第19話「罠にかかった」
「懲りないわねぇ。さっき逃げ出したばかりなのに、もう戻って来ちゃったの?…でもいいわ。あなたと相性が良いみたいだから」
瞬間移動した先は音楽室だった。僕が現れたことに気づいた途端、教室の中は真っ暗に……廊下の明かりも入ってこないのか。
「外は広い分操れる影が多い。でも室内だとどんな光も差し込まないからとっても濃い影が用意できるの。それに閉じ込めておけるし…うふふふふふふ」
背後でガチャガチャと音がするのは、ドアを開けて逃げないように細工をしているからだろう。
フリーカがかなり有利な状況だ…このまま戦い始めたら僕はまた影に縛られて簡単に死にかけることになる。
「でも、室内だからこそ。僕にも出来ることがある」
「何かしら」
((EXECUTION))
瞬間、僕は創造時に発生する強い光を意識した。それが音楽室の全てを照らし、"絶対に"消えることなく維持されるように…!
「い"や"あ"あ"!!!」
でもこれで満足してはいけない。光が生まれれば、影も同じく生まれる。それをすぐに見極めて…攻撃しないと。
「見えた」
会話も駆け引きも必要ない。一方的な処刑をして、さっさと片付ける。
((EXECUTION))
無意識に第三の目を開眼し、天井に張り付くように逃げる"影溜まり"に右手を向ける。そして消えてしまえと、確かな殺意を込めて影が消滅するのを重ねて見れば…。
「ヂィッ!!なんてこと!酷いじゃないそんな滅茶苦茶な創造を使うなんて!」
トカゲが尾を切り捨てて逃げるように、影の一部が切り離される。僕の消し飛ばしはその犠牲の方の影に吸い取られ、おそらくフリーカ本体は逃げ延びてしまった。
でも今ので2割は削った。
強力な光のお陰で影は大きくなれず、残るフリーカの影はたったのマンホールほどの大きさしかない。もちろん、僕の影などを利用される可能性もあるから油断は出来ないが…間違いなく今は僕が押してる。このまま、攻めきっていけるはず……!!
逃げるフリーカの影は当然、僕の背後を狙う。素早く回り込んで僕の影さえ支配できれば、それでフリーカの勝ちは決定したも同然なのだ。
でも、それは逆にフリーカは必ず僕の背後に回り込むという行動が確定していると解釈もできるわけで。
「今度は甘やかしたりしないわ!!死になさい!柊木先生!!」
((EXECUTION))
仕掛けてくるギリギリまで待って左手を背後に向けた。
…………………………。
「……ふぅ」
振り返り、一応後ろに下がって距離を置く。どうやらフリーカは
「ぁ…ぁぁ、こんなの…初めてよ…痛むこともなく、体が瞬時に消えて奪われるだなんて…」
また同じ方法で生き延びた…らしい。でもカウンター気味だった僕の消し飛ばしに対応しきれずに影のほとんどを失う結果になったようで。
僕の手よりも小さい歪んだ影は、机の上で蠢くだけ。
「……取り込めない…こんなのおかしいじゃない…どうしてよ……影は全て…支配できるの。あなたのだって、"先生"のだって、影は全部、わたしのものなのよ!!!?」
「…?」
僕の消し飛ばしにはそんな、創造の効果を邪魔するようなのは…
つい自分の両手を見て考えてしまった。まさかパワーアップしたなんてことはないだろうし…むしろパワーダウンしているはずだ。こっちに来てすぐに僕から"僕"が出ていってしまったのだから。
でもチャンスだ。これでフリーカを完全に消せる。物理的に殺すのとはまた違うから、復活も出来ないだろう…。
「だめだめ…その手を向けないでちょうだい!!まだ終われないの!!わたし達は、…先生にはっ…何があっても絶対にやらなくちゃいけないことが…!」
((EXECUTION))
ボウん……!!
「っづぁ、」
とどめ。避けようのない一撃がフリーカを襲う瞬間、僕の右手は僅かに"揺れた"。
それにより狙いがズレて、
「邪魔をしたか?だが、フリーカは私に必要だ。その力では蘇生も難しそうに見えた…だから、阻止した」
床から赤黒い煙が出てきた。それに、桁違いな気配が…音楽室に近づいてくる……煙と同じく…下から……!!
「フリーカ。まだ生きているか」
「ええ、先生…っ、もう来てくれたのね」
「ふん」
((READ))
「はっ、」
何をしてるんだ僕は。なぜもう一度攻撃しなかったんだ。
でも気づいた時にはもう遅い。創造により出現した不気味な色合いの手が、フリーカの残りの影を叩き潰してしまって。
「喜べ。これでフリーカは死んだぞ」
「全然喜べない。そのおかげでフリーカは後で蘇生できるんだから」
「その様子、まだ戦う気か?ここは大人しく手を引いたらどうだ。今逃げるのなら、見逃してやってもいい」
「悪いけど僕はここに残る。お前達…終の解放者を全滅させるためにわざわざ残ることを決めたんだから」
「そうか…フリーカを追い詰める程度の力があるなら、"これから"を自由に生きることも出来たはずだが…それを捨てるというのなら、いいだろう」
「さっさと姿を見せろ。…六島」
煙が音楽室に充満してきた。若干の息苦しさと、生臭いのとは少し違うとても不快な悪臭が…僕の中の警戒レベルを最大まで引き上げさせる。
「初めて会ったと思っていたが、違ったか…まあいい。その要望に応えてやろう」
「…………っ」
目の前。
何もなかったそこに、
彼は立っていた。
いつから?
今?
それとも…
「どうやら見えていなかったようだな。無理もないが」
「余裕なとこ悪いけど」
((EXECUTION))
「知らなかったら、今ので終わっていたかもしれないな」
「あ…?」
目の前の彼は幻?いや、目の前のそれが六島だ。終の解放者のリーダーだ。もう一度。首から上を消し飛ばしてしまえばそれでいい。それだけで
「そのEXECUTIONというのは攻撃の合図か。なかなか魅力的な力だな…奪っても構わないだろうか」
「なにをっ」
((EXECUTION))
「我々は本気でここを攻め落とすつもりだ。そのために時間をかけて準備を進めてきた。今日の私も、計画の成功を確実なものにするために特別な準備をしてきた」
「…」
「もう、終わりか?」
「……我、柊木の代行なり」
消し飛ばしがダメなら、世界ごと斬るしかない。右手を前に出して確かな覚悟を決めて……
「あれ…」
創造刀が…出てこない…!!
「力を使いすぎたか?燃料切れで動けないというのも納得だ。あの威力なら十分なコストだろうよ」
「くぅ…っ、ふぅ……」
頭が…脳が痺れる……!
「それとも、煙を吸い過ぎたか」
「六島…!!絶対、ここで」
「フリーカはお前を罠にかけるための餌だった。それに気づかず自由に暴れたお前は、無色透明な煙を吸い続け…見事」
「…なわけ」
「罠にかかった。無様な姿だが気にする事はない。誰もここには来ない」
気づけば目の前は"床"だった。両手両膝を床につけて、乱れた呼吸で…どんどん煙を吸い込んで…。
ヂりヂりとノイズのような音が、聞こえ……て、……
「未来を知る者は、常に最強の手札を用意できる。覚えておくといい…お前の敗因は、」
あ、……あ。
………………………………next…→……
日付が変わる頃。
校庭には大量の人間達が集められていた。
そのほとんどが既に死亡していて、重傷者も同じだけ多かった。
中には体がバラバラになっている者もいて、夢も希望もない残酷な光景を前に言葉を失い泣くことしか出来ない子供達もいた。
「……お前達を全て、私の"死者"にしよう。……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
生死がごちゃ混ぜになった人の束を前に、両手を広げた六島が語りかける。"言葉"にならない音の粒はそれらの耳…体に自然に流れ込み…溶けて染み込んで…洗脳する。
「…アメストロ。火をつけろ」
六島が声をかける…すると、彼が着ている白衣が揺れる。内側から薄白い肌の手が出てくると、集められた人間達に手のひらを向けて、着火。
燃え始めた人間達は何も言わない。生者でさえ、体が燃える苦しみに対して無言を貫いている。
「"死人に口なし"…ふ。まさにその通りだ。静かな我が死者達よ……!ふはははははは!!!」
少しして、校庭の真ん中に巨大な焚き火が完成した。
………………………to be continued…→…




