第6話「アフロの裏切り」
敵を騙すため、味方も騙す。
そういうやり方はあってもいい。でもミハルが戦いを挑んできたのは何かを考えてのことではないように思う。本気で怒っていた。僕の顔面を潰した一撃だって本物だった。
「参ります」
ジュリアが動いたのと同時にアイアン・カードを収縮させ、ミハルを立たせて家の中へ逃げるため走る。すぐ近くで敵の攻撃の音が聞こえて"戦場"ならではのプレッシャーが耳先や頭のてっぺんを熱くする。パニックだ。
「スライディングしろ!頭下げろ!行け!」
隣を走るミハルに従おうとするが、雪の上を転ばないように走るだけでも十分に大変でスライディングだの頭下げろだのと言われてもできない。すると、ミハルは僕の頭を無理やり押し下げる。
「止まんなよ、ほら行け行け行け!!」
転がりこむように室内へ。入れ替わりで出ようとするィァムグゥルに、
「ジュリア1人に任せた方がいい」
ミハルはストップをかける。
「何か問題でもあるのかな?」
「ルーカスとダリオは弱くないけど特別強い部類には入らない。この程度で負けるようじゃ先にはいけない」
「敵は2人なんだね」
「元軍人のルーカス。ゲームオタクのダリオ」
「真。ジュリアに伝えてはどうかな」
「大丈夫」
これまでに感じたことの無いものを、今は感じられる。多分ミハルとの戦いの中で咄嗟にィァムグゥルの視界を借りた時に目覚めたんだと思う。
思考の共有だったり、一部の使者や創造で可能な合体を伴う変身。……それらと似ているようで違う。
「繋がってる」
僕は柊木 真でありジュリアだ。
ジュリアもまた同じだ。
自分のことなんだから分かって当然。体の調子も、考えてることも、何もかも。
今彼女は探知能力を使用して敵の位置を把握し、そこへ最速でたどり着いて拳を振り下ろしている。敵はこの家から約100m離れていて、雪の中に空洞を作って身を隠していた。
「いい顔してるね。またひとつレベルアップしたようだ」
「真。銃を持ってるやつは武器を取り上げても元軍人なだけあっていくらか体術で対抗してくる。腰にナイフ、ブーツに小さい銃を隠してる」
「詳しすぎて気持ちが悪いね、ミハル」
「ダリオと戦う時はとにかく踏まれるな。あと変身したらボールに気をつけろ」
「あまり手の内を晒すのはよそうかな。君はお喋りさんみたいだし」
ジュリアと繋がる僕の横で2人が色々喋ってる。
でも…気にならない。心地のいい雑音だ。料理中に聞こえるテレビの音とそう変わらない。聞こえてはいるし内容も入ってくるけど、それに意識が持っていかれるようなことはない。
「情報の更新を完了しました」
すでにジュリアはルーカスを追い詰めている。
「グッ…やるな、この女…!」
短髪。ゴツゴツした鍛えられた体。白系の迷彩服。右頬が赤く腫れていて、口周りが血で汚れている。先制で2発殴った結果だ。手応えからして歯を数本折っている。
…まるで吹き替えで映画を見ているようだ。見た目からは想像できないほどしっかりした日本語を話せるらしい。
「ダリオ、という仲間はどちらへ逃げるつもりでしょうか」
「はっ。そんなやついねえよ」
「ここから30mしか離れていません。立ち止まり、あなたのことを心配しているのではないでしょうか」
「…」
わずかな間。ジュリアはミハルが教えてくれたのと同じ場所に視線を送る。腰にはナイフをしまっておく小さなポケットがあるし、ブーツの方も銃の一部が見えている。殴り倒したせいだろう。両手両足が地面についているルーカスは反撃のチャンスを伺っているようだが、ジュリアに武器を隠していることがバレていると分かると
「裏切り者がいるな…?」
「はい」
「名前だけじゃない。代行が何を持ってるのか、何を創造するのか、どんな戦い方を好むかまで細かく知ってるんだろう?そんなやつの心当たりは」
「時間がかかりそうなので、失礼します」
「ぁふ、」
胸に撃ち込む拳。創造で強化されていない"人肉"相手なら貫通は容易。心臓を破壊して即死させた。
「ダリオを優先します。余裕があればルーカスの所持品をご確認ください」
高速で走りだしたジュリアはすぐにダリオの方へ。
「ミハル」
「ん?」
「ルーカスは創造の書を持ち歩いてる?」
「代行なら当たり前だろ…」
「ィァムグゥル。ジュリアが1人殺した」
「なるほど。持ち物を漁るのは任せた、ということだね」
「おいおい。馬鹿言うなよ今外に出んのか?」
「このままここにいても状況は良くならないし、敵が動き出したならやるしかない」
「「そういうことやね」」
ィァムグゥルはオヤブンを武器化してゴーストハントに変身。先に外へと飛び出していった。
「おい、真」
「僕は新人類を全員殺すつもりだから」
「っ…」
「でも…ミハル。君をその中の1人にするつもりは、ない」
「後悔するかもな」
「僕は行くよ」
ミハルが何を思うのか、少し分かった気がした。彼もまた生き残ることに対して独特な考え方を持っているのだ。
裏切り。
出会う人全員を細かく観察して、分析して、記憶している。アフロの分だけ脳も大きいのかもしれない。膨大な記憶のデータを使って、敵を味方に…味方を敵に変えられるのだ。自身の戦闘能力と様々な代行の情報…それがあれば今から新人類の側に戻ることだって可能だろう。
僕が何を言ったって、彼はより生存確率が高い方を選ぶ。だから今は…置いていく。
………………………………next…→……
「何?何?おたく相当視力いい?」
「ダリオ。あなたを粉砕します」
「んふー、それは無理かと?」
ジュリアはダリオを見つけた。ゲームオタクと聞いていたが、今の彼の格好はコスプレというやつで。
「ええー、わたくしダリオはもちろん、えふぅ、もちろん本名ではございませぬ。どぅひ!だからといってわざわざ敵に本名を名乗るつもりもなく。ええ、えぇ、当たり前か。当たり前かて。今のご時世個人情報をペラペラ他人に話すなどという愚行はありえなぃぃ!!で、でで、その目、どうやらわたくしの容姿…服装に興味がおあり?おありみたいで、そのようで、しかしこれは聞かれたとて、ぁ、聞かれたとてぇ!わざわざ答えてやる必要がないほど、えー、日本…に、日本国内だけでなく、なくぅ、世界にまでその名を轟かせ、るぅ?超超超有名キャラでありますからでしてぇ!ええ!ハイパーダリオといえばまさにこの服装でしてぇ!?はい、ピンクのアロハに黄色のオーバーオール。えぇ、でゅふぅ、はい、親の顔、おや、親の顔より見た格好っ!びゅふっ!そして極めつけはこのヘルメット!工事現場などで見かけるこの黄色のヘルメットがぁ、このオーバーオールと色が、色が揃っていることによりぃ?統一感が出てそれで、それでこの茶色の安全ブーツが足下を紳士的に演出ぅ!ぬふ、ぬふ、で、で、このヘルメットのDのマークは当然ダリオのDであり、ありぃ!?それと同時に」
「はぁっ!!」
「ぃげえ!?」
ダリオはとても早口だった。それでも話が長くて、我慢できなくなったジュリアが腹を深く抉るように打った。浮き上がった体に狙いを定め、追撃。
「ぽぉぇ!?」
顎を横からフルスイングで打つはずが、ダリオが顔の向きを調整し拳は空振り…
「では、遠慮なく」
しかしフルスイングの勢いを利用し雪の上にも関わらずジュリアはその場で回転……軽く跳んで遠心力込みのハイキックを
「ギャァっ、」
ダリオの耳に直撃させた。
「う"ぅえ"っ!?」
右耳を押さえるダリオは痛みを我慢するので精一杯な様子。雪の上で横になったまま起き上がらず、高音で唸り声を発するだけ。
何の迷いもなく接近し、息の根を止めるための一撃をジュリアが
「だすげえでぇ!!ダリアぁ!!」
……?ダリア?
「創造、」
READと発しない創造。独特すぎるそれに、ジュリアは思わず後退。離れて見守ることにした。
黄色い光……どうにか上半身だけ起こしたダリオ…彼のヘルメットのDの文字がくるくると回転を始めた。
「すぅ…………んィェエス!!あいむダァリアぁ!!」
声が裏返るほどの高音。少しまぬけな掛け声と共に"変身"を完了した。
黄色のワンピース…黒のダメージジーンズ。工事現場にぴったりなブーツはハイヒールへと形を変えて。
「あてしが第9王女、ダリア…」
ヘルメットは変化なし。でも性別が変わった。
ダリオの時に感じられた面倒くさそうな男の雰囲気はそこにはなく、かわりにオガルやゼロのようなタイプに感じられる絶対ヤバい女の雰囲気が
「すたぁと。ステージ1」
「ちっ。…ダリオの状態ですぐに殺すべきでした」
雪の上をサクサク走るダリアはジュリアに接近。まるでアスリートのような綺麗な走り方で、
「ほっふうぅ!!」
ジュリアが攻撃か防御かを選択するより先に跳んだ。2m近い跳躍。
「踏まれてはいけないとのことでしたので」
しかし冷静に。ジュリアは前進しダリアの下をくぐって離れる。直後。
「粉砕します」
急加速。わざと抑えていた処刑モード中の戦闘能力を一気に解放する。
まだ着地していないダリアの背中、腰、右の踵、そして首…順番と狙う部位を決めると
「あ"」
「ぐぇ」
「ぢょ」
ゴリ。
一瞬で攻撃を叩き込んだ。最後の首なんて、頭を掴んでぐるりと1回転させてしまった。
即死して地面に落ちたダリアは、うつ伏せの状態で変身が解除されてダリオに戻っていく。
「申し訳ありません。もう少し強い敵だと警戒していましたが、予想を下回る結果となってしまいました。時間をかけすぎたことを謝罪します」
頼もしい。
「真。創造の書を見つけたよ」
声をかけられ、切り替える。ィァムグゥルがルーカスの所持品を漁った後だった。
「追いついたかと思えば無言で立ち止まっていたからね。さあ、これを」
「…僕に?」
「ミハルは除外して、このィァムグゥルか真かのどちらかに手に入れた創造の書を割り振るとしたら真、君一択だよ」
「でも」
「君には必要だよ」
押しつけられた感がある。でもィァムグゥルも何かを考えてそう言っているのだろう。ここは受け取っておく。
「複数冊持っていると良いこともある。その1冊はそのまま持ち歩くといいよ」
「このまま?それって僕の創造の書にはしないってこと?」
「そうだよ。まあ、いざとなったら所有権を変えてもいいだろうけどね」
ィァムグゥルはルーカスの腰からナイフを取り上げた。持ち手の握りやすさを確認すると、よく手入れがされているのか新品のような輝きを見せる刃に注目した。
「ミハルだけかと思っていたけど、どうやら新人類は仲間のことをよく見ているみたいだね。つまり、見慣れた仲間の道具や創造の書を敵が持っていたら一瞬とはいえ迷いが生まれる。その隙にEXECUTIONでチャチャッと殺せるわけだ」
刃の表面…指を滑らせるィァムグゥルは悪人寄りな考えを披露した。
「ジュリアは?」
「…倒したよ」
「だろうね。合流しようか」
雪も暴風もいつの間にか気にならなくなっていた。それはィァムグゥルも同じだろう。さっきまで突っ立っていることさえ難しかったというのに。
「見たところ、弱まったわけでもなさそうだね」
「僕達が慣れたってこと?」
「生きていると説明が難しい出来事もあるよ。今みたいにね」
「お待たせしました」
あっという間に戻ってきたジュリアは、その手に創造の書を持っていた。
「回収しました。柊木様、どうぞ」
「うん。ありがとう」
2冊もあるとちょっと…邪魔かも。
「ではリュックに入れておきます」
「助かるよ」
そうこうしていると、ィァムグゥルは大鎌で遠くを示した。
「向こうからより強い冷気を感じるね。代行かな」
「……はい。その通りです。そちらの方向に5kmほど進むと代行がいます」
「分かってたの?」
「はい。しかし1人で行くのは不安でしたので」
「オヤブンもわざと力を抑えて気配を消しているよ。相当強いらしい」
「それって、べダス…?」
もしそうなら。僕達の侵入が分かってわざわざ出向いてきたのか。
、
「それって、べダス…?」
なんだ?前にもこの瞬間を体験したことがあるような感じが…そんなはずないのに。夢で見たとか?
「…ィァムグゥル、ジュリア」
「どうしたんだい?」
「はい」
「隠れよう」
直感、本能。強くそうしろと訴えてきたそれを僕は信じることにした。
………………………to be continued…→…




