから、これは認知されたことになるだろう。
そろそろ頃合い。
確信して、イラスト画像をPC経由で程よい大きさにプリントする。
そのプリントした絵を、創造の書にそのまま貼り付ける。
設定は同じ内容だがもう一度書き直す。
元々書いていたページは破り捨てたからだ。
…これで前回とは大きく違う。
【モモ】の存在は多くの人間に認知され、創造するためのコストはかなり減らせたはずだ。
深呼吸して、ページに右手を乗せる。
「今ここに、【モモ】を創造する…リード!……?」
いわゆる"詠唱"をして、前回と全く同じ展開になると察した。
直後に脱力し、全身に不快感が染み渡っていく。
脳が転がされ、頭が振り回され、呼吸を忘れて早く終わってくれと念じる。
「…せめて…っ何が駄目なのか教えてくれ…ぇっ!」
悔しい気持ちになった。
前回とは違うから。
それは、認知度を上げて絵まで付けたのに創造出来なかったから…じゃない。
秀爺が遺してくれたお金を使ったのに成果が得られなかった…からだ。
絶対上手くいくと思っていた。
今回は失敗しない予定だった。
甘かった。
3万円。それだけあれば何が出来たか。
僕と秀爺なら、食費としてはかなり贅沢なレベルだ。
僕と秀爺が購入したスマホだって2台で1万円もしない中古の型落ち機種だ。
それだけの自由なお金があれば、近場に遊びにも行けた。秀爺と小旅行なんて考えたら…
気がつけば「ごめんなさい」と何度も謝りながら涙を流した。
飼い主の異変に気づいたソープが僕の顔を覗き込んでくる。
この子は本当に猫なのだろうか。
慰め方を知ってる猫が、ここにいる。
左前足を伸ばして僕の頬をペタペタと触る。
力加減にムラがあるおかげで時々軽く打たれる形になってしまうが、ソープの優しさを感じて涙が加速した。
………………………………next…→……
ソープに甘やかされて、どうにか泣き止んだ。
夜。20時。
食事する気分ではないが、自分の食欲とソープのそれは同じにしてはいけない。
「ありがとうソープ。お食べ」
「ニャァ〜」
がっつくソープの体を撫でて見守る。
尻尾がゆらゆら動いて、美味そうに食べている。
…どうしてソープは出来たのにモモは出来ないのか。
柔らかい毛と体、そして体温に癒されながら考える。
そんなに僕の力が足りないのか。
猫と人間では創造するのに必要なコストがそこまで違うのか。
たとえば、それぞれの生き物を創造するために必要な"代行の能力の基準値"みたいなものはどこかに記録されていないのだろうか。
これまでの戦いに歴史があるのなら、それぐらいの情報は書いておいて損はないはず。
でなければ。今の僕のように挫折してしまう代行だって現れると思う。
…もしも。だ。
秀爺がまだ生きていて、僕に代行になるよう教育をした場合。
代行の能力は読書で成長するとか、過度な読書の継続による時間の感覚の狂いとか、1度読んだ本の内容は忘れることなく記憶出来るとか、創造の書に書き込む時の情報量とか、重要なことは教えてくれたはずだ。
それも、口頭で説明するだけじゃなくて忘れてしまったり間違えた時のためにノートか何かに…
…でも、神の代行…創造の書…信憑性は別にしても世に流出していい情報ではないはず。
となると毎日言い聞かせるとか…。
記憶を辿る。
秀爺が、毎日のように口うるさく言っていた言葉があったか。
大事なことだと印象づけて言っていた言葉は?
「…代行に関係するような…」
長考。
ソープは皿まで綺麗に舐め上げて完食し、トコトコと家の中を探検しはじめた。
うーん…と唸りながら食器を洗い、風呂に入り、気づけば布団に入って天井を弱々しく睨みつけていた。
とっくに答えは出ている。
そんな、ものは、ない。
でも聞き流していたかもしれない。
今回のこととは関係ないような言葉が求めているものかもしれない。
せめて家族がいれば。
まだ生きている親戚がいれば。
1人で寂しいなんて思わなかっただろうし、代行としての教育も受けられたはず。
何も知らずに、1人で創造の書に眠る力を紐解いていくのは人生単位の難題だ。
今日はもう休もうか。
と心の中で決めたくせに、布団を出た。
秀爺の部屋に入ると当たり前のようにタンスの中を探し始めた。
決めつけるのはよくない。
もしかしたら、もしかするかもしれない。
ズボンのポケット。シャツの胸ポケット。
タンスの引き出しの裏。タンスの裏。
机の下。座布団の裏。
部屋中ひっくり返すつもりで探す。
傍から見れば泥棒だ。
戻すのが面倒だからと後回しにしていたコートやジャケット類のカバーを外す。
あとで元通りにカバーをかけ直すのは…なんて考えが、1着のジャケットを見て停止した。
高校の卒業式の時に着ていた黒のジャケット。
同級生が秀爺の着こなし具合を格好良いと褒めていたのを覚えている。
卒業後は大学…ではなく、一緒に家の1階を店として再起させようと
「うん?」
他の服には糸くずのひとつも見つからなかったのに、このジャケットの裏ポケットには1冊の手帳が入っていた。
100円ショップで買える小さくて高級感はない茶色いカバーの手帳。
この時点で察しはつくが、手帳を開くと1ページ目に"真へ"と書いてあった。
"お前にこの役目を強いることを申し訳なく思う。それでも、柊木一族の男はこの本を引き継いでいかなければならない。"
求めていたものを見つけた。
秀爺の書き残した文字を大切に読む。
節約生活を続けたことで家に金がないと思わせてしまい、大学に行きたいと言わせてやれなかったことを謝っていた。
節約生活はもしも、自分も死んでしまって僕を1人にしてしまった時にお金を残せるように、そしてそのお金すらもあまり使わずに末永く生きていけるようにというのが狙いだったようだ。
"神の代行になるお前のため、この手帳に必要なことを書いておく。どうせあの本に書かれていることは誰にも全て読み解くことは出来ない。"
いよいよ本題…だが、あの卍の親戚のような文字達は秀爺にも読めなかったらしい。
そこからは自力で知ることが出来た内容が書かれていた。
目覚まし時計を3時間後に設定し毎日読書すること。
こうして読書を習慣化しないと今の若者は本を読まないから、だそうだ。
………?
創造の書に書き込む際、情報量は最初は3つまで特徴を書くのがよい。ただし、現実離れした力を持つ場合はそれを除外して書く事。代行の能力が成長してから"追記"すればよい。
的確なアドバイスだ。情報量だけが問題じゃない。現実離れした力…それこそ魔法だとかいったものはコストが大きくなるということか。
目を通していくと、知っていたことも改めて知り直すことが出来た。
この手帳を見つけてよかった。
"もし創造に手こずった時は、自分の能力が見合っているかを考えなさい。ものによっては、既に創造されている場合もある。その時は諦めなさい。"
「……あ」
もうそろそろ読み終わるという時に、目から鱗…というか。
スッと胸に入ってきた。
対象が既に他の代行によって創造されていた場合、その対象を僕が創造することは出来ない。
使者は僕達と同じ、世界に複数存在しない出来ない。
何もかもが全く同じ生物は存在しない。
代行の能力だとか、創造のコストだとか。
そこばかりに考えが固執してしまっていた。
考え方を変えていれば気づけたかもしれない答えだった。
【モモ】は既に他の代行が創造している。
これなら、納得出来る。
猫は創造出来て人間が創造出来ない原因が、代行の能力だけで片付いてしまったら。ほとんどの代行がペットを創造して満足することになる。
それと、【モモ】に求めた設定の強さも問題だ。
"防御魔法"だ。これが現実離れしている。
容姿が見る人によって変わるのもおかしな力だが、魔法は明らかによくない。
もう一度、最初から。
使者を探しなおそう。
スッキリして、自室に戻った。
秀爺には悪いが部屋の片付けは明日にする。
「ニャァ」
僕の枕を前足で交互にふにふにとマッサージしているソープと目が合った。
器用なことに胴体のほとんどは布団に入っている。
僕がいない間に布団を堪能していた。
「ごめん、僕もう寝るから…一緒に寝る?」
「ニャァ〜」
どうやら独占したいらしい。
少し強めに鳴かれて、今夜は布団を諦めることにした。
ピロリン
そこに、スマホの通知音が鳴る。
点灯した画面はメールの着信を知らせた。
差出人は…絵師のカタツムリ☆ジャック・改さんだった。
お礼を多めに払ったことへのお礼…ということで、依頼とは別に1枚絵を描いて送ってくれた。
戦う子供の絵を描かせたのが影響しているのだろうか。
画面いっぱいに、鉄の剣を両手で構えた女子高生が表示された。剣道少女、的な。
黒髪は後ろで束ねられ、紺にピンポイントの白と水色のラインが印象深いセーラー服が風で揺られている。彼女から離れていく赤い紐のようなものは本来胸元に結ばれているはずのものが解けて風で飛ばされたものか。
覚悟の決まった目は瞳の部分が薄黄色に。
そして何より、感心するほど綺麗な顔をしていた。
美少女とはこういうことを言うのか。
素敵な絵をもらったのだから当然返信する。
感謝を伝え、ついでにこの美少女に名前はあるのか聞いてみた。
返信はすぐに来た。
「…凪咲…」
名前は決まっていなかったようだ。
うーん…と迷っている風の前置きの後にそう書いてあった。
絵師が今思いついた名前だ。
凪咲。凪咲か。
似合っている。特別飾られた名前じゃなくて普通感がいい。
普通の女の子。そんな彼女が剣を握る理由は?
想像が始まりそうになったところで、記憶の引き出しが開いた。
見覚えがある。凪咲…【凪咲】に。
なんだっけ?と自分の脳に問うと、脳内にいる小さな自分の分身達が引き出しを漁って答えを探してくれる。
そういう思い出し方をしている。
小さな分身達の中の1人が笑顔を浮かべて紙を手に取り掲げた。
その紙に答えが…
「……えっ…これ…運命…?」
すぐにスマホで検索をかける。
"俺達が魔法を使う理由"
【モモ】はこの作品から見つけた。
使者の候補としてどうなのかと、最後まで目は通した。
そういえば。
「やっぱりそうだ。読者が読み進めてきた主人公の戦いの日々は、最後には主人公の娘が特殊な道具を使って追体験したものだったと明かされる。そしてこの娘の名前が…」
【凪咲】…夏野 凪咲。
17歳。勇者の父と魔導師の母を持つ。…美少女。
創造の書にもらった絵をモモの時と同じように貼り付け、モモの時より少なすぎるくらいの情報を書き込み、ページに手を置いた。
「僕は"あの日"を忘れたりしない。秀爺の首を狩ったあの化け物は使者だ。…代行の力を悪用する何者かによって…僕はそいつを、もしくはそいつらを、許すことはない。ありえない。でも罪を正当化するつもりもない。だから、必要なんだ。神の力が。創造する力が。そいつらから力を奪うために、一緒に戦ってくれる使者が…!!」
「…だから僕は創造する」
((READ))
汚れなき復讐心に応えるように創造の書が光を放つ。
この手応えを、体が覚えている。
数少ない成功例だと、脳が記憶している。
ついに、使者が、創造される。
………………………to be continued…→…