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僕達に与えられた使命。…と、新たな日常。  作者: イイコワルイコ
Case22 _ 終へと育つ人々
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第9話「初日」







ドタドタドタドタ……!!



地鳴りかと錯覚しそうになる騒音。そしてわずかな揺れ。でも、地震ではない。



「……なん、だ……?」



完全な寝起き。布団を少し捲って両腕を外に出し…伸び。つま先までピンと伸びきってから、その正体について考える。



「ちょっと騒がしいような気もする」



人の声だ。何人もの声がワイワイガヤガヤと……生徒達か。ということは。



「登校の時間?」



寝転がったまま部屋の中を探すと、壁掛け時計を見つけることができた。時間は…7時22分。


え。早くない?



「学校目の前なんだし58分くらいまでダラダラしてても……」



なんとなく8時くらいを基準に比べて、この学校が普通とは違うことを思い出した。もしや校則とか色々あるのでは……



「でも僕は生徒ではないし」



正直、もう少し寝たい気持ちがあった。最後にこんな平和的に休んだのがいつだったのか…思い出せなかったから。



「まあ、あの"お布団"に比べたら普通な質だけど…十分寝れるんだよね…これ」



ある程度静かになってきて、2度寝しようかと布団を被ろうとしたら


コンコン…


ドタがノックされる。生徒なら無視してもいいかもしれないが、これがもし先生なら…校長なら。そう思うと体は渋々動いてくれる。



「……はい」



鍵を開け、ドアを開けると……



「おはよう坊や」


「ヒミコ先生…だっけ」


「すごい寝癖。それとも何かの実験に失敗して爆発した?」


「ん……」



指摘されて髪に触れると……確かに。というか、伸びたな。



「ちなみに床屋とかって」


「あらあら。今どき床屋なの?」


「別に切るだけだし変に気合い入ってる店に行こうとは」


「どっちにしても、無いわ。切ってほしいなら月組…。2年生にいい子がいるから、後で紹介しましょうか」


「そうしてもらえると助かる」


「じゃあ…準備なさい。今日からあなたも学校の一員。大事な初日に大遅刻なんてダメよ?」


「…初日」


「職員室に来たらいいわ。じゃあまた後で」



部屋を出た瞬間から彼女はもう白衣を着て先生をやっていた。

余裕のある雰囲気で歩いていくのを適当に見送り、部屋に戻る。…そして



「遅刻って言葉出されるとちょっと」



焦る。子供の頃なんて、"通わせてもらってる"という意識があったからよっぽどの事がなければまず遅刻なんてしなかった。珍しく寝坊した時でさえ担任の先生に何度も頭下げて謝ってやり過ぎだと引かれたくらいだし。


気づけば体はテキパキ動く。風呂場へ行き水を出しながら手ぐしで髪を申し訳程度に整えつつ、



「冷たっ」



バシャバシャと顔を洗う。雑に手で拭って、濡れた手でもう少し髪を触って寝癖対応を完了させると今度はさっさと着替え……



「あれ。色々足りないかも」



欲しいところにタオルがない。というか、着替えもない。無い無いばかりで焦りの色が強くなるが、無いものは無いのだ。仕方ない。


細かいことは後にしよう。まずは顔を出す。これが大事なのだ。



コンコン…



「また?」



僕の世話役になりそうなヒミコ先生はもう学校だろうし、他の先生が挨拶にでも来たのだろうか。

…ツクリダ先生か?



「はい…」



とりあえず出てみる……と、そこにいたのは



「おっす!おはようございます!」


「…おはよう」



生徒だった。ニカッと笑うその顔は爽やかというより暑苦しく、真っ白ピカピカな歯が眩しい。他は特に特徴もない…普通の男の子だ。

夏服の制服を見事に着こなしていて、見本的な生徒な彼だが…



「……何の用?」


「校長先生から預かって来ました!これ、着替えだそうです!」


「おお…タイミング良い」


「それでは!自分もう行きます!!」


「どうも…」



名前くらい聞けばよかった。悪い子ではなさそうだし。

それはそうと渡された紙袋を確認する。世間的には低価格帯で庶民派扱いされるお店の少し大きめな紙袋。僕にとってTシャツ1枚が500円で相当良い物扱いなのだが…この店のは大体1500円前後とかだったような…。



「ん。メモが入ってる?」



"必要だと思い用意しました。"


…ジュリアからだ。これ。

中を見ると、無難なジーパンと肌着…そして白シャツが入っていた。

物だけ見れば普通。でも僕は知っている。こういうのは着る人次第でカッコよくもダサくもなるのだと。1番試されるやつだ。なんならジャージとかでよかった。



「でもありがたいのはありがたいから、着よう」



ドアを閉めて早速着替える。脱いで、着る。たったこれだけのことが、頭の中で遅刻の文字がチラつくだけで難易度が跳ね上がる。それでも、新品の服を着るのはどこか気分が良くて。



「サイズぴったり。さすがジュリア…なのかな」



彼女の"高性能"は範囲が広すぎる。きっと昨日一緒にいる間に僕を観察してサイズを判断したのだろうが、裾上げまでぴったりなのはどういうことなのだろう。



「着心地は最高だけど鏡がほしい…ん、」



中身は全部出したつもりだったが、紙袋にまだ気配が。確認してみるとそこには



「サンダル!?そこはスニーカーとかじゃないの!?」



これは彼女の遊び心なのだろうか。

まあ…急ぐ今は靴下を履かずに済むのが地味に助かるので、これを履かないという選択はない。



「よし、行こう」



バタバタした朝……僕は何年かぶりに、学校生活をはじめた。









………………………………next…→……








「遅刻っ……」




かどうか、職員室に飛び込んだのと同時に聞こうとして…その先の言葉が出なくなる。それもそのはず。職員室には誰もいなかったのだ。



「遅刻…か。遅すぎた」



既に先生達はそれぞれの教室に行って授業等を始めているのだろう。ここは一旦保健室か校長室に行って



「…ぉはよぅ……ございます」



「え"。……あ、」



「音楽担当…オトドリです。よろしく…」



「ああ…どうも」



誰もいないと判断できるほど静かだった。でも実は1人いた。それが彼…オトドリ先生だ。黒ズボンに、黒のTシャツ…そして赤のジャケット。遊んでる髪も含めて、テレビにも出るようなミュージャン感がある彼だが、ものすごく控えめな話し方をする。…よく見ればバッチリメイクもしているみたいだ。見た目と性格が一致していない。



「朝の会議は終わってるので…自分から説明しますね……。柊木君は"特別講師"として一応先生の1人としてこれからは頑張ってもらいます…と校長先生が」



「特別講師…」



「あ。心配しなくても授業とかはしなくて大丈夫です。他の先生と一緒に教室に行ってプリント配ったり必要なものを用意したり…手伝いをしつつ、あなた個人の役目をこなしてください」



「……」



「学校、守ってくれるんですよね?」



「それは、そう…だけど」



「よろしく…。じゃあ、今日は自分の付き添いをお願いします」



「はい。…よろしくお願いします」



皆が走っていても、歩いていても、彼は変わらない。ずっと自分のペースを守る。いつの間にか僕はそんな彼に引き込まれそうになっていた。



「早速ですけど…これ、一緒に運ぶの手伝ってください」


「…これは?」


「柊木君……柊木先生に預けるのはエフェクター…。ギターの音を変化させる道具です」


「ということはオトドリ先生が持ってるそれは」


「エレキギターです。自分はこれが必要なので…。ただ、音楽室に置きっぱなしにすると生徒にイタズラされたりするので…人に触られたくないんですよ……高いし」


「楽器はなんでも高そうに見えるのは間違いないかも。学校で使うリコーダー代だって値段知った時はビビったし…」


「自分のギターは120万です……」


「ぅわ…」


「そのエフェクターも全部で14万くらいはします。金はかかりますけど、高いなりに良い物ではあるので……」


「なるほど」



このエフェクターとやら……全部でという表現からして僕が持ってるのはケースなのだろうが…中にいくつ入ってるんだろう。なかなか重い。ずっしり重い。これを毎日のように職員室から…いや、自室から持って歩いてるって考えると……



「音楽って肉体労働…」


「もうすぐ着きます。一応僕から紹介しますので、その後は教室内で自由にしていてください。今日は宿題の発表会なので」


「宿題を発表…!?……ああ、音楽だから」



きっと今の僕は何の楽器も演奏できない。リコーダーだって小学校中学校と授業で扱ってきたが…ドレミの押さえ方すら満足に思い出せない。



そして、オトドリ先生と一緒に音楽室へ入る……。



「ぉぉっ!!」


「よっしゃ!」


「やばっ…かっこいい」


「あたし達1番最初説ない?」


「あるあるー」



既に席について待っていた生徒達が僕を見て騒ぎだす。男子もだが、それ以上に女子達の騒ぎ方が僕には信じられない。既視感はある…テレビで、人気俳優とか男性アイドルが学校にロケに行った時に騒ぐのと全く同じやつだ。顔面偏差値は明らかに差があるはずなのに、なんでこうなる…!!



「落ち着いて…。自分から紹介します。彼は柊木先生。今日から特別講師として、先生方の授業をサポートしてくれます。初日は自分の授業を」



「先生!もういい!柊木先生と喋らせてー!」


「柊木先生ー!」



「…ということなんで、じゃあ生徒達への指示をお願いします」


「指示?……そういうことね」



じゃあ。



「静かに」



普通こういうのは何度か言ってみたり、それでもダメだったりする。特に僕みたいな転校生的なサプライズで追加された人がいると特に"静かに"なんて無意味な言葉になるのだが…



「あれ、効果抜群」


「柊木先生、ありがとうございます。じゃあ……出席…相田」



「はい」



すごい。ちゃんと静かになった。しかもオトドリ先生も自然に授業を始めようとしている。



「……」



邪魔をしないように黙って、なんとなく黒板の近くで待機する。気持ち数名の生徒から熱い視線を感じるが…。



「はい……休みなし、遅刻なし。じゃあ宿題出してたと思うんですけど…1組ずつ前に出て発表してください。まずは相田と飯田と梅田…前に」



「はい」


「緊張してきた」


「いけるいける。練習はバッチリだったし」



男子生徒3人は前に出てくると、まずそれぞれが緊張と戦う。深呼吸してみたり、何かを思い出してみたり?…しながら。



「じゃあ…始めて」



「……よし、」


「おけ」


「せーの…」



3人が声を重ねて発生する。綺麗に寄り添い合う歌声は、この年齢からは想像できないほど大人っぽく完成されていて…特に梅田という子が他の2人を引っ張っている。



「たぁだぁ〜…」


「…っ」


「っ、」


「「「夢を〜見て〜いた〜♪」」」



あっという間にサビに突入し、3人のアカペラによるバラードは切なさを増していく。

…って何これ。授業でこんなにやるっけ?そもそもこんな曲を学校で扱うっけ?


ふとオトドリ先生を見てみると、手元にボードを持っていて…挟んだ紙に彼らの評価を書き込んでいる。……高評価だ。僕も聞いてて良いと思うし、妥当なと…こ……あれ?ペンが加速した。ダメなところが箇条書きでどんどん追加されてく。何これ。ダメ出しのレベルじゃない。クレーマーみたい。



「「「涙〜…♪」」」



歌が終わると、一旦教室中から拍手が。しかしそれを



「はい…3人は…そうですね、100点満点中…62点というところでしょうか」



オトドリ先生が途中で遮る。



「ハモりは綺麗でしたね。梅田のハスキーボイスを立てて、というのも良かったです……でもブレスだったり…あと声を切る時のウッ↑という息の残りが出ちゃってる音からして…甘いですね。息づかいは大切だと何度も自分は教えたはずです」



「すいません」


「次から気をつけます」


「はい…」



急に説教みたいな空気。静かめだけど厳しいのか、オトドリ先生。



「いいですか。全員、よく聞いて。息を合わせるというのは仲間との連携の話だけじゃないんです。……例えば町岡、長距離走が得意ならペースを守ることの重要性は分かりますね……?」



「はい。分かります」



急に話を振られた女子生徒だが、自然に対応する。日常なんだろうか…。



「ペースを乱すとどうなりますか?…シンプルに」



「はい。良い結果が出せなくなります」



「聞きましたか、相田、飯田、梅田。それぞれのパートで上手に配分すること…それは創造でも同じことです」



「「「はい!」」」



「3人は放課後補習です」



え。今ので補習居残り…!?



「じゃあ次……」



その後も発表会は続く。どの組に対してもオトドリ先生はなんだかんだダメ出しをして、結局居残りが決定したのは4組…11人も。多すぎる。



「満点は1組だけ…」



思わず声が漏れた。その1組は男女2人組で、男子がピアノを弾いて女子が歌うという組み合わせだった。正直、僕からすれば全員満点で問題ないくらいレベルが高かったのだが……。合唱コンクールとか出たら大変なことになりそうなのに。



「はい……じゃあ、最後に…」



もうそろそろ授業が終わる…という時に、オトドリ先生はゴソゴソと……持ち込んだギターの準備を始めた。



「柊木先生。ちょっとこれコンセントお願いします」


「はい…」



とりあえず言われた通りにする。1分ほどで準備が完了したのか、ジャラーンと軽く鳴らしてみたりして。



「手本を見せます」



……ん。ん?彼の足下にあるのが言ってたエフェクターだろうか。10個近くもある…色や形がバラバラで、線で繋がってるように見える…



「ィェエエエッ!!ロッキューベイベッ!?」


「はっ!?」



オトドリ先生の奇声に驚く。直後、エレキギターによる音の洪水が音楽室を埋めつくしてしまって…



「あー…」



もう何を言っても誰にも伝わらない。それほど音がでかいのだ。

何を弾いてるのか分からないが、それでも先生なだけあって上手い。テクニックとかも多分すごい。ピロピロしてる。なんか、ピロピロしてギュイーンってやってる。

調子が良いのか、ノってきたらしく頭を振り始めた。……何これ…ちょっと怖い。



「……?」



でも、生徒達は真剣にオトドリ先生を見ていた。得られるものがあるのか…ちょっと気になって、僕も生徒達の側から彼を見ようと移動したら



キーン…コーン…カーン…コーン……



「あ」


「……ィェスッ!!……はい、授業終わりです…お疲れ様でした」



「起立、気をつけ…礼」



パっと切り替わって終わりの挨拶。何これ。僕にはもう理解できそうにない。


半分以上の生徒達が僕に会釈やら手を振ったりをして教室を出ていく。そうか、次の授業があるのか。……かなり濃いめの1時間目だった。



「柊木先生」


「…?」


「今日自分は4時間目までなので…大体今のがあと3回続きます……」


「……そ、そう…」



かなり、ヘヴィだ。













………………………to be continued…→…


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