第12話「再訪」
「見ろ、ジュリア」
「こちらの資料は……」
「日本国内で起きている現象をまとめた。実質無害なものから、死者が出るほど有害なものまで…分かるか」
「戦争…がキーワードでしょうか」
「そうだ。日本人も含め、とっくに戦死した軍人達が現代に出現した。見慣れない服装で、見慣れない機械を当然のように携帯し、車やバイクを乗り回している…そんな現代人を見れば」
「戦意の有無に関わらず襲いかかる……ですがご主人様」
「ネットに転がっている情報には嘘も混ざっているだろう。だがどれが嘘かなんて創造が関わってしまったら見分けはつかない。今の話も可能性のひとつだが、十分にありえることだ」
「ただ時空を歪めたわけではない…とすると、結子は」
「当然。狙いは読める。殺し合いによる"全滅"だ。自分の手で殺すのではなく、人間同士で削りあってもらう……そしてそれには裏がある。自分1人が暇になって、ただ見物するとは思えないからな。……準備か」
「いつかの六島のように、でしょうか」
「おそらく、な。真達の帰りを待つ時間はないかもしれない」
「ご主人様。でしたらまずは…所有権を」
「……そうだった。忙しくして忘れていた」
ジュリアが取り出した創造の書はダンの知るものとは色が違う。彼女を取り戻そうとしているこの時、ダンが考えることは…
「戦績は」
「はい。敗北はありませんでした。柊木様の創造力による変化は追記よりも大きく、別個体として扱われる"マーキュリー"は通常時とは比較不可能なほど高性能化しています。しかしご主人様、申し訳ありませんがマーキュリーコマンドは」
「私では使用不可か。だろうな。ふっ…真は私よりもジュリアの力を引き出せるのか」
「……」
「悪く思うな。嫉妬しているだけだ」
「ご主人様…?」
「見ろ……変わったのは真だけではない」
ジュリアに見えるように浴衣を脱ぐダン。露出した上半身には元の肌色とは違う変色した部位がいくつも見られる。
「…失礼します。……!ご主人様、これは」
「変色した部分は筋肉量が違う。凝縮されているようだ。アバルバの毒がな」
「では治療を」
「必要ない。もう克服した。順応した結果がこれだ。全身とはいかないのが残念だが、この変色部分にはアバルバの創造力も含まれる。つまり……今の私にはアバルバの力が一部宿ったと、そう言える」
「…」
「今一度、私と共に戦え…ジュリア」
「はい。ご主人様」
ジュリアから創造の書を受け取ると表紙の色が変わる。全体が水色に…そして変色。色が暗く、それでいて濃くなっていく。
「この色は…」
「私個人の潜在能力の限界を超えた結果だ」
それはまるで深海。じっと見つめてしまったら最後、死ぬまでその魅力的な深い青から目を離せなくなるような、異色。
「ぅ……」
「これまでしてきた"便利機能"の追加とは違うぞ。私はお前を強くする…どこまでも」
「感じます。ご主人様の覚悟を」
「最後に追記したのはあらゆる言葉を日本語に翻訳する能力だったか」
「っ。……再起動します」
「ああ。待つとも」
ジュリアが目を閉じ、立ったまま硬直する。彼女が目覚めるのを待つ間、ダンはテーブルの上にある紙を手に取る。そこには2人で導いた仮説がいくつか書き込まれていて。
「様々な時代の再現と逆再生。災害が発生し、軍人達が暴れだし、その先に起きることは……地球のリセット。そして新たな世界の創造…」
………………………………next…→……
「おやおや…」
僕を見下ろす彼女。それに対し僕は何も出来ない。麻痺しているのだ。
「あれくらいは避けてもらわないと困ります。今頃喋るのも難しいほど痺れていることでしょう…ですがまた動けるようになりますよ。望み通りとはいかないかもしれませんが」
軽く笑っていたのが突然真顔になる。僕を見る目が鋭い。
「あなた……中に何か飼っていらっしゃるようですね」
は…アムグーリ……!!
「仕方ありませんね、では」
扇子が振り下ろされる。てっきり首を切断してくるのかと思ったがそうではない。軸が完全に僕の目線に一致している。
((EXECUTION))
「っ、」
眼前まで迫ったところで口が動いた。瞬間移動で逃げ出せたがまだ長時間正座した後のような痛みを伴う痺れが全身に残っている。
「これは面白いですね。義足とは」
「え…?」
そういえばそうだ。当たり前に2本の足で立っていると思ったら。…この義足、見た目は元の足とそう変わらない。肉や脂肪まで再現しているようだ…ただ、素材が違う。
「アイアン・カード?」
そんな気がした。
「溶けかけた顔面も回復。なるほど、生き残ることに特化した能力ということですね」
「くっ…!!」
まだ終わりじゃない。これは戦闘ではない。一方的な殺しだ。実力差…相性…何も考えられない。とにかくこの人から離れなければ。そうだ。……元の場所に。ィァムグゥルをイメージして瞬間移動すれば逃げられ
「逃がしませんよ?」
「ぁ」
「偶然でここに来ることはありえませんから。いかなる創造でもここから脱することは許されません。"外"に出るには許しを得るしかありませんよ」
「そんな」
「では、再開しましょうか」
「くっ、…くそ……!」
((EXECUTION))
さっきと同じではまたやられる。
「遅いですね」
相手も代行のはず…でもREADもEXECUTIONも何も発しないし、
「今度は残りの足か、腕1本か…どちらにしましょうか」
瞬間移動を使わないのに動きが速く感じる。
「逃げても無駄です。出口はありません」
「くっ、はぁっ、はぁっ」
気がつけば背を向けて走りだしていた。逃走。負けを認めた訳ではない。ただ、どうしても勝てそうにないのだ。そんな状況でアムグーリの意思が反映された結果、逃げることを選んだ。
でも少しの距離を走るだけでやけに息が乱れるし、心臓がバクバクする。落ち着かない。緊張の極みだ。パニック状態だ。
「これは悪夢とは違います」
追ってくる。声が僕の体に見えない鎖を巻き付けてくる。逃げられなくなる前に。体が動かなくなる前に。はやく、
「お待ちなさい」
「う"んんんん!!」
咄嗟に体が反応して、回避しようとした。その結果…おそらく体が真っ二つになるところだったのが、左手を失うだけで済んだ。手首から先がなくなったのを見て、綺麗な断面から血が溢れてくるのを見て、僕は冷静さも失った。
「可哀想に。どうです、もう諦めてしまっては。痛くないようにしてさしあげますよ」
「なんで、なんでこんな、ああっ!!」
走りながら泣いた。どんどん前が暗くなってきて、走る速度も落ちてきて。
「立ち止まってくれてありがとうございます。この先は行き止まりなので、絶望される前に止まってもらえて助かりました」
「……っ、く、…うぅ、」
「死ぬことはそんなに悲しいことでしょうか。生きている間ずっと味わうことになる苦しみの全てから解放されるのですから、ホッとするくらいは」
「……」
振り向くと、彼女は首を傾げていた。私何か悪いことしましたか?…みたいな顔をして。
「泣き顔、ぐしゃぐしゃですね。最後だけでも笑っては?」
「そんなの出来るわけない。僕はまだ何も…自分の幸せを守れてなんかいないんだ。舞…」
「はい?」
「え…」
なんだ、今の。自分の言葉じゃないみたいだった。というか
「君…名前は」
「聞き間違いでしょう。殺されたくないから、相手を驚かすつもりで嘘を言う。そういうのは珍しくありません。気を逸らすのではなく名前を呼ぶことで…というのは少し……驚きましたが」
「舞。僕は訳あって柊木の血が一時的に薄まってしまった。君なら間違えない…だろ?」
まただ。僕は喋ってない。でも僕が喋った。……何が起きてる?
「…ん、」
舞…そう呼ばれた彼女は僕を見つめながら考えている。殺すべき相手か、以前会った相手か。……?
「分かりました。そういうことであれば、ご案内します。どうぞこちらへ」
え?え?扇子をしまった。なんで?
「ついてきてください」
助かっ、た…?
………………………………next…→……
「あなたが嘘をついたところで、この場所をどうこうすることは出来ません。そして、先程も言いましたがここを出ることも許されません。勘違いはしないようにお願いします」
ソワソワする。アムグーリが体を治したがっているのだ。だけど目の前の彼女がずっと僕を見張っているから創造ができない。早歩き気味で移動した先は洞窟の先…暗闇の奥にポツンと存在するのは
「襖…」
「あなたのためにわざわざ呼び出しました。さ、どうぞ中へ」
道案内が終了する。彼女の視線を感じながら、その襖を目指して歩いていく…。治すなら今だろうか。
「いや、やめておこう」
だがそうなると傷口は痛む。出血だって止まらないし、このまま死ぬかもしれない。でも創造はしたくない。した瞬間、すぐに後ろから殺されそうだから。
襖の前に着いて、一旦深呼吸をした。この中から気配を感じる。これまでに会ったことのない、とん
「うわ」
触れてないのに勝手に開いた。しかも背中を押されたみたいによろけて中に踏み込んでしまって。
「っ、」
10人。部屋の中にいた。その内9人が部屋の外側を向いていて、部屋の最奥にいる1人だけがこちらを向いていた。不気味すぎる。
「……」
足音を消すつもりでそっと部屋の中を歩く。左右には決して僕を見ようとしない人達がいる。…一見するとなんてことのない和室だが、部屋に充満するプレッシャーに殺されそうになる。
「誰かと思えば。戻ってくるのが早かったな、真」
「え、あの…」
「ん?どうした。……その様子、どうやら"トラブル"か」
着物姿の男性。見覚えのある顔だ。名前も…多分言える。
「なるほど。状況は分かった。さては前にここを出ていった時にどこかに頭をぶつけたか」
「"前に"?」
「舞。舞…薬と茶を持ってきなさい」
「……」
「話を聞くより直接思い出した方がいいと思うが、どうする?」
「…すみません。両方で」
「それもいいだろう。さて、……真。柊木 真」
「は、はい」
自然と姿勢を正した。この人の気配がそうさせた。ずっと目の前で渦巻いてる…何にも揺らがない絶対的な力が。
「ここは止まり木。柊木家の代行の中でも選ばれた者しか来ることが許されない場所」
「……」
「前回は舞が強引に連れて来たが、今回は違う。自ら飛び込んできた。この違いが分かるか?」
「ぼ、僕が…勝手に来たのが問題…」
「それ以上に問題なのは、お前が柊木の代行だと舞に証明できなかったことだ。見れば分かる。まるで別人だ」
「そんなに…」
「心当たりは?」
「……前回来たのがいつか分からないのでちょっと」
「そうか。…」
「薬をお持ちしました」
「それを真に」
お盆に乗っているのは粉薬とお茶。薬は雪のように白い。出されたものをそのまま受け取り、疑いもせず口に含んだ。
「ぅぷっ」
「薬だ。砂糖とは違う。甘いと思ったか」
激苦。早く口の中からこの不快感を無くしたくて、お茶で流した。
ら、
「ぐ、ぐしっ、げるっ、ぶふっ!?」
痙攣。体がイウコトヲキカナイ。
「激しいな」
「実はこちらに案内する前に少し、怪我をさせてしまって」
「お前がやったのなら仕方ないか…加減できないからな」
「悪気はありませんよ?ふふふ」
2人に見守られなガラ、僕は苦しみニ溺れた。
………………………to be continued…→…




