第4話「残された手がかり」
「見えた」
「……共有完了しました。移動ですね」
最初から記者は踏み台でしかなかった。記憶を覗いた時、もしかしたら何か知っているかもと少しだけ期待したが
「特に何も」
「ぇ……」
「もうそれは要らない」
名刺は受け取らなかった。触れるきっかけが欲しかっただけだから、用済みになったらそんな紙きれ1枚は要らない。
「では参りましょう」
店の出入り口の方へ振り返る。ふと見れば、店内には僕達と記者以外に人はいなかった。
「"彼女"の居場所は……事務所でしょうか」
「だろうね」
次に会うべき人物をイメージする。……
((EXECUTION))
瞬時に切り替わる。人通りの多い歩道の真ん中に僕達は降り立ったようだ。目の前には芸能事務所が入っているビルがある。
「"ユメツカ"でしたか」
「…」
「旅館の宣伝のため、広告についてご主人様と話をする機会がありました。…余計な話でしたね」
「いいよ別に。何かあった時僕を止めるのはジュリアの役目だから」
「…ユメツカは7階です」
「うん」
そうだ。
ジュリアは僕が行き過ぎないために連れてきた。戦うだけならもう僕1人でも足りる。でも今の僕は、とても"我慢"ができない。
((EXECUTION))
いつの間に僕はこんなことが当たり前に出来るようになったのだろう。行きたい場所、会いたい人物…ターゲットを決めればそこへ瞬間移動できる。しかも、わざと着地点をズラすこともできる。今みたいに。
「到着しました。事務所内ですね。現在地は会議室かと思われます」
「ならここで話を聞く」
「分かりました。では、」
「探しに行かなくていい」
「ですが…」
「向こうから来させる」
「…?」
「…………」
人間も動物も、視線や気配というものに敏感だったりする。それらを強く感じると特に何も無くてもつい…確認したくなるものなのだ。
誰もいない部屋…クローゼットの中…廊下の奥……見ても何もみつからないというのに。なぜか見てしまう。
「誰かがこちらに来ます」
カチャ……
そっと会議室のドアが開く。顔が出せる分だけ開いて、その隙間から女性が
「……ぁ、え!?」
「入れ。おばけ兄弟のマネージャー…そして弟の"元彼女"、水守由来」
「っ…どちら様ですか。なんで私の名前…シン君の友達…?」
ミナモリ ユラ。26歳。これであの記者から引き出した情報は全てだ。
「答えてください」
「必要ない」
「け、警察呼びますよ!?どうやってここに」
「お前はただ僕の質問に答えろ」
人差し指を彼女に向ける。そして僕達の近くの椅子へ指先を移動させると
「……」
彼女はそれに従って移動する。これはある種の催眠のようなものだが…初めて使った。
「柊木様。ここも覗きで済ませますか?」
「そうすれば彼女が見た動画データを僕も見られる。やらない手はない」
「分かりました」
椅子に座った彼女の肩に手を置く。触れれば、バーコードを読み取るように簡単に記憶を覗き見て必要な情報を知ることができる。
「……」
「柊木様、」
「知花…ソープ…」
「では襲撃は事実ということに」
「家ごと消された。僕の創造と同じことができるか、"時割れ"でそこだけ変化させたか。…結局できるやつは絞られるし、僕の考えでほとんど間違いはない」
「おばけ兄弟に会いますか?」
「……あと気になるのは、知花達を見つけてから交番へ移動して帰ってくるまでどれくらい時間がかかったのか」
「創造に要した時間と逃走したかどうかが考えられるようになりますね」
「待ってるかも」
「冷静ではない柊木様を襲う罠だとお考えですか?」
「でも僕は落ち着いてる」
きっと、直接見てないからだ。おばけ兄弟の記憶を覗いたらもう少しリアルになる…
「ジュリア。おばけ兄弟に会いに行く」
「はい」
「逮捕されて、気軽に会いに行ける状態じゃないから滞在時間はできるだけ短くするつもり」
「分かりました。柊木様のかわりに記憶を見ます」
「…任せた」
以前はそのための道具を創造していた。指輪を。でも今は必要ない。自分以外に覗かせたい場合でも、僕が"共有"できる。
((EXECUTION))
………………………………next…→……
旅館。
「こっちだよ、オヤブン」
巨大化した猫はもう猫ではない。それを見たら普通の人間は悲鳴をあげて逃げ出す。なのでィァムグゥルとミハルはなるべく人に見つからないように気をつけてオヤブンを運んだ。
「ただ帰ってくるだけならもっと簡単だったんだけどね?」
「しょうがないだろ…というかどうする?正面から入れないから旅館の裏んとこまで連れてきたけど、ここもそんな大きい出入り口無いしさ…」
「もう一度瞬間移動…かな」
「最初から部屋の中に移動してればよかったんじゃ」
「いいや。ダンもジュリアも留守で、このィァムグゥルやオヤブンもいない。となればいつも使っている部屋だって場合によっては客室に変わっている可能性もあるよ。"あの子達"は頑張り屋だからね。少しでも稼いで褒められようとする姿が簡単に想像できる」
「そんなもんなのか……」
「ふぅ。少し中を見てくるよ。空いてる部屋があればそのまま使わせてもらおう」
「分かった」
ィァムグゥルが歩いて移動するのを見送るミハル。その姿が見えなくなると、こっそりオヤブンに話しかけた。
「なあ。船ぶっ壊してるとこ見てたろ?どうだった?俺もなかなかだろー?……」
こちらを見てはくれるが返事はない。本物の猫のような反応に、ミハルは少し早口になる。
「ほら、特に床をぶち抜いた時なんてめっちゃ派手だったじゃん?やれって言われたから思いっきり出来たけどさ、結構頑丈だったんだ…よ、あれ」
やはり返事はない。
「お前元に戻れないのか?普通の大きさにさ。まともに喋らなくなったのもおかしいだろ。…お前、オヤブンだよな?な?……またさ、その、やりたいんだよお前と。童貞だ、童貞じゃないってあのやり取りを。ちょっとさ、寂しいじゃん…」
ふと本音が出てしまう。様子がおかしくてもなんとなくいつも近くにいてくれるから、余計に
「お前に何があったのか……ぁ」
ミハルは思いついた。そして気づいた。
「真はお前に触ったよな…?」
「きっと真は答えを知っているね」
「わっ、戻ってきたのかよ…言えよ」
「空き部屋があった。許可ももらったし移動しよう」
「おう」
瞬間移動。
次の瞬間にはィァムグゥルやオヤブンにとっては"いつもの"光景が広がる。
「和室。嫌いじゃないけどな」
「ミハルはフローリングの方が似合うね」
「それ多分人類史上初の発言だぞ。床のそれで似合う似合わないって全然聞かないんだけど。服だろせめて」
「さて…」
「ん、どうした?」
「この旅館には結界のようなものが創造されているんだよ。この旅館の主人であるダンの許しがなければ中には入れない…」
「俺見て言ってる?……まあ、そんな許可もらってないけど。え、俺今から大変なことになる?」
「いいや。ジュリアが真の使者になったからか…このィァムグゥルの瞬間移動なら結界をすり抜けられるのか…」
「か?」
「創造したダンが死んだか」
「いぃや待て待て。そんなん簡単に言うなよ」
「真はアバルバを撃破している。マスターキーでね。そのおかげでアバルバの創造は解除され、ダンを苦しめる毒も消えたと」
「ならいいじゃん、それで」
「失礼します」
そこに割って入るのはお茶を運んできたユキだった。
「少し聞こえて…結界のことについて…ちなみになんですけど、ミハルさんはこの前の戦いの後…普通に中に入ってきてましたよ?」
「ん?そ、そうだよ!そうじゃん!」
「何が。このィァムグゥルはミハルを対象に言ったわけじゃないよ」
「いやいや。いいんだよ勘違いしてましたって素直に認めれば」
「ユキ。お茶をありがとう。"危ない"からしばらく部屋を出ていてくれないかな。他の子にも近寄らないように伝えてほしい」
「分…かりました」
危ない、部屋を出ろ……そういった指示を聞いた時、ユキ達は素早く対応する。今回はィァムグゥルの真剣さを感じ取ったのかダッシュで部屋を飛び出していってしまった。
「従順なんだよ。元々そうらしいんだけどね」
「なあ、ィァムグゥル。俺まだよく分かってないんだけど」
「とりあえず…立とうか」
「え?」
ィァムグゥルに言われるまま、立つ。…しかし何も起きない。
「なんだよ。はっきり言ってくれないとさ」
「よく入ってこられたね。この場合、もう1つの例外も当てはまりそうだ。恐らく君は偶然にもそれに該当するんだろうね」
「は?は?」
ミハルは理解が追いつかない。どうしてィァムグゥルは、オヤブンに向かって話しかけているのか。
「真は中にアムグーリがいても旅館に入れる。ということは、オヤブンの中にいる"君"も」
「は?」
((EXECUTION))
「引きずり出してあげるよ」
………………………………next…→……
「ふ…終わりました」
((EXECUTION))
滞在時間は5秒以下。
おばけ兄弟の姿を確認することもなかった。一瞬だけ侵入し、一瞬で外に出た。
「さっきのビルの前まで戻ってきたのか…やりすぎた」
「柊木様」
「うん」
「おばけ兄弟事件ですが、負傷した柊木様の使者を発見して警官を連れて戻るまで20分以上かかっています。動画データを見せたのも大きいですが、やはり説得に時間がかかったようです」
「それだけあれば余裕…」
「それと」
「ん」
「カメラが知花様を"見ていた"時に、とても小さな音なのですが…」
そう。こういう小さすぎる手がかりを拾うためにジュリアに任せたんだ。
「声が聞こえました。恐らく2階に通じる階段から」
隠れてたのか。僕を襲うつもりで。
「"欠月"で待ってる。そう聞こえました。恐らく柊木様が帰宅しなかった場合でもこうして調べることまで予想していたんだと思います」
「……欠月…!」
「何か心当たりが?」
「前に…ね」
思い出す。凪咲に森とそっくりなブロッコリーが売られてると話したのを。親切なおばさんについていって…飼われていた犬が殺されたのを。
"黒神様"の話も…じわじわ蘇ってくる。
「敵からの誘い。当然、罠ですね」
「関係ない。そこにいると教えてくれたなら」
殺しに行ってやる。
………………………to be continued…→…




