第7話「2人だけの世界」
「きゃあああぁぁぁぁっはははははは!!あははははっ!!おーにさーんこーちら!!あっははははは!!」
「柊木様っ!!」
前から後ろから声がする。わざと背中を見せて走りながら僕を挑発するのと、僕に落ち着けと必死に訴えてくるのと…
でも分かっていても無理なものは無理だ。こんなの、追わないわけにはいかない。
「遅いよー真っ!!そんなんじゃまた失っちゃうよ?」
「2人で力を合わせれば何か解決策が見つかるかもしれません!!」
森の中…ここに人が整えた道はない。動物達が自分の通りやすい道を作るわけでもないから、自然のまま。人の形をした僕達は歩くならまだしも全力で走り回るのは向いてない。加速するのも、速度を維持するのも…想像以上に大変だ。
「もう疲れたのっ!?」
自分の体じゃない"あいつ"は横に伸びる枝などを避けることはしない。怪我を恐れず強引に突っ走って抜けていく。それに対し僕は平気だと思っていても無意識に両手が障害物を排除したがってしまう。これがなければきっと第三の目の分、僕の方が走るのは早いはずなのに。
2人の距離は縮まりそうで、少しずつ離れていく。
「諦めちゃうのー?"私"のこと、その程度にしか思ってくれてないんだ?」「黙れ」
「おっと、」
自分でも痛々しいほど心が乱れている。瞬間移動なら最初からこの無駄な追いかけっこをしなくてよかったし、こうやって捕まえるのも簡単だったのに。
「恋人だもんね?キスしとく?」
後ろから首を直接掴んだ。それを彼女は自分から僕の方へ振り返り突っ込んでくる。もちろん、発言の通りキスを求めて分かりやすく口を尖らせながら…
「くぁ!!らっ!!」
「おっっっ…」
混乱する脳を無視して強引に左足を動かす。素早く持ち上げた膝が彼女の腹を打ち、直後に外側へ展開し振るった足先が肩に直撃する。まともにくらって真横に吹っ飛ぶのは…やはり僕に罪悪感を抱かせるためか。
「っぎゅ、……げほっ、げほ…」
蹴られたのとは反対…左半身を木に激しくぶつけた彼女は衝撃の強さに咳込む。その気になれば直撃を回避するなり受けるダメージを軽減するなり出来ることはあったはずなのに。
「痛いよ…真……」
怒りのままに攻撃すれば、それを受け止めるのは"彼女"だ。だからといってこのまま"彼女"に好き放題させるわけにもいかない。
厄介すぎる。
「ぁはぁぁぁああはああああん!?」
「なんっ…」
急な奇声。思わず身構えたが、それがよくなかった。
「"踏んだ"ね?」
、
、
、
、
「恋人だもんね?キスしとく?」
後ろから首を直接掴んだ。それを彼女は自分から僕の方へ振り返り突っ込んでくる。もちろん、発言の通りキスを求めて分かりやすく口を尖らせながら…
でも。
「ごぎゅ、」
再び…今度は向き合う形で僕は彼女の首を掴んだ。親指と人差し指に特に力を入れて、絶対離さないことと窒息させることを意識する。
「…み"え"た"?」
「っ……」
言葉に
惑わされる。
「見てるか?真。ようこそ。ここは俺が創った場所。精神世界に近いのに、確かに現実に存在する……面白いだろ」
引き込まれた。覗かされた。黒1色の世界にその声だけが響いている。反響が無限に繰り返され、数秒で気が狂いそうになる。
「お前には"俺が凪咲になるとこ"を見せてやろうと思ったんだけどさ?まさか…この程度でギブアップなんて言わねえよなあ!?なあ!?」
声の調子が変わり、怒鳴り声が混ざる…痛い。無限に続く暴音に脳が揺さぶられるほどの強さで殴られる。当然1度で終わるはずもなく、
「あっははははは!!聞いてるかぁ〜?いや、効いてんのか!」
控えめに言って、死ねる。これはどれだけ肉体を鍛え上げようと、強い精神を持っていようと、軽減できるものではない。何もかもをすり抜けて直接急所を打ってくる。あっという間に致命傷の域を、……
「ほらよ」
、
、
、
引き込まれた。覗かされた。
「まずはこの前の借りを返すとするか!安心していーっぱい死んどけ!な!」
………………………………next…→……
「…というわけなんだよ。ダン。このィァムグゥルはね、とてつもない可能性に恐怖しつつも期待してしまっている。自分の半身であるアムグーリは美しいやり方ではなくてもこのィァムグゥル以上に成功させた。そして"あれ"はアムグーリ以上だ」
木製のテーブルには油性の太いペンでいくつものメモが書かれていた。それはィァムグゥルが直前に覗き見たものを忘れないように書き残したものと、そこから得られ考えられるものを書き足したもの。
「子は親を超えるものなんだね…これを親心と表現するのは少し違う気もするけど」
「妙な感動があるのか」
「このィァムグゥルが見たのはきっと比較的"最近"の記憶だよ。文化的な人間達が今ある世界を作り上げる前から…あれは存在しない言語まで学習していた。これがどういう意味か分かるかい?」
「結子は時を操る。となれば、考えられるのは2つだ。その瞬間からわざとやり直したか、力が不安定だったか…」
「今の彼女は自らを親とし自らを子とする。様々な形で不老不死を完成させながら、きっと何千何万…もしかしたらそれ以上の長い時間を生きて」
「成長」
「ん?」
「やつの目的は成長だ。魂という形で自分を引き継ぎながら新たな肉体…生命で更なる成長を……それを繰り返した先にあるのは」
「何があるのだろう。まさか、創造神を超えるつもりなのかな」
「それで終わるとも思えないが……最早その力を持たない私達とは考え方も目指すものも異なるのかもしれない」
「そうなる…ね。……今、人間が支配する世界は新人類達によって奪われようとしている。でも…防衛しても強奪しても…それは長く続かない」
「命ある者は遅かれ早かれ死ぬ。だが、このままでは皆が等しく同じ時に消えることになる」
「そうだね。まるで古代人が予言した"災厄"そのものだよ」
「……」
「こんな事を言うのも変かもしれないけど…ダン……君達は大変な時代に生まれてきてしまったね」
「ふ。まったくだ」
………………………………next…→……
「この時を待っていた、ということですか」
真を追いかけたかったジュリアだが、それができない理由があった。
「ぐぅるるるる」「ほーぅ、ほーぅ、」「がふ!がふ!」
野生動物達の第2波の到来である。しかも
「前回の反省点を改善したかのような…」
まず数が違う。森で暮らす全ての動物がこの場に揃ったと思わせる大量の気配。ジュリアはその気配の全てを感知出来たのか不安になっていた。
そして見た目が違う。体毛や目の色、爪や牙の太さ…明らかに創造が加えられており、その変更点の多さは
「原種から大きく離れている…」
こちらが本命。そう思ってしまうし、実際そうなのだろう。ジュリアはとにかく数を減らすことを考え、視界に入る動物達の中から倒しやすそうな種を探す。
「飛行能力持ちは無視。体が大きいものは耐久性の向上が安易に予想できるため無視。元々脚力に自信があるタイプも無視…」
対象は絞られていく。やり過ぎると誰も何も倒せなくなりそうだが、確実性を求め限界まで突き詰めていく。
「噛みつくタイプは数で攻めてくるので無視。…見えた」
狙うは爪で引っ掻くのを得意とするであろう種と、
「仲間への伝達能力に優れた種」
飛び出したジュリアは2つの拳でまず1匹…何とも言えない中型の種の頭を打ち砕いた。続けて近くにいた小型の種の頭を同じように砕こうとして
ガリッ!!!
「硬質化…」
失敗する。そしてその一瞬の驚きと怯みの隙は
「んぼふ!!ぼふ!」
「ぅ。…」
背後からの突進を許してしまう。創造により発達した大きな牙はジュリアを羽交い締めにする。しかも牙はジュリアを捕まえた瞬間からさらに変化して
「抜けられないっ」
ぐるりと円形に曲がる。そこから再び変化し締め付けを強くして…
「やられました」
ジュリアを完全に拘束する。地を蹴ってじたばたするが…
「どうやら相当重く仕上がっているようですね…」
「ぎしゃああああ!!」
捕まって動けなくなった。それを認識した動物達は気合いが入る。あっという間にジュリアを囲んで上下左右から好き放題攻撃を仕掛ける。
「…………!!」
「あなただけは…まずいですね」
その中で、1匹だけが少し離れた位置で見守っている。風格からしてリーダーと言えなくもないそれは、嫌になるほど赤い目をした熊っぽい何か。両手にはチェーンソーのような刃と見間違う爪があり、あれを力任せに振られることを考えると
「この状態では…せめて、マーキュリーなら……」
しかしそのためにはこの場にいない真が必要。こんなことなら森に踏み込む段階で先に起動してもらえばよかった…とジュリアは少し後悔した。
「…いえ。この程度のもの…自力で突破出来なければ、柊木様の使者失格……ご主人様に合わせる顔もありません」
打たれ、叩かれ、噛まれ、引っ掻かれ、耐えられるダメージをひたすら我慢する。冷静にシミュレーションを繰り返し、解決策を探す。
計算、計算、再計算、もう一度。何度でも。
グダグダしていられない。早く真の隣へ行ってやらなくては。
「…申し訳ありません。柊木様、あなたを頼らずにはいられません」
「ゥガァァァァァァァァアアアア!!!」
弱音を吐いたその瞬間、リーダーの種が強く吠えた。
「ほうら、死ね」
、
「そしてまた、死ね」
、
「何回でも、死ね」
、
引き込まれた。
「死ね」
、
覗かされた。
「死ね」
、
ここは
「死ね」
、
引き込まれた。覗かされた。
「さてと。やり過ぎると飽きちまうからな。久しぶりに会話してやるとするか」
何を言ってるんだ…でもっ…苦しい。声の反響が…。
「本当にお前はタフだよなあ。羨ましいよ」
分かって言ってる。僕を怒らせようと必死だ。
「面白いよな。俺もお前も互いに相手を死んだと勘違いしてさ。結局のとこ最後まで殺しきれるのか…微妙だろ?」
この場には存在しないはずが、頭蓋骨に強い衝撃が加えられた気がした。足もないのに立ってられない。
「でも俺はお前を負かせる。お前の弱いとこ握ってんだから。直前まで相手してた凪咲は正真正銘本物だ。…まあ、お前がインドに連れ出したのも本物だけどな。そのおかげで俺も遠慮なくこれを選んだ」
全部、知っているのか…。
「俺はもう1人じゃない。色んな意味でな。…おっと、喋りすぎたか」
、
引き込まれた。覗かされた。
「さて…。真。終わりにしようか。俺とお前の関係」
何を、
「どうやったって俺が勝つのは決まってる。でも折角2人っきりなんだもんな」
世界に色が発生する。抽象的に描かれた空や川…自然…それが、次の着色でよりハッキリしたものになって
「創造したんだよ。俺とお前の、結果が分かりきってる最終決戦の場を」
覗き見ているだけなのに…
「手足の感覚があるか?すぐに全身がこの場所に定着する。思念体みたいなもんだけど、ここでの生死は現実にも影響する。分かるか?ここじゃ創造がルールだ。中に何を飼ってぃようが!死んだら死んだと認めなくちゃいけねえ!」
「……」
「よお、真」
自然のど真ん中。足下はまるでサッカーをするためのフィールドみたいに整えられた芝があるだけ。すぐそこに川や滝が見えるのに近づける気がしない。ただの背景でしかないのか。
「簡単だ。ここで何でもありの殺し合いをする。勝ったやつが現実世界でも勝者」
「…お前が負けたら」
「そりゃあ、女はお前が取り返せることになるよな」
空気は少しひんやりしていて呼吸するのが気持ちいいと思える。徐々に嗅覚も…自然の匂いでリラックスしてきた。
「分かってるか、真。この戦いは意外とクライマックスだってこと。俺が生き残ったら何するか想像もできないだろ?」
「お前の目的なんてどうでもいい。僕はただ、奪われた分の怒りとか悲しみとか……全部をお前にぶつけて…殺すだけ」
「出来るとは思えねえけどなあ」
「……っ」
「ん?今ちょっと笑ったか?」
「まあ、ね。笑った」
「……」
「だって僕はお前なんかに負けないから」
「へえ?」
「柊木の血で滅ぼしてやる」
「悪役みたいなセリフだな。……柊木 真」
「僕は善人じゃない。今度こそ間違いなく死ね。…天使 結子」
「よく知ってたな。フルネーム」
((EXECUTION))
((EXECUTION))
………………………to be continued…→…




