第20話「412年」
「あはァ…?っくは、ははっはははははははははは!!」
結子は笑う。腹を抱えて笑う。自分の体にのしかかる"彼"の重みなど気にならない様子で。彼女にとって今の出来事はサプライズだった。長く生きる彼女は、自分を追い詰める相手には何度も出会ってきた。その度に本当に殺されることもあれば、何かしらの理由が絡んで殺されずに済むこともあれば、ギリギリで返り討ちにしたこともあった。今回の場合はどうだろう。2つ目に該当しそうだが、それに当てはまるのは結子を殺す必要がない又は結子より先に殺さなくてはならない相手がいた場合だ。となると今回は例外。彼は間違いなく結子を殺す気でいたし、結子以外を優先するなどありえないはずだった。
では、何が起きたのか。
「柊木、様?」
「真…しっかりするんだ」
ジュリアとィァムグゥルが声をかける。この行為が無駄かどうかなんて関係ない。自然と声が出たのだ。今起きたことを見た者なら誰だって、彼に声をかけることがどれだけ無駄なことなのかは分かる。
「パっっンク、しやがったっ…!!この大事な時に!マジで馬鹿だなこいつ!!だぁっははははははははははははははははははははは!」
改めて事実を仲間達へと突きつける結子。大袈裟に笑ってやり、人の死を最大限に侮辱する。今この瞬間も、彼女の体の上では1人の人間が体から湯気を出して力尽きている状況で。
体が限界を迎えて"弾けた"のを、この場の全員が目撃した。
「んんっ!てよぉ!ビクんと跳ねてさ!なっさけねえ!!俺を殺せると思って興奮しすぎてイ」
「グルルルアアアアアアァァ!!」
まだ笑い続けようとする彼女の上を黒い影が横切る。声を遮り、視界を遮った影は
「フルルルルルルゥゥ……」
影は…黒獅子は、その口に彼の体を咥えていて。
「なんだよ、もう手遅れだろ?」
怒りに満ちた目を向けられても結子の態度は変わらない。むしろヘラヘラした態度はより強調され、声の調子が上がっていく。
「死んだんだよ!死んだの!!お前らの大事な大事な真ちゃんは創造のしすぎで脳が焼け焦げたんだよおおおおおぉぉぉっ!?あはははははははは!!ふがはぁっ、」
「異能の手」
笑い声は右肩上がり。人間であればそろそろ喉に変な負荷がかかったせいで突然咳き込む頃。まさに侮辱のクライマックスというタイミングで、ジュリアが彼の代わりに馬乗りになり首に手をかけ結子を捕まえる。
彼とは違ってジュリアは"ずっと"ピークパフォーマンスを維持できる。遠慮のない怪力が結子の首を鷲掴みにし、喉を潰す。そして口にするのは結子すら恐れるジュリアの切り札。能力の発動を宣言すると、もう止められない。
「っ、……!!…こほぉっ、」
目を見開いて抵抗を始める結子だが、どんなに暴れたところで物理的な力の差はどうしようもなく…絶対が約束されるほど体が床に押し付けられていて、抜け出せそうにない。創造をしようにも喉が潰れた痛みと絞め続けられる苦しさで体が呼吸ばかりを優先してしまう。悪あがきすらできず、目の前でジュリアが青に染まるのを見届けることしかできない。
「柊木様の意思はこのジュリア・アン・トレーゼが引き継ぎます。必ず"柊木 凪咲"様を探し出し、あなたの元へ返すことをここに誓います」
ジュリアの本気の目が結子の眼球を痺れさせる。神の領域に到達した者すら震え上がらせる彼女の迫力は、まさに【神の天敵】の異名を与えるに相応しい。
「ぁ"せ、…ん」
「消えなさい。あなたの還る場所はもうどこにも無いのですから」
青に染まった手が結子の体に今度こそとどめを刺す。
それを受け入れるしかない結子は、自分の体が消えていくのを止められず……10秒足らずで消滅した。
「オヤブン、真の体を!」
「グルルルル……!」
「ィァムグゥル、船の操縦は!」
「自動だから問題ないよ。それよりミハル、ジュリア…すぐにここを離れた方がいい。…すまないけど、真の創造した"外壁"を壊してくれないかな」
短時間でいくつもの創造案を生み出したィァムグゥル。まだ真のことは諦めていない様子で、蘇生を試みる旨をオヤブンに伝える。続いて声をかけてきたミハルにはジュリアと協力するように指示を出し……
「壊さないと出られないのか…!創造の書が無事ってのは良い事だけど、これめちゃくちゃ硬いだろ」
「……異能の手は使えません。アイアン・カードは柊木様の大切な創造…故障を狙うのが最優先です」
「こ、故障!?……電子機器なら水に濡らすとかで済みそうだけど、どうすんのこれ!鉄の壁だろ?しかも球体の!俺達は今タマゴの形したチョコの中身だぞ!?」
「点で攻撃し、穴を開けます。そこからは」
「ジュリアちゃんがなんとかしてくれるよな!よし!それでいこう!」
((READ))
とびきりのものを。ミハルが創造するのは、いつものとはひと味違うハンマー…ではなく、ピッケル。
「本当は使いたくない。ハンマーと違ってこいつは何もかも壊しすぎる……でもやらないとな。…インセキ…!!」
インセキの名を持つその武器は、ハンマーと同様に通常の物より遥かに大きい。当然、創造により強化されたのは大きさだけではなく…打ちつける部分はこの世に存在するどんな鉱物よりも硬いし、対象にヒットした瞬間に衝撃だけを1000倍にする効果もある。ミハルが壊しすぎると言ったのはこの効果のことで、持ち手部分以外が何かに触れるとその気がなくても途端に破壊してしまうのだ。なので気軽に床に置くこともできない。床に触れたら、一巻の終わりだ。
「こいつを振れるのは1日3回が限界。俺の必殺ゲージ全振りでやっとなんだ。ミスはできない」
「攻撃開始はあなたに任せます。お好きなタイミングでどうぞ」
バチバチとジュリアが青い雷光を苛立たせる。それを見て顔が引き攣るミハルは呼吸を浅くしてリズムを作り…
「行くぞ」
精一杯カッコつけて張り合った。
全力の助走…船の先端部まで来て、インセキの持ち手の先を引っかけて跳ぶ。棒高跳びでもしているみたいに先に体だけ持ち上げると
「どっせええええぇえぇァァいいっ!!」
声が裏返るほど気合いを入れて、真下から真上へインセキを振り上げる。やたらと隙の大きいミハルの全身全霊の攻撃は、鉄の防御壁に
バキィンン……!!
ヒビを作る。が、穴は開かない。点に集中した最大火力でも足りない。
「あいつ…化け物かよ……」
攻撃直後、ミハルは全身から大量の汗をかいた。
「三度目の正直まで言わせんなよ…!?キツいんだから!!」
重力に従い落下が始まる…が、ミハルはそれに逆らう。体を捻り、回転させ、アフロが揺れる。
「レッツ…ファンキー!!」
左右の足が独特な動きを見せる。バタ足かと思いきや、ステップ。落下の最中に空中で踊りだし、次の瞬間、
「ワァァ"オ"ゥ"!!」
奇声を発して、跳んだ。何がどうなってその結果を得られたのか、正直ミハル自身も実はよく分かっていないのだが…これにより再び攻撃態勢に。
「開けええっ!!」
同じ場所に正確に、叩き込む。ヒビが入って脆くなったその場所に、衝撃を高める"瞬間火力"だけを追い求めたロマン武器が突き刺さり……!!
「っ……っしゃあ」
無事、穴が空く。それどころか穴の周りもすぐに崩れて。
「これなら指先どころか1人だけ外に出ることも可能です。ありがとうございます」
「なんの…これし、き」
落ちていくミハルと跳躍したジュリアがすれ違う。その時、ジュリアに褒められたミハルは貢献できてよかったと安堵した。
「柊木様の代わりに変形を促すことが出来たらどれだけよかったか…失礼します」
ミハルが割った防御壁の破片をいくつか手に入れ服の中にしまう。そして
「参ります」
脱出のためジュリアの攻撃が開始された。その時、外は雲ひとつなく晴れていた。
結子による攻撃はとっくに終了していて、オラワルド……大天使…べダスの姿もそこにはなかった。全てがあるべき姿に戻っていた。
攻撃の最中、ジュリアは少しだけ海へと目を向ける。感じ取った気配の正体は…イルカだった。創造された生物ではなく、既存の、自然のルールに従い生きる、賢い生き物だった。
………………………………next…→……
「僕は……」
記憶は無事、結びなおされた。正しい順番で。それによれば僕は
「知っている。真。お前は無理をしすぎた」
「…はい」
脳が焼け焦げて即死した。死の原因までは意識があるとしても、死の瞬間まで記憶しているとは。
「敵か」
「…そうです。僕にとって、すごく重要な代行で」
「何をされた」
声が優しくなった。まるで良い父親の例を見ているようだ。彼は何があったのか全部知っている。分かった上で僕に少しずつでも自分から話すように誘導してくれている。
「大切な人を奪われました。あの時、自我を保つために抑えていた感情が全部出てきてしまって」
「それまでの無理を無視してしまったんだな」
「はい。そうです」
「それでどうなった」
「……感情のままに創造したら、気づいた時にはここにいました」
「ああ。そうだな」
彼は自分の着物の中に手を入れ、何かを探しはじめた。
「……、少し待ちなさい…スー……あれ、こっちか」
そう言って今度は袖の中を探る。
「おかしいな…ゴホン。舞。こっちへ来なさい」
見つからないらしい。僕の後ろ…入り口で待機している舞に声をかけ手招きすると、スタスタと足音が近づいてくる。
「はい?」
「"あれ"が見つからない」
「あれ、ですか?」
「どこにやったか思い出せない」
「記憶を結びなおしては?」
「……真の前だ。恥はかきたくない」
「…あの」
「なんだ」
「後ろに置いてありますが」
「なに?…あ」
後ろを向いた彼は目的の物を見つけたようだった。誰にでもあることだとフォローを入れたくなったが、なんとなく…ここでそのドジをかますのは違う気がした。
「………真、」
「はい」
「これを知っているな」
彼から舞へ、舞から僕へと手渡しされたのは
「裏・創造の書。あなたが書き始めたんですよね。…御言さん」
自宅で見つけたものと同じだが、状態がかなり綺麗だった。新品の紙…
「どれ、お前の無理を数えて削った寿命の合計を調べてみるか」
「はい?」
この場で1番偉い人…柊木 御言は、ウキウキしながらページを捲るよう促してきた。
自分が消費した寿命を計算するって…なんでそんなことを
「……」
「それぞれの項目をよく見ると浮かんでくる。それを暗算し、答えを出してみなさい」
創造変化、変換。最初のページ。創造物に変化後の姿を重ねて見ることで可能になるこの創造方法は、今の僕の攻撃手段へと応用されている。……寿命負担は大きいとあるが、僕はこれを今まで何度…
消費した寿命は16年。
「うっ、……」
「見えたか」
「はい…」
さすがに1回につき1年ではなかった。でも詳細は不明だし、なんだかんだ16年は大きい。物心ついた時から人生の"美味しい部分"を終えるまでがちょうどそれくらいなんじゃないだろうか。
続けて、魂の解放…激化。使者と重なる変身の類は全てこれに該当するわけだが……
「負担は激しい…!」
消費した寿命は31年。
浮かび上がる答えを否定したかった。いきなり倍だ。合わせたら50に近い。100歳を前提にしても半分使ってる。激しいなんてもんじゃない。
「躊躇うな。尽きたものは尽きた。知って笑うくらいがちょうどいい」
「いやさすがに…」
その後もページを捲る度に目を背けたくなるような…いや、頭の中に浮かんでくるから逃れようがないのだが…嫌な情報が…うう、
「それで、合計は」
「……あのこれ僕の元々の寿命ってわけじゃないですよね…合計した年数生きれるってなったら代行じゃなくても相当やばい人になるんですけど」
「合計は」
「412年で、す…」
答えを聞いた御言さんは顔が明るくなった。いつの間にか舞が彼の髪を結んでいて、そういえば彼が黒髪だったことに目がいって。
義手、義足も…違う。元の手足が付いてる。
「悪くない」
「いや、400年オーバーはさすがに…現実的に80歳くらいで死ぬと考えたら人生5回分ですよ?」
「舞」
「はい。御言さんの消費した寿命の合計は3万年です」
「……ぇ?」
万?百はともかく…千でもない?
「"きっかけ"を得るために見ただろう?」
「えっと…テラって人と残した」
「そう。災厄の撃破のため、費やした寿命が桁違いだった」
「撃破…?じゃあ、」
「いいや。落ち着きなさい。災厄は今も元気に生きてる」
「…」
「あの海は死ぬほど綺麗で居心地が良かった。しかしそこに棲む災厄は全ての生を後悔していた」
「災厄、」
「戦うことも出来なかった。あの海へ行くだけでも、果てしなく難しい」
「……」
「にしても400か。可愛いな」
はーっはっは、なんて歯を見せて大きく笑い始めた彼がよく分からない。今の状況だって。
「さて…本題に入るとしよう。真、現世へ戻りたいか?」
ふと振ってきた話があまりにも吹っ飛んでいて、一気に瞬きが増えた。
あれ…もしかして、僕って……僕自身も、何かの創作物の登場人物…?
………………………to be continued…→…
 




