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僕達に与えられた使命。…と、新たな日常。  作者: イイコワルイコ
Case21 _ 迷える子羊
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第16話「わざと」







「おん?」



アムグーリに体の自由を与える…そのことに不安がないわけではない。旅行先ではしゃいで親の目の届かないところまで走っていってしまう小さな子供のようで…危険な香りがする。ただ、それは確信には至らない。



「俺にやったようにバタフライの皆を治せるか?…ボノはもう戻らないだろうが」


「食べれば余裕。そういうこと」



安請け合い感が否めない。とはいえ、アムグーリにとっては生に直結する報酬こそが最上なので、"食べれば余裕"というのはある意味で難易度に見合ったものなのかも知れない。

でも僕は知っている。先のランヴィの体の状態は創造による疲労がもたらしたもの。所持金では大きく足りない物を買って、差額を寿命で払ったらそれでも足りなかった…みたいなことだ。


ん、寿命……?何か引っかかるような。



「よし、急いで戻ろう」


すっかり元気になったランヴィは一応体に気をつけながら小走りで移動を開始する。


「いっぱい食べれるー」


彼の声に応えるアムグーリ。ゆっくり歩いて後ろをついていく…それと同時に創造で全身の傷を癒して、


「久しぶりだあな」


僕の不安を煽るような、意味深な呟きを残した。

アムグーリはィァムグゥルとは似て非なるものである。それを忘れてはいけない。どちらも強力な存在で"力の使い方"がずば抜けているが、その方向性が違う。万人受けするタイプなのは間違いなくィァムグゥルだ。創造の応用力、相談役としての心強さ、時々見せる人間らしさ…"自分の中"に住ませるならィァムグゥル一択と言ってもいいくらい。

だけど、アムグーリにはィァムグゥルでも真似出来ない強みがある。それが生存に特化しすぎた思考だ。敵味方、善悪、理性…本当なら大切にしておきたいものをほとんど全て放棄して、本能的に野性的に…究極とも言える生きる力を発揮することができる。これの尖りは何度でも死を拒絶し遠ざけられるほど強力だ。しかもそんな力に僕はほとんどノーリスクで頼ることができる。


「412、こっちだ!」


「焼ける匂い。肉か」


ィァムグゥルと比べると不安定要素が強い。ただただそれだけが気になるだけで。




開け放たれた教会の扉。その先は現実とは思えないほどの大災害っぷりで、周りの家や店がほぼ全滅状態。見れば瓦礫の下敷きになってる人も多く、悲鳴と助けを求める声と…その他たくさんの負の感情が混ざりあって混沌としていた。驚くべきは、こんな時でさえ泥棒をする人がいるということ。すぐそばで声を枯らすほど助けを求めている人がいるのに、無視して黙々と大型テレビを運んでいるのを見ると…胸糞悪い。



「くっ、」



少し離れた場所で爆発が発生。ほとんど聞こえないが、足に伝わってくる振動でなんとなく被害の大きさが分かる。



「皆…」


父親や仲間達のことが心配なランヴィ。しかし、目の前の光景を見れば走り出すなんて馬鹿なことはまずできない。慎重さが要求される。万が一建物の崩壊等に巻き込まれたりしたら、きっと創造する余裕なんてない。



「……左」



そんな時だ。アムグーリが指さしたのは。パッと見では進むべきはまだ道が見える右方向か、逃げていく人が見える正面奥…しかしアムグーリは崩壊した建物等が道を塞ぐ左を示した。



「分かった」



それをランヴィはあっさり受け入れる。僕に対する信用が理由なら、残念だが今は違うので訂正したいところ…なのだが。



「左左ー」


「動くぞ」



教会を離れる。足下と頭上に気をつけながら、決して早くない速度で…って、あれ?そういえば僕…靴履いてないんじゃ、



「、……、」



ガラス片や何かしらの角を平気で踏んでしまうアムグーリ。激痛で肩が跳ねるほど反応して、その度に創造で傷を治している……ああ、なんとか教えたい。靴を創造しろって。



「あそこだな。崩れた店の中を通って向こうに抜けられる」



酒屋らしき店を指さしたランヴィが先行する。近くに怪我をして倒れている人がいるが…さすがに今は無視か。

命は平等。でも個人的感情で優先順位が発生するのは仕方のないこと。今のランヴィには父親や仲間達の安否確認が最優先なのだ。



「……にゃら、」


((EXECUTION))



ならばとアムグーリが創造する。怪我人はすぐに変化に気づき、ペタペタと自身の足に触れた。どうやら歩けないような状態だったらしい。そしてこちらに気づくと、両手を合わせて頭を下げた。お祈りみたいな格好だ。……いいのだろうか。助けるためとはいえ普通の人に創造を…。まるで神様に救われたみたいな空気が流れている。



「美味い酒が勿体ない…」



店の中を慎重に歩くランヴィ。まだ無事な酒瓶を見つけて手に取ると、ポケットからお金を取り出して札を数枚…酒瓶のあった場所に置いた。



「飲む物?」



急にアムグーリのスイッチが入る。酒が飲みたいのか、少しだけ急いでランヴィを追いかけて「ダンシングムーン」



「や?」



咄嗟に右腕を引く。薄らと刃物の残像のようなものが見えて、攻撃されたと知る。




「見つけました」




誰かと思えば。



「どうした412、早く来い…って…嘘だろ。なんでこんなところに」





背景との似合わなさが、逆に存在の強さを色濃くしている。黒いドレスに、独特な見た目の剣、悪ふざけでしかない美しい顔…彼女は一滴の水の




「三日月姫と申します。まさか私の事、忘れてはいませんよね?まだ数時間程度ですし」





「三日月姫。ふーん」


「412!相手にするな!逃げるぞ!」




「逃げられると思っているのですか。とんだお笑いです、ね!」




その場から動かずに剣を振った。近接型かと思いきや遠距離攻撃も可能…というのはもう分かっているので



((EXECUTION))



アムグーリが対応する。わざと被弾し、傷を即完治させるという荒業を三日月姫に見せつけてやる。すると




「それくらいはしてくると思っていました。なので、遠慮なく攻撃させていただきます。ネジュロ様に献上すると約束しましたので」




「やってみろおよ」


以前、島でアムグーリと戦った時と同じ空気感。短く指を折ってパキパキと鳴らすと当時を思い出しそうになるくらい…僕が変わった。


「でらえしよっぱっちょとね」



「ダンシングムーン」



まっすぐこちらに歩いてくる三日月姫。しかしその途中、目では追えない速度で剣を振っていた。そういうものすら見えてしまうのだ。アムグーリは。



「みーいーらばっちょさ。そんぎゃろうもん」



あの島の言葉だろうか。となると、アムグーリが人間に教えた"でたらめ語"ということ。だって、そうでしょ。何言ってるのかさっぱり分からない。


体を左に傾ける。それだけで攻撃を回避した。反撃するかと思いきや、アムグーリも歩き出す…三日月姫の方へと。



「412!!」



心配するランヴィの声など届かない。



「接近戦は得意です。後悔しますよ?」



「げげらびいって。さってしゃっとそん!」



「…それ、日本語ですか?」



困惑する三日月姫だが、攻撃にブレはない。縦、縦、横、縦…1秒を数える間に4回も剣を振って中距離攻撃を放つ。それをアムグーリは



「む、ぐん、ぢ、ゃ、」



"わざと"。全て受けた。



「あらあら。とても痛いでしょうから、早めに降参した方がいいのでは…?」



でも三日月姫は分かっていない。アムグーリの強さを。



「め〜なんぢゃいいってんでね」



もう、アムグーリはこの戦闘で勝利するのに必要な創造を完成させている。



「……ぇ、412…あなた…血が、出ない」



どんなに深く切られても、出血しない。しかも傷はすぐに塞がるし、同じ系統の痛みは次回以降感じなくなる。

アムグーリ流の"無敵"が完成したのだ。



「なら、もっとちゃんとした攻撃を」



黒いドレスが揺れて、次の瞬間には残像に変わる。一見するとアムグーリは相手の動きに全くついていけてないように見えるが、左隣に移動して横一閃を決めようとしているのは既に分かっている。


わざと、受けてやるのだ。


決定的な違いを教えてやるために。


"弱肉強食"。それを、最も厳しいやり方で分からせてやるために。
















………………………………next…→……







「んーま、んーま。あんまー」




外の騒ぎを知らず、平和ボケな時間を過ごすネジュロ。

信者に買ってこさせたバニラシェイクを少しずつ吸引して甘味を舌に慣らしていく。しかし、わざわざストローで吸い上げるのが面倒になったのか、突然蓋を外して直接指を突っ込み舐め取るようになった。


右手で舌を悦ばせ、空いた左手はリモコンを握る…電源ボタンを押せば、



「テッレッビー!テッレッビー!」



これまた信者に用意させたテレビの電源がつく。最初に映ったのは子供向けのアニメで、ネジュロはリモコンですぐにチャンネルを切り替える。カチカチとボタンを押す音が部屋に小さく響いて…しばらく。



「んお?」



ニュースを伝える番組…しかし様子がおかしい。キャスターの後ろを数人のスタッフが走り回っている。何か問題が起きたのか。とりあえずネジュロはそのままチャンネルを固定し視聴する。


"放送事故"を思わせる雰囲気。そんな中、1人のスタッフが原稿らしきものをキャスターに渡すと、それはすぐに読み上げられた。



「……ほえ?え、え!?どぅえーーーーーーーーーーー!!」



その内容に、ネジュロは大きな声で驚いた。それもそのはず。まず、今現在外で爆破テロが起きているというのがかなりの衝撃。続けて、それを阻止するのに自分の身柄を要求されているというのがまた大きな衝撃。そしてそして、自分の身柄を要求している人物が




「アバ、アババ、アバルバ…!?」



どうやら世界中に危険な新生物を放っている人物と同一らしいという衝撃。

それを確認するため、ネジュロは急ぎで部屋を出て一滴の水の情報管理を担当する信者の元へと走る。




「ヨーキー!どこだっんぽんぽ!ヨーキー!ヨー…」


「はい!ネジュロ様!!」


「うぶわぁう!?」




しかし、探し始めて数秒…廊下を曲がってすぐ目的の信者とぶつかりそうになりネジュロは再び驚くこととなった。



「大丈夫ですか!?」


「ひー…ひぃ…あ、アバルバって確かアバアババ、ね?」


「ちょうどその件でお話がありまして、部屋に行くところでした」


「あ、そー?」



ヨーキーと呼ばれる"彼女"は、ネジュロにファイルを差し出す。そこには今回の騒動について必要な情報がまとめてあるのだが…


「……」


「ネジュロ様?」


「ヨーキーって、やっぱり男に見えるんーとっんぽ」


ネジュロはそれに集中できない。なぜならヨーキーはボディービルダー顔負けの鍛え上げられた立派な"男性"の体を持っているからだ。それでも彼女を女性扱いするのは、ヨーキーがそれを好むから。違和感だらけの世の中で当たり前に流されて生きている人間達に、"おかしい"ことに当たり前に気づいてほしいという願いをこめて…自身が違和感そのものになって、


「あぁもうどうでもいいゃ」


「へ?なんのことです?」


「……」



真面目なフリをしてやり過ごす。

ファイルを開くと、1番大事な書類が最初に目に飛び込んでくる。



「アバルバ…やっぱりアバルバババ…」


「仲間達の情報によれば、こちらと…こちらと…」


「うわぁ」



優秀な信者の尾行の成果。盗撮、盗聴した内容からアバルバの悪事が浮かび上がる。



「…やぁばいねぇ…っ」



ピックアップされた写真。そこには、巨大なドラゴンの上に乗るアバルバの姿が。



「ネジュロ様。大変危険です。何があっても外には」


「車用意して」


「え?ネジュロ様?」


「いいから、車」


「き、危険ですって!このアバルバが近くに来てるんですよ!?今もテレビ局を半分ジャックして」


「うるせえこいつぶっ殺すから会いに行くのに車がいるんだよ2度言わすな」


「…はい…すぐに」



走っていくヨーキーを見送るネジュロ。その顔には無数の血管が浮き出ていた。絶対に生きている人間が晒すことのできない顔で、ぎこちない笑顔を浮かべると…



「ラッキー…探しに行く手間が省けた…!」



ついに自分の中の"蓋"を外した。













………………………to be continued…→…


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