第13話「白桜」
「彼は本当に柊木家の者なのでしょうか」
「なりすましたところで止まり木まで飛んで来るのは不可能。そうだろう?」
ゴポゴポと口から泡を吹いて痙攣し続ける真を見守る2人。
「お前に侵入者を撃退する力を与えたのはいつのことだったか…。今思えば、必要なかったかもしれないな」
「そう言わずに。"持ち込む"ことは可能ですから、敵に操られていたり魂に不純物を混ぜたりすることでこの場所を攻撃しようとする者が」
「いたとしても、だ」
「はい?」
「真が最後の世代だろう。根拠は無い。それでも分かるものなんだよ、人間というのは。この不透明なのにやけに正確な"勘"というものはどの生き物にも備わってる。だが人間の持つそれは他とは違う」
「"未来予知"ならそちらにいる…」
「舞。そういうことではない。やれやれ…。つまり、もうこの場所も必要なくなるということだ」
「……?」
「真の後に新たに柊木家の代行が現れることは恐らく無い。子を授かったとして、真は同じ重荷を背負わせることはしないだろう」
「では白旗を振ると?こんな創造までして、なんとか生き延びようと醜い努力までしてきて」
「醜いまで言うか。…………しかしな。生者の世界はもうすぐ終わる。災厄にたどり着ける者も現れずに。せめてその時まで幸せに」
「あぁ、そういえば」
「む?」
「真さんも幸せがどうとか…。柊木家の皆さんは幸せにこだわりがあるのですか?」
「人間なんてそんなものだ。死を自分から遠ざけたいと考えるか、死を歓迎できるほど喜びに満ちた生を送るか…」
「永遠に死を遠ざけ、喜びに満ちた生を無限に味わい続けるというのは?夢物語だとしても理想を追い続けるのもまた人間では」
「使者には完全に理解できないさ。人間という生き物はずる賢いというかなんというか…あれが駄目ならこれ、これも駄目ならそれ…そんな」
「げふぉっ!!ぉ"っ!…ぉえええっ」
「騒がしいですね」
「良薬口に苦しだな」
薬を飲み込んでから拒絶反応が出るまでの時間差が…。今更すぎる。もう吐いても出てくるのはなんてことない体液のみだ。
「それで?舞」
「…………真さん、申し訳ありませんでした。あなたは柊木家の代行で間違いありません」
「これで改めて迎え入れることができる。あとは真の問題だ」
ここぞとばかりにアムグーリが力を使う。一方的に傷つけられた体が元通りに回復していって、気づけば吐き気や不快感の全ても解消されていた。
「ふむ、良い力だな」
「完全消滅した部位が再生するのは正直気味が悪いですが」
「今までいなかったな。そういえば。…」
「何か?」
「"あれ"を用意しなさい」
「…はい。分かりました」
「…………だ、……ぁ」
治った。完治した。でも力が入らない。寝起きのような感覚だ。…あ?
「気分はどうだ。真」
「今…は、なんとか」
「思い出してみなさい。必要な記憶を」
「……敵の企みで一時的に体の構造が変わって」
「それで柊木の血が薄まったと」
「臓器が増えたので」
「はっはっ…いや、冗談じゃないな」
笑いを堪えている。脇腹を指でひと押しすれば簡単に破裂しそうなくらい。そんなに面白いのか。
「とはいえ、もう問題ない。今のお前には柊木の血が色濃く流れている。舞が確認した」
「……僕はどうしてこの場所やここで起きたことを忘れてしまったのか…ちょっと分からない、っ」
ゆっくり体を起こす。ふと彼を見れば一瞬だけわずかに上唇が反応して、彼が何かを隠そうとしている気がした。思わず喋りそうになったように見えた。
「なに、忘れないようにと強く念じた結果いっそのこと消してしまえばいいと考えただけのこと」
「僕はそんな極端な考え方は」
「真」
「あ、はい」
「ここには何の用で来た?」
「……」
すぐに返事ができると思ったが、そうもいかない。僕の抱える謎は聞いてはいけないことかもしれないのだ。
「か、家紋について。僕は家紋を追ってここにたどり着いたから」
「"まずは"が含まれているな」
「っ!!」
「まあいい。あの家紋は柊木家の代行に関連するものにのみ使用される印のようなものだ。これといって一つ一つに意味はない」
「…本当に?」
「嘘を言ってどうする」
「実は少し聞こえてたから…舞と話してたのが。災厄のことも何もかも全部諦めるような、そんな会話」
「……お前は悪くない。代行同士の生命の取り合いになってもまず負けることはないだろう?第三の目を開眼し、止まり木にも呼ばれた。十分。一人前の立派な代行だ」
「…」
「だが足りない。時間が」
「時間?」
「どんなに避けようとしても争いは生まれる。好んで吹っ掛けてくる連中もいる。そしてお前はそれを無視しきれない」
「ぅ…」
「自分から首を突っ込んだこともあるだろう。それを責めたりはしない。何らかの力を持つと生き物はそうなる。守るため、支配するため、ああだこうだと理由をつけてな。…遅いぞ」
「ん」
「お持ちしました」
舞が戻ってきた。両手で刀を持ってる…
「この止まり木に集いし魂達がその覚悟を重ねて創造した。名は【白桜】」
「はく、おう…」
鞘の周囲には常に桜の花びらがひらひらと舞っている。その花びらがどこから出てきているのかは考えるだけ無駄だろう。
「真。お前にその刀を使う覚悟があるか」
「僕が?…」
柊木家の代行達が創造した刀。となればそれで斬る相手は
「災厄を斬る切り札、」
「そうだ。お前に選ばせる。白桜を持って柊木家の代行として最後まで戦うか、それとも」
「ふふ」
「舞は気づいてるみたいだけど。本気でそれを僕に問うつもり?御言さん」
「ん?…舞、」
「この部屋に戻ってきた時、驚きましたよ。気づきませんでした?真さんから溢れる強い念…」
「念だと?」
念。舞はそう表現したが、僕が知る言葉に直せば異常地帯のようなものだ。僕の強い気持ちが内から外に溢れ出てしまっているのだ。
「諦めて逃げ隠れて安全に生きて寿命が尽きるまで…。そう考えたこともあった。でも、もうそんなの…とっくに通り過ぎてる」
「…」
「どうせ終わるというのなら最後の1秒まで抗いたい」
カッーーーーーーーーーーー!!
その時、刀が青白い光を放った。僕の言葉に反応したとしか思えないタイミングで、それを見て少しだけ驚いた様子の彼に向かって勢い任せに
「白桜を僕にください。災厄でも邪神でも何でも斬ってきますから」
言ってやった。
「…なら、そうしなさい」
歯を見せて笑った御言さん。それがとても優しく見えて、同じだけ恐ろしく見えた。"言ったからにはやり遂げろ"と言われた気がした。
………………………………next…→……
止まり木、洞窟内。
話が済んで舞に出口まで送ってもらうことになった。…前もこんな展開だった。
「星の死に際ですよ?」
「え?」
僕に背を向けて先を歩く舞が楽しそうに話しかけてきた。
「それなのに。真さん、あなた1人に柊木家の全てを預け賭けてしまうなんて」
「僕じゃ足りない?」
「さあ?何事も絶対はありませんから」
「…前回はまだ謎な印象しかなかったけど、実は舞って結構あれだよね」
「あれ?」
「性格悪い」
「ふふふ」
「だって、さっきは僕のことを本気で殺そうとしてたし」
「それは役目ですから。正体不明の侵入者は皆殺し。柊木家の代行は客として迎える…」
「それに止まり木から出ていく時に僕の記憶に細工したでしょ」
「……っ、なぜそう思うのですか?」
「ここを守るため、とか?記憶を読み取る創造って難易度は知らないけど使い勝手は相当いいし。万が一僕が敵に負けたり捕まったりした時に止まり木のことを知られないようにって」
「ふふ、賢くなりましたね。真さん…もしよければ飴でも」
「要らないよ。舞からもらった食べ物なんて"毒"が入ってそうだし」
「ええ、ええ。それでいいんです!」
すごく嬉しそうだ。…って、
「スキップしてるし…!」
「それでも完全に忘れはしなかった。でしょう?だから"どこかで見間違えた"時に家紋の重要性に気づけた」
「……は?」
「前にも言いましたが、止まり木の管理人を任されていますから。ちょちょいと都合のいいことだけド忘れしてしまうように悪戯するのは」
「いやいやいや、そこじゃない」
「はい?」
「……」
「真さん。あなたが言ったこと、否定しませんよ。褒め言葉だと思っているくらい」
「ぇ」
「性格。悪いんです、とっても!」
単純な強さだけじゃないのだと気づかされた。柊木家の代行というのは色んな意味で"ヤバい"連中だったのだ。それは創造された使者もそう。…今思えば、
「僕を同じ呼び方するあの子も、ヤバかった」
舞と"彼女"は全然似てないし、共通点なんて使者であることと性別くらいで。なのに…なんだろう。
「舞…もしかして僕ってここに来たの3回以上だったりする?」
「おやおや。真さん、もしかしてあなたは意地悪されるのが好きなんですか?面倒な性癖ですね」
「真面目に」
「…いいえ。先に言っておきますが、転生術の類を疑うのなら止まり木の存在意義についても疑う必要があります。才ある者達がなぜ現世に蘇らずにいるのか…」
「そう…」
「とても残念そうですね。それはそうと」
「何?」
「黒神様には会えましたか?」
「っ!!!」
「そんなに驚かなくても。真さんの中ではもう関連付けていたのでしょう?で、どんなお姿でした!?」
「な、なんで、」
「変なことは考えないでくださいね。さすがに"あれ"を創造したなんて冗談でも言えませんから。保証します。黒神は数少ない本物の神様ですよ」
「……本当に」
「まあ、前回は説明もなく記憶に細工をしましたから。そのお詫びにちょこっとだけお話しましょう。といってももうすぐ到着してしまうのでそれまでですけど」
「なら早く!」
「ふふふ、どうしましょうか…!?」
突然早歩きになる舞。話す気が無いのか!?なら無理やりにでも捕まえて
「失礼?」
「うわっ、」
追いかけようとした背中を突かれた。振り向けば右の人差し指を立たせた舞がそこにいる。
「管理人ですから」
「止まり木の中では舞が最強になるってこと?…じゃあ、」
「はい。真さんが本気を出しても傷つけることすら出来ませんよ。たとえ白桜を使ったとしても」
「……」
「黒神は柊木家が代行になって4代目の頃に契約を結びました」
「あ、え?」
「言っても相手は神なので一方的な口約束のようなものですけど。…その契約とは、世界に10ある支柱を守護する役目を黒神も共に担うというもの」
「し、支柱!?そういえば前にもなんか」
「世界の支柱。…日本は小さな国ですが、偶然にも運命を背負うのに丁度いい場所に存在しています。そうは思いませんか?」
「いや、支柱…」
「決して破壊されてはいけませんよ。世界の支柱は、世界を守るための柱」
「…」
「そして災厄へ通じる唯一の道」
「え?」
「これは元々話すように言われていたことです」
「御言さんが?」
「はい。彼によれば、支柱がある場所では誰もが糸くずであると……無力な存在になってもその道を渡ることが出来たその時…初めて災厄の棲む世界を見ることができると。そう言っていました」
「糸くず…」
「何とは言いませんが、船があるといいですね」
「船?…あ」
以前"テレビに映し出された記憶"を見た時は…御言さん達は船に乗っていたような。
「はい。到着しました」
「あ…」
「まるで他人の秘密を知ったような気分でしょう?つい楽しくて続きを…他のを…と要求したくなる気持ちは分かりますが、知りすぎてもつまらない。不明だからこそ魅力的なものがこの世にはいくつもあるのですよ」
「……なんとなく、分かるよ。僕はもうここには戻れないって」
「そうですね。白桜を渡してしまっては、もう誰かを呼び止める必要がありませんから」
「本当の意味で、僕は選んでもらえた」
「忘れないでくださいね。残り時間がもうないから仕方なくだということを」
「最後くらい優しい言葉をくれてもいいのに」
「その割に嬉しそうな顔ですけどね?」
「この刀…持ってるだけでも勇気がもらえる。すごく心強いんだ」
持たされた白桜は羽のように軽い。だからずっと左手で持っているのだが…まるで伝説の剣を手に入れた勇者のような気分で。今なら何とでも戦える気がする。
「……一寸先は闇。しかし、闇は光あるところに生まれますから、考え方を変えれば…闇もまた光。柊木 真さん、あなたが創造の光に愛されますように」
「行ってきます」
「ふふ。行ってらっしゃい」
目の前には暗闇。それに目が慣れることは永遠にない。僕は今、その暗闇に飛び立つ。
「えい、」
「はっ!?」
というか、突き落とされた。
………………………………next…→……
「ばあ〜れべれべらばぶりゃあっはっはっはァ!!」
目が覚めた瞬間。僕の目の前に顔があった。そいつの目は両目が別々の方向に回転していて、ただただ気持ちが悪かった。
「どけ」
「はびゃ!?」
顔が吹っ飛んだ。すると視界いっぱいに不気味な空が広がっていて、
「真!すまないけど目覚めたなら手伝ってもらえないかな!」
ィァムグゥルが助けを求める声が聞こえた。
「ん……なにこれ」
わざわざ聞くまでもない。ここがどんな場所だったのかを知っていれば、答えはすぐに出る。
「ゾンビだよ!」
はて。少なくとも最近の日本…しかも東京で"土葬"なんてかなり難しい気がするのだが。その辺に詳しくなくても死者を埋めるスペースのことを考えたらどう考えても足りないことは分かる。となると近くを動き回るこれらのゾンビ達は
「真!」
「分かった。…考えるのは後にしよう」
立ち上がったところで刀を持っていないことに気づく。足下にも…ない。ゾンビ、他…何者かに奪われた……というわけではない。
「それはどこからともなく、取り出される」
隙間を作って拳を握る。そしてそれがある状態を重ねて見る。
「我、柊木の代行なり」
生まれる光が、あの場所で見たものを再現する。選ばれた代行達の強い想いが凝縮された創造刀。
「白桜…!!」
具現化されたものをより確かなものにするため、縦に1度振った……ら。
ズォッ…………!!!
「え"」
世界が割れた。
………………………to be continued…→…




