第11話「図工室爆破事件」
「こっくりさん、こっくりさん…おいでください。つーか来いよ」
「っぎゃはははは!!」
「…」
「はい動いたー。キタキタ。またキタ」
「なに聞こうかー?」
「…」
「じゃあ黙りっぱなしの"楓ちゃん"のこと聞こうか」
「いいねいいねー。もう9回目だけど!」
「でぇ?……楓、何にする?」
「…もう、許してください」
「こっくりさん、こっくりさん…楓を許してもいいですかぁ?」
「ぷふっ」
「…ぁぁ、ぁぁ……っ!?」
「くふっ、ふひひひひひ」
「いいえ。だぁってさあ〜!」
「っ!!今先輩が動かして、」
「んなわけないない。ね?」
「こっくりさんを疑うって最悪だかんね。あーあ、こっちはただ純粋にこっくりさんに聞きたかっただけなのに。楓のせいでこっくりさん……怒っちゃった」
「ぃたっ」
「あーやばい。こっくりさんに体操られてるかも。自分の意思で動かないもん」
「同じく」
「許して!許してえ!もう痛いの嫌だよっ!!足踏まないで!!」
「あー、あー、無理だわ。右手が勝手に彫刻刀に」
「あたしなんて1番太いやつ取ろうとしてる。こっくりさんマジギレしてるこれ」
「いやっ!!いやっ!!」
図工室。放課後は特に部活等で使われることはなく、ただの空き部屋となる。それを知ってか、たまに生徒が遊び場として使用したり、先生と生徒による相談室として使用することもあるのだが…
今回は違った。
出入り口は机と椅子を積み上げて塞ぎ、窓の鍵もガムテープで塞いで簡単に開けられないようにしている。逃げ場を完全になくしたこの教室で行われるのは、怪しい要素が一切ない紛い物の降霊術。
この降霊を目的とした"集まり"は定期的に企画される。毎回、突発的に。実質、毎日。
あれやこれと様々な降霊術を試すこの集まりでは、どういうわけか1人の参加者だけに毎回不幸な出来事が舞い込む。椅子が飛んできたり、様々な色の絵の具が溶けた汚水を頭から被ることになったり、見えない何かに背中を押されたり…
今回は……。
「い"っ!?」
「…あれ?」
「え、待って?」
「っっ……柊木先生!!」
移動してきてすぐ見えたのが振り下ろす瞬間だった。カーテンを閉めてるし部屋の電気も消してるしで、ちょっと暗いせいもあって僕に出来るのはこれしかない…と思った。
彼女の……楓の身代わりになること。
机の上に置かれたままの彼女の手の上に自分の手を差し出したのだ。決して重ねてはいけないと思った。でなければきっと貫通してしまうだろうから…
「よかった。予想通り…ちょっと先が出てる」
手の甲から手のひらへ、遠慮なく突き刺さり貫通した凶器。これが何なのかはどうでもいい。こんなことに使える時点で安全な道具ではないし。
「楓。怪我は…多分してるよね。遅れてごめん」
「先生っ…」
「やば、」
「っ!!」
僕が受けた痛み。彼女が受けた痛み。2人分の怒りが僕をやる気にさせた。それを感じ取ったのか近くにいた声が明らかに温度を変えて…
「先生…?」
「わ、わたしたち!見てただけです!こ、こ、こっくりさん!こっくりさんやってて…」
「そうそう!そしたら本当に10円が動いてそれで」
さらに声が追加される。教室内にいる"敵"は4人みたいだ。
「これでも、僕は馬鹿じゃない。注意されたことはちゃんと守るタイプだし、そもそもルールを破ることもしない。…でもね、それは以前の僕の話」
自分の中で湧き上がるものを感じる。渦巻いてる。怒りの感情が、口から出ようとしている。
「代行になってたくさん危険な目に遭って、死にそうになったことだって少なくない。そしたらね、普通の人がそれ以上先に行っちゃいけないと引き返すような一線を簡単に…」
衝撃。教室中の窓が全て砕け弾け飛ぶ。音と事象に驚く彼女達の姿が、外の明るさが室内に届くようになって明らかになって。
「越えられるようになった」
破壊衝動。そしてその先の殺人衝動。それらを極限まで抑えた結果、こうなった。
「…っ…むり」
「……ゃ、」
椅子から落ちて本気で恐怖するのは楓に直接危害を加えていた2人。まともに声も出ず、目からは涙が溢れ、体を震わせ失禁していた。
ドアの近くにいた2人は抱き合って震えていた。僕を見る目は恐怖で染まっていて、きっと僕が
「次、窓じゃなくてお前達がああなる番だ」
なんて言ってしまえば…あ。言っちゃった。違う、そんなこと言ったらトラウマになるくらい怖がるだろうなって……
「……ばぁっ」
誤魔化そうとして可愛らしく脅かす素振りを見せた。しかし反応は大絶叫と大号泣の嵐。殺されると思ったのだろう。そして僕が代行だと分かっているから、冗談ではないと感じたのだろう。
赤ちゃんでもこんなにうるさく泣けない。
「…やりすぎた。ごめん」
「ど、どうしますか」
ヒミコ先生の理想はこういう時にサッと楓を連れ出して助けるみたいな事だったはずだ。それが立派な殺人予告になってしまった。
びっくりしすぎてキョトンとしている楓に謝ると、僕はこのタイミングでようやく自分の右手を見た。
「その…僕を助けてもらってもいい?」
手の甲の中心に近いところに2本。2本も刺さってる。持ち手が木材で…これは…
「助けるって、ぬ、抜くんですかこれ…彫刻刀…を……!?」
「これ彫刻刀なの?…なんでもいいけど、一気に抜いて。自分でやるのちょっと、無理」
「わわ…分かりました。先生、」
「ん?」
「ごめんなさい。痛いと思うので先に、謝っておきます!!」
意外とこの子は出来る子だ。僕を怖がらずに普通に話せた。…いや、違うか。いじめが常習化したせいで恐怖する感覚が麻痺しているのかも。
とりあえず、彫刻刀は抜けた。ボタボタと高速で血が垂れ流れるようになって、激痛と嫌な開放感。思ってたより小さな穴が2つ。
((EXECUTION))
じっと見てる場合じゃなかった。すぐに創造で回復させ、
((EXECUTION))
楓にも同じことをする。顔を見れば癒されているのが分かる。どんな傷をつけられたのか…そんなの、彫刻刀が出てきてる時点で想像するのは容易で。
「楓はお前達の玩具じゃない。ストレス発散する道具でもない。彼女は1人の人間。分かるよね、今までしてきたことがよくない事だって。分かるよね、僕がどれだけの力を持っているか。分かるよね、今後お前達がどうするべきか」
いじめてた側のくせに、まだわんわん泣いている。全員、逃げ出さない。…いや、逃げられないのか。楓を逃がさないようにドアを塞いだことが、まさか自分達を追い詰めることになるなんて思ってなかっただろうし。
「仲間を作って群れるのは悪くない。でも、彼女にしてきた事…ちゃんと後悔してね」
「あ、先生」
((EXECUTION))
最後に4人を順番に睨みつけて、僕は楓を連れて瞬間移動した。
………………………………next…→……
「大問題だよ、これは」
夜。校長室。
僕とヒミコ先生が呼び出された。
「ですが校長、楓はこれまで…少なくとも1年近くは嫌がらせや暴力を…!!創造で治療できるからと我慢させ…」
「いやいや、そういう事じゃなくてね」
「はい?」
「あーいや、誤解しないでほしい。いじめがあったことも大問題。だけどね」
「僕が問題。そういうこと?」
強気なヒミコ先生、少し防戦な校長。そのどちらもが僕を見て黙った。それからしばらくの間があって。
「……校長。説明を」
「柊木君。…君は今日1日ずっと味わっていたはずだよ。生徒達が君を見る目は、向ける感情は、まさに憧れ。侵入者を撃破したあの姿に、守ってくれた君に皆が憧れていたんだ。君が図工室で怖がらせた生徒達から他の生徒に今回の事が伝わって、君への評価がひっくり返ることはもう止められない。ヒーローが恐怖の対象になったらまず先生だなんて呼ばれることはないんだよ」
「…別に、怖がられても構わない。好かれたくてここに居るんじゃないし。色んな理由があって、ここを守るために居るだけだから」
「だけどね。君がよくても生徒達が拒否すれば、今後は自由に外を歩かせることもできない。学校に近い場所で待機してもらうことになる。分かるかな?」
「そんな。彼はやりすぎましたけど、」
「明日は授業に顔を出さなくていい。様子を見て、必要なら君のために居てもいい場所を用意するよ」
「校長……!!」
分からなくはない。
行き場のない子供達を保護する場所でもあるのだから、その子供達からの信用を失うことがあってはいけないのだ。
だから、というわけでもないだろうが…今日まで楓へのいじめも見逃されてきたのかもしれない。
それはそれで
「許せない……」
「我々にも手を出すつもりかな」
「彼を何だと思ってるんですか!!」
校長の中では僕を学校の外へ追い出す方向で決まっているようだ。あの山道のどこかで敵の襲撃を待つだけの地蔵になれと、そういうことらしい。
「守るってどういうことなのか、考え直したら?」
「君の方こそ、力に頼って弱者を食い物にしているじゃないか」
視線がぶつかる。
「柊木先生も落ち着きなさい!今あなたが校長に手を出したらそれこそ…」
ドカッ。
「ん?」
「なに、誰!入って来なさい!」
「入室のそれはヒミコ先生が言うことじゃないんだけども…」
最悪の空気。それを邪魔したのは閉じたドアに何かがぶつかる音。まあまあ重い音がしたこともあり、僕はその正体にすぐ気づいた。
「…失礼、します」
「俺止めたんだけど…」
「空指さしてUFOとか言うからつい」
「ヒバリがまんまと引っかかってるの笑って見てたら…走っていってて」
楓と賑やかな男子生徒3人組だ。まさか男子生徒達までついてくるとは思わなかった。…なんでだ。
でも、楓を止めようとしてたのは分かった。楓のUFOを発見したというバレバレの嘘に引っかかって、その隙に逃げられて…でも楓は最終的に校長室のドアにぶつかってしまった…ということなのだろう。その証拠に彼女の額が少し赤い。
「君達…」
「校長先生。…柊木先生は悪くないです」
「そうだよ。俺たちとも遊んでくれたし」
「今だって目の前にいても全然怖くない」
「そもそも影でいじめてたのが悪いんだ。…こいつよくドジるし、怪我しててもまたかとしか思わなくて誰も気がつかなかった。いじめられてたって知ってたら柊木先生じゃなくて皆があいつらを責めてた。自業自得だよ」
生徒達に庇われた。最後にお調子者の彼が親指を立てて僕にアピールしてきて、なんだか…落ち着いた。いつでも解き放てるようになってた怒りが、奥底に沈んでいくのを感じて…ほっとしてため息をついた。
「お願いします、校長先生。柊木先生を追い出さないでください!」
楓が頭を下げる。それに続いて男子生徒達まで。
「確かに柊木先生はやりすぎました。でもそれは彼女のため。荒々しいやり方ではありますが、これまで楓が受けてきたことに比べれば、直接殴られたわけでもないですし」
「いや、もう十分だよ。……分かった。でも念のため柊木先生は明日1日自分の部屋で大人しくしていてくれないか。…それで妥協点としよう」
………………………………next…→……
「いやー!見た?あの校長のちょっと悔しそうな顔。ぐぬぬぅって」
「出たーー!ヒバリの顔真似!全っ然似てねえ!」
「いやいやいやいや、そっくりでしょホラ!このおでこのシワとか」
校長室から寮へと戻る道中。ずっと男子生徒達がわいわい騒いで明るい空気を作っていた。
「あの、柊木先生」
「ん。なに?」
「本当に、ありがとうございます」
その空気が、楓が頭を下げた瞬間に変わる。
「柊木先生。あたしからも、ありがとうございます」
ヒミコ先生にも頭を下げられた。彼女も彼女で苦しかったのだろう。僕みたいな解決の仕方をするわけにはいかず、楓に耐えさせてしまっていたから…。
「そうなると?」
「俺たちもだな!よし、ヒバリ!土下座!」
「俺だけ…!?」
「君達は別に、どうして」
「だって柊木先生は学校守ってくれたし、同級生も守ってくれたじゃん。俺たちはこの学校がダメになったら本当に行くとこないから」
「それに、いじめはよくない。戦う勇気が大事だってのも知ってた。だから先生が怒って図工室爆破したって聞いた時はまじカッケーと思って」
「うんうん」
「待っ…え?図工室爆破?」
「違うの?」
「テロったんでしょ?」
「窓全部吹っ飛んだって」
「それはあってるけど…いや、テロったってなに!?というか全員もう頭上げてよ」
気づけば、全員ニコニコしていた。僕のことを怖がってない…むしろ受け入れてると教えてくれるように。いや…実はそんな深い意味なんて無くて、単純に
「必殺!!図工室爆破!!」
「はいどっかーん!窓ばりばりーー!」
「ラスボス登っ場…!怒りのコウチョウ……ラウンド1…レディーー…ふぁいっ!!」
この子達のくだらなさのせいかも。
まだ世界のことなんて何も知らなくて、自分達だけの小さな世界を一生懸命生きてる…可愛らしい子供達。
「守ってやりたいって顔、してるわね」
「…まあね」
「改めて我が校にようこそ、柊木先生」
初日から大騒ぎだった。
さすがに明日からはもう少し穏やかな日々を過ごせるだろう。…と思っていた。この後、男子生徒達から今回のことが"図工室爆破事件"と呼ばれ広まっていると知らされるまでは…。
………………………to be continued…→…




