第10話「大怪物」
「ひぃぅ!?なんですか、何が起きて…」
「着いたね」
「ユキはどこに……」
まるで特撮映画の撮影現場だ。瓦礫やら電柱やら壊れた街の部品たちが、不自然な空間を作り出すように外周を固めている。
僕達はその中心に降り立った。周りが囲われていて…逃げ場がない。
「逆に言えば入ることもできないよ?変なの。…みかん先生、この場所に見覚えは?戦った場所はここ?」
「いいえ。こんな不自然な場所があれば忘れるはずがありません。完全に初見です」
「とりあえず凪咲は」
「うん。彼女から離れないようにするね」
何が起きてもすぐ対応できるように、両手を構える。敵が現れたら一瞬で消し飛ばすつもりで。
「ユキ。ユキ。いる?隠れてる?」
「ユキー!私達だよ!モノ達が心配してる!出てきて!」
声をかけてはみるが、返事はない。でも瞬間移動でここに来たのならユキは近くにいるはずで。
「……第三の目」
集中し、潜在能力を引き出す。人間が持つ可能性の中から感知能力に特化するよう意識して…。
目、鼻、耳が敏感になる。
「そこ。土とガラス片で周囲に溶け込もうとしてる」
すると突然"かくれんぼ"の難易度が大幅に下がる。言い当てられたことで諦めたのか、もぞもぞと動きだしてうつ伏せ状態なのが丸わかりになる。
「………」
「かくれんぼなんて可愛いものじゃない。これはもう立派な擬態。立てる?そしたら目を閉じててね…洗い流してあげるから」
服は当然ながら、顔…歯まで土と泥を塗りたくっていた。凪咲が水の魔法で大量の水を浴びせると、その水圧もあってかあっという間に綺麗になっていく。
そして判明した正体はというと、
「やっぱり。ユキ…、どうして私達に反応しなかったの?敵じゃないのに」
「………」
「口の中にまだ色々入ってるなら、…いいよ。水の量調節したから洗い流そう?」
首を横に振ったユキは、びしょ濡れになった体を引きずるようにして僕の方へゆっくり歩み寄ってくる。その見た目は割とゾンビ寄りだ。
というか、
「足、怪我してる?」
「…まこと」
「迎えに来た。とりあえず安全な場所に」
「いる」
「え?」
「ミハル…」
「ユキ……。そのことは後で話をしよう。今優先するべきなのは」
「ちがう…ちがう、…」
確かに違う。この顔は身近な人の死を受け入れられない顔ではない。彼女の表情の細かな変化に反応する僕の目。それを脳は"何か言いたいことがあるはず"と解釈。精神的問題か事情があって話せないが重要な情報を持っているのだろう…。ならば、
「話さなくていい。"見る"から」
その気でユキに触れる。
「ぁ………」
この場面…。ユキはミハル達が戦闘しているのを少し離れた場所で見ていたようだ。物陰に隠れるようにして覗きながら、圧倒勝利したミハルに衝撃波が重なる瞬間を目撃して呼吸をするのを忘れてしまっている。
その後、みかん先生だけが逃げ出すことに成功するところまで見届けると…ユキはその場で崩れ落ちた。
「ミハル……!ミハル…やだよ、こんなの…」
あの衝撃波に自分も襲われるかもしれないのに、離れようとしない。握った拳を地面に叩きつけて、でも全然静かで…自分の力の無さを思い知らされて。
悔し泣き…だった。その顔は、悲しさよりも、悔しさが勝っていた。
くしゃくしゃな表情で静かに泣くユキ。……でも、突然顔を上げる。
音だ。物音がした。
見れば、ユキの視線の先に……動く影がある。でも様子がおかしい。直前までのミハルと比較しても、
「…て、き?」
体は最低でも倍以上ある。そしてそれがユキから見えやすい位置まで移動すると、その容姿が明らかになる。
黒毛の、牛。だけど、人。三角形と逆三角形の角を合わせた…砂時計のような体型で、両足と両腕の太さは樹齢を聞くだけで尊敬できる大木のよう。あれを相手に、化け物という言葉は似合わない。大怪物なら妥当だ。
その大怪物だが、一応武器を持っている。左手に…電柱より太い棒状のものを。しかし腕が太すぎてどう見ても木の枝を持っているようにしか……
「ドゥオオオオオオオオオ……!!」
「っ……」
大怪物が鳴く。驚いて声が出そうになったユキは両手で自分の口を押さえる。地響きのような振動を感じながら、感情を必死に押し殺して…どうにかそれがこの場からいなくなるまで耐えようとして、
「…っ!?」
気づく。足下に人間が2人いることに。その巨体にばかり目がいってしまって、気づくのがかなり遅れてしまった。
しかもその2人というのは
「……」
ミハルとみかん先生を庇ったもう1人の仲間。
2人は気絶しているのか死亡しているのか不明だが、全身がボロボロだ。しかも首輪をしている。首輪から伸びる鎖は…大怪物の足首に繋がっていて。これではまるで
「足枷。囚人…みたいだ」
自然に覗きが解除されていた。そして僕の感想を聞いたユキが、まさに言い当てられた顔をしていて。
「あの後、あれを追いかけてここまで?」
「うん…うん、そう…まこと!」
「隠れたのは見つかりそうになったから。でも急いだせいで足を怪我した」
「ちょっとだけちかくでみた…ミハル、くるしんでた…」
「時割れだと思ってた。違うのか…?」
「またもどってくる…おねがい」
「うん」
思考の共有で状況を把握した凪咲はユキが隠れていた隙間に魔法を放つ。
「下に広めの穴を用意したから、ユキとみかん先生は中に入って隠れていてほしいな。今の真が強そうって思うのは相当だろうから」
従うしかない2人はすぐ穴に隠れてくれた。でも姿を隠すギリギリまで、ユキは僕を見ていた。
「精神が崩壊しても意識を保った。しかも真に伝えようとまでしていた。ユキ、頑張ったね」
「その頑張りに僕達も応えないと。あんなのと戦ったことないけど」
「真がイメージしてる敵の姿、どう考えても体のバランスおかしいけど…」
「間違ってないよ。シンプルに体が大きいのとは全然話が違う」
「そこまで言うなら楽しみかも。…ねえ。ユキがここに隠れていたってことは、ここがその」
「大怪物の巣みたいなことなんだと思う。もしあれが新人類の戦力なら、創造生物的なことなのかもしれないけど…」
「使者として創造するには厳しそう?」
「なんていうか……」
…ん…?波の音が聞こえ…あ
「真」
「掴んで」
音に反応し、凪咲と手を繋いですぐ瞬間移動で上に逃げた。すると案の定時割れが走ってきて…
「……真。あれ!」
「…どういうこと?時割れの衝撃波の中から…出てきた……!?」
SF映画でも見ているみたいだった。衝撃波という名の小さなドアを潜って出てきた例の大怪物は、立ち上がると一気に迫力が増す。
「真。身長が10mを超える時はちゃんと言ってくれなきゃ」
「僕だってこんなにデカいと思わなかった!!」
((EXECUTION))
とにかく左手を向ける。どんなに巨体であっても、首から上を消し飛ばしてしまえば生きていられないはずだから。
ポゥゥゥン……!!
「は?」
「真。私はこのパターン何回も味わってるから分かるよ…」
「じゃあ…どうしたらいい?」
「1番おすすめなのは逃げることかな!?」
「えっ!?」
効いてくれたらどれだけ楽だったか。ただ、向こうもそういうのをされると困るから今回のような細工をしたのだろう。
大怪物に攻撃は届かなかった。可愛らしい音と共に弾かれただけだった。こんなに体が大きいんだから、単純に異常発達した筋肉が弾いたとかの方がよっぽどらしくてかっこいいのに。
どうやら見えない何かに守られているようだ。
「ふふっ。なーんて!私がいた世界とこっちとじゃ、前提が違うでしょう?」
「え?なに?早く!」
「焦らないの」
大怪物はこちらを向いて口を開けている。声は出さないが、その様子だけで何となく怒りのようなものは感じ取れて。
「さすがに攻撃力は間違いないと思うよ…!?凪咲、本当に急いで!」
落下する。瞬間移動で空中に留まろうとしてもいいのだが、あれが物を投げ飛ばしてきたらそれはもう大砲とそんなに変わらない気がする。
「…できた」
空中で展開される魔法陣。黒と金と虹色に輝く紫が血のように通っていて…大怪物に合わせて大きくなっていく。
「見せちゃう。私のとっておきの魔導。……光縛魔導陣…アウリグン」
「……っ、」
その時、僕は大怪物と目が合った。闇のような黒の瞳の中に…顔があった気がした。その色はそこには存在しないはずなのに…脳が錯覚して勝手に着色してしまう。
……赤い。
………………………to be continued…→…




