第4話「嘘の告白」
早朝。4時。
ほとんど寝ていない。
張り込みへの期待感が勝ってすぐに起きてしまった。
それは凪咲さんも同じらしく、僕を起こさないように朝の支度を始めようとする足音が聞こえた。
カシャコン。
今の機械音はソープの自動餌やり機だ。
少量ずつ、4時間ごとに排出される。
それとは別に僕達が用意することもある。
これだと将来的に太ってしまいそうなものだが、ソープの体は現状維持が"絶対"らしい。
おそらく大食いタレント並に食べても太ることはないのだろう。
…女性が羨む能力だ。
「僕も起きよう」
凪咲さん達におはようを言って、トイレに行って、顔を洗って、一旦部屋に戻って着替え…あれ?
部屋の真ん中にポンと畳まれたジャージが置いてあった。
白に近い明るいグレーに、黒のラインが入っている。
胸の辺りには"開いた本"がプリントされていた。僕の創造の書と同じ色だ。
でもこれを買った記憶はない。
「それ、着てみて」
「はい…」
彼女が用意してくれたものらしい。
朝食作りに戻っている間に着替えてみた。
…驚くほどに着心地抜群。
僕が買いまくった"モコモコ"の商品達に近い感覚…起毛素材が裏地に使われているようだ。でも控えめだから、暑くなることはない。鬱陶しいとか、痒いとかもない。
「似合うよ。真」
「そ、そうですか?」
「うん」
「でもこれ…」
「私、制服着てること多いでしょ?だから学生っぽい服装で合わせられたらもっと自然に見えるかなって」
「……」
「嫌かな?」
「全然!ただ、いつの間に用意してくれたのか気になって」
「…内緒」
「え?」
「トーストも出来たし食べよ」
「あ、はい!」
僕も凪咲さんも特にせっかちというわけではない。
でも今日だけは、"ついでに"という理由で掃除や洗濯まで終わらせてしまった。
…まだ6時20分くらいだ。
2人ともソワソワしている。
気にしてない風を装ってテレビを見たりスマホを弄ったりしているが、完全に意見は一致していた。
「あの…」「あのさ…」
同時に声をかけたところで、出かける準備を始めた。
凪咲さんは制服に着替えてパーカーを羽織る…昨日と同じだ。
そして買っておいた"張り込み定番セット"を確認する。
牛乳、あんぱん…たまごサンド、駄菓子。
明らかに余計なものまで買っているが、これは張り込みに持ち込むのはあんぱんが最適解なのかを検証するためのものだ。
僕はというと、着ているジャージの上から凪咲さんと同じようにパーカーを羽織った。
これで同級生感が出てくる。
今回のような張り込みなら、少しは効果があるかもしれない。
周りに怪しまれない服装…振る舞い。
学生っぽい服装となると、今の時間帯なら朝練か。
「行こ!真」
「はい!」
「ニャア〜」
ソープに見送られ家を出た。
通勤、通学中の人達に紛れて歩いていると本当に学生気分になってくるのが面白い。
……特に部活に入っていたことはないし、これといって特別な思い出もないけど。
思い出せばほとんどの日々がスーパーの特売とか美味しい節約料理とか、そんなことばかりを考えていた。
3袋100円のミートボールを使った酢豚とか、自転車で少し遠出してレタス1玉を5円で買ったりとか…なんか主婦みたいだ。
家庭科で調理実習があると必ず褒められたっけ。
「…青春ってなんだろう」
「真?」
「いや、何でもないです」
来央駅…南口。馴染みの駅だ。子供の時は"ライオウ"と聞いてなんか強そうだなと思っていた。
とはいっても、小中高と歩いて行ける距離だったし利用したのは外出する時くらいで…その機会もそんなに…
ただ、この駅には色んな店が入っている地下がある。
惣菜屋と本屋はよくここのを利用していた。
シャッターの閉まった地下を抜けて駅の反対側へ。
南口と違って、北口は人通りが少ない。
思えば、北口の方が治安が悪い。
…同じ街なのに。呪われているのだろうか。
「商店街の外で張り込みする?それともトシちゃんの店?」
「外にしましょう。その方が張り込みっぽいですし」
何事もなくラッキーストリート前に到着。
早朝だとこの商店街は眠りについている。
店の看板のライトなどが消えているので薄暗いどころではない。
…ただ、少し良い匂いがする。
「キッチンあたたかだよね。仕込み中なのかも」
「ですね」
「…待って。これってもう張り込み始まってるよね?」
「たしかに…!」
僕達の元気の良さはここまでだった。
いざ張り込みを始めると、ひたすら立って待っているだけ。
暇の極みだ。
まだかまだかとスマホで時間を確認しても前回確認した時から数分しか経っていない。
無言で凪咲さんが駄菓子を差し出した。
…まさかのまさか、駄菓子は張り込みに適しているかもしれない。
子供を楽しませるためにと小さな包装に描かれた"間違い探し"、"あみだくじ"、"あたりはずれ"、そんなものが思ったより楽しい。
駄菓子を楽しみながら、時々商店街の方へ目を向ける。
1人も歩いていない。誰か出てくればどうやっても目立つくらいだ。
「当たった」
「僕ははずれです…当たりはもう1個もらえるとかですか?」
「ううん。5つ集めて応募すると文房具セットがもらえるって」
楽しかった駄菓子タイムが終わると、僕達はまた、暇になった。
………………………………next…→……
10時。やっとだ。
そろそろ学生がうろついているのはちょっと怪しい時間帯にも思えるが、まあ問題はない。
もし学校に行かないのかと聞かれることがあれば、校外学習とかなんとか言えばいい。
「ねぇ。あれ見て」
キッチンあたたかのある辺り、明かりがついて、ドアが開いた。
誰かが出てきて…
「ちょっと歩いてくる」
「早めに戻るんだぞー」
店の中の誰かと一言二言交わして、こっちに向かって歩いてきた。
…歩き方がぎこちない。杖だ。
「末っ子?」
「とりあえず隠れましょう」
彼が商店街から出てきた。
僕達は顔が見えないように髪を気にしたり壁を見つめたりしながら、宿題が面倒くさいなどと雑談をしてやり過ごした。
駅の方へ歩いていく…あれ?うそ…!
「凪咲さん。凪咲さん、あれ」
「ん………っ!?」
彼は商店街を離れた途端、杖を使わずに普通に歩きはじめた。
使わなくなった杖は、近くのゴミ捨て場に放り捨てて…。
「末っ子、だよね…?」
「そのはずです…!え?じゃあ昨日僕が会ったのも…!」
「真はここで待ってて。私が追いかける」
「分かりました。何かあれば電話を!」
足を悪くしていた人が突然普通に歩きだす。
想像以上にショッキングだった。
昨日店に行った時、彼はレジ横に座ったまま動かなかった。
会計時に危なっかしく立ち上がったのも見た。
そんなに辛いものなのかと気の毒に思っていた…。
……全部、嘘だったのか。
次男が家族の闇深具合を話した時、弟は会わない間に足を怪我したと言っていた。
…もしかして父親の死を知ってからずっと嘘を?
着信を知らせる音が鳴る。
凪咲さんからだ。…そっちに戻るから隠れて…
言われた通りにその場を離れて待っていると、彼が戻ってきた。手にはリュックを持っている…もしかしてあの中に1000万円が…!
「いいから出てこいゴラァ!!」
三男が商店街に入っていこうとした時、中から怒鳴り声が聞こえた。
それを聞いた三男は僕達が張り込みしていた場所に移動して様子を伺っている。
「テメェんとこの誰かが金盗ったんだろ!?返せやゴラァ!」
太い声だ。迫力がある。その手の映画のワンシーンをそのまま再現しているみたいに。
凪咲さんに現状を返信。
「見てた」
「っ!?」
いつの間に。
彼女は僕の後ろにいた。
「何があったんだろう」
「さぁ…」
すると、三男に動きがあった。
商店街の中をしばらく見てから早歩きでその場を離れた。
それからすぐ、商店街の中から強面の男が出てきて…
「おいゴラァ!」
三男は逃げようと早歩きからさらに加速し走ろうとしていたが、声の迫力に負けて転けてしまった。
簡単に追いつかれ…僕達のすぐ近くで捕まった。
目の前で三男がボコボコに殴られている。
助けるべきか…凪咲さんを見ると首を横に振った。
強面の男に無理やり立たされ、歩かされ。
三男が商店街の中へ。
「どうしますか…」
「行こう。トシちゃんに会いに来たことにすれば別に問題ない」
思っていたより危険度が急上昇して緊張してきた。
1分ほど遅れて商店街…ラッキーストリートに踏み込む。
トシちゃんの店はキッチンあたたかより奥にある。
向かう途中でチラッと様子が見られるといいが…。
…キッチンあたたかに近づくと、中から怒鳴り声。
さっきの強面の男だろう。
中を見れそうにないのでここは通り過ぎて、トシちゃんの店へ。
前に着くとちょうど彼が店から出てきた。
「おう!いいとこに来たな」
「いいとこ?」
「昨日お前さん達が帰った後に、にゃんにゃん天国の店長にあの兄弟が怪しいって話したんだ。そしたら"怖い兄ちゃん"連れてきてよぉ!これでもう問題解決だな!金が戻って俺は安心、店長も安心。お前さん達が取り戻したわけじゃないが…まあ手がかりを見つけたってことで、後で10万くらいのアクセサリーをやるよ。ほら、行こう!キッチンあたたかは修羅場だぞぉ〜!」
「っ、なんでそんなことを…」
「凪咲さん。もう遅いです…」
3人でキッチンあたたかへ。
トシちゃんが意気揚々とドアを開ける。
「おぉ…やってるやってる」
兄弟達は椅子に座らされていた。
全員、顔が腫れていて出血もしている。
「金は?」
「あぁ。持ってたよ。こいつのリュックの中に入ってた」
「よかった!じゃあこれで大丈夫だな!」
「そうだな。もし金が見つからなかったらお前がこうなってたところだ」
「……」
トシちゃんと店長の間の問題は解決したようだ。
「でもこっちは解決してない。よくも金を盗みやがったな」
店長は兄弟達にゆっくり言った。
罪を分からせるように。
「もちろん、悪いことしたんだからその分誠意を見せてくれるんだろう?」
「ま、待ってくれ…俺と兄は知らなかったんだ!全部弟が…!」
次男か。責任逃れと言えば聞こえは悪いが、実際長男と次男は無実だし…良心的な?ラッキーストリートの住人のままだ。
「……」
三男は黙っている。
黙秘したいというより、殴られまくったせいで話す気力がない感じだ。
「こっちとしては。そんなの関係ない。店は引き払え。それから、お前らの親父のために皆が金を出したんだ。それを盗んで個人的に使おうとした罰として、きっちり慰謝料をもらう」
「慰謝料!?」
「当然だろう?」
ここまで来ると、住む世界が違う人間達のやり方だなと思う。
学ぶ必要の無いやり取りを僕達は黙って見ていた。
兄弟1人ずつに200万。合計600万円を要求し、何かの紙に兄弟の署名とはんこを…
「頼むよ…俺と兄は無関係だ…知ってるだろ!兄はすでに借金がある!200万だと!?そんなに払えるわけないだろ!殺したいのか!」
次男が吠えた。それを強面の男が拳で黙らせる。
髪を掴まれ、ぐいぐい引っ張られ、無防備な顔を殴られる。
見てられない。
…動こうとしたら凪咲さんに腕を掴まれた。やめろ、ということか。
でも、助けることは出来るはずだ。
いくら力が強くても相手は代行でも使者でもない。
アイアン・カードを使えば僕でも勝てる。
「ふぅ。あぁ…お前さん達には刺激的すぎるよな。俺の店で待っててくれるか?10万くらいまででほしいものがないか見ててくれ」
トシちゃんがその場を離れるように言った。
…きっと僕達がいなくなったら……彼らは…。
「なぁ…ちょっと、いいか…」
三男が口を開いた。
全員が注目する。
「まず、家族に嘘をついていた。それを謝っておきたい…。悪かった。足は痛くも痒くもない。健康だ。ただ、ずっと足が悪いフリをしていると時々本当に力が入らなかったりする」
聞かされた兄達は…僕と同じようにショックを受けていた。
「お前…話し方も違うじゃないか」
長男のそれはごもっともだ。
昨日の時点で僕にも気づけたはず…注意不足だった。
「……俺には彼女がいる。金を持ってそいつと逃げるつもりだった。地方でやり直そうって…お前の店の一番人気だよ」
今度はにゃんにゃん天国の店長が目を見開いてショックを受けた。
「馬鹿言うな。ユリは、ユ、」
「ユリじゃない。アズサだ。お前に見せた身分証は偽物」
「なんだと…!」
「言いたいことはもうひとつ」
「…俺はまだ諦めてない」
三男は、笑った。
………………………to be continued…→…




