第14話「モートゥとピアンシュ」
「チッ…」
インド上空。
姿を隠して飛び回り続けるのは、自称"ビジネスマン"…アバルバ。
「大事な商談が4件もキャンセルになった。あぁっ…の、…クソガキが…!!」
彼は激怒していた。本来なら今頃、新たな客に新たな創造生物兵器を売って大金を得ていたはずだからだ。世界を裏で操る大役が…たった1人の若者のせいで上手くいかない。
ただでさえ探して見つからないことに苛立ってしまうのに、後のことを考えれば考えるほど…怒りは掛け算的に膨れ上がっていって。
「……」
それが、突然静かになる。眼下に広がる人間世界。このどこかに今も逃げ隠れている若者がいて、このどこかにここに来た理由であるネジュロがいて、このどこかに…きっと他にも代行がいる。
脳が再計算を開始。1人の人間を探し続ける効率を無視した行動より、もっと…もっと良い選択を。
「………ビジネスチャンスだな」
そして、思いついた。現在地から少し離れた場所にある砂漠に目をつけ、
「レヴィ。行くぞ」
ドラゴンに命令。無色透明の巨大竜は無音で移動を開始することで返事とする。そして…動き出した瞬間、
((READ))
創造。空から地面へ向かってまっすぐに落下していくのは、いくつもの…人間達。その全てが何処にでも居そうな服装の濃い無精髭くらいしか特徴がない成人男性という見た目で統一されていて。
「モートゥ」
そう名付けられた。さらに
((READ))
追加で創造。同じく大量の人間が投下されるが、容姿が異なる。今度のは鮮血のような赤色の伝統民族衣装…サリーを美しく着こなした女性で統一されていて。
「ピアンシュ」
と名付けられた。
「懐かしい。別々に食べると痛みと辛味しか感じないのに、合わせて食べるとそれらが甘味に変わる…不思議な食べ物…」
名前の由来となった思い出の一部をボソボソと呟き、少しずつその顔に笑顔を浮かべる。もうそこに怒りはなかった。
「待っているからな…!!ふははははははは!!!」
ついに笑い出す。この後のことを思うと笑わずにはいられない。そしてドラゴンが加速する。笑い声を置き去りにして、砂漠の方へと飛び去っていく………。
………………………………next…→……
「ぶぇっ……」
衝撃で割れた床の上…もがき苦しむその姿は、天井に張り付いていたところに殺虫剤を吹きかけられ落下した虫とそっくりだった。
教会という聖なる場所で、悪魔的な力を持つ男が、今にも死にそうな顔で苦しむ。そこへゆっくり…1歩ずつ慎重に接近するランヴィ。
「412。…もう止まらないというのなら、殺す」
足をバタバタと暴れさせ、両手は撃たれた胸のすぐ下を押さえている。顔が赤くなっていて、茶色の鼻血が止まらない。口内に血が溜まるのか「ぶぇっ……」と吐き出す。1発命中しただけで412はかなり追い詰められていた。その様子を見るランヴィは創造の力の想像以上の破壊力にただただ驚かされていた。
やり過ぎたかもしれない。
そんな罪悪感に似た感情が自然と銃を下ろさせようとする。バタフライに所属していても、一滴の水にスパイとして潜入していても、望んで人を殺すなんてことは有り得ない。ランヴィは今、自分の良心に追い詰められている。
412がどれだけ危険な"存在"なのかを理解していながら、この瞬間…銃を下ろしてしまうのか。彼が撃たれたことを理解し、反撃してきたら?もしこの苦しむ姿が偽りだったら…?
脳がどんなに危険信号を発しても、感情がそれを聞き入れない。
物理的な問題はないのに胸が痛くなってきたランヴィは片手で胸を押さえ、銃を…下ろ…
「41「ワワワワワワワワワワワワワワワ」
失敗した。油断した。甘かった。
様々な後悔がランヴィの脳内を駆け巡ったが、それは412が動いてからかなり遅れてのこと。体より先に動いた脳ですらこれなのに、そこからさらに遅れて体が動き出すことに意味があるのか。
この瞬間、ランヴィの顔面は412に鷲掴みにされていた。このままでは指が"中"へ入ってきてしまう。そうなれば死が確定するだけでなく、考えるのも恐ろしいような痛みや苦しみを味わうことになる。そんな中…眼前の手のひらの細かな線の1本1本がよく見えることが、どういうわけかランヴィの危機管理能力を急激に高めた。その結果発揮された火事場の馬鹿力は創造という形に変換されて。
「ぐ、ぎ…っ、」
((READ))
412の背後に創り出されるのは…木製の十字架。大きさは彼の体にピッタリ合わせてあり、
「離れ、ろ!!」
彼の撃たれた傷に拳をぶつけてやれば
「ワワワワワ、ワ」
痛みで怯んだ412は後退しそのまま十字架と接触。直後、
「ッ!!?」
十字架に合わせて412の両腕が広げられ、続けて十字架の裏から有刺鉄線が伸びる。それは逃げ出せない412を締め付けながら十字架に固定し、さらに
「ぶわぁっ、ごが、あ」
撃たれた傷へと侵入。ズブズブと肉を傷つけながら深くへと入り込み、継続する激痛を412へと与える。
「はぁっ、…はぁっ…!……う"」
拘束に成功した。瞬間移動で逃げられるとばかり思っていたが、なぜか上手くいった。しかしランヴィには喜ぶ余裕がない。
この時創造したのは十字架のみ。有刺鉄線は創造に想像を加えた結果生み出されたものであり、それには相当な無理が働く。その無理は反動ダメージとなり、ランヴィの体に返ってくる。
息が乱れる。呼吸が難しい。やけに喉が乾いて肉が引っ付いて塞がってしまいそう。足が重い。腕が重い。大人をおんぶしているような体重的負荷を感じる。
「412…412!!」
負ける。膝から崩れ落ちて、立ち上がれなくて。それでも彼から目は離さない。"治ってほしい"という密かな願望を込めて強く呼ぶ。412が利用するためだけの存在ならこんなことは思わなかったはずだが、ランヴィもまた412をある意味で特別に思っていた。
世話係として何度も彼の部屋に行った。他の信者が即死していくのを何度も見たのに、彼は1度だって自分にはその力を向けてこなかった。初めはそれが与えられた毒物に負けない強い意思と偶然によるものだと思っていたが…
「くはっ…!?」
緊急停止。頭が真っ白になり、負担に耐えられなくなった体がいよいよ危ない状態になる。数秒毎に不定期で呼吸がピタッと止まり、左足が不気味に痙攣する。床についた両手がビリビリ痺れて、視界の端が白と黒で点滅を繰り返す。今床に垂れているのは、口元の温もりは。唾液と血液の違いが分からなくなって、世界から色が消えていく。だんだんと見えるもの全てがぼやけていく。
意識が遠く…なる。
それでもなんとか頭を持ち上げて、今も苦しんでいる412へと目を向ける。
「にっ」
笑っていた。歯をむき出しにして、無理やり口角を上げて、気味の悪い笑顔で。
"お前が死ねば俺は自由だ"
と言っているように見えた。人間に取り憑いた悪魔でも見ているような気分で、絶望が体を蝕む苦しみを急加速させてしまう。
「くそ…ったれ……」
絞り出して絞り出して、やっとの抵抗は…そのひと言だけ。
全身から力が抜けて、"抜け殻"になってしまうのを理解して恐怖しながら…ランヴィはゆっくりと目を閉じた。
その時だった。僅かな揺れと、爆音が教会に届いたのは。
「逃げろ逃げろ!!早く中に入れ!!」
「きゃあああ!!あれは何!?」
「知るか!ちくしょう!!」
ランヴィの耳が、音を拾う。現地の言葉を理解した脳が都合よく変換する。
「みんなこっちだー!!走れー!!」
人々が教会に逃げ込んでくる。男が大声で呼びかける。
「なんてこと!…娘がいないわ…!!」
「馬鹿か!今外に出るんじゃない!」
「娘は外に置いてけぼりなのよ!?」
「爆発テロだぞ!!死にたいのか!!」
「死にたくないわよ!娘だってそう!!」
言い争う声。
「ああ、神様…どうして」
「あれは?…じ、十字架!?見ろ!人が!」
こちらに気づく者の声もある。
何が起きているのか。ランヴィがそれを考えることはない。
「皆さん、聞いてください」
女の声。
「私はピアンシュ。理由があってここにいます」
空間に響く女の声は、人々に沈黙を選ばせた。
「よろしいですか。では、お伝えします。…………今、各地にモートゥという名の男達が空から降りてきている。皆が同じ名で、同じ顔だ。そしてこのモートゥにはピアンシュという連れがモートゥと同じ数だけいる。2人1組だ。だが、今現在2人は離れ離れ。必死に探すモートゥだが、あまりにも見つからないと寂しさのあまり…"爆発"する。つまり、歩く時限爆弾というわけだ。その破壊力はこの説明を聞く頃にはもう見て知っている頃だろう。では爆発を止めるにはどうするか…これには、ピアンシュをモートゥの元へ連れていく必要がある。だが忘れるな。モートゥは時間が経つと爆発する。阻止するつもりで近づいても、目の前で爆発されることもある。…しかしこのままではあまりにも理不尽だ。楽しいゲームではあるが、お前達の中には絶望と不満を叫ぶ者もいるだろう。なので救済措置を用意した。……どこかに潜伏しているネジュロ・バウアスを見つけて差し出せ。ネジュロの身柄を手に入れたら、すぐにこのゲームを終了すると約束する。ヤツを捕まえたら、こっちに来い。場所はすぐに分かる。…目立つからな」
女が話を終える。と、
「き、聞いたか…男達って」
「まだ爆発するってこ」
空気を震わす振動。
「いやああ!!娘を探さなきゃ!!」
状況を説明された後で再び爆発が起こり、人々はパニックになる。
パニックに、な……… ……。
((EXECUTION))
………………………to be continued…→…




