第10話「夢」
夢。
将来の自分への期待とは違う、睡眠時に迷い込む幻想。その内容は人によって大きく異なるが同じ人間が見るものなので似た事象を目撃したり体験することがある。だから夢占いなんてものもこの世には存在するわけで。
「……」
「何かあれば動きます」
そんな、"夢"のような出来事が現実に起きた時。僕達は間違いなく止まる。呼吸を忘れるほど驚いて固まってしまうのだ。
「分析中……」
「結子以外にこんなことするやついない」
「欠月駅前、そしてここから近い場所でも同じ反応を感知しました。"逆再生"を」
ビデオテープやDVD、動画データなんかは自分の見たいところから見たいように再生することができる。
今僕達の目に映るのは逆再生。巻き戻し。ありえないことだが、現実世界の時間にそれが適用されている。
人や犬や猫が前に歩く動作で後ろに下がり、車も当然…高速で"バック"するし、時計の針も逆回転……
「今見ているのは森で殺された人々が生きていた頃のもの…ということでしょうか」
「っ」
近くにあった小石を投げつけてみる。僕の期待通りなら石はすり抜けて
「!!ぁいぇってぃ」
「柊木様っ!?」
「めちゃくちゃだ」
この現象が始まってから突然人や物が出現するから、ひたすら驚かされ続ける。しかも彼らに干渉することもできるとは。
「進む僕達と戻る彼らが触れ合えるって」
タイムトラベル物での過去の改変やらループやらについて熱く語り合う人達がいる。でも"これ"を見せたらその人達はどんな反応をするのだろう。
「……」
「柊木様、あまり余計なことは」
「誰かがやらなきゃ一生分からないままだ」
僕のすぐ隣を徒歩で抜けようとするスーツ姿の男性。彼の足を掴んでみた。たとえば、長い時間触れていたら僕と彼はどうなる?
「っんぅうぃう」
「…捕まえたまま。影響は…」
無いといえば無い。どちらにも時間の進行方向に変化はないし、時割れのような症状も特に感じられない。
「リアルな映像、ということはありえませんか?」
「触れる映像?」
「AR技術の未来形とでも」
「代行に科学者や技術者がいたとしても、そんなちょっと先の未来に実現しそうなこと創造しないよ」
「"お試し"ならどうですか?代行になって日が浅いとしたら…それか、現在関わっている仕事内容に関係する…というのも」
「わざわざここに?」
「…ですね」
見上げれば空も気持ちが悪い。決まった形はないが無数に区切られていて朝と昼と夕と夜が入り交じっている。幻想的なアートであれば受け入れられたかもしれないが、現象であれば話は別。
「時割れの亜種みたいなもの?…今ある何かではなく、今はもう無い何かに影響するとか」
「可能性はあります。ですが…このままここに留まるのは何にしてもあまりよくないかと。ただ、退くとしても欠月から出る公共の乗り物が安全とは思えません」
「ここ以外でも起きてるかも。いいよ…ふぅ、僕を掴んで」
「っ。…申し訳ありません」
特別な体調不良はない。毎度の事ながらとても疲れている…くらいで。
((EXECUTION))
………………………………next…→……
三剣猫、旅館。
部屋ではィァムグゥルとダンがパソコンやタブレットを使って情報収集していた。タイミングよくネットには新鮮なニュースや噂が大量に出回っていて、2人はそれらをひとつも見逃さないつもりで調べていく…。
「動き出したようだよ。きっとこれまでこんな風に"宣伝"をしたことは無かったはず…新人類のやり方を見て羨んでいたのかもしれないね」
「見ろ。都心部で新たな時割れが発生している。…突然現れた着物姿の集団、火事などの幻覚」
「しかも全てが逆再生。ふーん…」
「アバルバが倒れたことで新人類の動きは鈍くなっている。特に生物兵器を失ったのが大きいようだ。資金調達と見せしめのためにアメリカで銀行強盗をしたというニュースがどうやら最新らしい」
「うん。アマゴウラに関する噂はやっぱりどれもめちゃくちゃだね。本当っぽいのは、日本の一部を"割って海に沈めた"とか…空から地獄を落としたとか」
「空から地獄?」
「消えない炎、未知の病原菌を含む雪、水を消す雨に…人を攫う突風」
「どれか1つでも十分な脅威だな」
「全部が同時にと考えるとね。無防備な人間では絶滅しなかったのが奇跡と思えるよ」
「当然、それを阻止した代行がいたわけか」
「そうだね。当時は自分1人だけが狙われても全てを返り討ちにできる自信が、実力があったんだろうね。それが今では結子なんて人間の名前を借りなければならないのだから、もしか」
「っ、」
「無事到着しました…ご主人様……!!」
「真…!」
「ジュリア。まさか彼女は」
「ぅぁぁ…疲れた」
瞬間移動。すぐに見慣れた和室に降り立って、脳がこの場所は安全地帯だと決めつけた。そしたらこれだ。電源が切れたみたいに体から力が抜けてその場で倒れてしまった。……畳の匂い。落ち着く。
「真。休むには早いと思うよ?まだやるべきことが残って」
「今の柊木様は極度の疲労状態です。ついさっきまで"本物"の神と触れ合っていましたから」
「本物の神…?初耳だよ」
「黒神様です。検索すれば出てきます。っ、すぐに柊木様と凪咲様を布団に寝かせますので、それが済んだら…ご主人様」
「ああ。私の目覚めについても話そう。思考の共有が出来なくなっているからな」
「……勝手な真似をお許しください」
「気にするな。今は2人を」
「はい。ご主人様」
「黒……神…様と。キーボード入力はどうにも難しいね。ダンのように画面に集中しながら両手の全ての指をフルに使うのは…もしや創造で?」
ふとダンがィァムグゥルの方に視線を移すと、キーボードを睨みながら右の薬指1本で懸命に戦っているのが分かった。
「寝る暇もなさそうだ」
それを見たからではないが、ダンはこれから何か大変なことになりそうな予感がして苦笑いを浮かべた。
それから、真が目覚めるまで数時間。
「づ…」
目が覚めた。途中から寝返りを忘れてしまったのか、左肩が痛くて痺れている。でも体が向いてる方向には
「凪咲」
彼女が寝かされている。本当なら僕は飛び起きなくてはいけない。創造の力を振り絞って大きな犠牲を払ってでも彼女を完全回復させ、目覚めさせなくては。…だけどまだ少し眠っている脳は別のものを優先した。
夢だ。力尽きて眠って見た夢。それを忘れないうちに改めて記憶に残そうとしている。
「どんなだったっけ」
確か最初は自宅でしょっぱいケーキを作ろうとしていた。クリームやらフルーツやらをスポンジにベチャベチャに重ねていって、途中でどうしたらしょっぱくなるのかを考えたら今更味の方向転換は難しい…だから遊園地に行こうってなって。
それで家の中で階段を下りたら電車に乗ってて、駅に着いて……このまま電車に乗っていれば飛行機が無事に着陸できるからって……
「どんな夢…」
なんだか馬鹿らしくなった。
「でもね、昔の人間は見た夢の内容で自分のことから世界の未来のことまで分かったとも言われているんだよ」
「ィァムグゥル……」
「君が見た夢は君だけのものじゃない。そしてこのィァムグゥルがそれを感じ取れたということは…?」
「アムグーリが見た夢も混ざってる」
「さあ、続きを」
…それで、電話した。美容院にみたらし団子を大量注文した。きっと受け取るからと言って電話を切って、あの家紋を再現したくてスケッチブックとペンを知らない人の臓器と引き換えに手に入れた。だけどペンが黒だと思ってたのに黄色だったから気に入らなくて財布から取り出したペーパーナイフを背後にあったチョコレートケーキに……
「……」
「どうかしたのかな」
「先が思い出せない」
「ふむ…忘れてしまったのかもね。夢の内容を記憶したければそれこそ夢日記でも始めるか、動画に残すかしないといけない。まぁ、"覗き"でどうにかなる可能性もあるけどね」
「……」
「ただし。その場合見ることが出来るのは夢のために組み合わさった記憶から余計なものを除いたもの。実はなんてことはない記憶かもしれないね」
「ならなんで思い出せって」
「君がそういう顔をしていたからだよ」
「…」
「そうだね、アムグーリの夢は食べ物が関係していると思わないかい?」
「う、ん」
「それを取り除くとね、遊園地に行こうと電車に乗っていたけど目的の駅で事情があって降りられなかった。その事情のヒントとして家紋とやらを再現する必要があって筆記用具を用意した…という感じかな。どれどれ」
ィァムグゥルはおもむろにせんべいを1枚手に取ると、それをテーブルの上で叩いて砕いた。数回叩いて細かくすると…今度はそれをお茶の入った湯呑みにパラパラと……
「忘れてもらっては困るよ。このィァムグゥルは大昔に生きた代行。占いのひとつやふたつ、出来て当然なんだよ」
ィァムグゥルが占いをしている間、僕は別の方へ目を向けた。部屋の隅に用意された別のテーブル…集中して調べ物をしているダンとジュリア。いつもの2人。…ダンは平気そうだ。アバルバが死んだのがきっかけで治ったのだろうか。
「さてさて、真。今回の夢占いの結果を伝えよう」
「あ、…わかった」
「簡単なようで複雑な結果だよ。もしよければこのィァムグゥルの推理に当てはめて話そう」
「…」
「時はしばらく前。そうだね……君がインドに飛ぶことになったあの瞬間」
「え…っ!?」
「直前までの状況を覚えているだろうか。オラワルドでの戦い…べダスと結子と……明らかな格上との戦い。乱闘になりながら運良く生き残ったね。それから?結子は諦めず再び仕掛けてきた」
「……そう、だけど」
「最終的に君は感情のままに瞬間移動した。とっても無理をしたんだよ。充電切れ寸前の体で、君の再現可能な範囲を大きく超えた創造をしてしまった。その結果……」
「結果、」
「君は死んだ」
「……」
「もちろんそこはアムグーリの補助が割って入ったから…言ってみれば仮死状態だね」
「仮死。仮死……死んだけど死んでない」
「そう。そして面白いことにね、人間というのは死ぬ間際に"走馬灯"というものを見ることがあるらしいんだよ」
「僕も見た?」
「自分のことなんだからもう少し自信を持ったらどうかな。…そうだね。きっと君は見た。しかもその走馬灯は他の人間が見る走馬灯とは種類が違う。分かるかい?遊園地は凪咲、電車は瞬間移動、事情は走馬灯…」
「なっ!?」
「割と当てはまっているよね。さすが…この占いは精度が高い」
「つ、続きは」
「さあね」
「え」
「このィァムグゥルに分かるのはここまで。ただ、君は思い出したがっている。潜在意識だとかそういう言葉が似合うね。君の中の奥深くにいるんだよ、真実を握ったまま無理やり寝かされている君が。それを解き明かすのに必要なのが、紙とペン。そして家紋の再現」
「…」
「それはそれとして、そろそろ君のパートナーを目覚めさせてあげるのはどうだろう?」
「あっ…あぁ」
ィァムグゥルの話を聞いてたら頭がシャキッとした。今は元気よくおはようと挨拶ができるほどちゃんと起きてる。
「ただ回復させることをイメージするのではなく、自分の一部を注ぎ込むことをイメージするといいよ。まあ……受け売りだけどね」
「注ぐ…」
僕の力を、生命エネルギーを、凪咲に注ぐ。そしてその上で、彼女の元気な姿を重ねて見て…
((EXECUTION))
「ほぉ…」
驚いたのはィァムグゥルだけじゃない。ダン達もだし、僕も驚いてる。
僕の手から発生した白い創造の光が、やけに柔らかい。優しさの塊みたいな光なのだ。もしかしたら綿あめを創造してしまったのかもしれない…そんな不安がよぎるくらい、柔らかい光…。
それが彼女の胸にスっと入った。
間違いない。治る。絶対に。
「…ん……ふふ…」
「っ、」
すぐに効果が出た。死んだみたいに静かだったのに、一瞬で気持ちよさそうに寝ている…状態が大きく変化した。
「目が…」
熱い。部屋の掃除をしている時に以前なくしたと思っていた物を見つけたみたいに、記憶が蘇った。
瞬間移動をして、彼女と再会した時のこと。この辺りの記憶はずっと明滅が激しかった。当時の僕が不安定だったのもあるが、それでも酷かった。
「あぁ…ィァムグゥル、僕…大事なこと思い出せたよ」
「それはよかったね」
「…ほんとに。よかった」
取り戻せた。また失ってしまったけど、取り戻せたんだ。また失った悲しみは彼女と分け合おう。……もう2度と離さない。誰にも奪われない。絶対に。
キィー…キィ……ッ…キッ、
「ん?」
「地震のようだね」
木が軋む音。それの程度で地震の大きさも大体分かったりするが
「揺れが長い」
「音もどこかキレがあるね。強い地震だ」
「問題ない。この程度のこと、対策は当然してあるとも。安心したまえ」
ダンが声をかけてくれる。でも…そんなの想定内だ。創造で建物を強くしていたとして、それでもこの揺れ……それがおかしいと僕とィァムグゥルは言っているのに。
「揺れが…!」
バランスを崩したィァムグゥルが四つん這いになる。激しくなる揺れで少しずつ動きはじめたテーブルを左手で押さえ、僕と目を合わせると
「万が一、君の創造が原因ということは」
「ありえない!…そんなまさか」
「言ってみただけだよ。誰がやったのか、このィァムグゥルとダンは予想済み……」
「…」
「真。残念だけど、"彼女"は相当しつこい女だよ」
「そう…」
「このィァムグゥルと君のアムグーリ…両者の良いとこ取りをした存在。それが彼女の正体だったんだよ」
「…」
「その名も、【アマゴウラ】……悲しいことに認めるしかない。彼女こそ、"最強の代行"だと」
僕達は沈黙した。部屋は静かだったけど、ずっと強く揺れていた。
地震は結局それから20分近く続いて、僕達は後で東京が半壊したと知ることになった。
…東京でこれなら、日本全国……被害のない場所はないだろう。
………………………to be continued…→…
夢の話をする時、周りは某テーマパークで小学生の時好きだった人とデートしたとかケーキバイキングで店潰すほど食べたとか楽しそうで分かりやすいのばっかり見てるのが分かって、自分の夢ってごちゃ混ぜで変なんだなってなんか恥ずかしくなりました。
皆さんはどうですか?紙飛行機にたこ焼き乗せて流しそうめんした夢とか…洗濯物干してると思ったらうさぎの耳を洗濯ばさみで挟んでたりとか…え、そんな変なの見ませんか…そうですか…。




