第11話「狂い」
「震源不明。そう来たか。自分に繋がる手がかりは残さないと…なのに宣言は残した」
「ご主人様、こちらのデータを。被害は均一というより一部に特化しているように思えます。おそらく"外"からの攻撃を予測していない代行達を狙い撃ちしたのかと」
被害は日本だけではなかった。"近所"の国はもちろん、真裏に位置する国にだって創造による災害が手を届かせていた。簡単に言えば、地球全体が攻撃範囲なのだ。
「被害状況や調べ物はダン達に任せることにしようか。君は自分の心配をするべきだよ」
「……」
「彼女が目覚めるまでに、家紋のことを解決したいね」
「家紋」
タブレットを操作し、インターネットで様々な家紋を見ているのが今の状況。有名なものもあれば全く知らないものも当然あるし、ちゃんと観察しないと違いが分からないようなのだって
「まあ、君の先祖が誰かに仕えていた…なんてことがなければ、探すべきは柊木の名を持つ家紋になるわけだけど」
「見たことも聞いたこともない。…でも」
ありそうな気はする。これまで僕が目にしてこなかっただけで。だって、ずっと暮らしてきた家に隠されていた秘密でさえつい最近まで気づかなかったのだから。
「あ、そうか」
「ん?」
「柊木家の男は皆代行に。そして代行であることは他言無用。であれば自然とそれに関することは全部秘密になる…家紋が見つからない、分からないのは隠しているから……」
「ならその家紋は」
「柊木家の代行に関係する。う"」
「真?」
答えを閃いた喜びに隠れ潜んでついてきた情報。これに気づいたからこそ、その情報に価値がある。
「……僕」
「大丈夫かい?」
「墓参りに行ってない」
………………………………next…→……
「今外に出るのは危険だ。それを理解していても必要な事だと言うのなら仕方ない。何かあればすぐにここに戻れ」
「何も問題ないよ、ダン。このィァムグゥルもついて行くんだからね。オヤブンの世話を頼むよ…寝ているから心配は要らないだろうけどね」
「……」
「凪咲様のこともお任せ下さい。柊木様。お気をつけて」
玄関まで見送りに来てくれたダンとジュリア。2人の背後…壁にかけてある時計は嘘みたいに針がグルグル回っていて、冗談じゃなく時間が狂っているのだと察した。
「終の解放者とは違う。結子は単体で世界を殺す力を持っているし、もう準備を始めていると見ていい。…創造の力を信じ、そして怪しめ。常に疑え。私達の想像以上のことがいつ起きてもおかしくない」
「ふふ。では行こうか、真」
「…」
((EXECUTION))
ィァムグゥルを連れて飛ぶ。向かう先はギリギリ都内にある、とある霊園。
「おっと、真。しゃがんで」
「ぅ」
着地と同時にィァムグゥルに頭を押さえられる。
((EXECUTION))
「ふぐあああああっ!?」
「なに、火事場泥棒のようなものだよ。今世界中で非現実的な超常現象が起きていてね…何を血迷ったか馬鹿なことをする人間が急増しているんだよ」
見れば全裸の男が右腕を失って苦しんでいた。殺虫剤を浴びた害虫のように地面の上でもがき苦しみながら、僕達を睨みつけている。
「何見てんだォラ!!」
「凶器の包丁は既に血で汚れている。口の周りも同じように汚れているから、人を喰ったのは明らかだね。…なるほど、まずは家族を殺したのか。それで外に出て次の獲物を探していたわけだね」
「でも状況が状況だからあまり人がいない」
「それに、変態丸出しな彼を見れば誰だって逃げ出すさ」
「…」
「でも所詮は人間。世界が終わると思ったから狂ってみただけで、実はまだまだ続くかもしれないと知ったら恥ずかしくて死んでしまうかもしれないね」
「ナっ!?」
「まあでも、そうだね。君はもう人殺しであることは確定しているから。…今回は法の代行者として君に死刑を」
((EXECUTION))
ィァムグゥルの創造は対象の生命を枯らしてしまう。究極の渇きがダメージとして与えられ、わずか数秒で
「絞りカスの完成だね。どうやらこの近くにまだ変なのがいるみたいだけど、今のを見れば襲ってくることは無いんじゃないかな。ヤケクソになって狂うことは馬鹿になることじゃないから…」
軽く聞いた話だが、今はどこの国でも警察や軍が役に立たないらしい。人々を守る立場の人達が、僕達の前に現れたこの人みたいに狂ってしまったのだとしたら…ある意味納得だが
「恐怖が伝染しているんだよ。死ぬことは確定している。でも、その死に方がどうやら穏やかなものではない…そうなると人は家族や友人と共にすることより自分の欲や溜め込んだ怒りやストレスを外にぶちまけることを選ぶらしい。現状でも十分に世界崩壊と呼べるよ。誰にも管理できない…それこそ、神でさえも」
「…行こう。あっちの方」
正確な位置を記憶しているわけではない。これまで1度だって来ていないし、なんだかんだで行こうと考えてすらいなかったから。なのに、どこの霊園かも分かってその中でさらにどの位置に目的の墓があるのかを分かっている。
僕が知らないことを僕が知っている。
なんて奇妙な。でもこれこそが、ィァムグゥルの言っていた僕の中にいる真実を握ったまま寝かされている僕なのだ。柊木家の代行として最初から知っていた…本能に紐付けされた記憶とでも呼ぶべきか…
「それにしても綺麗な場所だね。緑が豊かで、あちこちに供え物とは別に花が咲いていて…この場所にどれだけの死者が眠っているのか…」
「いくつか墓が掘り起こされてる」
「君のは無事だと思うよ。あれを見てごらん」
ィァムグゥルの目線の先。ここからかなり離れた場所で、スコップを乱暴に振りながら強引に墓を荒らしている女性がいる。
「あんたの!せいで!家族は!めちゃくちゃ!なのに!自分だけ!寿命で!楽に!死にやがっ!てえええ!!」
気が狂うほど怒りをぶちまけている。
「死にかけのクソジジイが!世話してくれる恩人にセクハラ!?ねえ!?言うこと聞かなきゃ1円もお前には残してやらない!?ふざけんじゃねえよ!!てめえ借金抱えてたじゃねえか!!取り分もクソもねえんだよ!!聞いてんのか!!」
「どうやら相当苦労したらしいね。まだ"アラサー"な見た目だし、若いうちから介護をすることになって疲れたみたいだ」
「それだけじゃないみたいだけど」
「あんな風に、実は死者を恨んでいた人間が墓を荒らしているんだろうね。それも今だからできること」
空を見上げた。欠月とは違って、ここの空は夜…だ。ただの夜。でも、暗くはない。照明がなくても昼と変わらない明るさで…
「行こうか。もう少しで着くんだろうから」
「うん」
世界が終わりに向かっている。そんな中で僕はまだまともな行動を選択している。
「戦うってそういうことだよ。見えるもの見えないもの…時には予想外なものに傷つき、苦労する。それでも耐えて、どうにか美しくあろうとする。…今の君だよ」
「美しくあろうとしたことはないけど」
「見た目の話じゃないからね。"ここ"だよ」
ィァムグゥルは胸を軽く叩いた。魂的なことが言いたいのだと分かるが、…分かるだけだ。響きはしない。
「君は自分のことを汚れたと思い込んでる」
「どうだか。…着いた」
「そうか。…って真。これは柊木とは読まないんじゃないかな。このィァムグゥルも少しは漢字を勉強したからね、…これはたしか…み、み…」
「南」
「そうそう」
「でもここが柊木の墓。…敵に見つからないために嘘の名前を」
「……なるほど。じゃあ相当な何かを隠しているわけだね」
「ィァムグゥルは裏側から。僕は正面を調べるから」
「いいよ。そうしよう」
見た目で特別なことは何も無い。白い石で、ザ・墓って感じの普通な見た目のものだ。……手入れがされていないのは僕が来なかったせい…というわけでもなさそうだ。なぜならここは表向きに用意された柊木家の墓とは違うから。一部の代行のために分けられたものだから、存在に気づけなかったらここに来ることは永遠にない。
「真。何かを見つけたわけではないんだけど、微弱な反応がある。もしかしたらスコップが必要になるかもしれないよ」
「……」
墓石の頂点部分、そして地面に近い底辺部分…2ヶ所で小さな家紋らしきものを見つけた。でも、あると知ってて探さないと見つけられないほど小さくて…よく見えない。
「視力を強化すればいいよ」
「…」
EXECUTION…そう言いかけたが、それは多分間違いだ。柊木家の代行に求められるのは、
「第三の目…っ……」
「…何が見つかるやら」
「信じ、られない」
「ん?」
「"石の中"にある」
これといって特徴のない四角い石。だからこそ中に秘密を入れておけるのか?
「取り出し方は?」
「……素材を、変える」
「ふーん…」
石を…別のもの…たとえば砂に
((EXECUTION))
ドサァ……!
素材が変わってすぐに崩れた。そして砂の中から出てきたのは
「紙?気のせいでなければ白紙のようだけど」
「何らかの方法でここまで敵が見抜いていたとしても、最後の仕上げは分からない」
「……ああ。そういえばそれも君の力だったね」
紙に触れる。それだけでいい。そうすれば、備わった力が僕を導く。
「素敵だよ。真」
ポチャン。
水面を叩く水滴。そしてその一滴の水も仲間に加わる。
何の仲間に?
「は、」
意味不明な考え事をして目覚めた。ここは…暗くて冷たい場所。見えないなりに手探りをして判明するのは、どこかの洞窟の中…かもしれないということ。
「瞬間移動をした覚えはないのに」
直前の僕は覗きの力を使った。だから、今は石の中に隠されていたあの白紙の紙が持つ記憶を見ている…だけのはず。
とてもリアルな夢の中というか…ほぼ現実…。
「……」
この暗い場所を照らす光を欲したが、ここでも第三の目が要るのだと感じた。人間の持つ力を最大限に引き出せば、暗闇に目が慣れるのだって早いし…思ったよりよく見えてくれる。
「やっぱり洞窟っぽい」
後ろを向けば今以上の闇があるだけ。前には道が続いている。となれば進むべき方向は決まっている。
「行こう」
立ち上がり、歩きだしたタイミングでふと自分の着ているものが気になった。…そういえば旅館にある浴衣に着替えさせられてそのままだったっけ。
白地に黒っぽい青で…花柄。シンプルで少し大人っぽくて、誰にでも似合いそうなデザイン。肌触りも気持ちよくて、妙に落ち着く。……まさかとは思うがこれにまで創造が関わっていたり…
「…ん、」
何か聞こえる。足がその音に導かれる。
「ひとつ、涙と血に湧いて……ふたつ、尊い運命を……みっつ、よっつ、切り伏せよ……いつつ、散る先新たな芽吹き」
あっという間に広い場所に出た。そしてその中心では1人の女性が優雅に舞っている。…しかも手に持っている扇子には、
「いや…あの着物にもある……!」
家紋だ。僕が探していた、あれがある。円の中に木。木には刀が寄りかかってて、桜の花びらが
「…おや、」
向こうがこちらに気づいた「ぶぐっ!?」ことに僕が気づいたその時、右足に力が入らなくなった。
彼女から目を離し、右足を見れば…
「ぇ……」
無い。
「そんな、っ」
理由は無いが残った左足にありったけの力を込めて飛んだ。左方向へ大きく…そして着地と同時に体勢を崩して転がり、少しでも距離を…
「どうなさいましたか。せっかくのお召し物が汚れ傷んでしまいますよ…?」
「っ、」
((EXECUTION))
"そういうこと"なら戦うしかない。右手を向け、お返しに首から上を消し飛ばしてやることにする。
「何をするかと思えば…随分とゆっくりなさるんですね。もしや、気を使ってはいませんか?」
ふらり。彼女は横にズレた。体が揺れるような錯覚。そして扇子で口元を隠して
「お笑い以下。その程度でよく"ここ"に来ようと思いましたね」
代わりに殺意たっぷりの熱視線をくれる。
「っ!!」
((EXECUTION))
相手の視界から消えるため、創造する。一瞬だけ背後へ…その直後この空間の天井付近へと
「むっつ、穢れし血を浴びて……ななつ、…ふふふ」
「ぁあ!?」
出来ない。背後に移動した直後、追加の瞬間移動で飛んだ先は…彼女の目の前。
「邪悪を飲み込めば……」
「ぢゅ"うう!?」
浴びせられた。顔が痛い!ち、縮んでる…!?違う、と、と、溶けてる…顔が…皮膚が……
「やっつ、」
「うあああああああああああぁぁぁァァァッ!!!!!」
………………………to be continued…→…




