第1話「ここどこ?」
暗闇。一切の光が届かず、中に居れば常人なら1分も持たずにここから出してほしいと狂ったように懇願する…外界から隔離された場所。
ここにいればお前は落ち着くから
いつのことだったか。赤髪の彼女はそう言った。完全に自分の物にするため、一切の感情を捨てるようにと…この場所に監禁したのだ。
閉じ込められてからどれだけの時間が経過したのかは分からない。食事が与えられるのは稀で、生き延びるには自分の力に頼るしかない。覚えた魔法で体温を調整し、水分を補給し、なるべく過ごしやすい環境を作って……。しかし、それらが全て無駄なことだと悟るのは割とすぐのことで。
いつか出られるわけじゃない。脱走もできない。心を見えない鎖に繋がれ、愛しい人を人質にされてはそんなことを考え計画することなんて出来やしない。
餓死するか、身も心も完全に赤髪の彼女に委ねてしまうか。綺麗なまま死ぬか、汚れて生きるか。
悩んでも悩んでも、答えは見つからない。
そんな永遠の地獄の中で、本当に突然のことだった。
何の前触れもなく暗闇に一粒の光が生まれ、膨張し、爆発したのは。まるで神目線でビッグバンを観察するような神秘的感動があり、ただただ見ていた。夢中になるあまり一時的に呼吸の方法を忘れてしまって苦しさから体が暴れそうになっても、目が離せなかった。
「………っ、」
やがて光が落ち着きどこかへいなくなる頃、そこには体があった。人の体が。それが何者なのかは調べる必要がなかった。
いつかの日から…この瞬間だって、1秒だって考えなかったことはない。自分の生命そのものだと…誰よりも何よりも大切だと、そう言ったことも忘れていない。
死ぬ間際に"神"が見せた夢なのかと疑いが生まれても、気にしない。むしろ感謝すらするだろう。
「真…っ?」
大好きな彼の名を呼ぶ。悲しさ寂しさからではなく、喜びや愛しさから。
1度の呼びかけで目覚めるとは思っていない。だから、何度でも…彼の気が済むまで呼ぶ。時には想う気持ちも言葉にする。直接本人に伝えたかった感情を全て言葉にして、優しくかけ続ける。
同時進行でやけに冷えている彼の体を自分の体温で癒す。
…これらの行為は、どちらかというと彼のためではなく自分のためにやったことで。
久しぶりに得られた"幸せ"を存分に味わい、どこまでも満たされた気持ちになって。
「起きて……真。ねぇ、起きて…」
つい欲が出た。本当に本物の彼ならとっくに目覚めていておかしくないのに、ついつい…お願いしてしまう。
「……みず…」
だから、彼が声を発した時に心臓が止まりそうになったのは言うまでもない。
………………………………next…→……
僕の目は狂ってない。正常だ。だから今見えてることも間違ってない。
「ああ…ぁっ!」
顔は薄汚れていて、髪はボサボサで…まるで遭難してから救助がずっと来ないからそのまま野生で生活してたみたいな状態で。
そんな彼女に飛びついた。
「ぁ。…火、危ないから消すね」
壊してしまいそうなくらい強く抱き締めると、そっと返事が返ってくる。柔らかく僕の体に巻きついてくる腕が背中でギュッと結ばれて。途端に…どうにもならなくて。
「うぅ。……う"うっ"!!」
「私も泣きたい…」
いつの日だったか…テレビで、救助された直後の子供を親が強く抱きしめるのを見て、そんなことしたら子供が息苦しくて死んでしまいそうだ…なんて思ったことがあった。今はもうそんなこと思えない。こんなに切ない気持ちにさせられるって知ったら。嬉しいのに胸が痛い。苦しくて苦しくて、心臓がバクバクして。
涙が止まらない。
「迎えに来てくれたんだね…」
声が聞ける。その度に涙が大量に増産されて、あっという間に彼女の頬や耳のあたりを濡らした。
「真」
「な"ぎざざあ"ん!!」
「もぅ…そんな、に…」
涙が伝染る。彼女も静かに泣きだして、僕達はしばらく泣き続けた。
僕の情けない声ばかりが反響してふいに恥ずかしくなって…それでようやく落ち着くことを意識しはじめた。
時間の流れが分からない。ここがどんな場所なのかも。
ただ、確実に言えることは、僕達は2人きりだってこと。
………………………………next…→……
僕が静かになるまでは結構時間がかかった。
目を開けても閉じても黒しか見えなくて、
「また火つけて…」
「うん」
泣き止んだばかりの子供みたいに弱々しい声で彼女に頼んだ。
体が近くに発生した柔らかな熱に反応して、体を抱いていた腕をゆっくり解いて…離れ際、彼女に頬ずりをしてそのまま流れで唇へとたどり着いた。
「ん……」
彼女に驚きはない。とはいえ、これでひと段落だ。
「大丈夫そう?」
「うん…一応」
助けに来た側が心配されるという滑稽さはさておき、
「凪咲…」
「ふふ。…うん」
「……ここどこ?」
「…私も分かんない」
申し訳程度に状況確認をする。聞くだけ無駄な質問だが、とにかく彼女の声を聞きたい気持ちもある。どんな話題でもいいから話がしたくて。
「なんとなく洞窟っぽい感じするけど」
「ぽいだけだよ。結子が創造した空間だから」
「そっか…」
「真はどうやって来たの?」
「え、……その」
これは答えに困る。方法は答えられそうなのだが、どうして来られたのかは分からない。
「瞬間移動……みたいな」
「真そんなこと出来るようになったんだね…すごいよ」
「色々と細かいことを説明しないといけないけど…なんとなく…その、察してる……よね?」
「うん。…行きは偶然。帰りは不明」
「そういうこと……」
「でも嬉しい。もう一生会えないと思ってたから」
「……」
不自然なくらい。凪咲は変わっていなかった。結子に奪われて時間が経っているし、そのうち完全なあやつり人形として僕達の前に現れるんじゃないか…なんてくだらない想像をしたこともあるが、少しも変わらない。
「離れてる時は全然だったのに…目の前にいると自分が考えてるみたいに分かるよ。真のこと。無心と自己洗脳が答え」
「じ、自己洗脳…!?」
あの日の彼女は、結子にあれこれされたんじゃ…え?
「どういうわけか分からないけど、結子に創造された時は嫌な気持ちになっただけだったの。そのあと体が思い通りに動かせなくなって、自分の中で戦った」
「…」
「ボロボロになった真を見て、やっと変化が起きた。私何してるんだろうって。でも手遅れで……真が死んじゃうって泣きそうになったらやっと体が動かせて…」
あの土下座に繋がった。
「その後は自分で自分を洗脳したの。いつも下を向いて、全然喋らなくて、暗い性格で…って。そしたら向こうも上手くいったって思ってくれて」
「……」
ああ、また泣きそうだ。あれから僕は、僕はどれだけ壊れてしまったことか。僕の何もかもが壊れてからどうにか立ち直るまでの長い間も、凪咲は自分を騙してでも生きて助けを待っていたというのに。
「辛かった?」
「…凪咲に比べたら」
「比べられないよ。お互い別れ方が違かったんだから。でも、悲しんでくれたなら私は十分」
「そんなことない…僕がすぐに探しに行ってたらこんなに長い間、」
「ううん。私を想って色んなこと考えてくれた。それがもう嬉しいんだよ。もしほんの少しだったとしても、私がいたことを覚えていてくれるなら」
「やめてよ…」
「ごめんね」
「……」
「ふふ。今すっごい幸せ」
「え?」
「夢にも思わなかった。こうやって真が目の前に現れて…凪咲って呼び捨てにしてくれて、全然距離を感じない」
「…」
「夢じゃないよね…?」
「違う。違うよ。僕の方だって、こんなびっくり続きで」
「……これから、どうする?」
「これから…」
脱出を考えなければならない。そうだ。似たようなシチュエーションはホラー映画で見てきたじゃないか。2人で散々見てきたじゃないか。助けに来たならさっさとこの場から離れて安全な場所まで行けと…いつまでその場で再会を喜んでいるんだと…画面に向かって文句を言っていたじゃないか。
「壁を攻撃とかは」
「ダメ。私の魔法じゃ全然」
「ちょっと壁を照らして」
「こう?」
凪咲の火が動く。そうして見えてくるのは洞窟らしさ全開の壁。ゴツゴツした硬そうなその壁に向かって
((EXECUTION))
右手をかざし、外と繋がる穴を開けるよう命じる。
「……えくす…え?」
「これは…でもダメみたい」
「耐久性はピカイチだね。大地震が来ても崩れないかも」
破壊が無理なら…というか、この空間に何か変化をもたらすのが無理なら、僕達が動くしかない。
「僕達?」
「瞬間移動…僕がここに来たのと同じように、ここから出ていく」
「出来る?」
「無理でもやらないと」
左手を伸ばし、彼女の体を抱き寄せる。
「しっかりくっついて。僕と体が1つになったみたいに」
「うん…」
少しだけ。深呼吸をして整えて、集中を高める。ィァムグゥルが瞬間移動のやり方を教えてくれた時のことを思い出し、それの応用を意識する。行きたい場所を思い浮かべて、そこに自分達がいると信じ……実現する。
……口を開く直前、第三の目が開き…成功率が一気に高まったような気がした。
((EXECUTION))
黒しかなかった視界に色がつく。薄暗いけど…見慣れた景色だ。自分の家の…テーブル……楽しく食事をしながらテレビを見ていた……そう、あの場所に
「う〜〜…大さじってスプーン何杯…ぁぁぁっ!こんなんじゃ真さんに愛情たっぷりの本場インドカリーを作ってあげられない……!カレー粉溶かしたらなんでもいいんじゃないんですかぁっ…!?」
…インド?
続けてピカピカと四角い光が……鍋でグツグツ煮ているのはカレー……その鍋を掻き回しているのは外国人…頭にターバンを巻いた…イ、インドの
………………………………next…→……
「んう…」
「ん…」
暑い。ムワッとして、少しヒリつく。真夏を思い出す。気のせいかと思うような微風が髪をくすぐって、すぐに"開放感"が飛び込んでくる。
「…あ、れ?」
「……」
目を開けると、もう視界は黒の支配から逃れていた。いくつか情報が入ってきて…順番に処理しようとするが…何よりもまず…最初に、え?
「黄色…オレンジ…いや、」
「違うよ真。これは砂漠」
「ああ、砂漠……」
謎に処理能力が低い僕に凪咲がフォローを入れてくれる。……いや、いやいやいやいや。
「いやいやいやいや」
「いやいや、…ふふ」
「ここどこ?」
「分からない。でも、外だよ」
「そうなんだけど」
どうして自宅を思い浮かべて砂漠に飛ぶのか。永遠に理解できそうにない。
「いや…待てよ」
「なあに?」
「あ……」
消えかけていた記憶をとっ捕まえた。ぼやけているが、確かにこれで間違いない。
「テレビがついてて…インド人がカレー作ってた」
「ん?」
「それを見た僕は、少ない知識でインドから砂漠を連想してしまった。その結果…自宅じゃなくて砂漠に不時着した……!?」
「じゃあ、ここはインドの砂漠?」
「……分…っかんない」
でも僕がやらかしたのは事実だ。言い訳をするとしたら、瞬間移動は基本的にその場から目視できる範囲に適用するものだということ。現在地からどこか分からない場所へ…または、どこか分からない場所から知ってる場所へ…というのは無理に近いと言っていい。それでもきっと代行の能力次第では行き先を頭に思い浮かべることで……出来なくもないと、思うのだが。
いや、出来た。成功はした。砂漠を思い浮かべてしまったからここに来てしまったということは。
「真。ぼーっとしてるけど大丈夫?暑いなら氷でも水でも出すよ?」
「ちょっとごめん。…大丈夫、大丈夫だから」
「うん?」
凪咲を抱きしめる。よく分からないまま彼女が腕を回してくれたその瞬間に、
((EXECUTION))
再び飛ぶ。
問題ない。今度こそ自宅に
「うーん…こうですね!!」
元気な声がまっ先に飛び込んでくる。続けて、見えてくるのは……
「あたしはきっと形から入るタイプ。そう!だからこうしてターバンを巻く真似をしてインド人になりきってしまえばいいんです!あとインドっぽいのは…おでこに赤い点があったような…ぁ、梅干しくっつけてみようっと…」
インド…?あ。待っ…
「んうふ……ごめんなさい…くふっ」
「う、……え?また砂漠?どうしたの?」
「あはははっ!…いや、なんでもなくて」
「失敗して面白くなっちゃったの?」
「失敗した原因が…ちょっと」
今回"も"僕のせいじゃなかった。
まさか彼女に帰宅を邪魔されることになるなんて。彼女は僕の帰宅を待ち遠しく思う度合いで言えば優勝候補筆頭レベルなのに。いや、彼女に悪気はない…ないのだが…それにしても。
「なんでインド…!!」
「真?彼女って?」
「彼女は知花……ん、」
「…知花って?」
…嫌な空気が流れた。
………………………to be continued…→…
つい、うっかり、ポロッと。他の女の子の存在を漏らしてしまった真。そんな彼に再会したばかりの凪咲がとった行動とは!?
次回、「真、死す!」
……すみませんでした。もう…書きながら頭の中これでいっぱいだったんです。デュエルスタンバイしまくってたんです。そんなわけで、迷える子羊編…スタート!




