第11話「ランヴィ・エヴァンス」
「なんかさ。……遠くね?」
いい加減我慢の限界だ…と、皆があえて言わずに黙っていたことをついに切り出したのはミハルだった。
真を見つけるために船旅を始めて何日が経過しただろうか。ィァムグゥルが陸と空飛ぶ船を創造で行き来してくれるので食べる物には困らないが、だとしても。
「この"カーナビ"の指示に従ってほぼほぼまっすぐ進んでるのにどうなってんの?もう着いてよくない?」
「こちらの船の速度は遅くありません。一昨日目撃した飛行機とそこまで差もありませんでした。1週間近く移動が続くということは、柊木様も同様に移動している可能性があります」
ミハルの"クレーム"に対応するのは、休みなしで警戒を続けるジュリア。彼の発言に対するリアクションは一瞬だけ彼の小ぶりなアフロに目を向けただけ。すぐに船の外へと目線を戻す。
「逃げてる?」
「そのようなことは考えられません」
ミハルとしてはィァムグゥルに話を聞きたい。船のこともカーナビのこともィァムグゥルでなければ詳細は分からない。しかし、
「あんなぐっすり寝てると起こせないよな」
ィァムグゥル……サラは、巨大化を維持するオヤブンの腹を枕代わりにして眠っていた。
「サラ様の体力を回復させなければいけませんから、仕方ありません」
「ちぇ。……」
開き出すことは諦め、カーナビへ目を向ける。画面は雑な世界地図を背景に大きな矢印が進行方向を示していて。創造物でありながら、情報の質は既存の物に遠く及ばない。
「見方を間違ってるとか、コイツが間違ってるとか」
「……少しだけ、考えを聞いていただけますか?」
「え、なになに急に」
「いえ。もしかしたら、と思ったのですが…」
「基本仲間はずれだから全然ウェルカムだわ。聞かせ、」
ジュリアの話を聞こうとして、ミハルはその寸前でィァムグゥルに目をやる。こういう時、狙ったように起きてチャンスを奪うのが"あれ"のやり方なのだ。だから念入りに、邪魔の有無を確認した上で。
「…どぞ」
「オラワルドでの事を含め、想定外な出来事が多かったように思います。味方の消耗は激しく、敵の数は多く、目的の相手は強力…。それに加えて結子との戦闘です。データとして得られるものは非常に多かったのですが、何よりも優先すべきはやはり結子の有する創造だと」
「結子結子って言うけどさ。…俺はあいつが誰なのか知らないままなとこあるよ?」
「1番関わりが深いとされる柊木様でさえよく分からないようでした。分かるのは、名前とあの特徴的な赤い髪と…」
「創造か」
「はい。様々なものに乗り移る力と、時間操作の力。どちらも非常に強力な創造です」
「まあ…聞いたことないしな。というかほとんどの代行がそんな創造思いついても実際にやろうとは思わないし」
「時割れをご存知ですか?」
「ああ、最初はフェイクニュースかと思ったけど。今なら誰の仕業か分かるな」
「基本的な被害は時割れに触れた体の部位のみが極端に変化するというものですが、時割れはどうやら結子の望みのままに設置をすることが可能なようで…そこのカーナビのような大きさでも、街ひとつ覆う大きさでも…」
「うーんと、それはもしや」
ミハルはすぐ下…自分達を乗せる船を指さした。
「実際。戦闘中に柊木様以外の全員が時割れの影響を受けたデータがあります」
「じゃあ、じゃあさ。船ごと俺達全員、時割れの…でも体に変化はないけど」
「はい。ダメージという点では無傷です。ですが時間の経過する速度に異常が起きていると考えられます」
「ということは。外の1時間が俺達には1日みたいな?でもさ、こないだ飛行機飛んでるの皆で見たよな?普通に飛んでってたよ?」
「はい。そこで、創造の"不具合"について考える必要が出てきます」
「不具合?……ああそうか、結子は死んだんだ。でも直前の創造の効果だけが色濃く残って、俺達が変になっちゃった。え、やばくない?ィァムグゥルが食料調達しに行った時ってどうなってんの?なんか沖縄のコンビニに寄ってきたとかヘラヘラしながら喋ってたけど」
「少なくともサラ様に支払い能力はありませんが」
「無一文?」
「基本的には」
「万引き…?」
「この場合、棚から商品だけが消えるなどの怪奇現象で片付くかと」
「かと。じゃねえよ!…いや、厳密にはここにいる全員人殺しと言われても反論出来なかったりするけどさ……。悪い。脱線した。で、俺達と世界の時間の過ぎ方にズレがあるからなかなかたどり着けないってことでいいんだな?」
「はい。ただ、この状況が結子が意図したものとは違うであろうことは確実です」
「そうだよな。俺達は目で見てる限りでは異常がないように思ってるわけだし」
「状態異常だと診断できるので、"治療"ができればいいのですが」
「俺?無理でしょ。……でもィァムグゥルに出来るのかな。真とセットならもしかしてって思うけど」
「ですがその肝心な柊木様がいません」
「真を助けるためにまず自分達を治したい。治すためには真が必要。その真を助けるために…って、足りないの無限ループが簡単に出来上がった件について」
「だからこのィァムグゥルは体を休めていたんだよ」
ふいに割り込む声。ミハルは「ちきしょうずっと起きて聞いてたのか」と会話から外されるのを察する。
「そのジュリアの考えには気づいていた。だから、この場の全員が面倒なことになっていることも想像できた。真を助けに行きたいのに、助けに行くには真の力が必要だなんて面白い問題にも答えを用意できたよ。寝ながらじっくり考えることができたからね」
「それ寝れてなくね?」
「オヤブンと思考の共有をしたのだと思います。基本は使者が代行の思考を読み取るのみですが、一方通行から双方向に変更すれば可能です。それにより、」
「分かったもういい。実際分かってないけどもういい」
「このィァムグゥルが行くよ。瞬間移動で真のいる場所に飛んで、」
「真連れて戻ってくる……って、それ最初にやれば船旅必要なかったじゃん!!」
「ミハル。しばらく時間が経って、真の生存を信じられる今だからこそ選択できる行動なんだよ。真が消えた直後にそんなことをしていたらサラの体がどうなっていたことか」
「むぅ…」
「ですが今瞬間移動をしても柊木様に会えるとは」
「そこは賭けだね。でもやっていいと思えるほどではある。無謀じゃないよ」
「ィァムグゥルが真を連れて戻る。ィァムグゥルと真で俺達を治す。んで、帰る?」
「他に良い考えがあるなら聞くけど、その顔だと思いついていないようだね」
「無くもないけど?」
「本当かい?なら話してもらおうか」
「船ごと…は無理でもさ、俺達全員を一緒に連れて瞬間移動するってのは出来るんじゃないの?」
「出来たとして、なぜそうしたいのかな。成功率は高くないんだ。賭けだと表現するくらいには危険なんだよ?」
「俺の勘っていうかさ、まあ漫画とか映画とかじゃよくあるんだよ。そういうので飛んでった先が危険な場所でしたって展開が。ィァムグゥルが1人で行って、もしもの事があったら。俺達は自分達で何も出来ないままこの船で空を漂うことになる。…海じゃなくて空で遭難とか無理ゲーだし」
「どうせなら全員で死のうと?」
「中途半端に絶望するよりはいいだろ。戦死することを美しいとは思わないけど、不戦敗はだせえ。マジでだっせえ」
「……」
「え、なに」
「仕方ない。そこまで言うのなら……ミハル、君にも手伝ってもらうとしよう」
「…………マジで?」
………………………………next…→……
「なんの騒ぎだ!!」
外から聞こえた悲鳴、爆発音。銃を構えて外に出ようとするとランヴィ達が文字通り飛び込んでくる。
「親父!ダメだ!412が!」
「なんだと…」
「すまない…大丈夫だと、安全だと思ってたのに…あんなに普通に話せたり食事ができて、なのになんで」
「外はどうなってる」
「出るのは危険だ。銃じゃどうしようもない」
部屋の隅で怯える部下達、どうしても外に行かせたくない息子。
既に十分に412の超能力の危険さは理解していたので、軽い考えで出ていくのがどれだけ無謀なことなのかは分かる。分かるのだが。
「ここにいるのは俺達だけじゃねえ。無関係な人間まで巻き込むわけにはいかないだろ」
他の部屋の住人。厄介な存在の自分達を隠してくれる、バタフライに守られるべき一般人がいる。こんな非常時こそ、しっかり守ってやる必要がある。そう考えるボスの覚悟を決めている目を見たランヴィはどうしても止めたくて。
「親父…」
ゆっくりと首を横に振る。
それはもう父親と412の力の差を分かってのことではなく、単純に家族を失いたくないという理由で。
それから2人はそっと窓に近づき、外を見た。中庭…その中心にある血溜まり…横たわる肉塊。それがさっきまで生きていて会話もしたはずのボノなのだと理解するのは難しかった。認めたくなかった。
「これまで銃で頭撃ち抜かれたり、ナイフでめった刺しにされたり、色んな死体を見てきた。それでもあれは酷すぎる」
すぐそばにいる412を見れば、口を半開きにして間抜けな顔で空を見上げている。
「あの野郎」
「親父」
「止まってる今なら撃ち殺せる。このくらいの距離で外したりしねえよ」
窓ごとぶち抜くつもりで、銃を構える。もう止められないと分かり、ランヴィは創造の書を取りに動いた。銃殺に失敗したら、頼れるのは創造の力のみだからだ。
………………少しの間。直後、
「くたば「ワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワ」
銃声と窓ガラスが割れる音。しかし、それ以外にももうひとつ。
「は。…」
振り返ったランヴィは尻もちをついた。その衝撃でしっかり持っていたはずの創造の書は手を離れてしまうが、今はそれどころではない。
父親が。
殺される。
白一色の目をして、紫色の靄で体を覆う、人型の化け物に。
「離れ」
ろ。
言い切りたかった。なのに、ランヴィは声を発したことを後悔してしまった。
直立する父親の体。その彼の脇腹を足先で挟んで、両手で頭を鷲掴み。猫背気味に姿勢を悪くしながら彼に"乗っかる"化け物。不格好な形なのはこの際どうでもよく、その化け物は今…ランヴィを見て首を傾げている。それが何よりも問題で。
「ひ、」
"恐れ"を見せるランヴィ。恐怖で顔面が歪み、手足が…全身が震える。
ついさっきまで、"それ"と会話していたのに。一緒に食事をして、悲しい過去も話したというのに。
どうしてこうも変わってしまったのか。
「…4、12…。やめて、くれ。親父を離してく、れ」
自分のことすら守れない絶望の中でも、ランヴィは自分で理由が分からないままそれが言えた。
そんなことを言ったら、標的が自分に変わってしまうかもしれないというのに。
「……4「ワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワ」ああああああ!!?」
再び呼びかけようとした。しかし、言いかけた瞬間にランヴィの眼前には顔があった。化け物の顔が。瞬間移動ならランヴィも体験済みのはずだが、今のはきっとそれすら超えていた。
口を大きく開けて、顔を左右にゆっくり傾けながら真っ白な目で見つめてくる。それだけでも十分に恐怖のショックで死ねる。なのに。
「、」
化け物の口の奥…喉の奥…何かが見えて。何かが、這い出てこようとしているのが、見えて。
ふと、それが人間の手と同じ形だと気づいたその時。
ランヴィは気絶した。
「ワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワワ」
"落ちてしまった"ランヴィの聴覚を刺激する。
もはや声とは呼べない異音で、彼の恐怖を呼び起こそうとして。
しかし、ランヴィは目覚めない。
「………………、」
それを退屈に思ったのか、化け物はランヴィから離れる。部屋の真ん中、ランヴィと彼の父親を交互に見て…数秒の硬直。そして。
「ワワワワ、」
化け物はその場から姿を消した。
それから、数時間後。
「…ぅひ」
目が覚めたランヴィ。ベッドの上、頭を傾けて部屋の中を見ればここが隣室の住人の部屋だと気づいて。
「ぁ。親父!!」
数秒遅れて何もかもを思い出し、飛び起きる。寝室を出てリビングへ向かうと、部屋のソファに寝かされている父親を見つける。寝かされているといっても、
「親父…?」
不自然に口が開きっぱなしで。嫌な光景を思い出して気分が悪くなり、その口を閉じてやろうとするが…力を入れても閉じない。
「なんで」
「あ、ランヴィさん」
動揺するランヴィに声をかけたのはこの部屋の住人の男性。その隣には彼の妻の姿もあるが、どちらも不安が顔に出ていた。
「起きたんですね…」
「親父は…あと、他のやつらは?」
「皆同じです。ショック状態というか…驚いたまま固まって…動かなくて」
「そんな」
夫婦に案内される。別室ではバタフライの仲間達が膝を抱えたまま動かずにいた。稼働する扇風機の音がやけに響いて、不気味な空間が完成しているのを見たランヴィは改めて絶望した。
「412。……どうしてこんなことを」
ただ、ランヴィは気づいたことがある。他と違って自分だけはまだまともなのだ。体を動かせるし話せるし物事を考えることができる。
そう思うと、
「…………俺がやるしかない」
ひとつの答えに行き着く。
部屋を出て、中庭を経由し、誰も何もいない自室に戻る…程よく荒れた部屋と異臭。その中で、探し物をしなくてはならない。
「どこだ…出てこい…確かこの辺にあったはずだ」
絶望の記憶を引き出して、探し物が自分の手を離れたあとどの辺に落ちたのかを思い出す。…そして大体の位置をヒントに探せば。やや大きな本を部屋の隅で見つける。
「…」
そして本を開くと、文字が書かれているページを片っ端から破り捨ててしまう。少し時間がかかったものの、白紙のみの状態にリセットできたところで。
「頼む。俺に力を貸してくれ」
父親がやっていたことを再現する。人差し指を紙の上に乗せて…ゆっくり横へスライドすると、"書き込み"が行われ文字が浮かび上がる。
ゴーストタッチ
自分以外の誰の目にも映らない銃。弾は無限、撃ちたい相手への狙いは正確。必中する。
超免疫
創造による恐怖を無効化。
どうしても必要なものだけを書き込み、覚悟を決めるべく深呼吸をする。
「やらなくちゃいけない。…神よ、実在するなら、今この時も見てくれているなら。……許せ」
((READ))
白い光が生まれ、すぐに爆発する。全てを塗り替える白に包まれて、ランヴィは己の覚悟を示すため吠えた。声はどういうわけかかき消されてしまうが、それでも構わず吠え続けた。
すると、ランヴィは右手にずっしりした重みを感じる。見れば要望した武器が握られていて。続けて、心が晴れていくのを感じた。
成功したと分かった瞬間、光は消えてなくなっていて。
「…できた」
創造をやり遂げたランヴィ。創造の書に目を向けると、開いたままのページには自分が書き込んだもの以外に一文が追加されていて。
「所有者をトラル・ィモタルアからランヴィ・エヴァンスへ移す」
一応読み上げてはみるものの、深く気にする事はなかった。
「…すぐ行く。待ってろ、412」
気持ちのままに呟くと、新たな代行…ランヴィ・エヴァンスは化け物へと変わってしまった412を探すため外へ出た。
………………………to be continued…→…




