第5話「虚言癖」
三男は、笑った。怖いくらいに満面の笑みだ。
声は出していない。笑顔を浮かべ、カタカタと体を震わせるように笑っている。
「諦めてないって、なんだコイツ」
「死にたいってんなら叶えてやろう。ガキは出ていけ」
にゃんにゃん天国の店長が僕達を追い払おうと迫る。
その間に強面の男が三男に近寄り……っ酷すぎる。
((READ))
その声に対して正しい反応を示せたのは僕と凪咲さんだけだった。
三男の…ズボンのポケットから光が漏れている。…携帯しやすくするために創造の書を加工することが出来るらしいことは、マミさんとの一件で分かっていた。
…ただ、創造をした三男に変化はない。
使者らしき存在も…いない。
「なんだ?」
強面の男が三男のズボンのポケットを調べようと手を伸ばした。
「俺は大怪我をしている」
三男の言葉。瞬間、三男の顔の傷や腫れが綺麗に無くなった。
それに強面の男が驚く…と、さらに。
「俺は喧嘩が弱い。最弱だ」
立ち上がった三男はそのまま右ストレートを強面の男に見舞う。
1発で気絶し仰向けに倒れた男は、顎が外れていた。
「なっ……」
「店長、お前はどこにでも逃げられる。体はすごく頑丈だ」
「お前、何…か、体が!力が入らねえ!どうなって」
「俺がお前を殴っても体に穴は…」
「っ?やめろ!とにかくやめ」
「…っあけられない!!」
太鼓などの打楽器を演奏した時に振動が胸に響くことがある。
あれを今、僕は感じた。
ドン…!と衝撃音がして、にゃんにゃん天国の店長の胸を三男の拳が貫通していた。
「う、うひぃえええっ!ひと、ひとひと、人殺しぃぃいいっ!!?」
トシちゃんがパニックになり、僕達を押し退けて店から出ていった。
「お、おい…お前…」
次男の呼びかけにゆっくり振り返る三男。
「お前は兄さんが借金を返すためだけにこの店をやろうって提案したと思ってるよな。兄さんは誰よりも父さんを想ってた。兄さんだけが父さんの最後の時に一緒にいたんだ」
「……急に、ど、どうしたんだよ」
「巻き込まれた。早く辞めたい。なんで俺が。お前は客の前で平気でそんなことを口にして、兄さんを困らせ傷つけた」
「……それは」
「兄さんには悪いと思うけど、俺はお前と一緒に頑張り続ける生活に耐えるつもりはなかった。葬式の時からいつか離れようと思ってた。あの時お前が言ったこと、覚えてるか?」
「……」
「せめて金ぐらい多く遺しとけよ、老害が。…」
「いや、…あれは」
「お前は子供の時からそうだった。思ったことは何でも言ってしまう。父さんはそれを素直だ、正直者だと庇った…。でもお前が知らない所で父さんも母さんも、兄さんも俺も…!」
自分が座らされていた椅子を蹴り飛ばした。
威力が凄まじく、椅子は壁まで吹っ飛ぶと衝突と同時にバラバラになった。
「だからこの店に兄さんを残す償いとして、俺はお前に罪を着せたかった。父さんのために集められた1000万が消えたと噂が立てば、親不孝で生意気なお前が疑われると分かっていたから。今日みたいに怒り狂った大人達が来た時、お前が殺されてくれれば…」
「お前…!兄弟だろ!死ねって思ってたのかよ!」
「思ってた?今でも思ってる。どう?正直に何でも話される気分は」
「っ……」
「よかった。兄さん、いつの間にか気絶してたみたいで」
…確かに。長男だけ少し様子が…。
座った状態で俯いたまま全く動かない。
「俺がお前をこう呼ぶのは最後だ。…兄ちゃん、殺したのは自分だと警察に言ってくれ。死刑にはならないかもしれない。それでも、少なくとも、兄さんが現役を終えて子孫に店を継がせるまでは手出しできないだろ?邪魔せずに済むんだ。初めて、人に迷惑をかけない、良い行いが出来るんだ…頼むよ」
お願い。狂ったお願い。
それをさせてしまうほど、次男のためにと…ずっと家族は苦労していたのか。
結局は他人の人生だから…その苦労を僕が知ることはできない。
だから一方的に分かった気になってやめろと言うことは…しない。
「…ころ、殺さないのか…」
次男が確認した。
それもそうだ。これだけの圧倒的な力があれば…創造の力があればこんなことしなくても。
「警察に言わないのなら、今殺す」
「っ!言う!言うよ!俺がやったって!」
「誓えるか?」
「何にだって誓う!」
「…お前が自由に生きてると分かったら殺しに戻ってくるからな」
三男は自分の手が返り血で汚れているのを見て
((READ))
「俺は汚れている。服までボロボロで汚れていて、臭い」
着ていた服が新品のように。血の臭いさえも消してしまったのだろうか。
…彼の創造は……言ったことが嘘になる…能力。
それもただの嘘ではなく、その真逆の効果が得られる…。
極端な使い方をすれば、"あなたは生きている"と言えば対象は即死することになるわけだ…!
そうか。金庫から金を盗んだ時も、"鍵がかかってる"とかなんとか言って…!
非現実的どころか、最強と言ってもいい創造…!!
「……」
三男は僕達を見た。
無言で目を合わせたまま…僕はアイアン・カードを展開する心の準備を整えた。
彼が"証拠隠滅"をすると決めたなら、僕達とトシちゃんを殺すだろう。
ならば、僕は逃げるために無理をしてでも
「嫌なものを見せた。申し訳ない」
「え…」
「殺さないと約束する。だから、少しだけ協力してほしい」
「協力って?内容にもよるけど」
「凪咲さん」
「俺がいなくなったら警察を呼んでほしい。それと、警察が来るまでの見張りも」
三男は次男を睨みつけた。
「分かった」
「ありがとう。じゃあ、一緒に来て」
…僕を誘ってきた。
凪咲さんは僕に頷いてみせた。…不安だ。
三男は1000万円をリュックに綺麗に詰めなおして、背負った。
「行こう」
店の外へ。
「"ミライ"まで歩こう」
昨日のゲームセンターのことだ。
「分かるよ。俺と同じなんだって」
「……」
「あの彼女は使者?それとも普通の人間?」
「…襲わないんですか?」
「別に。父さんが大事にしまってた"本"を見つけただけで、無差別に人を殺したいとは思わない。それに、何度も使える力じゃないし」
「……?」
ゲームセンターに到着すると、女性が待っていた。
「紹介するよ。アズサだ。昨日見ただろうけど」
「ま、まぁ…」
「この人は?」
「友達…かな。俺の見送りに来てくれたんだ。ほら、1000万」
「うわぁ…!すごい!本当に持ってたんだ!」
「なら一緒に来るよな」
「…そんなに本気なら…いいよ?」
「じゃあ行こう。実は新幹線のチケットも用意してあるんだ」
「え!?今から?待ってよ!準備とか」
「何にも持っていかなくていい。金があれば必要なものは揃えられるし、俺はお前がいれば何も要らない」
「……うん…!」
三男はアズサさんを引き寄せるとそのままキスをした。
……あ…なんというか、大人なキスだ。爽やかさはない。
ある意味、ラッキーストリートらしいやり方かもしれない。
違う。そうじゃなくて。
僕は何を見せられてるんだ。
「ふぅ、よし…」
三男はリュックから金を取り出した。
「300万。これを兄さんに」
「え?」「え?私達のお金じゃないの?」
「もう会えないだろうから、これだけはさせてくれよ」
強引に僕に300万円を渡した。長男の借金を考えてのことだろう。
一応まとめられた札束が3つだからそうなのだろうが…少し不安だ。
もし金額が違ってたら…。
「それから」
「はい?」
「"本"はレジカウンターの下の大きな引き出しの中にあるから」
「……」
「もうあの力は要らない。使い方は分かるんだろ?なら"予備"になるんじゃないか?」
「予備、ですか」
「それじゃ。頼んだから」
三男とアズサさんは小走りで行ってしまった。
途中何度か僕に向かって手を振りながら…。
………………………………next…→……
店に戻ると、凪咲さんが通報を終えたところだった。
「戻りました」
「どうだった?…怪我してない?」
「大丈夫です。これ、長男の借金を返済するためのお金です。渡されました」
「優しい弟さんだったね」
「でも、こんなやり方しかなかったんでしょうか…」
「全員が同じ答えを出すわけじゃない。非難されると分かっていても、それを貫いたんだよ」
「……」
「真?」
「いえ。…どうして皆が幸せになれないんだろうって…」
「難しいね、それは」
「はい。……そうだ。忘れないうちに」
「ん?」
三男の言っていた場所を調べる。
引き出しを漁ると、確かにそこには…
「真、それって」
「はい。彼の創造の書です」
青寄りの紫。そんな表紙の色だ。
…ページは僕のと比べると少ない。
そして、同じように卍の親戚達が書き込まれている。
神の文字…。
ペラペラと捲っていると、見慣れた文字…日本語に再会した。
"虚言癖"
言ったことが嘘になり、事象が逆転する。
ただし力を使えるのは1度に2分まで。
使う度に嘘が癖になり、合計で"10分"力を使うと嘘しか話せなくなるほか、力が使えなくなる。
三男の書き込みだ。
…わざわざ能力のデメリットが書かれている。
強力な創造をするためには、マイナスな部分も必要になる…ということか。
合計10分、1度に2分。5回しか使えないことになる。
彼は僕達の前で2回も創造した…力を使う機会を選んでいたからこそ、出来たこと。
「これはもう不要ですね」
ビリリッ!
ページを破いた。
これでもう三男は創造できない。
ズボンのポケットに入っているものはもうただの紙きれだ。
ガシャン!
「…う、何があったんですか!」
自転車を乗り捨ててお巡りさんが店に入ってきた。
………………………………next…→……
僕と凪咲さんは発見者として何度か話を聞かれたが、当日中に解放されて夜に帰宅した。
なんだかんだでクタクタだ。
「ただいま…」
「ただいまー。ソープ」
凪咲さんはまだ余裕がある。
階段を急いで下りて出迎えてくれたソープを抱き上げて撫でていた。
僕は、手洗いうがい…の前に創造の書をしまうことにした。
とりあえずは自分のものと同じ場所に。もし、三男が言うように予備として使えるのであれば別の場所に移そう。
僕の本の隣に並べてみると、2冊の色合いが似ていることが分かる。
…それこそ、創造の書の"兄弟"みたいに…
ブワッ……!
爆発するように発光した。
突然のことで防ぐことが出来ず、どういうわけか目が熱くなった。
「目がっ……目がぁっ…うう…」
目を閉じていてもチカチカする。
ゆっくり…ゆっくり目を開くと、すぐに大丈夫になった。
「…なんだったんだ今の…あれ?え?え!?」
僕の目の前にある2冊の創造の書…その表紙の色が真っ白になっている。
「なにこれ…どう、ちょっと」
慌てて中身を確認するが、問題なし。
外見が変わっただけで中身は…でもどうして。
パラララ…。
「うわ」
手に持っている僕の創造の書のページが触れていないのに勝手に捲れる。
ピタッと止まるとそこには…
「代行の証のページ…」
その説明書きの最後列、空白の部分に文字が浮かび上がった。
「複数の書を所有する場合、"同調"させることで全ての所有権を得ることが出来る」
代行の証がある限り、本の所有権は移動しない。
だけど、"同調"とやらをすることで所有権を得られる。
…これって。
「真ー!先ご飯にする?もうお風呂沸かしちゃう?」
「あ、先にお風呂入りたいです」
「分かった。やっとくね」
「ありがとうございます…」
本の色が変わったのは、僕が同調をしたからで。
三男のものだった本はこれで正式に僕の本になった…。
ということは、他の代行から本を奪って同調させれば…丸々1冊ずつ本が増やせる…!
実質複製では…!
「………」
もし、結子さんが生きてるうちにこれに気がついていたら。
そうだ…あの時だって、ニンゲンイソギンチャクを倒して創造の書を奪ってさえいれば…。
「それが出来たら、の話だけど…」
「ねぇねぇ。真、見て」
「なん…あぁっ…!!」
「ニャア…」
シャン。
凪咲さんがソープを抱いて運んできた。
…もふもふな白猫が、赤と白の可愛らしいサンタの格好をしている。
耳の間にちょこんと乗る帽子には鈴が付いていて、ソープが動く度にシャンシャンと可愛く鳴る。
「もうそろそろだし、1回着せて慣れてもらおうと思って」
「全然嫌がってないみたいですね」
「ニャア」
シャンシャンシャン。
頭を振ると音が鳴る。
ソープはそれが面白いのか鈴を鳴らそうと頑張っていた。
一瞬嫌がっているのではとも思ったが、鈴の音が楽しそうだ。
「はい。じゃあソープの相手してて」
「あ…」
「今夜は私に任せて。全部やるから」
「ありがとうございます…!」
疲れているのを知って気遣ってくれた。
僕はそれに甘えることにして、ソープにも甘えることにした。
「ソープ。君は幸運の白猫だ。もしよかったら、僕にも幸運を導いてほしいな…なんて」
「ニャア…っかぷ」
「あう」
撫でていた指先を噛まれた。甘噛みよりは強めだ。
でも噛んだ後に優しく舐めてくれる…。
ソープだって、僕の身勝手で創造された。
本当はここに居たくないかもしれない。
でも…もう僕は手放したくない。
欲張りだ。
「……凪咲さんのことも」
手放したくない。
その時、頭の中と胸の中がスッキリした。
こんなわがままな自分を許したのだ。
一生許されてはいけないものだと考えていたが…。もう違う。
「…こういうの、なんて言うんだ…んー…」
頭に思い浮かべたのは、なぜか三男とアズサさんのキスシーンだった。
「どうして!ゲホッ…ゴホッ」
「真?大丈夫?」
「ひっ!?大丈夫です!お風呂行ってきます!」
「あ…まだ沸いてないのに…」
………………………to be continued…→…




