第2話「奴隷人形の望み」
正面から正々堂々と、不意打ち。
僕が彼女のことを知らなかったら確実に成功していた。でも、知っていても今回ばかりは成功した。
…いや、成功させてあげた…が正しいか。
「柊木 真。あなたがここにいるはずがない。どうして…」
創造したのは、刀だった。鞘が無い剥き出しの刀は刃が白い…けど、毒のような汚いピンクがまだら模様に混ざっていて。
「僕からしたら、君がここにいるのもおかしいけど」
「デズェウムのために。必要な物がありまして」
「それなら柊木家の墓を荒らさない?なんで無関係な不綱家を」
「無関係だからこそ、誰も見つけられない。隠す側が少し賢ければそういう考えに至ることは容易です。探す側が馬鹿であれば永遠に見つかることはなかったでしょう」
「自分のこと"少し賢い"って思ってるんだ…」
「ほんの少しだけ。使者の生意気な態度に影響されているようですね。わずかに相手を挑発し誘う間に、あなたはどのような細工を?」
「……今の僕に、使者はいないよ」
「っ??」
そろそろ創造した刀を正しく構える頃だろうと思っていた。だから持ち直したその瞬間に白真を振り当てた。
「な"っ、」
柊木 栞…同じ柊木家の代行に、はたして僕の刀が追えただろうか。
「斬られ、た…?」
何も見えていないようだ。左手が手首ごと落とされて痛むより先に驚いている。どうにか残った右手にも、まるで自殺願望を抱えた人間がリストカットをしたみたいに綺麗な切り傷が残っていて。
「…あなたは、本当に柊木 真…?」
「現在を生きる"当時の僕"からしたら、君と同じように信じられないだろうけど。同一人物だよ。ただ…もう"同じ場所"には立っていないけど」
「は、」
面白い。彼女は自分の首に添えられた刀の存在に気づいた。
「ご存知かは問いませんが、人間というのは死の間際にしか発揮できない全力というものがあります。それを常時扱えるようにするのが、柊木家の秘伝……神降ろし」
「それのおかげで気づけた?でも、僕がそこで止めたからまだ生きていられるんだけど」
「そう、ですね…どう対応するかについては個人の能力次第ですから。まともに戦っても勝てないのは分かりました」
「僕と同じように、過去の僕を襲うつもり?」
「はい?」
「弱い方の僕を殺せば、今目の前にいる僕もきっと死ぬ。そういうものでしょう?」
「…………しません」
「…」
「出来ません。きっとそこまでしても、あなたは残るから」
「……」
「ふっ…」
彼女は残った右手に、創造の書を出現させた。そしてそれを僕の方へと投げ捨てて…
「降参します。信じられないなら殺してもらっても結構です」
「どうして?」
「デズェウムについて、ご存知ですか?」
「あまりちゃんとは知らない」
「……こことは別に存在する、全く同じ見た目の世界があります。パラレルワールド…なんて呼び方が適当でしょうか。私は…そしてデズェウムは、そちらの世界の住人」
話を始めた彼女は、流れの途中で当たり前のように着物に手をかけ…両肩を露出させた。でも勢いからしてまだ脱ぐつもりだ。…止めるべきだろうか。
「例えば、どこかの名前も知らない子供A。その子がどこの学校に進学するか、どのような部活を選ぶか……どのような青春を送るか…はたまた、突然の事故により死亡するか。何もかもをデズェウムは視ています。全人類の無限と呼べるほどの大量のデータを管理し、裏で操っている。物語を創造する書き手のように、気分次第で面白くもつまらなくも…世界の自由を握っているんです」
「……ぁ」
片手しか残っていないせいで脱ぐのに苦労していたが、無事上半身が露出する。下着もなしの裸…しかし彼女が露出狂というわけではない。その体には、刺青のように刻み込まれていた。
「私の人生です。産まれた日から、死ぬその日までを記してあります。といっても、主な出来事のみ…ですが」
前面、背後にも、ぎっしりと刻まれている。焼印にも似た黒の文字が…。
「今日のことは、左胸の下…脇腹の辺りにあります。柊木家の最高傑作…使者、剣之介の回収……と。このために、私は半年前から探し回っていました。中にはあなたの知り合い…宝石屋の主人にも話を聞いたほどです」
「自分の人生を他人任せにしていいの?何もかも好きに決められて、死ぬ日まで?」
「元々無かった生命ですから。それに、自由な日もあります。欲がないので何もすることはありませんが」
「…話戻るけど、降参したのはその決められたことが」
「はい。果たせなくなりましたから。もう私は用済みです。これら全てを達するだけの力を私は持っています。それでも、あなたのようなイレギュラーな邪魔が入り…解決できないということは」
「デズェウムは今日僕が現れることについては知らないの?何もかも自分達が決めているなら、どうして」
「知らなかったのだと、思います。だって、あなたは今頃自分が創造した使者と共に生きているはずだから。本人が知らない場所に突然現れるわけがない」
「……まぁ、あんな事があれば。今しか知らないデズェウムが僕のことを知るわけないか」
「何を知っているのか、冥土の土産に聞かせてもらえませんか」
「…いいよ、別に」
僕は彼女に近づいた。とっくに死を受け入れている彼女は僕のことを少しも怖がらずにいて、僕が差し出した右手に、自然と触れた。
「見せてあげる」
本来なら僕と彼女の最初の出会いはもっと先…結子が完全なる力を得るまで…先のこと。
「っ…………、」
「分かった?」
「結子…。アマゴウラは、あなたでも止められないというのですか」
「君が見たのは僕じゃない。君が監視をしつつも見逃し続けた方の僕。時間をかけて色んなことを経験して、その度に少しずつ強くなっていって…それでも届かなかった僕」
「創造の書の無効化…。創造の書がなくては、代行に勝つなど不可能。それに、アマゴウラの力は並の代行ではまず…」
「ダンが奇跡を起こしたからこそ、ここに僕がいる。正直、僕からしたら時間が進んでるのか巻き戻って再生されてるのか分かってないんだけど。でも、この時点で世界にとっての"エラー"は発生してる」
「なら、今…アマゴウラになる前に結子を殺せば」
「見せた未来は変わる」
「…私のいる世界も、救える……!」
その時、彼女の目が潤んだ。何もかも全てに飽き飽きしているような無感情を貫いていた雰囲気が突然崩れた。
目の前に現れた希望に、つい感情をさらけ出してしまった。
「柊木 真……!あなたなら、それが、出来るのでしょうか…!!」
「僕の目的はそれだよ。そのつもりでいる」
「見せて、いただけませんか……あのアマゴウラを、人々が知ることになる災厄を殺す…その瞬間を」
「……」
命乞い…とはまた違う。希望を最後まで見届けたい、それだけだ。
僕に抱きついた彼女は声を出さずに静かに泣いた。
…彼女もまた、狂って壊れていた。死んだ命が無理に蘇って、しかも世界の在り方のためにあれこれと"雑用"をこなす人生。生きる奴隷人形。
きっと、心のどこかでは自由を求めているのだろう。
彼女が再び…今度こそ安らかに眠るためには、柊木家が宿命だなんだと言って抱え込む"呪い"の全ても解かなければならない。
アマゴウラの死はあくまでも、デズェウムという"命の恩人"からの解放にしかならないのだ。
「…でも、ちょうどいいかも」
「……」
「僕、今はひとりぼっちだから。拠点みたいなものも無くて」
「あなたをお手伝いしたら…見せてもらえますか?」
「今までみたいなあれこれはしなくてもいい。…言ってみれば、生きたがってるホームレスを1人…親切で世話するような……別に代行じゃなくても出来ることを頼むよ。着替えとか、食事とかそういうの」
「…………分かりました」
誰が想像できただろうか。これを、そのデズェウムとやらも視ることが出来ただろうか。
僕を殺そうとしていた彼女が、僕の協力者になるだなんて。
………………………………next…→……
「それじゃあ、少し様子を見ましょうか。お薬は少し多めに……ぶふっ……」
「せ、先生!?ちょっと!誰か!?先生が血吹いて倒れたわよ!!誰か来てえ!!」
都内某所。とある病院。
患者を診ていた医者が、血を吹いて倒れた。そのことは当然ニュースになり、昼過ぎにはテレビ番組によって全国の茶の間へと届けられる。
31歳。男性。名は、六島悠悟。
原因不明の吐血。そして、意識不明の
重体。
"仲間達"はこれを知っても、すぐには動けなかった。
1番に動かなくてはならないはずのフリーカはまだ先の戦いで蘇生中…
オガルは用事で東京を離れていて…
ダルダは創造の書を集めるため常にあちこちへ飛び回っていて…
ミスネは特別な用を六島に任されていた。
残りの下っ端では、何の役にも立たない。
…このニュースを"真達"とジュリアが知るのは…時間の問題だった。
そして、世界が辿る結末が変わろうとしていた。
………………………to be continued…→…




